2025/06/03 文献紹介
梅雨の足音が聞こえる今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか?6月に入ってしまいましたが、5月後半の文献紹介です。
今回は東京ベイ・浦安市川医療センター 救急集中治療科の竪良太と山本一太から以下の4つの文献をお送りします。
①ノルアドは末梢ルートから何mg投与したら静脈炎が起きやすいか
②7割以上の患者でHINTSを救急医が間違って実施していた
③高齢者が非特異的腹痛で帰宅となったあと、再診・入院・死亡する割合は?
④プレホスピタル開胸、誰を救えるのか?
前半は竪から2つの文献を紹介します。
①Yasuda H, et al. Impact of Noradrenaline Administration Dosage on the Occurrence of Peripheral Intravenous Catheter-Related Venous Phlebitis in Critically Ill Patients Using a Time-Dependent Multilevel Cox Regression Model
Emergency Medicine International 2025 May 6; 2025: 4457109
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40364916/
皆さんの施設では末梢静脈カテーテルからのノルアドレナリンの投与は許可されていますか?許可されている場合には中心静脈カテーテルからの投与に切り替えるタイミングについて何か基準はありますか?
SSCGでもノルアドレナリンの投与遅延を防ぐために末梢静脈カテーテルからの投与を許可する記載があり、比較的安全に投与可能との研究もあります。中心静脈路確保を30~50%減らすことが可能であるという研究もありますが、静脈炎などの合併症が3~12%の頻度で発症すると言われており、末梢静脈カテーテルからのノルアドレナリンがどの程度まで安全に実施できるかは重要なテーマです。
末梢静脈カテーテル関連の静脈炎などの合併症に関する、本邦の23個のICUからの前向きコホート研究であるAMOR-VENUS studyのPost hoc解析です。先行研究は、「ノルアドレナリンの濃度や投与速度などの単変量解析のみであった」、「薬剤に関しては時間非依存性変数としての扱いであったため、投与量の時間的な変化を反映できていなかった」という問題点がありました。今回は時間依存性共変量を用いたマルチレベルCox回帰分析を用いて、末梢静脈カテーテルからのノルアドレナリンの総投与量と静脈炎発生の関係が調べられました。
マルチレベルCox回帰分析ではノルアドレナリンの総投与量と静脈炎発生の間に有意な関係は見られませんでした。しかし両者の関係が直線的でないと想定して、スプライン曲線という曲線を描くと、ノルアドレナリンの総投与量が6mgを超えた時点で95%信頼区間の下限がHazard ratioの1のラインを上回っており、総投与量が6mgを超えると静脈炎の発生リスクが上昇することが示されました(Fig3参照)。Fig4に、体重50kgの患者に3mg/50mLの組成のノルアドレナリンを投与した場合のそれぞれの投与速度γの値と安全に使用できる時間数が載っています。例えば0.1γの場合、18時間なら問題ないが、24時間以上は静脈炎のリスクが上がるということになります。
今回の研究結果からは、「ノルアドレナリンの投与速度が0.1γに満たないくらいで、24時間以内に中止できそうな軽症の敗血症性ショックの場合には中心静脈カテーテルの確保はせずに末梢静脈カテーテルで粘る」という戦略も考慮されそうです。そこまで粘らないとしても、ノルアドレナリンは中心静脈カテーテルからの投与しか許可されていないという施設において、「中心静脈カテーテルが確保されるまでの短時間なら、末梢静脈カテーテルからノルアドレナリンを投与する事は高用量でもそれほど問題ない」と言えそうです。
過度の投与速度や静注が安全かどうかについては今回の研究では言及できていないので注意が必要ですし、気管挿管をしていたりして鎮静薬・鎮痛薬などの投与も必要な場合やノルアドレナリンの投与が割と長期になりそうな場合には早々に中心静脈カテーテルを確保するのが妥当だと思います。
②Nolan K, et al. Improper performance of HINTS exam in emergency physicians is driven by incorrect use of nystagmus
Am J Emerg Med 2025; 94: 185-187
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40319628/
皆さんは急性前庭神経症候群(AVS: Acute Vestibular Syndrome)に対して正しくHINTS試験を実施できていますか?
米国やイタリアのガイドライン、コンセンサスでは、トレーニングされた救急医が、眼振を伴うめまいが主訴の患者に対して中枢性と末梢性を鑑別するためにHINTS試験を実施することを推奨しています。「救急医が実施するHINTS試験がアテにならないかも」という研究や「救急医のHINTS試験も6時間のトレーニングを受ければ信用できそう」という研究を文献班でも紹介してきました。
https://www.emalliance.org/education/dissertation/202001231https://www.emalliance.org/education/dissertation/20210915
今回は救急レジデントプログラムを持つ市中病院の救急外来において1年間にHINTS試験が実施された患者において、HINTS試験が適切に実施されていたかどうか、そして不適切であった場合にはめまいと眼振の有無についても調べられました。
なんと全146症例のうち71.2%もの症例でHINTS試験が不適切に実施されていました。しかも全患者を救急指導医が診療していました。そのうち65.4%は診察時に眼振がなかったのが不適切と判断された理由でした。
HINTS試験の結果の解釈の間違いにも言及があり、多くの患者で「HINTS試験が正常もしくは目立たない」とカルテ記載されており、本来はむしろ中枢性を考慮すべきで心配な所見ですが、先行研究と同様にその中の多くの症例で追加の画像検査が実施されていませんでした。
継続した教育が必要であると結論付けられていますが、自施設のこのような結果を研究として発表するのはなかなか勇気が必要なことであり、なかなか本邦では見られないのではないかなと思いました。自施設のHINTS試験の手技や結果の解釈について指導医、専攻医を交えて一度確認してみてはいかがですか?
後半は山本から2つの文献を紹介します。
③Non-specific abdominal pain in elderly patients discharged from the emergency department: Frequency, outcomes and risk-factors for adverse events (EDEN-43 study).
Miró Ò, et al.
Am J Emerg Med. 2025;93:140–145.
doi: 10.1016/j.ajem.2025.04.007
高齢者が腹痛でERを受診し、「原因がよくわからないけど、悪くはなさそうだから帰宅」という状況、誰しも経験があると思います。
本研究は、スペイン52施設での1週間のER受診25,557例から、非特異的腹痛と診断され帰宅となった65歳以上の397例を対象に、30日間の転帰を評価したコホート研究です。
その結果はなんと...
30日以内の死亡が1.5%でした。
この結果は少し衝撃ですね...
また30日以内のER再受診21.9%、30日以内の入院16.4%でした。
30日以内の有害事象と独立して関連していた因子として、Charlson Comorbidity Index(併存疾患の重症度)が高い(aOR 1.20)よりも、Barthel Index(ADLの自律度)が100未満であること(aOR 2.35)の方が強く関連していたのは印象的でした。
また、「血液検査をしなかったこと」(aOR 2.71)とほぼ同程度のリスクをADLの低さが持っていたという点も、臨床的には非常に示唆的です。
他にも、オピオイド使用(aOR 3.25)、オピオイド以外の鎮痛薬使用(aOR 1.77)、画像検査なし(aOR 1.91)などが有害事象と有意に関連していました。
一方で、年齢、性別、ERでの長時間の経過観察は転帰と関連しませんでした。
つまり、「年齢が高いから危ない」「しばらく観察して大丈夫そうだからOK」といった表面的な印象よりも、併存疾患やADL、鎮痛薬使用の有無、検査がなされたかどうかといった要素の方が予後に強く関係していました。
私は非特異的腹痛を帰宅させるときは、bounce backすることをいつも恐れていましたが、この研究はまさにそれをデータとして裏づけてくれた気がします。
帰宅判断の際に「併存疾患は?ADLは?本当に見逃しはないのか?」という見直しを促す、啓蒙となる研究だと思いました。
④Prehospital Resuscitative Thoracotomy for Traumatic Cardiac Arrest.
Perkins ZB, et al.
JAMA Surg. 2025;160(4):432-440.
doi: 10.1001/jamasurg.2024.7245
外傷性心停止に対するresuscitative thoracotomy(蘇生的開胸術)。それをプレホスピタルでやることに関しては様々な思いがあると思いますが、ロンドンのドクターヘリとも言えるLAA(London’s Air Ambulance)で運用された21年分の成績がまとめて報告されました。
本研究は、1999〜2019年にLAAで施行されたプレホスピタル蘇生的開胸術601例の後ろ向きコホートです。
対象は主に若年男性(中央値25歳、89.5%が男性)、88%が刺創などの鋭的損傷でした。
外傷性心停止の原因としては、心タンポナーデ 17.5%、致死的出血 69.6%、心タンポナーデと致死的出血の合併が12.0%でした。
全体の退院までの生存率はなんと5.0%(30人)で、そのうち76.6%が良好な神経学的転帰(CPC 1–2)でした。
驚きですね!!
ちなみに、生存退院例の原因は心タンポナーデ 21.0%(22/105)、致死的出血 1.9%(8/418)で、両者が合併した場合 0%(0/72)、また、外傷性心停止の持続時間が重要な因子で、心タンポナーデでは15分を超えると生存例なし、致死的出血では5分を超えると生存例なしでした。
多変量解析では、心タンポナーデが原因であること(aOR 21.1)、心停止の持続時間が短いこと(aOR 20.9)が、生存と有意に関連してしました。
逆に開胸心マッサージを行ったこと(aOR 0.2)は、生命予後不良と関連していました。
ただし、心停止の原因が心タンポナーデか致死的出血かはその場では判断困難であり、「損傷機序」「タイミング」「心電図所見(有意な心リズム)」「生存兆候」などを総合して判断する必要があることも、Invited Commentary(doi:10.1001/jamasurg.2024.7231)では強調されていました。
時間が極めて限られているという点(心タンポナーデで10分、致死的出血で5分が限界)も重要なメッセージであり、「時間との戦い」であることを再認識させられます。
この研究は都市型・医師主導・24時間体制という限られた環境でのデータであり、外的妥当性には注意が必要です。
特にLAAのように、輸血・REBOAまで含めた高度な手技をプレホスピタルで実施できる体制と、長年にわたる訓練により練度を維持しているチームだからこそ、この5%という生存率を実現できているのだと思います。
「ここまでの体制を整えても助かるのは最大5%」という見方もできますが、それでもなお、限られた条件下で確実に救命が可能な層がいる、という事実が強調された研究とも言えます。
ちなみに、この話題に関連して、岡先生が過去に紹介されていた外傷性CPAのガイドラインまとめ(https://www.emalliance.org/education/dissertation/202001310
)も併せて読むと非常に示唆に富みます。
そこでは「可逆的な原因への対応」「気道確保の優先順位」「アドレナリンの扱い」などが取り上げられています。
今回の研究はそれらに対する一つの“現実的な回答例”として位置づけられると思います。