施設・部門としてのサポート体制
<医療従事者とバーンアウト>
医師、看護師、教師は対人援助職のなかでもバーンアウトのハイリスクとされ、医師の半数がバーンアウト状態であり近年その割合が増加しているという。特に救急医は、業務量の多さ、高い訴訟リスク、不規則な睡眠などから、バーンアウトに注意が必要とされています。詳細はバーンアウトの項目にまとめられていますので、そちらもご覧ください。<バーンアウト対策>
バーンアウトによって仕事の効率や満足感が低下し、欠勤や離職が増加、さらに患者ケアにも影響を与えます(1)。しかし、バーンアウトに対する対処や予防に関する研究はほとんどなく、有効性を示した研究はさらに少ない現状です(2, 3)。だからといって対策をとる必要はない、ということにはなりません。NATIONAL ACADEMY of MEDICINEでは、臨床医と学習者のバーンアウト予防と低減に関して、(表1)のように6つの目標と行動を提案しています。【目標】 | 【行動】 |
1. ポジティブな職場環境の構築 | バーンアウトの予防と低減、well-being(身体的、精神的、社会的に良好な状態にあること)の醸成、質の高いケア、を可能にするポジティブな職場環境を構築することで、ヘルスケアの職場システムを変革する。 |
2. ポジティブな学習環境の構築 | 学習環境を最適化して、バーンアウトを予防・低減しwell-beingを育むために、医療従事者の教育とトレーニングを変革する。 |
3. 事務的な負担を軽減する | 政府機関、専門機関、認定機関などが公布した法律、規制、政策、基準に起因するwell-beingへの負の影響を防止し、低減する。 |
4. 技術的な解決策を活用する | 医療情報技術の利用を最適化し、臨床医が質の高い患者ケアを提供できるよう支援する。 |
5. 臨床医と学習者へのサポートを提供する | 必要なサポートやサービスを取得することに対する負のイメージを減らし障壁を取り除く。サポートやサービスを受けることで、バーンアウトを予防・軽減し、バーンアウトからの回復を促進し、医療者や学習者のwell-beingを育むことができる。 |
6. 研究への投資 | 臨床医のwell-beingに関する研究のための専用の資金を提供する |
大まかな枠では「おっしゃる通り」と思う方も多いかと思います。では具体的にどうすればよいのでしょう?バーンアウトの原因には、性格や年齢などの個人要因と、過重労働・自律性・役割ストレスなどの環境要因がありますが、優先すべきは環境要因であり、職場の改善策を模索するべきといわれています(4)。ここで、バーンアウトやウェルネスに影響を与える職場環境要因(表2) を確認しておきましょう。大きくは「業務自体の問題」と業務の際に用いることができる「リソースの問題」に分けられます。対策としてはこれらの要因を対象とする必要があります。
【業務の問題】 | 【リソースの問題】 |
過重労働、管理不能な業務スケジュール、不適切な人員配置 | 仕事の意味・目的 |
事務的な負担 | 価値観と期待の一致 |
業務の中断 | ジョブコントロール、柔軟性、自律性 |
技術的な使い勝手の悪さ | 報酬 |
時間的プレッシャーと個人の時間の侵害 | 専門的な人間関係と社会的なサポート |
道徳的苦痛 | ワーク・ライフ バランス |
患者の要因 | |
組織の文化 |
<施設・部門としてできる対策>
バーンアウト対策についてはバーンアウトの項にも少し紹介されています。今回はこの中でも施設レベルで行えることを掘り下げてみようと思います。【業務の問題】
・労働量の管理
仕事量は、バーンアウトの危険因子である(5) と報告されています。レジデントの勤務時間を制限することでバーンアウトが減少する傾向が示されています(6)。集中治療医でも、勤務スケジュールへの介入によりバーンアウトが減少しています(7)。総勤務時間やオンコール回数など勤務シフトを調整し、適切な休息を確保することはバーンアウト予防に有効なようです。
自己研鑽についても部門としての工夫が可能です。個人の勉強だけではなく、部門として開催することで、同じ知識を得るための負担を分担することができます。一方「勉強会の開催」が特定の人の負荷とならないような工夫も必要でしょう。少人数の部門の場合は、複数施設で共同開催することで、解決できるかもしれません。オンラインで行えば地理的な問題も解決できます。場合によっては自宅からの参加も可能です。多忙な日常業務の中、定期的な勉強時間が取り難く、丸1日や数日間といった集中形式の講習会に参加することも多いのではないでしょうか。ただ集中形式の場合は、講習会から1週間後の時点では記憶定着はよいですが、3週間たつと差がなくなります(8)。できれば定期的な勉強会が望ましいでしょう。もしくは、勉強会の内容を踏まえ、部門としてマニュアルを作成する、など実臨床に結びつけてあげると、部門全体の臨床の質向上にも繋がるかもしれません。
・事務的負担の軽減
事務的な負担に関しては医師事務・医療秘書などの協力が効果的に作用するかもしれません。カルテ入力や診断書作成の補助、退院サマリの補助、各種レジストリ登録などを依頼している病院もあります。病院救命士を採用している病院もあるようです。
・業務の中断を避ける
やらなければならないタスクが多ければ業務の中断も多くなります。業務の分配時に同様のタスクをまとめるとよいかもしれません。
【リソースの問題】
・労働量だけでなく、質の管理も重要
過重負担はストレスの原因となりますが、長時間勤務や厳しいノルマ、重い身体的負担をともなう作業などの量的な負担だけでなく、作業の質的な負担についても考えていく必要があります。医療職は相手の生活にまで踏み込まなければならない場合もあり、そこにもエネルギーを費やしています。やや土壌は違いますが、保育士を対象とした研究で、担当している子供の数が多く、直接的な相互作用が多いほど消耗しやすくサービスの質も低下するという報告があります(9)。たとえ勤務時間が長い状態であっても、担当患者の制限や直接患者と接する機会が少なければ、負荷は少なくなるかもしれません。
・自律性の中に制限を
業務が自分の意志ではなく、他者から強制されたものであれば、ストレスはさらに大きくなるでしょう。そのような業務を終えたとしても、充実感より、押し付けられた仕事がやっと終わったという徒労感が残るだけということもあり得ます。ただ、「管理のない自由」はストレスを増加させる危険性があります。保育士の研究ではありますが、管理する部屋や児童を決め、後片付けのルールなどを制定した場合、しなかったときに比べて消耗感が解消され、仕事への満足感が高まったとする研究もあります(10)。「管理のない自由」はすべてに関して選択しなければなりません。そうすると選択肢は無限大に広がります。ところで「ジャムの実験」はご存じでしょうか? 24種類のジャムから1種類選択させた場合は3%の購入率だったものが、6種類に絞った場合30%の購入率になった、という研究です(11)。多すぎる選択肢はノイズにしかなりません。つまり、「管理のない自由」は選択肢が無限大になる故に、ストレスも増加してしまう危険性をはらんでいます。
・報酬を再考する
日本のとある病院で「ボーナスがでないので職員が大量離職の危機」というような記事がでました。報酬はバーンアウトの職場環境要因の一つです。ソーシャルワーカーや看護師の研究で、報酬はバーンアウトを防ぐという報告はいくつかあります(12,13)。ここでいう報酬とは給料やボーナスといった経済的報酬だけでなく、自分が新たな知識や技術を得たという成長報酬や、他者からの感謝や尊重といった対人報酬も含んでいます。経済的報酬だけでなく、ほかの報酬を改善できるよう方法を考えてみるのもいいかもしれません。
・教育の効果
バーンアウト対策を教育することも有用です。1年間の生涯教育コースとして、瞑想や自己認識訓練などの教育プログラムがバーンアウトを減少させています(14) 。1日もしくは1週間のカウンセリングでも1年後の情緒的疲弊感スコアおよび非人間化スコアの低下が認められています(15) 。
また、バーンアウト対策については個人でできるものは限界があるため、病院や地域・国など組織のリーダーがリーダーシップを発揮して取り組む必要があります。そのためリーダーシップ教育も重要です。リーダーシップに関してはこちらのページをご参照ください。
・同僚との関係
同僚とのコミュニケーションをよくすることはバーンアウトの抑制因子(16)と報告されています。また、ICUでの医療従事者間、医療従事者 - 患者および患者家族間 のコミュニケーションがよくなれば、医療従事者の高度バーンアウトが減少した(17)という報告もあります。あなたの施設では同僚との関係は良好ですか??判断に迷う時、仕事を回しきれない時、何か困ったことがあった時、すぐに相談やヘルプを呼べる体制や環境は大事です。そのような体制/環境を目指してみませんか? Let‘s 飲ミュニケーション!といきたいところですが、COVID-19の影響で、職場での飲み会は禁止/自粛となり、飲ミュニケーションしたくてもできない、というところも多いのではないでしょうか。場合によってはランチの時も会話禁止、などコミュニケーションを制限される場合も。。。メンター制度を取り入れメールなどでも相談しやすい環境を作ってみたり、オンライン飲み会を企画したりしてみるのもいいかもしれません。 過度の飲ミュニケーションはハラスメントにもなりうるのでほどほどに(笑)
さらに、効果的な改善方法を特定、評価、実施するために、フィードバックなどによる継続的な改善プロセスも忘れずに行いましょう。施設としてもできることから工夫して、少しでもバーンアウトする人が少なくなることを願っています。
参考文献
1.長島 道, 武居 哲. バーンアウト予防 : 医療崩壊にもつながるバーンアウトは,組織として予防に取り組むべし (特集 ICUルーチン) -- (ICUの環境整備・スタッフ関連). Intensivist = インテンシヴィスト. 2014;6(2):299-306.
2.McCray LW, Cronholm PF, Bogner HR, Gallo JJ, Neill RA. Resident physician burnout: is there hope? Family medicine. 2008;40(9):626-32.
3.National Academies of Sciences E, Medicine, National Academy of M, Committee on Systems Approaches to Improve Patient Care by Supporting Clinician W-B. Taking Action Against Clinician Burnout: A Systems Approach to Professional Well-Being. Washington (DC): National Academies Press (US)
Copyright 2019 by the National Academy of Sciences. All rights reserved.; 2019.
4.久保 真. バーンアウト(燃え尽き症候群)--ヒューマンサービス職のストレス (特集 仕事の中の幸福). 日本労働研究雑誌. 2007;49(1):54-64.
5.Embriaco N, Azoulay E, Barrau K, Kentish N, Pochard F, Loundou A, et al. High level of burnout in intensivists: prevalence and associated factors. American journal of respiratory and critical care medicine. 2007;175(7):686-92.
6.Gopal R, Glasheen JJ, Miyoshi TJ, Prochazka AV. Burnout and internal medicine resident work-hour restrictions. Archives of internal medicine. 2005;165(22):2595-600.
7.Ali NA, Hammersley J, Hoffmann SP, O'Brien JM, Jr., Phillips GS, Rashkin M, et al. Continuity of care in intensive care units: a cluster-randomized trial of intensivist staffing. American journal of respiratory and critical care medicine. 2011;184(7):803-8.
8.Rohrer D, Taylor K, Pashler H, Wixted J, Wiseheart M. The effect of overlearning on long‐term retention. Applied Cognitive Psychology. 2005;19:361-74.
9.Maslach C, Pines A. The burn-out syndrome in the day care setting. Child care quarterly. 1977;6(2):100-13.
10.Pines A, Maslach C. Combatting staff burn-out in a day care center: A case study. Child care quarterly. 1980;9(1):5-16.
11.シーナ・アイエンガー (著) 櫻祐翻. 選択の科学 2010.
12.Igawa J, Nakanishi D, Shiwa S, Yasui W, Masui K, Kawamoto T, et al. Does excessive enthusiasm for work cause burnout?Focusing on subjective rewards for human services professionals2013.
13.高瀬 加, 河野 和. 看護師の労働価値観と業務不適応感の関係. 東海学園大学研究紀要 : 人文科学研究編. 2019(24):45-57.
14.Krasner MS, Epstein RM, Beckman H, S was uchman AL, Chapman B, Mooney CJ, et al. Association of an educational program in mindful communication with burnout, empathy, and attitudes among primary care physicians. Jama. 2009;302(12):1284-93.
15.Rø KE, Gude T, Tyssen R, Aasland OG. Counselling for burnout in Norwegian doctors: one year cohort study. BMJ (Clinical research ed). 2008;337:a2004.
16.Embriaco N, Papazian L, Kentish-Barnes N, Pochard F, Azoulay E. Burnout syndrome among critical care healthcare workers. Current opinion in critical care. 2007;13(5):482-8.
17.Quenot JP, Rigaud JP, Prin S, Barbar S, Pavon A, Hamet M, et al. Suffering among carers working in critical care can be reduced by an intensive communication strategy on end-of-life practices. Intensive care medicine. 2012;38(1):55-61.