2020.10.16

EMA症例114:10月症例解説

2020年10月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。
10月21日時点で質問に回答をいただいた方は168名いらっしゃいました。


質問1:本患者の診療に際して、最も否定したい疾患は何ですか?(自由記載、1つだけ)

脳卒中としてはくも膜下出血の回答が多く、不整脈による心原性失神については心室細動が、その原因としてBrugada症候群などが多く指摘されました。また中枢神経感染症としては細菌性髄膜炎との回答が多かったです。

質問2:本患者の診療に際して次の5〜15分以内に施行したい検査を2つまで選択してください。

選択された検査としては圧倒的に血液ガス分析が多く、続いて十二誘導心電図と頭部CTとの回答がありました。その他の回答の中では血糖測定、ビタミンを含む血液検査、血中アンモニア濃度の測定があげられました。

質問3:現時点で最も疑っている疾患は何ですか?(自由記載、1つだけ)

様々な回答がありましたが、やはりアルコール離脱症候群やアルコール中毒、アルコール性ケトアシドーシスと言ったアルコール関連の問題ではないか、と言う指摘が最も多く、続いて代謝性脳症の可能性が指摘されました。

質問4:本患者の対応について、どうしますか?(単一回答)

Dispositionとしては入院対応が殆どを占めており、その中でも自分自身が主治医となって一晩経過観察入院すると言う選択肢が半数以上を占めました。

質問5:あなたの属性は?

回答者としては、半数程度が救急医(専門医・専攻医)でした。今回は多くの他科の先生方に加えて、学生さん、放射線技師・救命士の方々からも回答をいただきました。

 

さて、今回の症例について、その後の経過をみてみましょう。

【症例の続き】

 実際の症例では、心原性失神の可能性が高いと判断し、循環器内科に相談としました。別件で救急外来に来ていた脳神経外科医とも相談し、念のためにMRIを撮影するかどうか考えていたところで、心電図アラームが鳴り、続いて本人が痙攣しました。モニターを確認すると、明らかな心室細動が確認されました。
 そのままACLSを開始、電気的除細動とアミオダロン投与に反応なく、体外循環式心肺蘇生を行い、VA-ECMO導入の上でVF storm治療・精査目的に入院となりました。

 今回の症例における重要な検討事項はズバリ「Convulsive syncopeの診断と対応」でした。

1.Convulsive syncopeとは何か?

 先ず用語の確認ですが、痙攣とは「激しい不随意運動」であり、てんかんとは「神経細胞の異常な電気信号に基づく感覚や運動の異常、自動症、認知機能障害」を指します(文献1)。一方で、失神は「一過性の意識消失の結果、姿勢が保持できなくなり、かつ自然に、また完全に意識の回復が得られる」「意識障害を来す病態の中でも、速やかな発症、一過性、速やかかつ自然の回復という特徴を持つ1つの症候群」とされています(文献2)。
  Convulsive syncopeは「痙攣のような運動を伴う失神」と説明されており、多くは座位で徐脈や低血圧を生じた場合に生じるとされます(文献1)。即ち、一過性に脳虚血を起こし、失神を生じる状況で脳虚血の結果、全身に痙攣を引き起こす、と言う状況です。広く受け入れられている日本語訳はなく、ここでは「痙攣性失神」と直訳します。尚、失神中に痙攣が診られる頻度は4〜40%と報告によって幅はあるものの決して珍しくは無いと言えます(文献3)。
  痙攣性失神の特徴は、あくまで失神ですので、①痙攣発作の時間が短い(長くても1分以内、多くで30秒以内)、②痙攣後の意識混濁の時間が短い(数秒〜数分、通常5分以内)、③側方症状(Toddの麻痺など)は原則的に無い、と言った点が挙げられます。
 てんかん発作と失神の鑑別を目的に開発された「Calgary Syncope Seizures Score(CSSS)」がありますが、原著では感度・特異度共に優れたスコアとして発表されました。これは「咬舌」「異常行動」「発作時の片側への頭部回旋」など複数の症状を評価して合計点で判断するとしたものでしたが、その後妥当性を評価した研究では感度・特異度共に低いことが示され、現状として臨床に利用することはお勧めできないと考えます(文献4-5)。また一般的には、「咬舌」「向反発作」「筋痛」「5分以上の意識障害」「チアノーゼ」「発作後意識混濁」などがてんかん発作に特異的とされてきましたが、健康なボランティアに失神発作を誘発して症状の経過を評価した研究(文献6)によると、間代性痙攣、ミオクローヌス、強直性痙攣、頭部偏向、口周囲自動症が見られたとのことであり、発作様式ではてんかん発作と失神の鑑別は難しく、むしろ痙攣時間や発作後の意識混濁時間で鑑別を進める方が現実的だと考えられます。

 

2.想定すべき疾患と備えるべき事態は何か?

失神の鑑別としてSYNCOPEのmnemonicsがあります。

S=Situational(状況性失神:排泄後・咳嗽後・性交後など)
Y=Vasovagal(迷走神経反射:疼痛時など)
N=Neurogenic(神経疾患:自律神経失調症、多系統萎縮症など)
C=Cardiogenic(心疾患:以下のHEARTで鑑別)
                           Heart attack:心筋梗塞
                           Embolism:肺塞栓症
                           Aortic dissection & AS:大動脈解離、大動脈弁狭窄症
                           Rhythm disturbance:不整脈
                           Tamponade:心タンポナーデ
O=Orthostatic(起立性低血圧:脱水・出血を検索)
P=Psychogenic(精神心理系:ヒステリー発作など)
E=Everything else(その他色々:薬剤性など)

 これからも分かる通り、失神を呈する疾患の中には致死的な疾患が複数含まれます。特に心原性失神は今回の症例のような経過を辿る可能性があり、痙攣性失神かも知れないと想起したところで、失神のWork upと同じく警戒が必要となります。
 本症例は「安静時に発症した痙攣性失神」であり、心原性失神を呈する致死的不整脈に対して、発症前の症状や家族歴、過去の失神歴、心電図所見などについて速やかに情報を集めつつ「何かあった時(=致死的不整脈発症時)」に備えてモニタリングの開始と静脈路確保が必要だったと思います。アジア人男性ですしBrugada症候群を念頭におく必要がありますし、肺塞栓症や肥大型心筋症なども想定しつつ十二誘導心電図や経胸壁心エコーを評価する必要があるでしょう(文献6)。

 

3.MRI撮影中の急変リスクは無視できない

 本症例の経過で不幸中の幸いだったのは、MRI撮影前にVF stormになった事です。MRIはCTよりも撮影時間が長く、またボア径が小さく、持ち込める物品も限定的である事から、急変に対して非常に脆弱な環境です。即ち、外傷診療においてCTが「死のトンネル」と評されたのと同じく、もしくは、それ以上に救急診療におけるMRIのリスクについては認識する必要があると考えます。特にモニタリングツールについては施設によってリアルタイムで評価できる生態情報の量に差があります。
 しかし、現代において外傷診療におけるCTの有用性が再認識されているのと同じように、MRIは非常に多くの情報をもたらす優れたモダリティであることも事実です。特に、てんかん診療においてMRIがもたらす情報は極めて大きく、本症例をてんかん疑いと考えた場合には、発症早期にMRIを撮影する方針で舵取りする考え方もあるかも知れません。
 この決断については「症候を適切に評価して、事前確率を見積もり、その検査を施行する上でのリスク・ベネフィットを考慮して適応を考える」としか言えないように思います。施設やチーム毎に異なる基準が設定されて然るべきですが、検査ありきの戦略ではなく、丁寧な臨床推論を検査で裏付けていく戦略が必要です。

 

4.アルコール関連の疾患についての考え方

 今回多くの方が「疑わしい疾患」として挙げてくださったアルコール離脱症候群やアルコール性ケトアシドーシスについてです。これらは以前に教育班でも取り扱っていますので、宜しければ以下もご覧ください。

離脱:https://www.emalliance.org/education/case/syourei89kaisetsu
AKA:https://www.emalliance.org/education/case/syourei82kaisetsu

 アルコール離脱症候群にとって重要なキーワードは「アルコール摂取の中断・減量後に生じた頻脈、発汗、体温上昇など自律神経症状」であり、本症例のように直前まで飲酒をしていた症例では先ず可能性は高くないと考えて良いと思います。一方で、アルコール性ケトアシドーシスは「慢性的なアルコール多飲のある者が、嘔気・嘔吐、腹痛のために飲酒・経口摂取ができなくなった1~3日後に発症するアニオンギャップ開大型代謝性アシドーシス」と言うのが典型的な病像です。本症例では慢性的な多量飲酒があり、この点は合致します。ただ、先行する消化器症状などの体調不良はなく血液ガス分析の結果は純粋な乳酸アシドーシスのみであり、全身痙攣の後であれば、それだけでも説明がつく変化です。
  いずれにせよ、アルコール関連の問題を評価する上で、最終飲酒時期と食事摂取状況の2つは確実に聴取しなければならない二大巨塔であると思われます。

 

Take home message

(1) 痙攣性失神とてんかん発作の鑑別において、①痙攣発作の時間、②痙攣後の意識混濁時間が重要な情報であり、痙攣発作中の運動は有用ではない。
(2)心原性失神を疑った場合、致死的不整脈発作が診療中に生じる可能性を考慮して診療を進めていく。
(3)検査中の急変リスクを十分に検討した上で検査の是非を決める。

【参考文献】

1. Rosen's Emergency Medicine- Concepts and Clinical Practice 9th edition, Elsevier, 2017
2. 失神の診断・治療ガイドライン(2012年改訂版)
3. Sheldon R, et al: How to DifferentiateSyncope from Seizure. Cardiol Clin, 2015
4. Sheldon R, et al: Historical criteria that distinguish syncope from seizures. J Am Coll Cardiol,2002
5. Expósito V, et al: Usefulness of the Calgary Syncope Symptom Score for the diagnosis of vasovagal syncope in the elderly. Europace, 2013
6. Lempert T, et al: Syncope; A videometric analysis of 56 episodes of transient cerebral hypoxia. Ann Neurol, 1994
7. Brignole M, et al: 2018 ESC Guidelines for the Diagnosis and Management of Syncope. Eur Heart J, 2018