2019.11.14

EMA症例82:2月症例解説

2月の症例、いかがだったでしょうか。
今回もグラフの通り、60名以上の皆さまから回答をいただきました!ありがとうございます。

今回の症例は、よく分からない経口摂取不良の後、動けなくなって搬送された患者さんでした。
指示には従うものの会話ができず、意識障害を呈していたため、すぐにルートを確保しつつ、静脈血液ガス・血算・生化を提出しました。
血液ガスでは、著明なアニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスが目に着くと思います。さらに低血糖も認めますね。
(※「代謝性アシドーシスの評価は『静脈』ガスで良いのか?」も議論のあるところかもしれませんが、ある程度相関があると報告されています[1]。詳しく書き出すとこれだけで1つのテーマになってしまうので、ここでは割愛します。)

「アニオンギャップ開大性のアシドーシス」を来す疾患といえば…
お!これは2017年7月のEMA症例(サリチル酸中毒)でも出てきたゴロですね!
http://www.emalliance.org/education/case/shorei75kaisetsu-2
 血液ガスの評価についてはこちらに掲載していますので、今回は省きます。)

・C=Carbon Monoxide(一酸化炭素), Cyanide(シアン化物)
 ・A=Alcoholic ketoacidosis(アルコール性ケトアシドーシス)
 ・T=Toluene(トルエン)
 ・M=Methanol(メタノール)
 ・U=Uremia(尿毒症)
 ・D=Diabetic ketoacidosis(糖尿病性ケトアシドーシス)
 ・P=Paraldehyde(パラアルデヒド), Phenformin(フェンホルミン)
 ・I=Isoniazid(イソニアジド), Iron(鉄中毒)
 ・L=Lactic acidosis (乳酸アシドーシス)
 ・E=Ethylene glycol(エチレングリコール)
 ・S=Salicylates(サリチル酸), Starvation(飢餓), Strychnine(ストリキニーネ)

さてここで、「Q1.追加で行いたい診察や検査はありますか?」に対する皆さんの回答をご紹介します。

選択された項目は、ばらつきが多く、また複数の選択肢を回答された方が多かったです。確認すべき項目・あるいは除外すべき疾患が多いことの表れかな、と感じました。
その中でも、追加で聞きたい問診の内容として最多だったのが「アルコール摂取歴・飲酒量」で、「中毒の可能性はないか」「サリチル酸、メタノールを飲んだ可能性はないか」が続きました。上述の鑑別を睨んだ回答ですね!

追加で診察したい項目としては、はばたき振戦、眼球運動、口臭など。
検査項目としては、最多が「アンモニア」、「血中ケトン(あるいは分画)」「ビタミンB1」と続き、これまた鋭い項目を挙げていただきました。

実際の診療でも、「感染症・敗血症による乳酸アシドーシス」は外せない鑑別と考え、血液培養は早々に提出しました。血糖は低値のためDKAは疑いにくく、患者の母と救急隊から得られた限りでは、overdoseや有毒なアルコール摂取を示唆する情報はありませんでした。

ひとまず、低血糖に対してブドウ糖投与(※この点は後でコメントします)+経口摂取できていなかったということで細胞外液の補充を行ったところ、意識は改善し、会話ができるようになりました。
改めて問診・診察を行う中で生活歴について尋ねると、「1日に焼酎3合ほど」を飲む大酒家であり、食事を摂らずに飲酒することも良くあると判明。来院したのは火曜日でしたが、その前の週末は食事をほとんど摂らずに朝から飲んでいた、ということが分かりました。
この病歴が聴取できると,AKA(アルコール性ケトアシドーシス)が一気に疑わしくなりますね。
一方、この情報が得られないと、鑑別は難しいですね。また、AKAには地域性があるようで(エビデンスはありませんが!)、教育班のメンバーの中でも「この血液ガスを見たら、真っ先に疑う」という人から、「ほとんど診たことがない」という人までいました。ちなみに当院はよく来る地域です(笑)。

~AKAについて~

AKAには『診断基準は存在しない』ため、『臨床的に』診断する必要があります。「慢性的なアルコール多飲のある者が、嘔気・嘔吐、腹痛のために飲酒・経口摂取ができなくなった1~3日後」に発症というのが典型的な病歴です[2]。慢性的な低栄養状態に、経口摂取ができないことによる急性の飢餓が重なって生じる、という訳です。
いかんせんアルコールの問題がある相手ですので、正確な病歴が取れない場合や、多量飲酒を否定する場合もあるでしょう。今回の症例も、家族が生活状況をあまり把握しておらず、正直最初は「良く分からないなー」という状態で診療が始まっていました。救急隊から自宅の状況を積極的に聞いたり、身体診察で栄養状態が悪そうなことに目をつけたり(今回の症例も「痩せている」見た目でした)することが、手がかりになるかもしれません。
同時に、上記の「アニオンギャップ開大性のアシドーシスを来す疾患」が鑑別すべき疾患ですから、これらの除外も必要です。

<症状・所見>
症状としては、嘔気・嘔吐、腹痛、意識障害(不穏・興奮も)が挙がります。ただ、意識は清明であることも多く、逆に著明な意識障害があれば別の原因を考慮しなくてはいけません(今回の症例も低血糖を合併していました)。
身体所見では、頻脈、頻呼吸、腹部の圧痛の頻度が高いと言われています[2,3]。血圧は低値の場合もありますし、アルコール離脱を伴って高値の場合もあります。

<検査所見>
アニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスを呈し、特にβ-ヒドロキシ酪酸が有意に上昇します(ただ、β-ヒドロキシ酪酸はすぐに測定できるとは限りませんので、現実的には代謝性アシドーシスから疑うことになると思います)。下記のような病態が併発し、他の酸塩基平衡異常が合併することもあります。
 ・呼吸性アルカローシス:アルコール離脱による頻呼吸、不穏、ベースにある肝臓疾患
 ・代謝性アルカローシス:下痢・嘔吐、高Cl性(アニオンギャップ正常)
・乳酸アシドーシス:敗血症、膵炎、横紋筋融解症

尿中ケトン体は陽性になるはずですが、尿試験紙では偽陰性になることがあるので、注意が必要です。一般的なケトン体試験紙で使われる二トロプルシドを利用した試験紙法は、アセト酢酸には鋭敏ですが、AKAで特に増加するβ-ヒドロキシ酪酸には反応しないため、偽陰性が生じます[4]
血糖は低値~軽度高値(通常200~250mg/dL以下)と言われ、さらに高値であればDKAを鑑別に考える必要があります。
様々な電解質異常を合併することも多く、低カリウム血症、低リン血症、低マグネシウム血症が代表です。血清浸透圧ギャップは上昇し、20mOsm/kg未満であることは稀です。

<治療>
以下に治療を述べます[3,4]
「Q2.優先的に行いたい治療は?」にいただいた回答の上位は、補液(細胞外液)、ビタミンB1投与、ブドウ糖投与(血糖補正)で、それぞれ20名以上の方が挙げてくださいました。

・チアミン(ビタミンB1)
アルコール依存を疑った場合には、チアミン100mgを投与します。Wernicke脳症の発生・増悪を防ぐため、糖液を入れる前に投与するよう勧められます。
(「糖液の前にチアミン」がWernicke脳症を防ぐという点について、質の高いエビデンスはないのですが、投与すべきでしょう。今回の症例では、アルコール多飲歴が判明してから「いかん、いかん!」とビタミンB1の補充を行ったのが反省点です。幸い、脳症の合併などは生じませんでしたが。(回答の中でも「糖液の前にビタミンB1」「ブドウ糖投与が遅れないよう、すぐ投与できるならビタミンB1」まで書いてくださった方もいらっしゃり、さすがです!)

●治療の大きな柱は、糖液と生理食塩水の投与です。
・糖液
糖の投与により、以下の機序でアシドーシスが補正されます。
インスリンが分泌され、グルカゴンの分泌が減少
⇒ケトン体の産生が減少し、代謝が増加する
⇒β-ヒドロキシ酪酸とアセト酢酸が代謝される
⇒重炭酸が生成され、(部分的に)代謝性アシドーシスが補正される

投与速度は患者の状況によって調整が必要ですが、5%ブドウ糖を推奨されていることが多いです。
ただし、高血糖を呈している場合には向きません(AKAのみで著明な高血糖、ということは稀なはずですが)。また著明な低カリウム血症の場合には、糖を投与することでインスリンが分泌され、低カリウムの悪化を招くので注意が必要です。

・生理食塩水
多くの患者は、嘔吐や経口摂取不良により脱水になっており、細胞外脱水の補正(ときには蘇生としての初期輸液)が必要です。また脱水を補正することにより、カテコラミンやグルカゴン(これらはケトン体産生を促進)の分泌も抑制します。
一方、多量のCl負荷により、高クロール性の代謝性アシドーシスが悪化し得るとされています。

●電解質異常は、来院時から認めることもあれば、輸液(治療)を行うにつれて生じてくる場合もあります。適宜チェックして、必要に応じて補充を行います。
・カリウムの補充
・リンの補充
・マグネシウムの補充
(※治療抵抗性の低カリウム血症・低カルシウム血症の患者では、血清マグネシウム濃度が正常であってもマグネシウム不足の場合があります。)

なお、アシドーシスを補正するために炭酸水素ナトリウム(メイロン®)を投与することは、pH が7.1を下回るような著明なアシドーシス以外では勧められません。かつ、AKA単独でそれほどのアシドーシスを生じることは稀なため、他の原因があるのではないか?と考える必要もあります。
その他、アルコール離脱による痙攣や不穏に対してベンゾジアゼピンを投与したり、嘔気に対してメトクロプラミド等の制吐剤を使用したり、と対症療法を行います。
最後に、AKA自体の予後は、適切な治療をすれば悪くありません。ただ、再発を起こすことは多く、アルコール依存の可能性を考慮し、適切な精神科やカウンセリングへ繋ぐことも忘れてはなりません。

<Take Home Message>
・AKAは臨床診断。『慢性的なアルコール多飲患者が、嘔気・嘔吐、腹痛で経口摂取ができなくなった1~3日後』の状態悪化が典型的。
・アニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスで疑う。
・治療の柱は糖液と生理食塩水。チアミン(ビタミンB1)の投与を忘れずに。
・糖液と生理食塩水を柱に、電解質(カリウム、リン、マグネシウム)のモニタリングと補充。

●参考文献
1.Awasthi S. Peripheral venous blood gas analysis: An alternative to arterial blood gas analysis for initial assessment and resuscitation in emergency and intensive care unit patients. Anesth Essays Res. 2013;7(3):355-8.
2.McGuire LC. Alcoholic ketoacidosis. Emerg Med J. 2006;23(6):417-420.
3.Chapter 221. In: Tintinalli’s Emergency Medicine: a comprehensive study guide, 7th Edition.
4.Allison MG, McCurdy MT. Alcoholic metabolic emergencies. Emerg Med Clin North Am. 2014;32(2):293-301.
5.UptoDate “Fasting Ketosis and alcoholic ketoasidosis”