EMA wellness week 2025
EMA Wellness Week 2025
世界各国のwellnessの研究を覗いてみよう!
今年は大阪で大阪・関西万博2025が開催されており、世界各国のパビリオンやiPS細胞を用いた人工心臓など話題になっていますね!
そこで、今年のEMA Wellness Week 2025は世界の救急医療界隈のwellness研究を覗いてみましょう!
アメリカ
アメリカではwellness関連の論文発表が非常に多いのですが、今回ご紹介するのはこちらの論文です。
J. Matthew Fields, et al. Exploring the Impact of the Emergency Department Built Environment on Physician Workplace Stress: A Qualitative Study Utilizing High-Fidelity Virtual Reality. J Am Coll Emerg Physicians Open. 2025; 6(4): 100214. https://doi.org/10.1016/j.acepjo.2025.100214
この研究は、救急外来(ED)の環境が救急医のストレスにどのような影響を与えるかを調べたものです。フィラデルフィアのレベルI外傷センターに半年以上勤務している救急医がバーチャルリアリティ(VR)を装着し、同EDを再現した仮想空間において、職場環境の様々な要素が自身のストレスにどう関連するかを評価しました。感情的、身体的、生産性ストレスという3つの領域で分析し、その結果、EDでの騒音、医師のプライバシーの欠如、非効率なEDレイアウトが主なストレス要因として特定されました。この研究は、VRがEDの環境が救急医のストレスを評価する革新的な研究ツールとして有効であることを実証し、救急医のウェルビーイング向上を目指したED設計改善の重要性を強調しています。研究手法も未来的で非常に興味深いですね!
カナダ
カナダもwellnessの研究を数多く発信していますが、今回ご紹介するのはこちらの論文です。
Brendan Lyver, et al. Exploring the Impact of Workplace Violence in Urban Emergency Departments: A Qualitative Study. Healthcare 2025, 13, 679. https://doi.org/10.3390/healthcare13060679
この研究は、トロントにある大学医療センターの2つの都市型救急部門で働く医療従事者が経験する院内暴力の影響を半構造化インタビューを行い質的に調査したものです。医師・看護師・救急救命士など救急外来勤務歴3か月以上のスタッフ52人が参加しました。
調査の結果、以下の主要な4つのテーマが課題として浮かび上がりました①「暴力の日常化」という認識、②リーダーシップの役割、③各部署間の連携不足、④院内暴力対策のためのシステムや意識の改善です。
筆者らは、単独の施策では不十分であり、素子区分化、教育、資源配置を組み合わせた多層的アプローチが必要だと提言しています。これらの知見は、救急外来(ED)スタッフのためのより安全な環境を構築するための制度的、組織的、およびプロセス上のギャップに対処するのに役立つと結論付けています。
この論文から示唆される「私たちでもできそうな取り組み」は次の4つです①報告→フィードバック→改善の循環を可視化する②暴力・侵襲的行為への緊急対応であるコードホワイト時のリーダーや役割の明確化③定期的な危機介入トレーニングとデブリーフィング④人員配置と安全に配慮した環境設計です。
先ほどご紹介したアメリカの論文とも共通しますが、職場の安全管理は救急医のwellnessに大きく影響します。EMA for usでも以前、Essential for usにおいて安全対策について取り上げています(https://www.emalliance.org/emaforus/essential/facility/safety_management
)。暴力行為への対策も同様に重要です。この機会に、皆さんの施設での暴力行為に対する対応を再確認してみてはいかがでしょうか。
トルコ
トルコからは同じく院内暴力に対するこちらの論文をご紹介します。
Mehmet Selim Karpınar, et al. Workplace violence against emergency physicians: A cross‐sectional study on the role of communication skills. Turk J Emerg Med. 2025 Apr 1;25(2):123-129. https://doi.org/10.4103/tjem.tjem_215_24
この研究は、トルコの救急医に対する職場での暴力(WPV)が救急医の安全と幸福にもたらすリスクについて調査し、特に医師のコミュニケーション能力がWPVとどのように関連しているかを検証しています。コミュニケーションスキルの評価には Health Professionals Communication Skills Scaleのトルコ語版が用いられました。Health Professionals Communication Skills Scaleは医療従事者のコミュニケーション能力を評価するための尺度で、共感・情報伝達コミュニケーション・尊重・社会スキルの4分野計18項目で構成されており、これに「ほとんどない(1)」から「何度もある(6)」の6段階で評価するものです。63名の救急医を対象にアンケート調査を実施した結果、研修医期間中に85.7%、専門医期間中には90.5%が言葉による暴力を経験していることが明らかになりました 。
身体的暴力も研修医期間中に31.7%、専門医期間中には27.0%が経験していました 。
興味深いことに、言葉による暴力は専門医になってから有意に増加する一方、身体的暴力は有意に減少するという傾向が見られました 。
参加者のコミュニケーション能力のスコアは平均86.08点(最高108点)と比較的高かったものの 、コミュニケーション能力のスコアと職場での暴力(WPV)の頻度との間に統計的に有意な関連は見られませんでしたが、これは、コミュニケーション能力だけでなく、以下のような他の要因がより大きな役割を果たしている可能性を示唆しています。
● 体系的な問題(Systemic issues)
● 患者の期待(Patient expectations)
● 環境的なストレッサー(Environmental stressors)
したがって、この研究によれば、コミュニケーションスキルが高い医師であっても、救急外来という高ストレスな環境要因などによってWPVに遭遇する可能性があり、スキルスコアと暴力の経験頻度に直接的な相関は認められなかった、ということになります。
この研究の重要なメッセージは、救急医に対する職場内暴力は極めて多いものの、その経験頻度は医師個人のコミュニケーションスキルとは直接相関しないという点です。したがって、暴力の問題を解決するためには、個人のスキル向上だけに頼るのではなく、職場環境の改善や安全対策の強化といった、組織的・体系的なアプローチが不可欠であると言えます。
イギリス
イギリスからは、我々も日々感じている「不確実性耐性(Uncertainty Tolerance: UT)」に焦点を当てた研究をご紹介します。
Luke Budworth, et al. Is emergency doctors' tolerance of clinical uncertainty on a novel measure associated with doctor well-being, healthcare resource use and patient outcomes? Emerg Med J 2025;42:41–48. https://doi.org/10.1136/emermed-2023-213256
救急医は、限られた情報、厳しい時間的制約、帰宅後のフィードバックの少なさといった状況の中で、日常的に不確実な状況に直面しており、その職務を遂行するためには、この不確実性を受け入れる必要があります。この研究では、Physicians' Reaction to Uncertainty Scale(医師の不確実性への反応尺度)を救急医療の文脈に合わせて改良し、その信頼性が確認されました。改良されたスケールは、「診断に確信が持てない時不安を感じる」「患者やその家族に話すのが最も難しいことは『わかりません』ということである」などの34項目について、「全く思わない(1)」から「強く思う(5)」の5段階で評価するものです。結果として、UTが高い医師は精神的な幸福度が高く、燃え尽き症候群が少ないことが示されました。一方で、医療資源の使用や患者の再受診などの転帰との明確な関連性は見られませんでした。このことから、UTを高める介入は医師のウェルビーイングに良い影響を与える可能性がありますが、患者への影響についてはさらなる研究が必要であると結論付けられています。何気なく感じているストレスを可視化し評価することは非常に重要ですね!
デンマーク
Wellnessへの取り組みが盛んな北欧からは、こちらの論文をご紹介します。
Lotte Huniche, et al. Preventing burnout from moral distress among prehospital emergency personnel through action research and targeted clinical ethics support. Scientific Reports 2024; 14:31956. https://doi.org/10.1038/s41598-024-83507-z
この研究は、デンマーク南部地域の病院前救急医療従事者が直面する倫理的課題に焦点を当てています。「moral distress」とはやるべき正しい医療と現実にできる医療のギャップ(=倫理的課題)から生まれるストレスのことです。これらの課題は、患者のケア(意味がないと感じながら行うCPR、医学的に必要だが本人の拒否に直面etc)、自身の安全と社会的責務とのバランス(危険を伴うサイレン走行や不適切な救急車利用etc)、同僚との協力(方針の不一致etc)という3つの主要な状況で発生し、道徳的苦痛(moral distress)を引き起こして最終的には燃え尽き症候群につながる可能性があります。
倫理的課題は個人の問題ではありません。したがって研究者たちは、燃え尽き症候群を予防し支援的な職場環境を構築するために、組織として共有・議論できる環境を作り、トレーニングやフィードバックにおいて、現場に合わせてカスタム型の臨床倫理サポートの必要性を強調しています。
Moral distressへの対応は燃え尽き症候群の予防・人材定着・安全な医療提供につながります。
院内で行う救急診療でも同じようなmoral distressは生じますが、病院前診療ではさらに厳格な安全管理が求められるうえ、限られた情報や医療資材の中でストレスを感じやすい環境にあります。この機会に、病院前診療におけるwellnessについても考えてみてはいかがでしょうか。
ルーマニア
ルーマニアからは、こちらの論文をご紹介します。
Raluca Mihaela Tat, et al. Burnout, Work Addiction and Stress-Related Growth Among Emergency Physicians and Residents: A Comparative Study. Behav. Sci. 2025, 15, 730. https://doi.org/10.3390/bs15060730
この研究は、ルーマニアの救急医および研修医の間で、燃え尽き症候群、仕事依存、ストレス関連成長(stress-related growth)のレベルを比較検討することを目的としています。また回答者の年齢、睡眠時間、職務満足度、一般的健康状態、パーソナリティ特性が、結果にどのように影響するかも調査されています。
なお「ストレス関連成長」というのは、ストレスによる正(positive)の効果のことです。ストレスはしばしば、身体的・心理的・社会的障害といった負(negative)の帰結と関連づけられますが、いくつかの研究は、一定量のストレスが正(positive)の帰結や対処戦略の改善につながることを示しています。「追い詰められた時に成長する」という感じですね。
回答者は、ルーマニアの研修プログラムを運営する5つの救急部門の、117名の救急専門職(41名の救急医と76名の救急の研修医)でした。
方法としては、2つのセクションからなるオンライン調査への回答です。1つ目のセクションは社会人口統計学的および職業的データ(年齢、性別、臨床経験年数/レジデンシー年数、喫煙状況、勤務外の睡眠時間、全般的健康状態、および仕事満足度)についての質問。2つ目は、6つの妥当性が確認された評価尺度(燃え尽き症候群を評価する「Oldenburg Burnout Inventory」や、仕事依存を測定するための「Dutch Work Addiction Scale—short version」など)です。461名の救急専門職(170名の救急医と291名の救急研修医)に送付し、回答率は25.4%でした。
主な結果として、燃え尽き症候群のレベルは救急医と研修医の間で同等でした。しかし救急医の方が、仕事依存(work addiction)のレベルが有意に高く、過剰労働(excessive work)や強迫的な仕事関与(compulsive engagement in work activities)が認められました。これは臨床への曝露が多い事や、判断における責任の増大が関与している可能性があります。
同時に、救急医の方がストレス関連成長のレベルが有意に高いことも示されました。
このことは、救急医療の過酷な環境に長期間従事している救急医は、仕事へのより深い関与とストレスへのより効果的な対処戦略の両方が生まれる可能性を示唆しています。
過度なストレスは様々な悪影響を生じますが、精神面の成長も促しているということで、ある程度の経験も必要というのは、私たちの実感と合っているのではないでしょうか。
マレーシア
最後はマレーシアの論文をご紹介します。
Annushkha Sinnathamby et al. Concepts of Suffering at the End of Life Amongst Emergency, Palliative Care and Geriatric Medicine Physicians in Malaysia. American Journal of Hospice & Palliative Medicine 2025; Vol. 0(0) 1–9. https://doi.org/10.1177/10499091251317725
本研究は、マレーシアの救急、緩和ケア、老年医学の医師たちが終末期の苦しみに直面した際に抱く苦しみの概念と、それが医師自身の職業的アイデンティティおよび幸福に与える影響について深く掘り下げることを目的とした半構造化インタビューによる質的研究です。患者の苦しみが医師に与える影響として、無力感、自身の能力不足、患者の苦しみを理解できないことによる自信の危機などの感情が挙げられています。さらに、患者の苦しみを目の当たりにすることが、医師自身の無力感や燃え尽き症候群、そしてケアの質への影響につながり、長期にわたる精神的・感情的な苦痛として現れることを強調しています。そのうえで、医療機関が医師へのより良いサポート体制を強化する組織的支援の必要性を訴えています。救急医療では、特に患者・医師関係を構築する間もない中で厳しい状況に遭遇するため、大きなストレスがかかる状況にあると考えられます。振り返りなどを通じてサポートする環境づくりが重要ですね!
以上、世界の救急医のwellness研究についてでした。Wellness対策で日々を健やかに過ごすことも大事ですが、なかなかデータ化しにくい事象に対してしっかりデータを出して問題点を客観的に評価することも重要です。皆さんの日頃の悩みが研究の糸口になるかもしれません。是非このような研究にも目を向けてみてください。