2020.07.26

働く救急医の搾乳 〜搾乳の工夫〜

沖縄県立中部病院 中山由紀子

今回は6月に文献班で紹介してくださった文献【Breast Practices Strategies to Support Lactating Emergency Physicians】(https://www.emalliance.org/education/dissertation/20200630) について、体験談も交えながら少し詳しく読み解いてみたいと思います。
この文献では、授乳の生理学から、搾乳する本人のやるべきこと、同僚のやるべきこと、部門長・管理職のやるべきことについて説明されています。
この論文に記載されていることは青色で記載して区別しておきます。
少し長いので、時間のない方は太字部分だけでも概要は掴めます!

はじめに
・母乳栄養は乳児にとっても母親にとってもメリットだらけ
・アメリカ小児科学会は、乳児を生後6か月間は完全に母乳で育てること、1年以上は適切な補助食品とともに母乳を継続することを推奨
・世界保健機関は、生後2年(またはそれ以上)は母乳を継続することを推奨

母乳で育てられた乳児は、神経発達転帰の改善、免疫力の改善、SIDS(乳幼児突然死症候群)、肥満、糖尿病、小児白血病とリンパ腫、およびアレルギー性疾患のリスクの低減といったメリットがある一方で、母親にとっても、母乳育児は乳がん、卵巣がん、2型糖尿病、およびその他の心血管リスク因子のリスクを軽減するメリットがあります。

・医師は母乳育児を開始する人が多いにもかかわらず早期に母乳育児をやめてしまうリスクの高い集団とされている

最近の文献では救急医も含め働く親のニーズを具体的にサポートしようとする動きが増えているようです。
アメリカ救急医会(ACEP)は2013年に「母乳育児をしている救急部門の従業員、看護師、医師が勤務中に救急部門内または近くで母乳を搾り出すためのトイレ以外の専用のエリアについて。」のポリシーを提言しています。
(https://www.acep.org/patient-care/policy-statements/support-for-nursing-mothers/)

また、Young physiciansにむけて「Pump it up」という項目で仕事中に搾乳をしなければならない女性へのTipsもまとめています。
(https://www.acep.org/how-we-serve/sections/young-physicians/news/july-2019/pump-it-up-breastfeeding-tips/)

しかし、米国でも、これらの進歩にもかかわらず、多くのED(emergency department)には授乳中の救急医が母乳育児の目標を達成するのをサポートするための適切な授乳スペースまたは部門の方針が欠けています。

母乳がでない、病気の治療など様々な事情で母乳をあげられない場合もあるため、授乳期間は人それぞれとなりますが米国では米国小児科学会の推奨事項に従って少なくとも最初の6か月間母乳を与える事が一般的なようです。

授乳の生理学
・3時間おきに母乳を空にすることが推奨されている。


母乳は乳児に必要とされる分だけ作られます。
授乳(搾乳)の時間が空くと、母体が必要とされていないと勘違いをして母乳が出なくなってしまう可能性があります。
また、授乳・搾乳の時間が空くと乳汁鬱滞、乳腺炎などが起こるリスクがあります。何より時間が空くと母乳で乳房が岩のようにカチコチになってとても痛み、搾乳や授乳で母乳の圧が抜けると楽になります。
乳汁鬱滞でも発熱、悪寒戦慄が生じることもあり、私も一度助産師さんに絞ってもらいました。

・搾乳には2−30分を要する。
・機器の洗浄/組立て/片付け/母乳の保存などにも時間を要する。


搾乳機は手動のもの、バッテリー駆動または電源コード付きの自動のものがあり、どれも搾乳中は片手が塞がります。
私は長男が生後10ヶ月の時に職場復帰し、復帰に合わせて授乳は夜間のみにしたため職場での搾乳の経験はありませんが、育休中の生後3ヶ月で教育コースのディレクターをした時、また生後4ヶ月で総合内科専門医試験を受けた時はコースや試験の合間に搾乳をしました。
ディレクターをした時は、事前打ち合わせでインストラクターには搾乳のことを伝え、シミュレータで指導していただいている間に別室(座学で使用した部屋)で搾乳しました。
万が一、人が入ってきてしまったときのことも考えて、念のためおくるみで前を隠しておきました。
搾乳した母乳は、専用のパックに取り分け、保冷剤をたっぷり入れた保冷バッグに保存しました。(冷蔵で24時間保存可能です。)
搾乳機は分解してトイレで水洗いしましたが、洗剤洗いと消毒はできなかったので2回目以降に搾乳した母乳は、破棄しました。
(消毒は、専用の消毒液(次亜塩素酸Na)につけおき・煮沸消毒・レンジでチンといった方法があります。)

総合内科専門医試験の時は、試験時間終了よりも早めに退室して多目的トイレで搾乳、初回分のみ専用パックへ取り分け保冷バッグへ保存、搾乳機の水洗いをしました。

搾乳自体は
1手を洗う
2搾乳機を組み立てる
3搾乳開始(準備モード→搾乳) (片方10分程度)
4母乳を専用パックに移して保冷バッグへ(職場なら冷蔵庫)
5搾乳機を分解、洗浄、消毒
6母乳パッドの交換
という流れになり、30分程度かかります。
また、職場での搾乳となると、スクラブを上までしっかりまくり上げる必要があり専用の授乳服とは違ってやややりにくそうです。
私は外出先へは搾乳しやすい服を着て行きました。

・効率よく搾乳するため"letdown reflex(催乳反射→オキシトシンを出させることで射乳させる)"を利用する。
・催乳反射のために、リラックスできる環境を用意する。スマホなどで赤ちゃんの絵や音を用意するのも効果的。


授乳中は、赤ちゃんのことを考えたり泣き声を聞いたりするだけで胸が張って痛くなり母乳がでてきます。
(母乳パッドをつけていないと前胸部がずぶ濡れになることも!)
母乳の出やすさには非常に個人差がありますし、よくでる場合でも搾乳中はある程度落ち着く環境が必要です。

また、EDでの仕事は忙しさを予測する事ができないため、予定通り休憩をするのが難しいことも多く高ストレス、高鋭敏な環境であり、授乳中の救急医にとって独特の困難な環境です。
一人でシフトに入っている救急医は、搾乳のために十分な頻度・時間でEDを離れるのに苦労する場合がありますし、複数でシフトに入っていても、同僚の負担に対する罪悪感を感じたり、休憩を取りにくい圧を同僚から受ける可能性もあります。

搾乳の機材
・ウェアラブル搾乳機というのもある。
・静かで目立たないので着けながら勤務も不可能ではないとのこと。
・といえども、少しは音がするし、見えてしまうこともある。同僚らは決してからかったり、ジロジロ注目したりしないこと。

→論文中にあった「Willow」というメーカーの和文記事(https://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/1703/02/news042.html

これはなかなかすごいですね!
この文献ではウェアラブル搾乳機をお勧めしていますが、お値段もなかなかはるようです。北米では搾乳機は保険でカバーされるそうです。
しかし、搾乳中に両手が開くのは確かにありがたいですが、搾乳しながら仕事ができるか?と聞かれると私は難しいと感じます。
バックスペースでパソコン作業やスマホをいじるくらいならできないこともないですが、やはり周りに人がいてはあまりリラックスできませんし、ただでさえ授乳期の胸はサイズアップしているのでさらにこれを挟んだらどれだけボリュームがでてしまうかも気になります笑。
この文献でも、仕事の中断を最小限にできるからといってウェアラブル搾乳機の使用を強要しないように、との記載もあります。

・手動の搾乳機、電動の搾乳機がある。

手動のものはかなりの時間と労力が必要で、腱鞘炎になることも、といったネットの口コミなどもありますが、私の個人的な感想では電動のものとそんなに大差はない印象です。電動のものの方が重くかさばり、お値段も高めです。

(左はmedela社の電動搾乳機。第一子の時にお世話になりました。電源部分は紐がついていて首からぶら下げることができます。右は第二子授乳中の現在使用中のピジョン社の手動搾乳機です。手動搾乳機は軽量でコンパクトなので、持ち歩くなら個人的にはこちらをお勧めしたいです。) 

写真は以下より引用 (https://amzn.to/2ZtvdS3     https://amzn.to/3ew9w8v)

【本人のやるべきこと】
搾乳のタイミング
・8時間や12時間のシフトなら一例として「勤務前に搾乳→2−3回 勤務中に搾乳→勤務後にも搾乳」
・混雑時は早めに搾乳したり、重症対応のときに搾乳間隔を伸ばしたりするのは止むないが、できれば最後の手段にしたほうが良い。
・搾乳の15−20分前にアラームをセットし、適宜調整して診療中断時間を最小限にする工夫をする。
・授乳室で、カルテ記載や電話がかけられるように配慮してもらうと良い


授乳室に電子カルテがあれば、ウェアラブル搾乳機なら両手が開くので電子カルテ記載も捗りそうですね。

・授乳婦は水分をよく取ろう!(他の人よりプラス1L!)

月齢にもよりますが、乳児は1日に800mL前後ミルクを飲みます。(授乳中は喉が渇きます!)母乳は母体の血液から作られるのでより多くの水分を摂取する必要があります。

また、復帰前にもやっておくことがあります!
乳児の個性によりますが、生後2-3ヶ月を過ぎた頃から哺乳瓶を全く受け付けなくなる子がいます。
ですので、早期の職場復帰や誰かに預けることを考えている人は、完全母乳栄養でも搾乳した母乳を時々哺乳瓶であげるようにして、乳児が哺乳瓶の乳首にも慣れているようにしましょう。
哺乳瓶なら母親でなくてもあげられるので父親でも授乳ができるメリットがありますね。

搾乳場所
・搾乳毎に搾乳機を専用の洗剤で洗浄、すすぎ、完全に乾燥できるとよい
・現実的には洗わず冷蔵庫などに入れても、24時間以内なら安全
・搾乳機を忘れたり故障することも考え、予備を職場に置いておくのがよい
・もし無理なら職場に借りるというのも一つの手
・授乳室(搾乳室)は明るくて内側から鍵がかけられないといけない。特にERは夜勤もあるので人が少ないときの安全を考えると重要なこと。


産科のある総合病院なら、いざという時に職場で借りることも不可能ではないかもしれませんね。
乳児はまだ免疫も未熟で、搾乳機の衛生には十分な注意が必要です。上述の洗わずに冷蔵庫で24時間まで保管可能というのも、乳児が健康で未熟児などではないことを前提としています。

サポート
・同僚に授乳の許可を得てカバーしてもらうようにする
・リーダー看護師にも搾乳のことを伝えておく
・指導医に担当患者が状態変化しないか見てもらうようお願いすること
・レジデントには搾乳前に急ぎの質問や用事がないか確認しておくこと
・搾乳中、PHSには自分ででるようにしておくか、他の人にPHSを預け担当患者も管理してもらうか決めておく
・搾乳室が離れた場所にあるならば、警備の人にもその場所とおおよその所要時間を伝えておくと安心
・Dr.MILKという22000人以上参加しているオトクな情報満載のFacebookグループがある(医師免許の提示が必要)(https://www.drmilk.org


搾乳はある程度時間がかかる(30分ほど)こと、何時に搾乳する予定かなども事前に説明しておいたほうがいいですね。

【同僚がやるべきこと】
搾乳や授乳の生理学をしっかり知って理解しましょう!

搾乳のタイミング
・3時間おきの搾乳のタイミングに合わせ、遅れること無く搾乳に行けるように配慮する
・会議中の休憩時間にも配慮する(Web会議にするのも一つの案)

搾乳場所
・搾乳場所を提供する
・搾乳中に邪魔が入らないように入り口に掲示したり、ドアの鍵をかけたりしてプライバシーに配慮する

サポート
・「搾乳行ってきていいよ」と同僚から声掛けする
・蘇生エリアのカバーなどサポーティブな職場環境を作る
・会議の場や勤務中にも積極的に提言する
・特に若手は自身のキャリア形成やその立場などから中々言い出せないので、さらに気を配る
・問題ないと思えるような質問が、時として批判的に聞こえることがあることに留意する
・声かけのDO&DON’T



【部門長や管理職が行うべきこと】

時間
・リーダーシップを発揮し公明正大な休暇取得制度を整備する
・母乳栄養6ヶ月につき、休暇取得は12週間増えるという研究がある
・米国では指導医で8週間、レジデントで6週間が産休の中央値である
・しかしできれば4−6ヶ月の休暇がほしいと思っている
・少なくともフレキシブルな勤務形態とすることやワンオペがないようにすることは重要


ここが米国と日本の職場環境の大きな違いかもしれません。
日本では産後8週間の産休と、(希望すれば)1歳まで育休を取得することができますが、米国では産後・育児休暇が極端に短く、産後1ヶ月ほどで復帰する事が多いようです。これは米国には産休・育休を補償する国の制度がないため、産休・育休を取ることで経済的に厳しくなるため止むを得ず、(本当は4-6ヶ月の休暇が欲しいけれど)早期に復帰しているという事情もあるようです。

日本と比較して残業が少ないことだけでなく、ベビーシッター制が発達している事も早期の復帰を可能にしていると思われます。
研修医でも配偶者、親、シッター、保育園など様々な方法を駆使しながら、普通に出産・育児をしているそうです。
また研修医の年齢層が高く既婚者も多く前例が多いため、当事者も夫も同僚も研修医が妊娠出産することに日本よりも抵抗が少ないのかもしれません。

日本では保育園に預けるのが一般的ですが、衛生面から冷凍母乳を預かってくれる保育園が近くにない(入園できない)場合もあります。
従って日本では多くの場合、
・母乳栄養をやめる(卒乳)か夜間のみ母乳栄養にする(混合栄養)
・院内保育園でその都度授乳しに行く
・冷凍母乳を預かってくれる保育園を探す
という方法を選ぶことになります。

そんな背景もあって、日本では米国ほど職場で搾乳をする女性は多くないかもしれません。
ちなみに私は院内保育園を利用していますが、冷凍母乳は預かってくれません。授乳をしに行くことは可能ですが、病院の外にあるため実際に授乳をしに行く女性はいないのではないかと思います。
それでも私は待機児童問題もあり冷凍母乳を預かってくれる保育園を探して受かるかドキドキするより、院内保育園を選びました。
(夜間3,4回の授乳が必要な乳児を抱えながら月齢早期に仕事に復帰する女性には、私は尊敬しかありません!)
また、卒乳したあともしばらく母乳は出るので、適度に搾乳が必要になる場合もあります。
だからこそ、同僚や部門長や管理職の方々はこれらのことを知識として持っておいて欲しいですね。

場所
・搾乳場所がないことは復帰の大きな妨げになるため部門の協力が不可欠
・搾乳室までの所要時間で許容されるのは最大でも5.6分程度
・授乳室にできる部屋がない場合は簡易ポータブルの授乳室(pod)を設置
・冷蔵庫は専用でもいいが、いわゆる食事とかを保管している冷蔵庫と共用でもよい
・下記の表はAAFPからの理想的な授乳室についてのガイドライン



サポート

・前述の通り、授乳する医者は若手から中堅が多いので、声を上げていくには上の人の助けが必要である
・多様な年齢、性別、医師の年次、授乳経験の有無で構成された委員会を結成し、規約を制定する必要がある
・さらにそれを妊娠中の人、妊娠・出産を考えている人などに開示する
・WHOの10 steps for successful breastfeedingというのを参照する
(https://www.who.int/activities/promoting-baby-friendly-hospitals/ten-steps-to-successful-breastfeeding )

・ウェアラブルの搾乳機を好むER医には、補助を出すことも検討。特にワンオペERでは検討するべき

ここまで配慮されていたら素晴らしいとは思いますが、まずは搾乳も含めて、妊娠中の人や出産後復帰を考えている人に、何が必要か、何をして欲しいかをしっかり話しあう機会を設けたり、経験のある人の助言を得たりすることから始めるのが良いかと思います。

今回の文献のような対応を日本の施設ですぐに採用するのは難しいと思いますが、搾乳の必要性とそれにかかる時間への理解、場所の確保や搾乳後の母乳の保存場所へも理解を持ってもらえたら、みなさまの職場がよりよい環境になるのではないかと思います。

最後にACEPが「救急医ママのためのリソース」というまとめを作っているので、リンクを載せておきます。
https://www.acepnow.com/article/resources-for-emergency-physician-moms/