2019.07.09

2019/7/9 文献紹介

皆様こんにちは。
沖縄県立中部病院 救急科の山本 一太です。

7月に入り1週間以上たってしまいましたが、6月後半の文献紹介です。

今回は挿管関連の論文を2本お届けいたします。
なお挿管困難の予測などに関してはEMA教育班の6月症例解説編に素晴らしいまとめがありますので、こちらも是非ご参照ください!!
(https://www.emalliance.org/education/case/kaisetsu98)

さて6月後半の文献紹介を始めたいと思います。

今回のポイントは
1. 男性医師と女性医師で挿管の1回目成功率に差はあるのか!?
2. 挿管時にヘッドアップした方が成功率良いの??
です。

1. Jung W and Kim J (2019) “Does Physician Gender Have a Significant Impact on First-Pass Success Rate of Emergency Endotracheal Intubation?,” The American journal of emergency medicine, 2019 Jun 14.

1つ目は挿管と性差に関する文献です。

救急外来での性差と患者予後に関する研究はこれまでも行われてきましたが、挿管に関する研究は行われていません。また挿管の初回成功率は入院中の合併症や死亡率と関連があることから非常に大切な要因です。著者によると挿管の成功にはスキルと筋力が必要だが、スキルは筋力よりも大切であると考え、女性医師の挿管の成功率は男性医師と比べ非劣性であると仮定し研究を行いました。

この研究は韓国の国立ソウル大学救急部の挿管に関する前向きレジストリに登録された症例のうち2013年1月1日から2016年12月31日までのデータを用いて行われました。挿管は卒後2年目から卒後5年目までの救急科レジデントとスタッフにより行われ、20歳以上の成人患者1154名を対象としています。1回目に経口挿管を直接喉頭鏡でトライした症例が組み入れられていますが、この期間この病院ではビデオ喉頭鏡は採用されていなかったようです。
卒後1年目の医師や他院から挿管されて転院となったケースは除外されています。卒後1年目の医師を除外した理由としては、同病院では卒後1年目の医師に挿管を許可しておらず、異例であるためです(卒後1年目の医師が挿管したケースは0.7%)。
プライマリーエンドポイントは1回目での挿管成功率です。

結果です。
合計で1154の症例が組み入れられました。患者は男性が多く(61%)、年齢の中央値は72歳でした。挿管手技者により困難気道と判断されたのは330症例(29%)ありました。
女性医師により初回の経口挿管がトライされた症例は409例(35.4%)あり、男性医師と女性医師が挿管した患者の特徴に年齢や性別、挿管理由などの差は見れらませんでした。しかし挿管困難の指標である舌骨オトガイ距離、舌骨甲状軟骨距離は女性医師が担当した症例の方が長く、頚部の後屈制限は女性医師が担当した症例に多く見られました。

女性医師の挿管の初回成功率は83.6%で、男性医師の初回成功率は84.8%でした。両者の差は1.2%(95% CI, -3.1% − 5.8%)でした。著者らが事前に設定していた非劣性マージンは10%で5.8%はそれよりも小さいことから、最低でも90%の確率で女性医師の挿管パフォーマンスは男性医師に非劣性という結果になりました。

挿管に筋力が必要という著者らの仮説に異論がある方もいらっしゃるかもしれません。またこの研究は韓国の単施設のレジストリを基にした研究ですので一般化可能性の問題がありますが、挿管の成功率と性差という切り口が面白かったので紹介させて頂きました。

2. Stoecklein HH, Kelly C, Kaji AH, Fantegrossi A, Carlson M, Fix ML, Madsen T, Walls RM, Brown CA 3rd and NEAR Investigators (2019) “Multicenter Comparison of Non-Supine Versus Supine Positioning during Intubation in the Emergency Department: A National Emergency Airway Registry (near) Study,” Academic emergency medicine official journal of the Society for Academic Emergency Medicine, 2019 May 22.

2つ目は挿管とヘッドアップに関する研究です。

挿管時の前酸素化段階でのヘッドアップポジションや病的肥満患者の挿管時のrampポジションは日常的にされている先生も多いと思いますが、挿管時に上半身を上げ、いわゆる半座位の姿勢で挿管する方法が提案されています。実は2017年の3月の文献紹介でも同様のテーマの文献を紹介させて頂きました(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28202295)。

とは言え、この体位での挿管に関するエビデンスはまだ十分とは言えず、挿管の初回成功率や合併症、声門の視認性に関して、相反する結果が出ています。

この研究では北米の25の病院が参加している挿管レジストリNEAR (National Emergency Airway Registry) を用いて挿管の初回成功率や合併症声門の視認性に関して仰臥位と非仰臥位で比較することを目的として行われました

NEARは20年以上に渡り救急での気道マネージメントのサーベイランスで使用されてきたデータベースで、今回はこのNEARのデータを用いた二次解析となります。プライマリーアウトカムは初回成功率、セカンダリーアウトカムはCormack and Lehane分類を用いた声門の視認性、有害事象率です。有害事象はcomposite outcomeで低酸素(SpO2<90%もしくは10%を超える低下)、挿管後HR<60となる徐脈、挿管後SBP<100となる低血圧、嘔吐や誤嚥、主気管支挿管、心停止を含みます。

結果です。
2016年1月1日から2017年12月31日まで12,722例の挿管が記録され、18歳未満や挿管体位の記録がないなどの症例を除外したのち、11,480例が組み入れられました。94.2%(10,815例)は仰臥位で挿管され、ビデオ喉頭鏡が65.8%、直接喉頭鏡が34.2%に用いられました。肥満患者や内科的挿管適応、頚部伸展制限、困難気道、女性では仰臥位と比較し非仰臥位が選択されていることが多く、また挿管時に昇圧剤を使用している患者も、非仰臥位で多い結果となっています。

全体の初回成功率は87.0%で、多変量解析では初回成功率と挿管体位の間に関連は認めませんでした。初回成功率の低下と関連を認めた独立した因子は、困難気道の有無と直接喉頭鏡の使用でした。有害事象は非仰臥位群で多く、単変量解析の結果では低酸素血症と低血圧が仰臥位群に比較し多い結果でした。声門の視認性に関しても仰臥位と非仰臥位で同様の結果となりました。

仰臥位と非仰臥位の間に初回成功率の差はなかったという結果となりましたが、この結果を持って非仰臥位での挿管は意味がないとは判定できません。非仰臥位で挿管された群には、より多くの肥満患者や困難気道症例、頚部の伸展制限の患者が含まれており、選択バイアスの可能性があります。また著者らも指摘していますが、レジストリに症例を登録する際の想起バイアスの可能性もあります。非仰臥位の患者では、正確な角度の記録はないため、どの程度まで上半身を起こしたのかを比較することもできていません。非仰臥位と一括りにするのではなく、明確に定義されたポジション同士の比較を行えば、別の結果がでた可能性があります。
さらなる研究が待たれるところです。

私も以前はヘッドアップで挿管することがありましたが、全例でヘッドアップするのではなく、低酸素血症が強く前酸素化の段階でヘッドアップしている患者が多かった印象です。しかし患者をヘッドアップすると自分が立つための台を準備したり、ベッドのヘリに足をかけたりする必要があり、また頭側にあまりスペースがないことから、別の部分で困難に感じておりました。
この文献を機会に自分の挿管時に患者のヘッドアップについて再考してみたいと思います。

6月後半の文献紹介は以上となります。

これからも文献班をよろしくお願いいたします。

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沖縄県立中部病院 救急科
Okinawa Chubu Hospital

山本 一太
Ichita Yamamoto