2019.06.30

EMA症例98:6月症例解説

今月は88名(6/27時点)の方から回答をいただきました。

今回のテーマはずばり「救急外来での挿管と、挿管困難が予想される患者の対応」です。救急外来では挿管を要する患者は珍しくなく、救急外来受診者の0.12-1.0%とされています1-4。つまり、救急外来に携わる限り、挿管というシチュエーションからは逃れられないということですね。では、さっそく設問の振り返りに移りましょう。

<設問1>
挿管するにあたり、現在得られているこの患者の情報であなたが重視するものは何でしょうか?2つ選択してください。

 臨床的にはどの情報も非常に重要であることは間違いありませんが、全体の傾向としては、「バイタルサイン」と「動脈血液ガス」に重点を置く方が多く、次いで「身体所見」となっているようです。

救急外来での挿管では、手術室のそれ以上に様々な有害事象を伴う可能性を想定しなければいけません。特に重症患者では挿管に関連する低酸素・低血圧・心停止などが起こることが知られています5,6。また、ICUで実施された研究では、適切な挿管手技にも関わらず循環動態が破綻するケースが最大で30%に上るという報告や、心停止が約2%に生じるという報告もあります6-12

ご存知の方も多いと思いますが、有名なmnemonicsとしてHOPを皆さんにご紹介したいと思います。①pH、②Oxygen、③Blood Pressureですね。

著明なアシデミアがあれば、挿管に伴う薬剤の呼吸抑制で増悪し、血圧低下・心停止を起こすかもしれません。低酸素があればもちろん、低酸素脳症および徐脈からの心停止のリスクがあります。血圧が低ければ、挿管に伴う薬剤でさらに血圧が低下するかもしれません。これらの項目は手技中の心停止を含む有害事象に直接的に結び付く可能性があり、挿管前にチェックしておきたい内容となります。
今回の症例では、頻呼吸にも関わらずCO2が貯留気味であり、呼吸抑制に伴う高CO2血症からアシドーシスをきたすリスクは高いと考えられます。また、高血圧の既往があり、内服ができていないにも関わらず血圧が正常範囲というのも代償性ショックを想起するポイントとなります。

Mnemonicsには、他にもマスク換気困難を想定するMOANSや、挿管に関わる準備物品を列挙するSOAPMDが有名であり、平常心ではいられない状況での助けとなりますので、併せてご紹介します。

MOANS
Mask seal:髭, Obesity/Obstruction:肥満、気道閉塞, Age:年齢>55歳, No teeth:歯の欠如, Stiffness/Snoring:閉塞性および拘束性肺疾患やいびき
換気困難予測は感度72%、特異度73%13

SOAPMD
Suction:吸引, Oxygenation:酸素, Airway equipment:挿管チューブや喉頭鏡など, Pharmacy & Posture:薬剤, Monitor device:モニター, Denture:入れ歯

<設問2>
この患者の挿管に際して使用する薬剤を選択してください。(複数選択可)

 ここでは、挿管にあたって悩むポイントの一つである薬剤選択を取り上げ、薬剤の分類毎に解説していきます。

▶鎮静薬
鎮静薬は大きく分かれる結果となり、使用しない方から複数の鎮静薬を組み合わせる方まで様々でした。
循環動態が安定している場合、鎮静薬はおよそどれを選択しても施行可能なことが多いとされます。一方で循環動態が不安定な場合も含めると、ケタミンは与える影響が少ないことから、ほとんどの状況で望ましい薬剤とされています8。しかし、麻薬として指定されているため、日本の救急外来で常備している施設は少ないでしょう。

▶鎮痛薬
鎮痛薬は、使用される方のほとんどがフェンタニルでしたが、一部ペンタゾシンもしくはブプレノルフィンという回答でした。
鎮痛については、使用するのであればフェンタニルが一般的です。ペンタゾシンやブプレノルフィンは非麻薬であり迅速に準備・使用が可能という利点はありますが、天井効果があること、partial agonistであるためその後の麻薬使用に影響を及ぼすという欠点があります。したがって、継続して麻薬による鎮痛を要する重症患者で、フェンタニルが使用できる環境であればそちらの使用が推奨されます。なお、鎮痛薬でも循環動態を悪化させうることには注意が必要です。

▶筋弛緩薬
今回、最大の争点となるのはRSIとするかどうか、つまり筋弛緩を使用するかであったと思います。現在のところ、Difficult airwayではない患者ではRSIがスタンダードな方法と考えられていますが14、救急外来での挿管におけるRSIの割合は国家間でばらつきがあり、North AmericaやSouth Koreaでは85%、45%、日本は54%と報告されています15-17。もっとも、施設間のばらつきも強く0-79%という報告もあります18。筋弛緩薬を使用すると挿管・マスク換気・声門上器具の挿入が容易となり、挿管回数自体が減少すると報告されています。また、重症患者での挿管合併症は減少するとされており、特に懸念がなければ使用が推奨されています19-22
一方で、Difficult airwayが予想される患者ではCan’t Intubate Can’t Oxygenate:CICOに陥るリスクもあり、自発呼吸を残した状態での挿管:awake intubationも選択肢となります。ただし、awake intubation自体が一定のテクニックを要するものであるため、多くの患者では適切ではなく、エキスパートが施行し、患者が頭部を挙上した体位をとることが可能な場合に限るという意見もあります23
拮抗薬が存在することがロクロニウムの最大の特徴ともいえますが、実のところロクロニウムによるRSI後にCICOとなった場合、スガマデクスによる拮抗を行ったからといって、CICOが解決されるかどうかの保証はないということにも注意を払わなければなりません。
実際のところは、自身の経験とバックアップ体制、患者の詳細なパラメーターを合わせ、個別に判断されることが多いと考えられます。

(文献24,25より改変)

<設問3>
挿管前の酸素化および挿管にあたって、患者の体位はどうしましょうか?挿管前酸素化時、挿管時の体位をそれぞれ1つずつ選択してください。

<設問4>
挿管前酸素化により患者のSpO2は100%まで上昇しています。挿管までの間、換気はどうしましょうか?


 薬剤を選択したら、今度は挿管に向けて患者の状態を整えなければなりません。酸素化をより良くするには、挿管をより容易にするにはどういった選択肢があるのでしょうか。項目毎に解説をしていきます。

▶挿管困難の予測
救急外来での挿管は手術室のそれと比して、挿管の失敗率や挿管に伴う合併症の割合が上昇することが示されています26。Difficult airwayはERの挿管の2-27%に生じるとされます27-32。Difficult airwayの予想にはupper lip bite testが最もよい指標で、下門歯で上唇全体をかむことができなければ、喉頭展開困難に対してLR+14、特異度96%とされます33。ほかにはMallampati分類を除いたmodified LEMON criteria27や、ICU・麻酔領域で検討されているMACOCHA score34-36などが喉頭展開困難を予測するのに使用されています。もちろん、完全な指標はありませんが、該当する項目が多いほど、リスクを背負った挿管になると考えるべきでしょう。

▶肥満患者の特徴
 肥満患者は頸回りに存在する脂肪の影響で上気道の閉塞をきたしやすくなっており、同時に頸の伸展が妨げられていることが知られています。そのため、解剖学的に喉頭展開が難しくなっています。さらには、生理学的に機能的残気量や総肺気量、呼気予備量が減少していることが知られています。それ以外にも気道抵抗の上昇や肺コンプライアンスの低下、胸郭コンプライアンスの低下も指摘されています。このため、肥満患者の呼吸不全で安全に挿管を実施するには、通常の挿管と比べて患者の体位などに十分配慮が必要となります37

▶Pre-oxygenation
麻酔導入までの酸素化をPre-oxygenationと呼びます。挿管に伴う低酸素を防ぐためには、このPre-oxygenationが重要とされています。20-30度の半座位や逆Trendelenburg位は、機能的残気量を増加することにより、挿管中に低酸素を起こすまでの時間を延長するとされ、Pre-oxygenationもより効果的に行えると報告されています38-41。Pre-oxygenation後に酸素投与をしなければ、SpO2が90%を下回るまでに健常成人では8分、moderately illの患者では5分弱、肥満患者では2.7分しかないと報告されているため、救急外来で遭遇する肥満患者の低酸素が非常に恐ろしいことが分かりますね42。加えて、様々な因子の影響はありそうですが、頭部挙上で挿管が容易になる可能性も示唆されています40,43
Pre-oxygenationでは3分間、リザーバーマスク10-15Lの酸素投与を行うのが一般的ですが、近年はCPAPやNIV、PEEP5-10cmH2O+7-10mL/kgなどでの換気サポートが酸素化を改善する報告がされています44。ただし、重症患者は不穏でNIVや換気サポートが難しいこともあります。その際は少量の鎮静薬を使用してDelayed sequence intubationを行うのは現実的な選択肢と考えられます45

▶Per-oxygenation
麻酔導入後の酸素化をPer-oxygenationと呼びます。鼻カヌラ5-15L/minやHigh Flow Nasal Cannula 70L/minを使用すると、麻酔導入後に低酸素をきたすまでの時間が延長すると報告されています45。通常の手術麻酔の話にはなりますが、BMI30-35の肥満患者でも100秒ほど延長されるようです46。挿管操作に影響を与えない方法で有効なのがありがたいですね。


(文献42より)

▶麻酔導入後の換気
挿管までの間、換気するかどうかは大きく意見が分かれた結果となりました。自発呼吸を残して挿管を行う場合、過剰な圧をかけない範囲で補助換気を行うのはreasonableと考えます。一方で酸素化が保たれているのであれば酸素投与のみとするのも一般的な範囲でしょう。問題は筋弛緩薬を投与した後の対応で、私個人としても研修医の時に「RSIは補助換気してはいけない」と指導を受けたこともあります。しかし、最近では有害事象を増加させずに酸素化を改善できると報告があり、今後は手術室以外でも筋弛緩導入後の補助換気は一般化される可能性があります47

▶症例の経過とまとめ
 今回の症例は急性肺炎による呼吸不全と代償された敗血症性ショックの肥満患者でした。挿管前の情報としてHOPのH・Oが該当し、Pも該当する可能性があると考えられました。MOANSではO・A・Sに該当していました。明らかな肥満と短頸があり、喉頭展開困難が予想されたことから、CICOリスクが高く、院内で準備できる限りの体制をもって臨む症例と判断しました。20度のギャッジアップとジャクソンリースによるPEEPと補助換気を行い、麻酔導入後は鼻カヌラ15L/minによる酸素化を行う方針としました。酸素化が改善傾向であったためPre-oxygenationには少し長めの時間をさく結果となりました。挿管にあたってはRamped positionとし、デバイスはMcGRATH®を使用、喉頭展開が困難であった場合のバックアップとしてgum-elastic bougieを用意しました。また、幸い人員には余裕があったため、輪状甲状靭帯を同定し輪状甲状靭帯切開を担当する医師・機材を準備しdouble set-upでケタミン+エスラックスによるRSIを行うこととしました。幸い、喉頭展開も問題なく挿管が実施でき、ICUへ入室となっています。

挿管がうまくいかずヒヤヒヤした経験は、「挿管」に関わった人はだれもがあるでしょう。うまくいかない時にどうするのか、こうしたら大丈夫!なんてものは残念ながらありません。上級医を呼ぼうにも自分が最上級医であったらどうするのか、院内に自分しかいなかったらどうするのか、悩みはつきませんよね。どんな重症対応でも出てくることですが、まずは人を集めること。そして、失敗したときの対応をあらかじめ想定しておくことがイギリスの成人重症患者に対する気管挿管ガイドラインでは提示されています。そして、うまくいかなかったときに助けを呼びに行く「Runner」を確保しておくと記載があるのは面白いですね。ガイドラインに提示されているチェックリストとアルゴリズムを提示しておきます23。日本からも最近、緊急気道管理に関するレビューが出ておりますので、是非ご一読ください24
気道管理の方法自体も「挿管」だけではなく「声門上器具」や「マスク換気」もあることを忘れないようにするためのVortex approachというものを提唱している人もいます48。そして、気道緊急に携わることの多い方は、最後の手段ともなりうる輪状甲状靭帯切開をためらいなく行える心構えと修練が必要なのかもしれません。

<設問5>
あなたの属性は?

 参加者の属性は図の通りでした。看護師や学生の方々にも参加いただきました。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

Take Home Message
・安全に挿管を行うためにはバイタルを含めた全身状態の正確な把握が大切
・使用する薬剤や体位は患者毎にアレンジが必要
・挿管が困難だった時の対応は、挿管する前に考えよう


(文献23)


(文献23)


(文献48)
<参考文献>
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