2025/07/16 文献紹介
暑さと忙しさが重なる時期ですが、皆さま体調など崩されていないでしょうか。
7月前半の文献紹介をお届けします!
今回はひたちなか総合病院の徳竹雅之と秋田大学医学部付属病院の前野恭平より、
以下の4つの文献を紹介します。
① アルブミン補正カルシウム値なんて時代遅れ!?
② 尿管結石の腎疝痛には滅菌水皮下注!
③ 落雷時の屋外活動の安全性
④ apnea intervalという概念
①Desgagnés N, et al. Use of Albumin-Adjusted Calcium Measurements in Clinical Practice.
JAMA Netw Open. 2025 Jan 2;8(1):e2455251.
PMID: 39836424; PMCID: PMC11751745.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39836424/
低カルシウム血症や高カルシウム血症の診断では、正確なカルシウム値を把握することが重要です。
これまでは、血清アルブミン値をもとに総カルシウムを補正する「アルブミン補正カルシウム」が一般的に使われてきました。
しかしこの方法には、経験的な根拠が乏しく、信頼性に疑問があると指摘されてきました。
そうした中で、カナダのアルバータ州において2013年から2019年にかけて実施された大規模な横断研究が、補正カルシウムの問題点を明確に示しました。
研究では、血清総カルシウムとイオン化カルシウムの両方が同時に測定された22,658人の成人が対象とされました。
驚くべきことに、補正を行わない総カルシウムのほうが、従来広く用いられていたPayne簡易式による補正カルシウムよりも、イオン化カルシウムとの相関が高いという結果が示されました(R² = 71.7% 対 68.9%)。
さらに、患者を低カルシウム血症・正常カルシウム血症・高カルシウム血症に分類した際にも、補正なしの総カルシウムのほうがイオン化カルシウムとの一致率が高く、全体で74.5%に達していました。
特に注目すべき点は、低アルブミン血症のある患者において、補正カルシウムを用いることで誤分類が増加したことです。
中でも多かったのは、本来は低カルシウム血症であるにもかかわらず、補正によって正常と誤まった認識をされてしまうケースでした。
この結果は、日々の診療におけるルーチンを見直すきっかけになると感じました。
正直なところ、カルシウムをアルブミンで補正することは研修医時代から当然のように教えられ、長年にわたって刷り込まれてきた知識でした。
しかし今では、このやり方から卒業すべき時期が来ているのかもしれません。
そもそも補正式の根拠となったのは、1973年に発表されたたった1本の研究であり、対象となったのは約200人の患者でした。
しかも当時は現在とは異なる測定法が使われており、その補正式はイオン化カルシウムとの整合性すら検証されていませんでした。
こうした不完全な根拠に基づいた手法が、50年近くにわたって常識として使われ続けてきたことには驚かされます。
実際には、これまでも同様の結果を示す研究が複数報告されてきました。
今回の研究は、それらと比較しても対象数が大きく、さらに救急やICUといった特殊な環境に限らず、さまざまな臨床状況を含んでいた点が大きな特徴です。
このことから、今回の知見は幅広い現場に応用できる汎用性の高い情報だと考えられます。
ただし、いくつか注意点もあります。
この研究が評価したのはあくまで診断の正確性であり、カルシウム測定法の違いが患者の転帰にどのように影響するかについては、まだ明らかになっていません。
以上を踏まえた上で、現時点における私の結論は以下の通りです。
まず、救急や集中治療の現場では、原則としてイオン化カルシウムを直接測定するべきです。
また、それ以外の場面でも、たとえ低アルブミン血症があっても、補正を行わずに総カルシウムで評価することが妥当であると考えられます。
さらに、総カルシウムが境界域にあり、なおかつ臨床的に症候性である場合には、イオン化カルシウムを追加で測定することが安全なのではないでしょうか。
アルブミン補正カルシウムの呪縛から逃れて、そろそろ卒業しましょうか!
②Senol A, et al. Comparison of intradermal sterile water injection and dexketoprofen trometamol in pain management of renal colic patients.
Am J Emerg Med. 2025 Jun 5;96:1-5.
PMID: 40483895.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40483895/
2024年4月、EMA文献班より「尿管結石による腎疝痛に対する滅菌水皮下注」のRCTをご紹介しました。
https://www.emalliance.org/education/dissertation/202001288
あれから1年が経ちましたが、皆さんの現場ではどれくらい活用されているでしょうか?
私はというと、何度か試す機会がありました。
いずれもNSAIDsを最初に使ったものの、効果が今ひとつだったケースです。
これがけっこう効果的で、体感としては「著効」と言っていいレベルでした。
さて、今回この分野に新たなRCTが登場しましたのでご紹介します。
この研究は、尿路結石による急性腎疝痛の患者において、NSAIDsの一つであるデキスケトプロフェン静注に加え、経皮的滅菌水注射(ISWI: intracutaneous sterile water injection)を併用したときの鎮痛効果を検証したものです。
単施設で行われたランダム化比較試験です。
対象は、画像で尿路結石が確認され、VASスコアが4点以上の18歳以上の救急患者100人でした。
これを1:1でランダムに2群に分け、一方にはデキスケトプロフェン単独、もう一方にはデキスケトプロフェン+ISWIを併用しました。
ISWIはT11〜L4の皮膚分節に、それぞれ0.25mLずつ、計4か所に注射しています。
(※手技は前回紹介したRCTと異なります)
主要評価項目は、30分後までのVASスコアの変化でしたが、結果は驚くべきものでした。
30分後のVASスコアの低下量は、併用群で有意に大きく(r = 0.60, 95%CI −0.72〜−0.47)、なんと5分時点からすでに有意差が出ていました。
つまり、痛みの改善に効果的かつとにかく早い!
さらに、レスキューとしてのフェンタニル使用率は、併用群で12%、対照群では52%と大差がありました。
もちろん限界もあります。
盲検化されていないこと、評価が30分という短期間に限られていること、そして単施設研究であるため、外的妥当性に限界がある点です。
また、有害事象の記載はなく、安全性についてのデータも十分とは言えません。
加えて、前回のRCTと比べて、滅菌水の投与量や部位が異なる点にも注意が必要です。
とはいえ、効果は抜群と考えてよいでしょう!
limitationはありますが、私は今後もISWIを積極的に使っていきたいと考えています。
腎疝痛に対する第一選択はやはりNSAIDsが基本でしょうが、今回のように併用という選択肢も十分アリです。
実際、現場ではNSAIDs単独より併用することのほうが多いのではないでしょうか。そう考えると、この研究は日常診療にフィットする内容だと思います。
さらに、NSAIDsが使いにくい症例では、ISWI単独でも有効であることは、前回の研究でも示されていました。
そういったケースでの活用も、十分検討に値すると感じています。
この治療がアタリマエになる日も近いと思います!
③Bauer AK, Golden KG, Colvin CM, Lammlein KP, Wise SR. When Lightning Strikes: Sports and Recreational Activities Safety.
Curr Sports Med Rep. 2023 Apr 1;22(4):126-131.
PMID: 37036461.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37036461/
この文献では、電撃傷に関する診療のまとめと、屋外活動での対策が記載されています。
落雷による事故なんて起きないと思うかもしれませんが、実際に4月に奈良県で発生しています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250417/k10014781771000.html
米国では年間30名が落雷で亡くなり、この夏の時期に多いと報告されています。
スポーツ関連では今回の事例のようにサッカーが多くゴルフ、ランニングが続きます。
落雷による心停止は蘇生率が高く、心停止患者を優先して救助する逆トリアージが提唱されています。
また呼吸中枢が傷害されROSC後も換気サポートを忘れずに行います。
以下のハイリスク事項に該当する患者は救急部門に搬送し心電図モニタリングをすべきと言われています。
・直接雷に打たれた
・意識消失、局所神経症状
・胸痛、呼吸困難感
・RTS<4の重症外傷
・頭部や脚の熱傷、TBSA>10%の熱傷
・妊娠
ここまでは救急専門医試験でも問われていて知っていた方も多いと思います。
以前に教育班でも扱われています。
https://www.emalliance.org/education/case/kaisetsu41?searched=電撃傷&advsearch=oneword&highlight=ajaxSearch_highlight ajaxSearch_highlight1
今回紹介した文献では、くわえて実際の予防に関する取り組みも紹介しています。
米国では「30-30」ルールを推奨しています。
・雷を見てから30秒以内に雷が鳴ったら、安全な構造物の中にいる
・最後に雷が鳴ってからあるいは最後に雷を見てから30分間は活動を再開してはならない
というルールです。
安全な構造物は、完全にしきられた屋内や車内を指します。
屋内であっても、プールは配管や照明が屋外に接続されており危険と書かれていました。
頻度は少ないですが、夏季には落雷が増えますので備えておいて損はないと思います。
④Murphy DL, King JA, Blackwood J et al. The apnea interval: Ventilation interruption during tracheal intubation and its association with cardiac arrest resuscitation care and outcome.
Resuscitation. 2025 Mar 17:110588.
PMID: 40107379.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40107379/
胸骨圧迫中断時間の延長はこれまでの文献で予後不良との関連が示唆されてきました。
今回紹介するのは、新たに挿管中のapnea intervalを検証した文献です。
apnea intervalは、「挿管を試みる直前の最後の換気から、挿管後に最初の換気が再開されるまでの“無換気”の経過時間」と定義されました。
対象は初期波形がVFの院外心停止(VF-OHCA)の成人患者で、ROSC前に気管挿管が実施された254例になります。
気管挿管の実施者は救急隊員です。挿管成功の有無にかかわらず時間は記録されました。
記録の方法としては除細動器の波形と音声データを用いて換気をしていなかった時間を同定しています。
複数回挿管を試みた場合には、最長のapnea intervalを選択しています。
apnea intervalに関して60秒を境に二つの群に分けて、ROSC、生存退院、CPC1-2の良好な神経学的予後の確率を比較しました。
その結果、 apnea intervalが短い群がよりよい転帰と関連していました。
60 秒以下 (n=57) | 60 秒超 (n=197) | 調整 OR [95%CI] | |
ROSC | 72 % | 56 % | 1.99 [1.04–3.79] |
生存退院 | 39 % | 25 % | 1.91 [1.00–3.64] |
良好神経転帰 | 39 % | 23 % | 2.22 [1.16–4.25] |
今回対象の症例では、挿管実施の時間も胸骨圧迫は行われており(挿管中の胸骨圧迫時間比:Chest Compression Fractionは87%)、両群での差はありませんでした。
このことから apnea intervalは圧迫中断時間とは独立した指標と考えられます。
挿管試行回数は1回が174例(69%)、2回が49例(19%)、3回が17例(7%)、4回が14例(6%)でした。
感度分析において、初回成功群の中で apnea intervalを比較しても、同様に短い方がよい転帰と関連していました。
今回の研究において、単一の地域でVF症例に限定していること、観察研究であること、挿管実施は病院前であることがリミテーションです。
外的妥当性はまだ低く今後の検証が必要ではありますが、apnea intervalは意識づけていくべき指標だと考えました。
これまで胸骨圧迫中断時間に気を付けてきましたが、今後は挿管時間:apnea intervalにも着目すべきかもしれません。