2025/04/17 文献紹介
はじめまして!
今年度から新しく文献班になりました、秋田大学医学部附属病院の前野恭平と申します。
救急診療に役立つような文献をお届けできればと思います。
今後もよろしくお願いします。
4月前半の文献紹介では、3本紹介します。
まずは前野からめまいに関する文献を一つ紹介します
①The role of the HINTS exam, TriAGe+ score, and ABCD2 score in predicting stroke in acute vertigo patients in the ED:
「救急部門における急性めまい患者の脳卒中予測におけるHINTS、TriAGe+スコア、ABCD2スコアの役割」
Toplu ACO, Aslan IK, Akoglu EU, Ozturk TC.et al. The role of the HINTS exam, TriAGe+ score, and ABCD2 score in predicting stroke in acute vertigo patients in the ED. Am J Emerg Med. 2025 May;91:110-117. PMID: 40023138.
めまいを訴える症例で中枢性か否かは永遠の課題です。
脳梗塞=神経学的徴候ありと思うかもしれませんが、後方循環系の脳梗塞では20%で明らかな神経学的徴候がなかったと報告されています。
近年の報告では後方循環の脳梗塞の誤診率が37%であったといわれています。
脳梗塞の診断といえばMRIですが、後方循環系の脳梗塞では最大20%で偽陰性があったと報告されています。
救急部門ではHINTS(Head Impulse- Nystagmus-Test of Skew)が早期の画像検査よりも感度が高いと言われており、注目されています。
HINTSの元文献は訓練をうけた神経内科医が検者になっており、救急医が検者の場合に精度が変わるのか検証がされてきています。
2021年にEMAでも以下の文献を紹介しました(https://www.emalliance.org/education/dissertation/20210915
)
その文献では6時間の訓練をうけた救急医が検者となり、HINTS試験の陰性的中率は99 %と有用であることがわかっています。
HINTSとは別に、2017年に救急部門における脳卒中の予測スコアとしてTriAGe+スコアが開発されました。
TriAGe+スコアは以下の8つの変数からなり、4点までがLow、5-7点でIntermediate、8-9点でHigh、10-17点でVery highと分類されています※Table1を参照ください。
HINTSに比べて問診や一般的な診察で分かる事項が多いという特徴があります。
この試験ではHINTS、TriAGe+スコアとABCD2スコアの診断精度を比較しています。
方法は以下のとおりです。
・トルコの大学病院に2018-21年に受診した357人の急性めまいの患者を対象とした単施設の前向き観察研究。
・18歳以上が対象、最初の評価で低血糖や貧血などの別の疾患と判断された症例、ベッドサイドでの診察が困難な症例は除外。
・検者は3年以上の救急科研修医(日本では専攻医に当たる) 神経内科から6時間の訓練をうけている。
・発症24時間以内にCT/MRI施行 症状が持続する症例では2回目のMRIも施行している。
・すべての患者にMRI(DWIを含む)を実施し、最終的に58人(約16%)が脳卒中と診断された。
3つのスコアの感度・特異度・AUC(診断の正確さの目安)を比較すると以下の結果でした。
スコア/検査 感度/特異度/AUC
HINTS検査(全症例) 87.9%/81.6%/0.83
HINTS検査(AVSパターン) 100%/85.9%/0.88
TriAGe+(≧10点) 46.6%/96.3%/0.88
ABCD2(≧4点) 65.5%/68.6%/0.71
※AVS:Acute Vestibular Syndrome トリガーがなく眼振が持続している状態。
※HINTSは本来AVSパターンに適応があります。
本研究では理解したうえでAVSでないパターンも含めた精度を提示しています。
この文献を受けての以下のように考えました。
・救急医であってもしっかり訓練を受ければHINTSの精度は高い(眼振が持続している症例での感度は100%!)。
・AVSパターンかどうかを見極めずにHINTSをしても診断性能は落ちる(文献では眼振がない人にもHINTSを当てはめたとあります)。
・一般的な診察から計算可能なTriAGe+スコア(≧10点でのカットオフ)の特異度は高い。
・4年間で300人以上の症例を前向きで行った気概を感じるとともに、単施設という限界がある
やはりHINTSの感度には驚かされますが、前提として正確な手順を訓練している必要があります。
HINTSの手技が不安なかたやMRIのハードルが高い施設では、TriAGe+も合わせて評価すると方針決定の参考になると思います。
日々行っている検査や身体診察ですが、実際の診断精度や前提条件を大事にしていきたいと改めて思いました。
次にSVTに関する文献です。
②SVTへのアデノシン治療の成功はiCa濃度がカギを握る!?
Predictive value of ionized calcium level for sinus rhythm conversion in adenosine treatment for paroxysmal supraventricular tachycardia
DOI: 10.1016/j.jemermed.2025.02.006
SVT(発作性上室性頻拍)はERでよく遭遇する不整脈です。
迷走神経刺激法が第一選択ではあるものの無効である場合もしばしば。そんな場合にはアデノシン静注が推奨されています。
症例を選んで行えばそれほど副作用なく安全に行えますが、患者さんによっては「もう二度とやりたくない!」という感想を持つ方もおられます。
あの世に行ってしまいそうな感覚があるのだとか…。
アデノシンによる治療の成功率があらかじめ予想できたら、治療をより適切に選択できるかもしれませんよね?
2019年から2023年にかけてトルコの大学附属病院救急外来で行われた後ろ向き観察研究を紹介します。
本研究では、SVT患者においてアデノシン6mg投与後の洞調律への復帰と血中イオン化カルシウム(iCa)濃度との関連を検討しています。
18歳以上の血行動態が安定したSVT患者326名が対象とされ、アデノシン投与後の反応性に基づいてiCa値との比較が行われました。
洞調律への復帰に成功した患者群のiCa平均濃度は1.13±0.08mmol/L、非成功群では1.03±0.11mmol/Lであり、成功群で有意に高値でした(p < 0.001)。
ROC解析では、iCa濃度のAUCは0.803と高い予測精度を示し、1.14 mmol/Lをカットオフとした場合の感度は64.75%、特異度は87.75%でした。
iCa濃度がアデノシン初回投与時の治療反応性を予測する指標となり得ることが示唆されました。
なお、12mgおよび18mg投与後の反応性との間にはiCa濃度との有意な関連は認められませんでした。
また、年齢、性別、既往歴、バイタルサインなどの他の因子とも有意な関連はありませんでした。
臨床現場においては、治療選択肢に迷うことがよくあります。
SVTの場合には、iCa濃度を見てみましょう。
iCa濃度が高い症例ではアデノシンをなるべく選択するようにし、逆に低い症例では代替治療(カルシウム拮抗薬やβ遮断薬など)の選択を考慮する契機になりえるかもしれません。
※アデノシン6mgは日本のアデホス10mgに相当します。
最後に気道緊急に関する文献です。
③困難気道で焦った!そんなときの換気手段を知っておこう。その名もTTIP!
Effectiveness of Ventilation via an Endotracheal Tube in Pharynx Versus a Facemask in Patients With Potentially Difficult Airway: A Randomized, Crossover, and Blind Trial
Markham T, et al. Effectiveness of Ventilation via an Endotracheal Tube in Pharynx Versus a Facemask in Patients With Potentially Difficult Airway: A Randomized, Crossover, and Blind Trial.
Anesth Analg. 2025 Feb 1;140(2):280-289.
PMID: 39705182.
困難気道に対峙したときは本当に焦りますよね。
最近はビデオ喉頭鏡が主流になっているため、真の困難気道にはそこまで遭遇しないのかもしれません。
ただ、困難気道の概念とは別に「見えてるのに声門まで誘導できない」「声門まで誘導できたのに奥まで入っていかない」など別の問題が出てきているかもしれません。
このあたりはちょっとしたコツでなんとかなりますが、焦ったときには判断力が鈍り持っている力を発揮できないことがあります。
そのため、確実な換気手段を持っておくと別に慌てずに済みます。
マスク換気がしっかりできれば問題ありませんが、それもできないとなると…。
そこで、換気手段の救世主となりえるような方法を見てみましょう。
その名もTTIP! Endtracheal Tube in the Pharynxの略で、咽頭内に気管チューブを置いて換気をする方法です。
なんじゃそりゃ?
気管ではなく咽頭内に気管チューブを置いておきます。
挿入長は耳孔から前歯までの長さを参考にします。
チューブを咽頭内に置いたら、鼻と口をふさぎます。
そして、気管チューブから空気を送り込むだけ。
本研究は、「困難気道を有する成人患者におけるTTIPによる換気が、従来のフェイスマスク換気と比較して有効な代替手段となり得るか」を検証した無作為化、クロスオーバー、盲検試験です。
困難気道、特に「挿管不能かつ換気不能(CICV)」を切り抜ける方法として、TTIPは症例報告や小規模研究で一定の成果が報告されていたそうです。私はこれまで知りませんでした。
BMIが30kg/m2を超える、もしくはMallampati分類IIIまたはIVに該当する成人患者147名が対象となり、最終的に136名が解析対象となりました。
全身麻酔導入後に、TTIPとフェイスマスク換気の両手技を1分ずつ実施するクロスオーバーデザインとし、換気成功の判定はカプノグラフィー上で呼気CO2が3回のうち1回でも確認されることと定義されました。
結果として、TTIPによる換気成功率は93.4%、マスク換気は84.6%であり、統計的に有意な差が認められました(P = 0.02)。
また、TTIPに失敗した7例中6例(85.7%)はマスク換気で補完でき、マスク換気に失敗した13例全例(100%)はTTIPで換気を成功させることができました。
有害事象は1例に一過性の低酸素血症が認められたのみで、安全性にも大きな懸念はありませんでした。
TTIP、なんかいいかも。挿管しようとしてムリだったらそのままTTIPをしながら人を呼べばいいですもんね。
特にマスクシール困難な症例には有効性が高いと考えてもよいでしょう。
器具の準備が少なく、操作が簡便である点もgoodです。
この先に輪状甲状靭帯切開を行う可能性がありますが、普通の気管挿管と違い先端の場所的に輪状甲状靭帯切開の邪魔をしないことも利点ですね。
ERでの研究ではないのが残念ですが、ER診療やリソースが少ない現場にも応用可能かと思います。
また、ガイドラインにあるSGAに代わるものではなく、あくまでSGAなどが使用できないときの代替案としての位置づけであることは注意点です。
なんでこれが効果的なんでしょうか。
TTIPでは、チューブを咽頭に置いて口唇をシールすることで、咽頭に陽圧が直接的に加わるため上気道閉塞を回避しやすくなるようです。
マスク換気の場合には、口腔から咽頭方向への下向きの圧力勾配が生じえます。やり方によっては上気道閉塞が助長されることもあります。
覚えておいて(練習しておいて)損はない方法でしょう。
--秋田大学大医学部附属病院 前野恭平