2024.03.31

2024/03/31 文献紹介

春の嵐、というにはなかなか激しい雨や暴風に見舞われてますが

みなさん新年度にむけて準備は万全でしょうか?

(私は黄砂の影響で鼻が詰まり目が痛くて明日からが心配です・・・)

今回は3つの文献を紹介します。

いつもとは少し違う毛色の文献ですので、ぜひ読んでいただけたらと思います。

 

湘南鎌倉総合病院の田口からはこちらの2本です。

 

Agarwal I, MacVane CZ.Shift Scheduling and Overnight Work Among Pregnant Emergency Medicine Residents.Ann Emerg Med.2024 Feb 23 

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38402481/ 

 

今年も医師国家試験の合格発表があり、9547人の新たな医師が誕生しました。このうち34%は女性で、当院でも女性の初期研修医、救急科専攻医、ER医がますます活躍しています。

 

今回の論文は、妊娠中の救急科専攻医のシフトと夜勤についてです。明確な答えがあるわけではありませんが、この論文をもとにbetterな取り組みを考えることができればいいなと思いご紹介いたします。

 

アメリカでは1985年から2022年にかけて、医学部を卒業する女性の割合は30%から50%以上に増加し、同期間に女性の救急医の割合も16%から38%に増加しました。現在、3人に1人の女性医師が研修中のある時点で妊娠しています。

 

ポイントは下記です。

・夜勤や長時間労働は男女両方にとって、うつ病、心血管疾患、がん、全体的な死亡率のリスク増加と関連し、妊娠中の女性においては月経不順や不妊とも関連している。

・夜勤専属のシフトは一般労働者で早産や流産のリスクを高めることが示されており、特に週に2回以上の夜勤が流産のリスク増加と関連している。

多くの妊娠中のレジデントは、出産までそれまでと変わらず働き続けており、妊娠に関する調整をお願いすると同僚や上司から否定的に捉えられるのではと懸念している。

救急科専攻医のための公式に妊娠時のシフトスケジュールについての取り決めを持つプログラムはアメリカでも少数であり、多くの場合は健康上の理由として個々に調整をしている。

ただしいくつかの病院で試験的に行った公式のシフトについての取り決めでは、否定的な反応を懸念していたが結果的に専攻医からの満足度は高かった。

女性医師の数は増加しており、妊娠に関する選択に関係なくすべての医師が安全で健康的で公平な研修を確実に受けられるようにすることが望ましい。

 

John E Schneider,et al.Practice: Applying Successful Strategies in Sports to the Practice of Emergency Medicine. Ann Emerg Med.2024 Jan 17. 
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38244027/

 

次に、mental practiceつまりはイメトレを救急医も活用できるかも!という論文です。昨年は3ヶ月の育休を取りましたが、復帰するときにやはり少し不安になったことを覚えています。そんな状況でも役立つかもしれません。

 

救急医とプロのアスリートの共通点、それはプレッシャーのかかる状況で仕事をすることです。スポーツ心理学ではmental practiceの研究が増えてきており、これが医学教育でも研究されはじめています。まだエビデンスは十分ではありませんが救急でも特に手技などで役立つ可能性があります。臨床でなかなか経験できない、シミュレーションセンターも利用できないなどのケースでは良い代替になるかもしれません。

 

下記がポイントです。

Mental practiceとは身体的な動きなしでの頭の中で行う反復練習。(手などの動きはエアーで行っても良い)

・特に認知的要素の高いスポーツでパフォーマンスを向上させることが示されている。

Mental practiceと身体的な動きは脳の同じ領域を活性化し、互いに強く関連している。

・医療分野では特に外科手術でスキルの向上にmental practiceが有効であることが示すエビデンスがある。

・効果的な練習セッションの時間は約2030分。

・時間をおいて繰り返し行うことでより大きな効果がある。

・意識すべきこととして、身体、環境、タスク、タイミング、学習、感情、見通しを含むPETTLEPモデルが推奨されている。

ERでは、高度だが低頻度の手技や新しい手技の学習、維持に有用かもしれない。

 

いつでもどこでもできるイメトレ、どうでしょうか!

 

中東遠総合医療センターの大林からはこちらです。

Iserson KV. From magical thinking to suicide: Understanding emergency physicians' psychological struggle.  Am J Emerg Med 2024 Apr:78:37-41

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38183885/

「マジカルシンキングとインポスター症候群」

年度の変わり目、もうすぐ研修医になる方、新しい職場に異動する方、指導する後輩を迎える方など、

いろいろな立場の方に医師をうまく続けるために知っていていただきたいトピックスを紹介します。

 

マジカルシンキング、という言葉を知っていますか?

「魔法のようになんでも叶えてしまう思考法」・・・ではありません。

これはロジカルシンキングと対立する言葉で

「客観的な事実ではなく、個人の信念に根ざした思考、認知プロセス」

を意味します。

 

具体的に医師の場合だと

「医師は成功するためや尊敬に値するためには完璧でなければならない」

「医学分野の包括的な知識を得るために努力すればなんでも分かるようになる」

といった非現実的な思考・信念がこれにあたります。

読者のみなさんも少しは同じことを思ったことがあるじゃないでしょうか?

この思考にとらわれてしまうと、例え合理的な根拠がなくても「患者の転帰には個人的な責任がある」と考えてしまい、

医療の結果が不確実で自分のコントロールできない要因が関与している状況であっても、歪んだ罪悪感を助長し、罪悪感は羞恥心、絶望感として強くなってしまいます。

また完璧であろうとすること(不可能なこと)に失敗し、自身の知識・能力・業績を過小評価します。

最終的には自分の医師としての十分な頭脳・能力がないのではないかと疑い、

自らを「偽物・詐欺師(インポスター)」ではないかと感じ、それが露呈することを恐れるようになります。

この心理状態は「インポスター症候群(IP)」と呼ばれています。

 

IPについては以前EMA for usでも紹介していますので、ぜひご覧になってください。

https://www.emalliance.org/emaforus/essential/individual/imposter

 

IPは燃え尽き症候群との強い相関があることが研究でわかっており、

燃え尽き症候群になってしまった医師ではうつ病の発症頻度が3倍高いことが知られています。

つまり、マジカルシンキングからIP、そして燃え尽き症候群、うつ病への負のスパイラルが始まってしまうということです。

 

今回取り上げたこの文献では、IPや燃え尽き症候群などの心理状態、IPに直面したときの対処方法などを解説しています。

IPは初学者のみならず、ベテランの医師でも陥る心理状態です。

IPの対処方法の1つに、IPについて同僚と話し合い、感情や経験の共有を行うこと、理解とサポートを育むことというものがあります。

読者のみなさんに、IPをはじめ医療者が陥る心理状態について知っていただき、

自分自身だけでなく仲間がうまくパフォーマンスを発揮して、幸福に医師を続けていただければと思い、

今回この文献を取り上げました。

 

湘南鎌倉総合病院 救急総合診療科 田口 梓

中東遠総合医療センター 救急科大林 正和