2021.11.16

インポスター症候群

順天堂大学医学部附属浦安病院
救急診療科
森川 美樹

<インポスター症候群とは>
皆さんはインポスター症候群という言葉を聞いたことがありますでしょうか?インポスター症候群とは、「学問的・専門的分野において、客観的に成功しているという証拠があるにも関わらず、虚偽感や無価値感を感じてしまう人が体験する、知的な詐欺師であるという内的経験」と定義されており(1)、自分で自分の能力や実績を認められない状態や自分の力を信じられない状態に陥っている心理傾向のことです。なお、インポスター(imposter)とは詐欺師・偽者を意味します。1978年にClanceらが行った、社会進出し成功を遂げた150名の女性を対象とした調査により、初めて報告され(2)、そこで彼女らは「こんな自分が成功したのは信じられない、周囲を騙しているような気がする、いつか本当の能力がバレてしまうのではないかと不安」という思いを抱えていることがわかりました。そのことからインポスター症候群は当初、成功を収めた女性に多いと考えられていましたが、その後性別や成功体験の有無関係なく生じる可能性のある心理であることがわかりました。インポスター症候群は「症候群」とついていますが、病気ではなく心理傾向の一つです。しかし、そのネガティブな心理傾向が大きな負担となり、ひどくなると精神的・肉体的に限界を迎えてしまい仕事や生活に影響が出てきてしまうこともあります。バーンアウトに比べるとあまり聴き慣れない言葉だと思いますが、医学生や研修医の3割はインポスター症候群であるという報告もあります(3,4)。自身の成功に懐疑的になったり、失敗を過度に恐れたりすることがバーンアウトに繋がる可能性もあり、インポスター症候群の克服はバーンアウトを防ぐためにも重要なことです。

<インポスター症候群の症状>
インポスター症候群の人は非常に自己評価が低く、ネガティブ思考になるだけでなく、必要以上に謙遜したり自分自身を卑下したりする言動も見られます。また、失敗を恐れチャレンジしなくなってしまいます。

表1 インポスター症候群の人が抱く感情

○いつか自分の能力のなさが周囲にバレてしまう
○いつか失敗する
○自分の役職が自分にはもったいないと感じる
○他人や上司に評価されるほど重荷に感じたり、不安を感じたりする
○仕事での功績や成果を、自分の功績ではないと否定する

<インポスター症候群の要因>
インポスター症候群の要因は様々ですが、根本は「自分が思う自分」と「周囲が思う自分、または自分が理想とする自分」とのギャップや強い劣等感です。自分への肯定感が低い人は自分の能力に対する自信が低い上に、他者からの否定的評価を避けるために自分は無能であると自己呈示してしまい、それが個人的無能感を加速させてしまいます。また、対人的懸念が高い人は成功と失敗に伴う他者からの評価に敏感で、成功により他者から否定的評価をされるのも恐ろしいし、他者から無能と思われたくないため失敗を恐れます。

表2 インポスター症候群を経験しやすい人の特徴(5)

○成功を運などの外的な要因に帰属すること
○自分の能力に自信が持てないこと
○他者に無能さが見破られてしまうのではないかと恐れていること
○自分自身に課す基準の高さ

このような背景にはその人が育ってきた環境が大きく影響します。兄弟や親戚に優秀な人がいる、過保護、高い知的水準を求められる、という家庭環境はインポスター症候群を経験しやすいとされています(5)。また、個性よりも同調を求めるような教育や「女性は家庭的で控えめに」といったような教育もインポスター症候群の要因の一つです(5)。
最近では、女性の活躍を推進する社会情勢が一種の女性の過大評価、そしてそれが自分自身の価値とのギャップに繋がってしまうということもあります。

<インポスター症候群の評価ツール>
インポスター症候群の評価ツールはThe Harvey Impostor Phenomenon Scale (HIPS; Harvey, 1981), Clance Impostor Phenomenon Scale (CIPS; Clance, 1985), Perceived Fraudulence Scale(PFS; Kolligian & Sternberg, 1991)が主なものですが、どれもインポスター症候群であることを見つけるものではなく、インポスター症候群になりやすい特性を見出すためものです。よく使用されているCIPSを日本語訳したものを下記に示します。

表3 Clance Impostor Phenomenon Scale(6)を日本語訳したもの

以下の質問に1〜5のどれに当てはまるか答えてください。あまり考え込まずに直感で答えてください。
1: 全くない
2: ほとんどない
3: 時々ある
4: よくある
5: いつもそうである
1. 仕事やテストの前ちゃんとできるか不安だったが成功した事がある
2.実際の自分よりも有能な印象を人に与える
3.評価を避けたり、他者に評価されることを恐れたりする
4. 自分が成し遂げたことに対して人々が称賛する時、次は彼らの期待に答えられないのではないかと不安になる
5. 今の業績は、たまたま時期が良かったからだ、いい人を知っていたからだ、と時々思う
6. 自分の大事な人たちに、自分には思ったほど能力がないと気づかれるのが怖い
7. ベストを尽くしたことよりも、ベストを尽くせなかったことの方を思い出す傾向がある
8. 自分がやりたいように仕事をこなす事があまりない
9. 自分の成功は何かの間違いだったのではないかと時々思う
10. 自分の業績や知能に対する称賛を受け入れるのが難しい
11. 自分の成功は運が良かったためだと時々思う
12. 自分の業績に失望し、もっとやり遂げるべきだったと時々思う
13. 自分がどれだけ無知で無能であるかが他人に見つかるのが怖い
14. 頑張ってやった新しい仕事や事業が失敗するのではないかとよく不安になる
15. 何かに成功して自分の業績を認めてもらえた時、これからも成功し続けられるだろうかと不安になる
16. 自分の業績について称賛を得ても、自分を過小評価してしまう
17. 自分の能力を周りと比較し、その人たちの方が自分より有能と感じる
18. 周りの人が私はできると信じてくれているのに失敗してしまうのではないかと心配になる
19. 昇進など、良い評価をされる事があってもそれが確定するまでは他人に言うのを躊躇う
20. 業績に関わる場面で、一番になったり特別な存在になれなかったりすると失望する
合計スコア
<40 :インポスター症候群の徴侯なし
41-60:わずかにインポスター症候群の経験がある
61-80:よくインポスター症候群を経験する
>80:頻繁にインポスター症候群を経験する

<インポスター症候群を克服するには>
まずは自分を褒めることから始めましょう。インポスター症候群の人は自己肯定感が極端に低いため、まずは自分を褒める習慣をつけることが大切です。身近なことに小さな目標を立て、それを達成できたときは自分を褒めるということを繰り返しおこなっていきましょう。また、褒められたときはそれを謙遜せず素直に受け止めましょう。
インポスター症候群の人は自分に対して過度なプレッシャーをかけがちです。ありのままの自分を大切にし、自分にも他人にも完璧を求めないようにしましょう。
また、自分より優れたメンバーがいる中に自分を配置することも一つの解決方法です。適切なアドバイスをくれる人が周りにいることで、自分に対する心理的負担を軽減する事ができます。
周囲にインポスター症候群の人がいる場合は、なぜその人が評価されているのか、その理由を説明しその人の価値を正しく認識させましょう。また、評価するときは大勢の前ではなく、1対1が望ましいです。

「インポスター症候群という言葉は初めて聞いたけど思い当たる点があった」という方もいらっしゃったのではないでしょうか?日本人は謙遜する文化があり、インポスター症候群になりやすい傾向があるかもしれませんが、自分の仕事を適切に評価し、良いことに対しては「よくやった!」と自分を褒めることも大事です!ありのままの自分を受け入れ、 少しずつでもできることを進めていく事は必ず周囲の役にも立ちます。是非今から!自分を褒めてみましょう!!

<参考文献>
1.藤江 里衣子. 状態的インポスター現象の検討:尺度作成およびパーソナリティとの関連. 日本パーソナリティ心理学会発表論文集. 2007; 16: 50-51.
2.Clance, P.R., and Imes, S.A.. The impostor phenomenon in high achieving women: Dynamics and Therapeutic interventions. Psychotherapy: Theory Research and Practice. 1978; 15: 241-247.
3.Legassie J, et al. Measuring Resident Well-Being: Impostorism and Burnout Syndrome in Residency. J Gen Intern Med 2008; 23(7): 1090-4.
4.Villwock J, et al. Impostor syndrome and burnout among American medical students: a pilot study. International Journal of Medical Education. 2016;7:364-369
5.藤江 里衣子. インポスター現象研究の概観. 名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要. 心理発達科学, 2009; 56: 29-38.
6.Pauline Rose Clance. Impostor Phenomenon. https://paulineroseclance.com/impostor_phenomenon.html
7.Mak et al. Impostor Phenomenon Measurement Scales: A Systematic Review. Front. Psychol. 10:671.