2023.09.15

2023/09/15 文献紹介

9月前半の文献紹介は、沖縄県立中部病院の岡と福岡徳洲会病院の大方がお送りします。
ラインナップは以下の通りです。
①軽症頭部外傷ガイドライン 15年ぶりの改訂
②小児脳震盪、IQの低下は見られなかった
③肩関節前方脱臼のレントゲンを省略できるか

まずは沖縄県立中部病院の岡です。
①軽症頭部外傷ガイドラインが15年ぶりの改訂。
https://www.annemergmed.com/article/S0196-0644(23)00028-8/fulltext (無料で読めます)
米国救急医学会ACEPガイドライン(クリニカル・ポリシー)成人軽症頭部外傷が15年ぶりに改訂されました。

ERでよくある臨床上の質問3つに答える形です。
回答は、エビデンスの強さによってレベルA~Cで推奨されています。
以下、内容まとめです。

質問1)
軽症頭部外傷で、頭部 CT が不要な患者を特定するための臨床的意思決定ツールはありますか?
回答)
レベルA;カナダ頭部 CT ルール( CCHR )が方針決定に役立ち、不必要な頭部CT撮影を減らせます。
レベルB;NEXUS 頭部 CTルールまたはニューオーリンズ頭部CTルールが方針決定に役立ちます。ただし、これらは CCHR に比べて特異度が低いので、不必要なCTが増えてしまう可能性があります。
レベル C ;抗凝固療法や抗血小板療法を受けている場合(アスピリンは除く)、上記の意思決定ツールは使用してはいけません。

質問2)
抗凝固薬または抗血小板薬を服用している軽症頭部外傷患者が、普段通りの神経学的所見であれば、1回の頭部 CT 後に帰宅しても安全でしょうか?
回答)
レベルA;なし。
レベルB;1回目の頭部 CT で出血が見られなかった場合、ルーチンでの再撮影は行わないでください。1回目の頭部 CT 検査で出血がなく、その他の経過観察ルールにもひっかからなければ、ルーチンでの入院や経過観察はしないでください。
レベル C ;頭部外傷後の稀な遅発性出血の症状などについて、帰宅後の注意事項を患者に説明しましょう(コンセンサスによる推奨)。
転倒の危険性と抗凝固療法のリスク/ベネフィットを評価するために、外来への紹介を検討してください(コンセンサスによる推奨)。

質問3)
軽症頭部外傷や脳震盪と診断された患者において、脳震盪後症候群(PCS)について の外来フォローが必要な患者や、 帰宅後に遅発性後遺症をきたす患者を特定するために有用な臨床的意思決定ツールやリスク因子はありますか?
回答)
レベルA;なし。
レベルB;なし。
レベル C ;PCS や以下のリスク因子のある患者は紹介を検討してください: 女性、精神疾患既往、GCS<15、暴行によるもの、急性中毒、意識消失。
PCS のリスク予測に診断ツール (バイオマーカーを含む) を使用しないでください。脳震盪に特化した帰宅指示を説明し、PCS の長期化のリスクが高い患者を選択して外来患者に紹介しましょう (コンセンサスによる推奨)。

どれもERで頻回に遭遇するので役に立ちそうです。
質問1が「どの患者にCTが必要か?」ではなく「どの患者はCTが不要か?」としているのはChoosing Wisely キャンペーンの考えに沿っており、嬉しいです。

②小児脳震盪、IQの低下は見られなかった。
https://publications.aap.org/pediatrics/article/152/2/e2022060515/192782/IQ-After-Pediatric-Concussion?autologincheck=redirected (無料で読めます)
次は小児の脳震盪についてです。

小児の脳震盪といえば、2021年にEMA文献班で紹介した論文が衝撃的でした。
https://www.emalliance.org/education/dissertation/202001236

「脳震盪後の生活指導って、めっちゃ重要やん。」
お恥ずかしい話ですが、自分はこの論文がきっかけで心身の休養が後遺症を減らすのに必須であることを知り、猛省しました。
テレビ・スマホ(スクリーンタイム)を制限し、できるだけ休養させることが重要です。

そんな、怖い小児脳震盪の後遺症についての論文です。

内容としては
「脳震盪、少なくとも数月後ではIQの低下は見られなかった」です。
…ホッ。

この研究は、北米の7つの施設で行われた前向きコホート研究2つを用いて行われました。
脳震盪の小児と軽症整形外科的外傷の小児を比較しました。
N = 866人、8~16.99 歳です。
脳震盪の症状と損傷後の IQ スコアとの関係を調べました。

結果として、IQスコアに受傷後急性期(3~18 日)と3ヶ月後に有意差は認められませんでした。

……。
もし、子供に認知能力の低下が見られたら、
親御さんは「ひょっとしてあのときの脳震盪のせいでは?」と思ってしまいます。
もちろん、この論文が長期的な認知機能の低下まで完全否定してくれるものではありませんが、少なくともこの論文のおかげで、他の原因も検討することに気づくでしょう。

続いて福岡徳洲会病院の大方です。

③肩関節前方脱臼のレントゲンを省略できるか
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37526102/

「骨折の存在を確認するために、肩関節前方脱臼の整復前のレントゲンは必須?」

肩関節の脱臼を疑ったときに、診断目的や骨折の確認などで整復前のレントゲン撮影がルーチンだという施設も多いかもしれません。私の施設ではルーチンで撮影しています。
骨折があった場合、そのまま整復する事で骨折の転位が新たにできたり、増悪することで無腐性骨頭壊死のリスクが上昇すると言われています。
しかし、レントゲンまでの時間経過による患者の負担、骨折を伴う症例のそもそもの数を考慮すると、整復前のレントゲンが必要かを考えることが幾度かありました。

みなさまはFresno-Quebec Ruleといったアルゴリズムがあることをご存知でしょうか?
Fresno-Quebec Ruleは2018年に提唱されたアルゴリズムで、「非外傷性の再発脱臼か」、「年齢が35歳より上か」、「危険な受傷機転か(車との衝突、暴行、スポーツ、10feet(≒3m)以上からの落下)」といった3つの項目を順に回答し、これらの結果から肩関節前方脱臼の整復前のレントゲンが必要かを判断するものです。

今回ご紹介する文献は、このFresno-Quebec Ruleを用いることで、肩関節前方脱臼に合併した臨床的に重要な骨折の存在を予測し、整復前の不要なレントゲンを削減できるかを検証したretrospective cohort studyです。
大学附属3次救命センターの3つの救急科に来院した、肩関節前方脱臼の診断のついた18歳以上の成人が対象で、レントゲン撮影がされていないものは除外されました。
主要評価項目は臨床的に重要な骨折(ただしHill-Sachs lesionは骨折なしに該当)、副次評価項目はFresno-Quebec Ruleを用いることで安全に回避できたと思われる(臨床的に重要な骨折がない)レントゲン撮影の割合などでした。

2129人が本研究の対象となり、そのうち骨折を伴う症例が207人(9.7%)、Fresno-Quebec Ruleを用いることで安全に回避できたと思われるレントゲン撮影の割合は35.2%(678人)でした。9人(骨折症例の4.3%)がFresno-Quebec Ruleで整復前のレントゲンが不要の判断でしたが、骨折を認めました。しかし、9人のうち非観血的整復ができないような外科頸または骨幹部骨折はおらず、緊急手術が必要な人もいませんでした。
Fresno-Quebec Ruleの性能測定基準は、感度0.96 (95% CI 0.92–0.98)、特異度0.36(95% CI 0.34–0.38)、陽性的中率0.14(95% CI 0.12–0.16)、陰性的中率0.99(95% CI 0.98–0.99)、陽性尤度比1.49(95% CI 1.42–1.55)]、陰性尤度比0.12(95% CI 0.06–0.23)でした。

以上より、Fresno-Quebec Ruleは臨床的に重要な骨折を伴う脱臼を認識する際に優れた感度を示し、これを利用することで整復前の不必要なレントゲンを約1/3削減できると結論されました。

Fresno-Quebec Ruleを用いることで、ルーチンの整復前のレントゲン撮影を安全に省略することが可能かもしれません。
しかし実際は、研修医の教育や訴訟問題などの観点から、整復前のレントゲンを省略することは難しいかもしれません。自施設でFresno-Quebec Ruleを用いた症例を集積し、実際に安全性を確認してから適用すると良いかもしれません。