2020.01.17

EMA症例17:6月症例解説

皆さま、6月症例はいかがでしたか。

まだご覧になっていない方は、http://www.emalliance.org/education/case/syourei17/ からどうぞ!ではでは、解説です。

今回のテーマ「頸部痛」はcommonな主訴で、成人の10%が一度は頸部痛を経験すると報告されています。原因がはっきりしないまま、自然軽快してしまうことが多いですが、その中に重症な疾患が隠れています。

まず頸部には、血管・神経・気道・消化管・骨と、様々な臓器が存在し、いずれの臓器の病変も頸部痛の原因となります。さらに他部位(例えば、心・頭部・耳・歯・上肢)からの痛みが広がってきている可能性も考慮する必要があるため、幅広く鑑別疾患を考えなくてはいけません。
(なお、外傷による頸椎損傷も重要ですが、今回は外傷歴なく、それ以外の鑑別を進めました。)

今回の症例は、頸部痛に発熱を伴っており、感染症を鑑別の上位に挙げました。中でも髄膜炎は、そうでないと分かるまでは疑ってかかるべき疾患ですね。(今回の症例では、痛みは強いものの全身状態は良好。どの方向に頸部を動かしても強く痛がり、項部硬直とは違う印象ではありましたので、すぐに培養→抗生剤!とはしませんでした。血液検査提出と同時にルートキープしました。)

感染症も下記の通り多岐にわたり、特に深頸部感染症は筋膜面に沿って広がり、縦隔に達すると致死率が60%にも及ぶ縦隔炎を起こすため要注意です。特に糖尿病・免疫不全・慢性腎不全・悪性腫瘍・アルコール多飲などのリスクや、静脈麻薬の使用・最近の腰椎穿刺など侵襲的処置の既往があれば積極的に確定のための検査(造影CTなど)を行いましょう。

扁桃周囲膿瘍
咽後膿瘍
喉頭蓋炎
Ludwig’s angina症候群
髄膜炎
骨髄炎
椎間板炎
頸部硬膜外膿瘍
中耳炎
歯科感染症
食道
Lemierre症候群

次に、今回の症状はかなり非典型的であるとは思いながらも、心筋梗塞、狭心症といったACSによる頸部への放散痛もrule outすべきと考え早めに心電図は施行しました。→結果は明らかなST-T変化なし。

さて、画像をどうしようかな、ということで…

頸部痛の原因として見逃していけないものに、すでに挙げた感染症に加え、腫瘍があり、下記にあてはまる患者には、積極的に画像検査(Xp、MRI、CT:最も感度が高いのはMRI)をすべきと報告されています。

50歳以上で生じた新たな症状
発熱、悪寒、説明できない体重減少など全身症状あり
6週間以上続く、中等度~高度の痛み
神経所見が進行
感染のリスク(注射で薬剤使用、免疫抑制状態)
悪性腫瘍の既往
さらに、稀ですが、虚血や塞栓により神経学的障害が残る恐れがあるため、見逃せない疾患として内頸動脈・椎骨脳底動脈解離も挙がります。

発症のピークが若年者(70%が20-40歳代)であり今回の症例とは外れますが、一見血管リスクの低い患者さんに生じるので要注意。突然発症の激しい持続痛には、やはり血管病変をチェックです。確定にはCTアンギオ(感度・特異度とも100%近く、ERで使える検査)。

頸部硬膜外血腫も急性発症の頸部痛を生じる疾患。数時間~数日以内に対麻痺、または四肢麻痺に広がるのが典型的な病像です。外傷、血液疾患、硬膜外麻酔が原因となり、抗凝固療法、血液溶解療法の既往、妊娠、肝疾患、リウマチ疾患もリスク。

…と、見逃してはいけない疾患を浮かべつつ、

実は追加の身体所見で、左右の大腿の把握痛(再現性はいまいちでしたが)を訴えたこともあり、高齢者にcommonなPMR(リウマチ性多発筋痛症)はどうだろう?

そしてPMRと紛らわしい「あれ」だったら頸部CTで見えるかも♪という期待を込めて頸部CTへ行きました。

■頚椎CT

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「軸椎歯突起を取り囲む十字靭帯の放線的石灰化」を認め、Crowned dens syndrome(CDS)と診断しました。(「あれ」=Crowned dens syndromeでした。)

CDSは上記の通り、「軸椎歯突起を取り囲む十字靭帯の放線的石灰化に関連した放射線診断上の疾患名」です。(ので診断には、歯突起周囲の十字靭帯石灰化が画像で確認されることが大事。)石灰化は、多くはCPPD(ピロリン酸カルシウムニ水和物)の結晶沈着。 
急性頸部-後頭部痛、発熱、項部硬直といった症状を呈し、上記の画像所見に加え、炎症反応上昇も認めます。治療はNSAIDsが良く効果を発揮します。

ちなみに症例の血液検査は下記のような感じ。炎症反応上昇はCDSでも矛盾はなく、頸部CTでも膿瘍や感染源となりそうな所見は認めませんでした(深頸部感染症や膿瘍を狙うならば、上述の通り造影CTですが、今回は明らかなCDSの所見を認め、単純CTで見る限り他に異常所見を認めなかったため、造影までは施行していません)。

とはいっても、感染症(皆さんがコメントにも挙げてくれたようなIE→椎体炎なんて怖いですよね)は否定できないということで、念のため血液培養2セットは提出の上、NSAIDs処方→翌日神経内科フォローとしました。症状は改善傾向・培養も生えることなくひと安心、と良好な経過をたどることができました。

■血液所見:
WBC 11.3 ×103/μl Hgb 13.5 g/dl PLT 14万/μl
PT.INR 1.1 フィブリノゲン 449 mg/dl Dダイマー 0.5 μg/ml
TP 6.8 g/dl アルブミン 3.0 g/dl CRP 6.31 mg/dl
尿素窒素 18.3 mg/dl クレアチニン 0.61 mg/dl 尿酸 3.2 mg/dl
カルシウム 9.0 mg/dl Na 139 mmol/l K 4.0 mmol/l Cl 105 mmol/l
総ビリルビン 0.8 mg/dl ALP 199 U/l γGTP 11 U/l
AST 18 U/l ALT 5 U/l LD 235 U/l
CK 42 U/l グルコース 125 mg/dl

≪参考文献≫
Firestein: Kelley’s Textbook of Rheumatology, 8th ed
救急診療のピットフォール Emergency Medicine:Avoiding the Pitfalls and Improving the Outcome
Up to date :Evaluation of the patient with neck pain and cervical spine disorders