2023.01.18

EMA症例140:12月症例 解説

2022年12月症例にご参加いただきました皆様、誠にありがとうございます。1月9日時点で質問に回答をいただいた方は153名いらっしゃいました。皆様の回答の集計結果を紹介します。

質問1:現時点でどんな病気を想定しますか?
 自由記載であり、複数の疾患を記載いただきました。やはり脳血管障害や髄膜脳炎など中枢神経疾患と低血糖・糖尿病性昏睡と言った血糖関連の異常を疑う意見が複数挙がりました。尚、感染症は非中枢神経感染症を集計対象としており、尿路感染症を疑う意見が多く聞かれました。

図1:質問1に対する回答の集計


表1:質問1に対する回答(集計の都合で一部文言を編集)


質問2:次に行う治療・検査は何ですか?
 やはり頭蓋内占拠性病変の評価を目的としたのでしょうか、頭部CTが圧倒的多数で選択されていました。くも膜下出血を疑うとすれば、発症から数時間以内ですし、頭部CT撮影とする流れは妥当性が高いように思います(参照:症例118)。

図2:質問2に対する回答の集計


質問3:どのような問診・身体診察を追加しますか?
 自由記載であり、こちらも複数の回答を記載いただきました。診察と検査については眼科関連か否かで分けて集計しました。眼科関連以外の話題としては、改めて中毒疾患の評価や中枢神経感染症の評価を目的としたものが多かったように思います。また追加検査や診断確定してコンサルトする、と言った提案も見受けられました。

表3:質問3に対する回答(集計の都合で一部文言を編集)


質問4:あなたの属性は?


解説:
 1. どのタイミングで緑内障発作を疑うか?
 マイナーエマージェンシーの中でも急性緑内障発作はQOLに直結する重要な病態であり、確実な診断が必要です。一方で、遭遇率は決して高くはなく、また本症例のように訴えが判然としない高齢者においては診断が難しいように思います。
 本邦の緑内障ガイドラインに急性緑内障発作を想起すべき症状として「眼痛」「頭痛」「霧視」「視野欠損」「充血」などが紹介されています(文献1)。典型例では、眼痛や視覚障害を訴えて来院し、明らかな視覚障害の自覚や充血があれば、本疾患を想起するのは比較的容易です。一方、本症例のように意識障害から十分に問診ができない場合では、そもそも想起自体が難しく、診断に至らず、治療に遅延を生じる可能性があります。
 一方、頭痛・嘔吐を主訴に来院する場合には、くも膜下出血の確実な除外が必要と考えます。その中で、開眼に抵抗する患者さんに対して無理やり瞳孔評価を強行する事に抵抗があるかと思います。緑内障自体は前述の通りにQOLに直結する緊急症ではありますが、くも膜下出血のように落命するリスクのある病態ではありません。あくまで「くも膜下出血を除外したタイミングで残る鑑別として評価する」と言った姿勢で良いように思われます。

2. 急性緑内障発作を生じる病型を知っておく
 緑内障と一言に言っても、その分類は様々です。一般的には、眼圧上昇の原因が他疾患や薬剤によって生じる「続発性緑内障」、胎生期の異常などによって小児期に発症する「小児緑内障」、眼圧上昇の原因を他に求められない「原発性緑内障」の3つに分けるのが一般的です。原発性緑内障は更に隅角の状態によって原発開放隅角緑内障と原発閉塞隅角緑内障に分けられます(図3)。この内、急性緑内障発作を生じ得るのは閉塞隅角緑内障のみです。因みに、緑内障の中で圧倒的に多いのは原発開放隅角緑内障であり、抗コリン薬などの使用から急性発作を生じるリスクは極めて低いと言えます。以前は、抗コリン薬の禁忌として単純に「緑内障」とのみ記載がありましたが、本邦においても2019年以降は「閉塞隅角緑内障」として記載が変わっています。


図3:緑内障の分類


3.  急性緑内障発作を疑う病歴と身体所見を覚える!
 閉塞隅角緑内障はアジア人では有病率が高く、特に中年以降の女性に多く、遠視の症例で多いとされます。50歳以下での発症は稀とされ、また男女比≒1:3と圧倒的に女性に多い点は記憶に値します。
 急性緑内障発作は原発閉塞隅角緑内障に生じ、顕著な眼圧上昇(しばしば40〜80mmHg)を伴い、視力低下や眼痛などを生じます。散瞳が発作の原因となり、その誘因は、薄暗いところで本を読んでいたなどの生活状況の中の何気ない行動から、前述のような抗コリン薬の使用まで様々です。本症例では、抗コリン薬服用による影響が否定できないと考えられ、市販の総合感冒薬の使用と言うキーワードから想定された方もいらっしゃったのではないでしょうか?
 緑内障発作を疑った際に、皆さんは、どのような理学所見を取りますか?ERに細隙灯顕微鏡を常備している施設では、角結膜評価や前房深度の確認を行うかも知れませんが、そのような施設は日本国内では残念ながら多くはないでしょう。
 緑内障発作の理学所見として、是非取っていただきたいのは「毛様充血」と「ペンライト法」の2つです。
 毛様充血は瞳孔の辺縁から伸びるような充血であり、所謂結膜炎などによるred eyesと異なり、眼瞼結膜に所見を伴わないのが特徴です。また角膜浮腫を伴っている場合には瞳孔が白みがかって見えます。流涙を伴うことが多く、印象としては「目全体が浮腫んで、鬱滞している」印象を受けるかと思います(図4)。因みに、閉眼させて眼球を触診すると、患側ではピンポン球のような硬さを感じると言われますが、慣れていないER医には判断材料として使えるだけの所見とは言い難いように思います。



図4:急性緑内障発作の理学所見1:毛様充血+角膜浮腫

一方、ペンライト法は側方からペンライトを当てて逆側の虹彩に影ができれば陽性、影ができなければ陰性と評価します。部屋を暗くして所見を取ることをお勧めします。浅前房を反映する所見であり、対光反射の有無を評価すると共に手軽に取れる点でも推奨できます。本法の閉塞隅角検出は、感度76.3%、特異度80.7%とされており、眼科医以外と眼科医とで一致率の高い診察方法とされています(文献2, 3)。


図5:急性緑内障発作の理学所見2:ペンライト法(Oblique flashlight test)

 尚、眼圧計は様々な製品がありますが、ERで測定できるような備えを普段からしておくのが良いでしょう。座位になれる症例であれば眼科外来に常備されている非接触式眼圧測定器を利用する手もありますし、施設によってはトノペン(R)をERに置いていることでしょう。ここについては施設特性が強いところと思いますが、逆に眼圧測定に自信がなければ、無理して測定してからのコンサルトとせず、早期に眼科相談してしまうのも一手でしょう。

4. 急性緑内障発作の初期治療を覚える!
 急性緑内障発作と診断すれば、即眼科コンサルトするべきです。一方、直ぐ眼科医の診察を受けられない状況は地域によっては十分に考えられ、救急診療に携わる者としては治療方法を知らねばなりません。
 実は眼圧を下げる上で最も重要とされるのは「高張浸透圧利尿薬」であるD-マンニトール(マンニトール(R))や濃グリセリン・果糖注射液(グリセオール(R)など)です。循環血液量増加によるうっ血性心不全や急性薬剤性腎障害のリスクを勘案して投与する必要はありますが、本法のガイドラインでは「高度の眼圧上昇を沈静化させるのに最適な薬剤」として記載されています。本邦における第1選択薬の一つとして記憶しておくと良いでしょう。

  • 20%マンニトール(R) 1〜2g/kgを30〜60分かけて投与
    ○    最低眼圧到達:60〜90分後
    ○    効果持続時間:4〜6時間
    ○     注意点:腎障害、急性心不全
  • グリセオール(R) 300〜500mLを45〜90分かけて投与
    ○     最低眼圧到達:30〜135分後
    ○     効果持続時間:5時間
    ○     注意点:糖質負荷(637kcal/L)、急性心不全


 その他に使える薬剤として、房水産生を抑制する目的でのアセタゾラミド投与や縮瞳薬点眼などがあります。特にアセタゾラミドは諸外国では第1選択薬の位置付けとなっており、前述の高張浸透圧利尿薬より優先して投与することを求める文献も確認されます。縮瞳薬点眼は対光反射消失時には却って眼圧亢進に傾くリスクがあり、投与には慎重な姿勢が求められます。その他に交感神経遮断薬や副腎ステロイドの点眼など選択肢が挙げられますが、これらを試さざるを得ない状況に陥る前に眼科医へコンサルトできて指示を仰げることが多いでしょう。

  • アセタゾラミド10mg/kg 静注 or 内服
    ○    注意点:急性心不全での状態変化に注意
  • 1 or 2%ピロカルピン15〜20 分毎点眼
    ○    注意点:対光反射消失時には不適切

 尚、アセタゾラミドは比較的安全に使用できる薬剤とされていましたが、もやもや病症例における予備能評価の目的に適応外使用された症例で死亡例が複数報告されたことを踏まえて2014年に関連学会から緊急メッセージが発信され、2015年4月に適正使用指針が発表されています。急性心不全・急性肺水腫による重篤化が機序と推定されており、高張浸透圧利尿薬の併用によるリスクは無視できるものではありません。従って、バイタルサインのモニタリングはもちろんのこと、緊急時には直ちに人工呼吸管理ができるような準備を行い、患者に十分説明した上で投与を行うべきでしょう。

5. 番外編!眼科救急で使う薬剤
    皆さんは網膜中心動脈閉塞症に遭遇したことがあるでしょうか?唐突に目が見えなくなった、と受診し、目は痛くも痒くもないと言われれば、真っ先に本疾患を疑うでしょう。中枢神経疾患評価なども併せて行うと思いますが、明らかな急性片側性視力低下の場合、この時点で直ちに眼科コンサルトしつつ、眼球マッサージなどを開始するでしょう。
    実は、網膜中心動脈閉塞症に対する薬剤治療は、急性緑内障発作と重複する部分があります。具体的には、高張浸透圧利尿薬とアセタゾラミドは全く同じ投与量で対応できます。当然、血栓溶解療法や抗凝固療法の使用、血管拡張薬の使用などと組み合わせての治療となりますが、これを機に眼科救急の復習をしてみてはいかがでしょうか?(文献5, 6)
    因みに、網膜中心動脈閉塞症に遭遇した時は、是非とも巨細胞性血管炎の可能性を考慮しましょう。適切な治療により再発を予防できるかも知れせん。

6. その後の症例の経過:
    ペンライトを側方から当てると対側の虹彩に半月状の影ができ、ペンライト法陽性と判断した。手持ち眼圧計評価によると眼圧52mmHgと上昇しており、理学所見を踏まえて緑内障発作と診断した。院内では更なる精査・加療は難しく、近隣医療機関で眼科専門医の診察を依頼することとした。
    転院調整の間、アセタゾラミド500mgを点滴、20%マンニトール注射液300mLを30分かけて投与することとした。転院先決定後、先方と相談の上で2%ピロカルピンは点眼しなかった。
    徐々に本人が喋れるようになり、「目が痛くて辛くて閉じていた。無理に目を開けられて辛かった。目は痛く無くなってきた。」と言っていた。
 転院後、改めて閉塞隅角緑内障と診断、眼圧低下傾向であったことを踏まえて緊急手術にならず対光反射の改善を踏まえて2%ピロカルピンの点眼が開始された。翌日、症状・臨床症状が改善し、自宅退院となった。

Take home message:
1       緑内障発作は「くも膜下出血などの致死的疾患を除外した後の頭痛」や「視力低下を伴う眼痛」で疑う
2       緑内障発作の診断は視覚障害についての問診と「対光反射の消失 or 鈍化」「毛様充血+角膜浮腫」「ペンライト法」などの理学所見で行う。
3       緑内障発作の初期治療として「高張浸透圧利尿薬」「アセタゾラミド」「縮瞳薬」を覚えておく
           (1)    高張浸透圧利尿薬
                  1         20%マンニトール 1〜2g/kgを30〜60分かけて投与
                  2         グリセオール 300〜500mL/kgを45〜90分かけて投与
          (2)    アセタゾラミド10mg/kg 静注 or 内服
          (3)    1 or 2%ピロカルピン15〜20 分毎点眼

参考文献:

  1. 緑内障診療ガイドライン第5版, 日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会, 2022年
  2. He M, Huang W, Friedman DS, Wu C, Zheng Y, Foster PJ. Slit lamp-simulated oblique flashlight test in the detection of narrow angles in Chinese eyes: the Liwan eye study. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2007;48(12):5459-5463. doi:10.1167/iovs.07-0670
  3. Nuriyah Y, Ren XT, Jiang L, Liu XP, Zou YH. Comparison between ophthalmologists and community health workers in screening of shallow anterior chamber with oblique flashlight test. Chin Med Sci J. 2010;25(1):50-52. doi:10.1016/s1001-9294(10)60020-x
  4. アセタゾラミド(ダイアモックス注射用)適正使用指針, 日本脳卒中学会・日本脳神経外科学会・日本神経学会・日本核医学会, 2015年
  5. Mehta N, Marco RD, Goldhardt R, Modi Y. Central Retinal Artery Occlusion: Acute Management and Treatment. Curr Ophthalmol Rep. 2017;5(2):149-159. doi:10.1007/s40135-017-0135-2
  6. Kang EY, Tai WC, Lin JY, et al. Eye-related Emergency Department Visits with Ophthalmology Consultation in Taiwan: Visual Acuity as an Indicator of Ocular Emergency. Sci Rep. 2020;10(1):982. Published 2020 Jan 22. doi:10.1038/s41598-020-57804-2