2022.01.04

EMA症例128:12月症例解説

2021年12月症例の解説です。皆さん、たくさんのご回答ありがとうございました。
約170名の方にご回答いただき、25%が初期研修医、20%が救急科専攻医、20%が救急専門医、残りは各科専門医(内科、総合診療科、脳神経内科、脳神経外科など)、看護師、救急救命士、医学生と様々な方々でした。本当にたくさんのご参加ありがとうございました。今後ともご参加のほど宜しくお願いいたします。

今月の症例編は、いかがだったでしょうか。
今回はズバリ【読影力】の問題でした。
症例編を見ていない方はこちらから!「40代男性の両側脳出血…?」↓
https://www.emalliance.org/education/case/128

●若年の両側脳出血???
早速ですが、設問1の皆さんの答えから見ていきたいと思います。多くの方が硬膜下血腫と回答されており、64.5%が硬膜下血腫、28.3%がくも膜下出血、5.9%が硬膜外血腫でした。
では、今回の読影のポイントと解説です。

図1,2では両側の前頭部から頭頂部の骨直下に液体貯留を認め、CT値は灰白質と比較しても等吸収域であり、臨床経過とも合わせて両側性慢性硬膜下血腫と考えられます。読影ポイントとしては、解剖構造の境界です。慢性硬膜下血腫は、急性硬膜下血腫とは異なり大脳皮質との境界が不明瞭になりやすく血腫の見落としの原因となります。そのため、漫然と読影するのではなく、解剖構造の境界を意識的に読影することで見落としを防げます。


次に図3,4を見ていきましょう。赤矢印で示したところに、脳幹周囲槽の狭小化と脳下垂があります。図1,2で両側慢性硬膜下血種があったことと併せると、硬膜下血種→脳圧亢進→脳幹周囲槽の狭小化を来たしたのでしょうか?しかし、慢性硬膜下血種の血種量は、決して多くはありません。この血種で脳圧亢進→脳幹周囲槽の狭小化を説明するには、少し”違和感”があります。その違和感に加えて、若年の両側性慢性硬膜下血腫という稀な状況、これらを踏まえると硬膜下血腫→脳幹周囲槽の狭小化という「→」が逆方向ではないか、という思考に至ります。どういうことかというと、低髄液圧に伴い大脳全体が中心に牽引され、架橋静脈も牽引されたことで二次性硬膜下血腫を来したということです。つまり、低髄液圧→脳幹周囲槽の狭小化+大脳牽引→二次性硬膜下血腫ということです。
ポイントは“ひとつ一つの所見の読影力とそれらが一元的に説明をつけられるかという思考力”ということになるでしょう。また、“違和感”に気付けるかの“臨床推論の力”も非常に重要です。

Point ①                  
若年の慢性硬膜下血腫で、少量の血腫にも関わらず脳槽狭小化があれば脳脊髄液減少症を想起!

●若年の慢性硬膜下血腫の鑑別は?

皆さんに挙げていただいた鑑別から見ていきましょう。今回の脳脊髄液減少症をはじめ、脳静脈血栓症、脳動脈瘤破裂、脳動脈奇形、血液凝固異常、アルコール関連と非外傷性の鑑別を挙げて頂きました。その他には、硬膜動静脈瘻や脳炎、脳膿瘍などが挙げられていました。
若年の非外傷性慢性硬膜下血腫の病因としては、これらの種々の血管奇形や脳脊髄液減少症、血液凝固異常が鑑別となります。そのため、必要に応じてCTAやMRI・MRA・MRVなどの画像検査を追加し、合わせて血液凝固異常の検索も進めていきます。
また、その他にも外傷がきっかけにはなりますが、若年の慢性硬膜下血腫の発生にくも膜嚢胞が関与することも知られていることなので覚えておくといいでしょう。
では、脳脊髄液減少症の臨床的特徴はというと、ほとんどの症例で頭痛、特に9割程度でみられる起立性頭痛が有名です。その他には、嘔気/嘔吐や頸部痛/肩こり、めまい、倦怠感などがあります。本症例でも意識障害改善後に起立性頭痛のエピソードがあったことが分かりました。

Point ②       
脳脊髄液減少症は多くの症例で起立性頭痛を呈することが臨床的特徴!

●ERのその後・・・
ERでCT AngiographyやMRI/MRAと追加検査を行いましたが、脳血管異常や脳動脈瘤、脳静脈血栓症を認めず、脳脊髄液減少症に伴う両側慢性硬膜下血腫が強く疑われ入院となりました。入院後は保存的加療として安静と脱水補正を行いました。また、頭部造影MRIではびまん性硬膜肥厚があり、脊髄MRIで漏出所見まで取れていないものの硬膜下血腫による脳圧迫徴候としての意識障害が進行したため、ブラッドパッチ(Epidural blood patch)と穿頭血腫除去術を行い、その後は意識清明まで改善しました。

●脳脊髄液減少症
脳脊髄液減少症とは、脳脊髄液が“減少状態”になるために、頭痛をはじめとする種々の症状が出現する疾患です。ただ、脳脊髄液量を直接評価することは困難なため、脊髄MRIやCTミエログラフィーなどで評価する「脳脊髄液漏出症」と、髄液圧測定や頭部造影MRIで評価する「低髄液圧症」を包括する概念が脳脊髄液減少症です1)

<疫学・臨床症状2-8)
大規模な研究データはありませんが、年間発生推定率は人口10万人あたり4,5例であり、平均42歳で30〜50代に多くやや女性が多い傾向です。原因は不明のものが多いですが,外傷(特に交通外傷)やスポーツ,重い物をもつなどの重労働で発症する場合もあります。
臨床症状は頭痛が最も多い症状(97−98%)であり、有名な起立性頭痛は93−96%でみられるとされています。起立性頭痛は、立ってから頭痛が始まるまでの間隔は通常数分ですが、頭痛は数時間続くこともあり問診での聞き方には注意を要します。その他の症状としては、嘔気嘔吐や頸部痛、肩こり、めまい、倦怠感などがあり、不定愁訴と扱われてしまうこともあります。
また、脳脊髄液減少症の10~25%で慢性硬膜下血腫を合併します。特に、若年者は両側性が多く意識障害が強く出現することもあるため、若年者の非外傷性慢性硬膜下血腫の鑑別に脳脊髄液減少症を入れておくことは重要です。

<診断3)
画像診断には、頭部・脊髄造影MRIやMRミエログラフィーがあります。頭部造影MRIによる硬膜肥厚像や小脳扁桃下垂が有名ですが、硬膜肥厚像の陽性的中率は高いものの偽陰性が多く確定診断には不向きです。頭部MRIと脊髄MRI/MRミエログラフィーを行い、確定できない場合はCTミエログラフィーやRI脳槽造影を行います。頭部造影MRIで73%にびまん性硬膜の増強、脊髄画像検査で48〜76%に硬膜外脳脊髄液があるとされています。

<治療5-9)
 脳脊髄液減少症はまず安静と点滴による保存的治療を2週間程度行い、症状が改善しない時に硬膜外腔生理食塩水持続注入や硬膜外自家血注入(ブラッドパッチ)を検討するとされています。しかし、今回のような脳脊髄液減少症に硬膜下血腫を伴い意識障害などの重篤な症状を呈する病態では、緊急で硬膜下血腫と脳脊髄液減少症に対する処置をすることが多いです。ただ、硬膜下血腫に対する穿頭血腫除去術を優先させるか、脳脊髄減少症に対する硬膜外自家血注入などを優先させるか、については議論が分かれるところです。脳脊髄液減少症の治療としてブラッドパッチを先行させたことで、頭蓋内圧亢進を惹起して神経症状が悪化したという報告から、ブラッドパッチのみで硬膜下血腫が自然消失したという報告まで様々です。

1)保存的治療
発症早期であれば安静と点滴(生食1~2L/日程度)を1~2 週間程度行います。
2)硬膜外腔生理食塩水持続注入(通称“生食パッチ”)
硬膜外腔にチューブを挿入し、生食20 ml/hで48〜72時間注入するものです。流速や期間に関しても施設によって様々です。生食を注入するので自己血を注入する硬膜外自家血注入よりも安全であるとされています。
3)硬膜外自家血注入(硬膜外血液パッチ)
硬膜外自家血注入(epidural blood patch: EBP, “ブラッドパッチ”)
硬膜外腔にチューブを挿入し、静脈血と造影剤を混ぜてチューブから注入するものです。

Point ③      
脳脊髄液減少症の10~25%で慢性硬膜下血腫を合併し、若年者は両側性が多く意識障害が強く出現することがある。

<まとめ>
○  若年の慢性硬膜下血腫では脳脊髄液減少症も鑑別に!
○  脳脊髄液減少症は多くの症例で起立性頭痛を呈する!
○  若年の脳脊髄液減少症で慢性硬膜下血腫合併では、意識障害が出ることもあるため注意!

最後までお読みいただきありがとうございました。
下のアンケートにも是非ともご協力ください。宜しくお願いします。

<参考文献>
1)平成22年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業(神経・筋疾患分野)脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する研究班(嘉山班).脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準.
https://www.id.yamagata-u.ac.jp/NeuroSurge/nosekizui/pdf/kijun10_02.pdf
2)Schievink WI. Spontaneous Intracranial Hypotension. N Engl J Med. 2021;385:2173-2178.
3)D’Antona L, Jaime Merchan MA, Vassiliou A, et al. Clinical Presentation, Investigation Findings, and Treatment Outcomes of Spontaneous Intracranial Hypotension Syndrome: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Neurol. 2021;78:329–337.
4)Headache Classification Committee of the International Headache Society (IHS). The International Classification of Headache Disorders, 3rd edition. Cephalalgia. 2018;38(1):1-211.
5)戸村哲. 低髄液圧症候群に合併した慢性硬膜下血腫の治療方針. 脳神経外科速報 2016; 26: 250–255.
6)CSF-JAPAN:脳脊髄液減少症ホームページ<https://csf-japan.org/japanese/index.html>(取得日2021.12.27)
7)日本脳脊髄液漏出症学会ホームページ<https://js-csfl.main.jp/index.html>(取得日2021.12.27)
8)脳脊髄液減少症研究会ガイドライン作成委員会:脳脊髄液減少症ガイドライン 2007. メディカルレビュー社, 東京
9)梅林大督, 高道美智子, 小坂恭彦, 他. 特発性脳脊髄液減少症に合併した慢性硬膜下血腫の2例. BRAIN and NERVE: 神経研究の進歩 2011; 63: 171-5.