2021.12.07

EMA症例127:11月症例解説

 11月症例の解説編です!今月は142名(12/3現在)の方にご回答頂きました。
 みなさま、たくさんの回答を本当にありがとうございました!

 
<設問4:属性(職種について)>
※ その他:外科医、泌尿器、小児科、薬剤師、救急救命士

 

■ 「発熱+発疹」への一般的な対応

 本症例のような「発熱+発疹」をきたす鑑別疾患は多岐にわたりますが、まずは発症後急速に死に至る疾患を思い浮かべることが重要です。これについては2014年3月のEMA症例38の解説で紹介した「SMARTTT」1)の語呂が役に立ちます。

<EMA症例38解説文中より引用 (https://www.emalliance.org/education/case/kaisetsu38)>
発熱+発疹 SMARTTT
Sepsis:敗血症
Meningococcemia:髄膜炎菌血症
Acute endocarditis:急性心内膜炎
Rockey Moutain spotted fever:ロッキー山紅斑熱
Toxic erythemas:中毒性紅斑(TSS、SSSS、猩紅熱、猩紅熱様皮疹)
Toxic epidermal necrolysis:中毒性表皮壊死症
Travel-related infections:海外渡航に伴う感染症(特に出血熱)

 ロッキー山紅斑熱はダニの刺咬により生じるリケッチア感染症ですが、日本国内での発症報告はありません2)。しかし日本国内では同様に致死率が高いリケッチア感染症である日本紅斑熱が存在しています。SMARTTTのRは「リケッチア(Rickettsia)」とおぼえても良いかもしれません。

 以上のような重要疾患を念頭に置きつつ鑑別を進めることになります。いずれにしても発熱と発疹だけでは鑑別を絞ることはできないため、既往歴や内服歴などの病歴聴取、皮疹の性状や分布を確認するための全身検索が必要です。特に、ただのカサブタと思わずにダニの刺し口を疑って観察を行いましょう。本症例では右大腿外側の後面寄りに痂皮形成を伴う2cm大の発赤(症例提示編の写真を参照)を認め、農作業を日常的に行っていた病歴からダニ媒介感染症が考えられました。

  ここで、設問1と設問2におけるみなさんの回答を紹介します。

<設問1:優先的に行いたい追加の対応を3つまで挙げてください。>

※ その他(それぞれ原文ママ):PCR、マダニの血清抗体検査、テトラサイクリン系抗菌薬で治療を開始する、ダニ咬傷を疑う痂皮の検索

 <設問2:どのような疾患を最も疑いますか?>

※ その他:麻疹(2名)、感染性心内膜炎(2名)、敗血症および敗血症性DIC、感染症、薬疹、ダニ咬傷(2名)、リンパ腫、心不全、水痘、痂皮性膿痂疹、アトピー性皮膚炎、疥癬、髄膜炎

 設問1では、特徴的な刺し口からダニ媒介感染症を疑った場合に考慮される、皮膚科コンサルトや保健所への連絡が上位に挙がりました。一方、最多は血液培養で、他にも尿グラム染色、心臓超音波検査、腰椎穿刺にも多くの票が集まっていました。これはまさしく敗血症やSMARTTTを念頭においた診療をイメージされたものと思われます。本症例はSOFA score 5点(肝機能2点、腎機能2点、凝固1点)でもあり、血液培養を含めて、早期から感染フォーカスおよび起因菌の同定に向けた検査を計画することが非常に重要です。

 設問2では、ほとんどの方がダニ媒介感染症を挙げておられました。実際、本症例の確定診断は【つつが虫病】でした。

 

■ ダニ媒介感染症の概要

 日本国内のダニ媒介感染症で全身の発疹を伴うものにはつつが虫病、日本紅斑熱、SFTSがあります。臨床経過や皮疹の性状・分布にいくらかの差異はあるとされますが、発症早期の時点で区別することは極めて困難です。まず、それぞれの疾患について概要を紹介します。

 つつが虫病はリケッチアに近縁のOrientia tsutsugamushiによる感染症で、発熱・発疹・刺し口を三主徴とします。ダニの一種であるツツガムシの幼虫に刺されることで媒介されるため、越冬後の5~6月と孵化後の11~12月に発症のピーク時期があります。原因病原は刺し口で増殖を続け、10~14日の潜伏期間を経て菌血症による全身症状を発症します。発症後数日で、掻痒感などの自覚症状に乏しい皮疹が掌・足底を除いて体幹を中心に出現します。刺し口は1~2cmほどの紅斑で、中心に黒色痂皮(eschar)が付着します3)。進行するとDICや多臓器不全を呈し、治療の遅れから致死的となるケースがあります。

 日本紅斑熱は1984年に徳島県の馬原医師により報告され、原因病原はRickettsia japonicaです。マダニの活動時期である5~10月に発症が多くなります。つつが虫病と同様に発熱・発疹・刺し口を三主徴としますが、刺し口は小さいため発見率は60~70%です。潜伏期間は2~8日で、小型の紅斑が掌・足底を含む全身に出現し、紫斑も混在します。重症例ではDICを認め、国立感染症研究所のサーベイランス(IASR: 病原微生物検出情報)4)によるとツツガムシ病よりやや致死率が高いと示されています。

 SFTS(Severe Fever with Thrombocytopenia syndrome: 重症熱性血小板減少症候群)は2011年に初めて発表された新しいウイルスによるダニ媒介感染症です。2013年以降、西日本を中心に毎年60~100例の国内発生例が報告されています5)。発熱、消化器症状に始まり、その後頭痛、意識障害や失語などの神経症状、出血症状をきたします。病原特異的な治療法はなく、対症療法が中心となります。

 これら3つの疾患はいずれも四類感染症ですので、確定診断が得られれば直ちに保健所経由での届け出が必要です。この届出票の書式は厚生労働省のホームページからダウンロード可能となっています。

 

■ つつが虫病と日本紅斑熱の発生状況

 かつてダニ媒介感染症は流行している地域がある程度限られていましたが、徐々に広がりをみせています。以下に示した図は国立感染症研究所のIASR(病原微生物検出情報)で示されたものです。近年ではつつが虫病は全都道府県に分布し、日本紅斑熱も関東地方や東北地方など感染地域の拡大傾向がみられ、国内で勤務している限りダニ媒介感染症と無縁ではいられないとわかります。

<IASR ”つつが虫病・日本紅斑熱 2007~2016年” 内の図2を引用7)

 <IASR ”日本紅斑熱 1999~2019年” 内の図2を引用4)

 ツツガムシやマダニは野山で曝露するイメージが強いと思われますが、自然が豊かな土地では家庭菜園や河川敷などちょっとした野外活動をきっかけに発生しています。また、同居家族が持ち込んだマダニに室内で刺咬されたものと推測される日本紅斑熱の新生児発症例も報告されています8)。発熱と発疹を呈した症例では野山での曝露歴にこだわらず、刺し口がないか全身を十分に検索することが重要です。

 

■ つつが虫病と日本紅斑熱の治療

 検査については後述しますが、結果が出るには日単位の時間がかかります。つまり、季節や地理的背景、行動歴からダニ媒介感染症を疑った場合は確定診断を待たずエンピリックに治療を開始する必要があります9)。第一選択はテトラサイクリン系抗菌薬で、注射薬であればMINO(ミノサイクリン)が利用可能です。日本紅斑熱に対してはニューキノロン系抗菌薬(特にシプロフロキサシン)の併用が有効との報告10)もありますが、エビデンスの集積が待たれる段階です。なお、ニューキノロン系抗菌薬はツツガムシ病には無効です。

 

■ ダニ媒介感染症の検査

<設問3:外注検査のために冷蔵保存しておくべき検体はありますか?>

 最も基本となる検査としては急性期と回復期(発症約2週間後)の血清を用いた方法があり、ペア血清のIgG抗体価が4倍以上の上昇もしくはIgM抗体の上昇があれば確定診断となります。しかしこの抗体検査では、回復期の血清提出時には治療終了している場合が多いと見込まれます。

 迅速に診断したい場合にはPCR法もしくはLAMP法によるDNA診断が有用です。DNA診断に用いる検査材料としては検出効率が高い順に、刺し口痂皮(eschar)、皮疹部皮膚生検、急性期全血となっています11)。痂皮からは抗菌薬投与後でも検出可能とは考えられますが、特に血液は抗菌薬投与前の検体が望ましいでしょう。

 痂皮はピンセットで剥がして滅菌スピッツや滅菌シャーレに入れます。皮疹部皮膚生検は2mm程度のトレパンで採取します。これら検体については生食で湿らせた滅菌ガーゼや綿球を容器に同封すると乾燥を回避できます11)。痂皮を剥がすだけならばそれほど特別な手技ではありませんが、生検が必要な場合には手技に慣れている皮膚科へのコンサルトも考慮されます。

 まとめると、以下の検体を初診時点で保存することになります。
 ・DNA診断に必要な「痂皮」「全血」、場合によっては「皮疹部皮膚生検」
 ・血清診断に必要な「血清」

  国立感染研究所の”リケッチア感染症診断マニュアル 令和元年6月版”によればいずれの検体も冷蔵保存とし、提出まで時間がかかる場合には-20℃の凍結保存を行います。ただし、保健所や民間検査施設など地域によって検査体制が異なりますので、みなさまの施設でそれぞれどのような検体を用意すべきか一律の答えはありません。ぜひこの機会にご確認いただいて、皮膚科や検体保存を依頼する検査部など院内関連部門と事前調整しておけば、いざダニ媒介感染症疑いの症例に出会ったときに慌てずに済むのではないでしょうか。

 

■ おわりに

 近しい方の安全を祈るときに「つつがなく」という言葉を使いますが、漢字では「恙無く」と書きます。この「恙」の漢字は中国語でも使われており、意味は「病」です。病気そのものをその名に冠すほど致死率の高いつつが虫病ですが、現代では治療法が確立しています。この解説をきっかけにして、みなさま是非つつがなく、つつが虫病の診療に臨んでいただければ幸いです。

 

■ Take Home Message

  • 発熱+発疹では病歴と全身検索が重要。
  • 刺し口があればダニ媒介感染症を疑い、抗菌薬投与を速やかに開始。
  • 全血、血清、痂皮の検体保存を忘れずに。

 

☆ 参考文献の下部にアンケートがあります。ご回答のほどよろしくお願いします。

 

■ 参考文献・資料 (URLの最終閲覧はいずれも2021/11/27)

  1. Sanjay Saint, Craig Frances(著), 亀谷学, 大橋博樹, 喜瀬守人(監訳): セイントとフランシスの内科診療ガイド 第2版. メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2005, p.328-334
  2. 国立感染症研究所. “発生動向調査年別報告数一覧(全数把握) 四類感染症(全数)”. https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/10067-report-ja2019-20.html
  3. 岩月啓氏(監): 標準皮膚科学 第11版. 医学書院, 2020, p.455-458およびp.488
  4. 国立感染症研究所: 日本紅斑熱 1999~2019年. IASR. 2020; 41: 133-135 https://www.niid.go.jp/niid/ja/jsf-m/jsf-iasrtpc/9809-486t.html
  5. 国立感染症研究所. “重症熱性血小板減少症候群(SFTS)”. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/sa/sfts.html
  6. 国立感染症研究所: つつが虫病/日本紅斑熱 2005年12月現在. IASR. 2006; 27: 27-29 https://idsc.niid.go.jp/iasr/27/312/tpc312-j.html
  7. 国立感染症研究所: つつが虫病・日本紅斑熱 2007~2016年. IASR. 2017; 38: 109-112 https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/617-disease-based/ta/tsutsugamushi/idsc/iasr-topic/7324-448t.html
  8. 国立感染症研究所: 新生児の日本紅斑熱症例―長崎県. IASR. 2012; 33: 304-305 https://www.niid.go.jp/niid/ja/jsf-m/jsf-iasrd/2918-pr3931.html
  9. 田居克規, 岩崎博道. 総説 リケッチア感染症の診断と治療~つつが虫病と日本紅斑熱を中心に~. 日本化学療法学会雑誌. 2018; 66 (6): 704-714
  10. Mahara F: Rickettsioses in Japan and the far East. Ann N Y Acad Sci 2006; 1078: 60-73
  11. 国立感染症研究所: “リケッチア感染症診断マニュアル令和元年6月版” https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2527-related-articles/related-articles-486/9816-486r05.html  (このURLのページ内リンクからアクセス可)