2021.05.27

EMA症例121:5月症例解説

2021年5月症例の解説です.

286名もの方に回答をいただきました.
ご参加いただいた皆様は以下のようでした.

 

 

その他,小児科医,外科医,産婦人科医,泌尿器科医,精神科医,救急隊員,放射線技師,臨床工学技士など様々な方にお答えいただきました.

皆さん,たくさんにご回答いただきありがとうございました.
今後ともぜひご参加下さい.

今月の症例はいかがだったでしょうか.
時に重症患者に遭遇することもある救急外来.ICUのベッドが空くのに時間が必要で,ERでしばらく診療をしなければならないこともありますよね.
今回は気管挿管・人工呼吸器管理中に急な酸素化悪化を起こした時のトラブルシューティングの基本と空気塞栓症の対応に関する症例でした.

緊張が走る急な酸素化悪化に対してどの様にアプローチを行うか,質問1を設定いたしました.
皆様の結果はこちらです.

 

自由回答では,肺血栓塞栓症や気胸をまず除外しにいく という回答をたくさんいただきました.

気管挿管・人工呼吸器管理中の急な酸素化悪化に対するアプローチ

 原疾患の病態悪化では酸素化悪化の説明がつかない場合や短時間で酸素化が悪くなった場合の対応として,”DOPES”アプローチという覚え方があります1).(DOPEアプローチについては,過去のEMA症例解説でも取り上げたことがあります.(https://www.emalliance.org/education/case/syourei69kaisetsu

ですが,DOPESアプローチの前に,まず!BVMなどによる手動換気に切り替えましょう.

急な酸素化悪化が起こると焦ると思います.そんな時に,「ひとまずはこの処置をしよう!」という項目で,”DOTTS”という覚え方があります1)

D:Disconnect from the ventilator(人工呼吸器を外す)
O:Oxygen,100% on the BVM(高流量酸素のBVM手動換気を行う)
T:Tube position(挿管チューブの位置を確認する)
T:Tweak the ventilator(人工呼吸器の調整をする)
S:Sonographic evaluation for pneumothorax(気胸がないかエコーで確認する)

まずはこれらの処置を行い,バッグ換気の手応えを感じながら,落ち着いてDOPESに沿って鑑別を絞っていきます.

DOPESとは,
D:Displacement of endotracheal tube(挿管チューブの位置異常)
O:Obstruction of endotracheal tube(挿管チューブの閉塞)
P:Pneumothorax(気胸)
E:Equipment(or Ventilator) failure(器材の故障),Embolism(肺塞栓症)
S:Stacking breaths(息こらえ)

の頭文字をとったmnemonicです.

それぞれの問題に対して確認することや対応は表1のようになります.
(表1) 1)より

 

今回の症例では,D/O/P/E(Equipment))/Sのいずれにも問題がなく,経胸壁心エコーで右心負荷を疑う所見があり,E(embolism)の問題が考えられました.
そこで身体所見を改めて確認したところ,(あってはならないことですが)右内頚静脈から挿入されている中心静脈カテーテルのルーメンが開放されてしまっていることに気が付きました.中心静脈圧が低い最中で大きな自発呼吸をしていたために,カテーテルから空気を引き込んでしまったと想定されました.
肺血栓塞栓症と空気塞栓症の鑑別のために造影CTを行ったところ,上大静脈・肺動脈・右心房・右心室に空気を認め,空気塞栓症の診断がつきました.

空気塞栓症の診断について,質問2を設定いたしました.皆様の回答はこちらです.

 

空気塞栓症はなかなか診療することの少ない疾患かと思いますが,致死的となることもあり遭遇した際に対応できるように勉強していきましょう.

空気塞栓症とは?

空気塞栓症は空気が迷入する血管により,静脈空気塞栓症と動脈空気塞栓症に分けられます.空気塞栓症が起こるためには,①大気と血管が直接交通する,②血管内の圧よりも圧入される空気の圧の方が高い という2つの条件が必要となります.
静脈空気塞栓症の場合,迷入した空気が静脈還流に乗り最終的に肺動脈に詰まることで塞栓症を起こします.
少量の空気は肺毛細血管床で分解・吸収され無症状で済みます.しかし,大量の静脈空気塞栓は肺血管収縮を起こし,肺動脈圧上昇・右心負荷・右心不全を起こすことや,右心圧の上昇で心室中隔を圧排し左室心拍出量を低下させる(つまり,閉塞性ショックを起こす)ことで循環動態を破綻させるに至ることもあります.
また,空気塞栓により肺毛細血管床で活性化された好中球により,トロンボキサン・ロイコトリエンといった炎症性メディエーターが放出され気道抵抗・肺毛細血管透過性が亢進し,肺水腫を来すことも知られています2)

一方,動脈空気塞栓症は少量でも重篤な症状を起こします.症状は塞栓症を起こした臓器により,脳血管であれば脳梗塞,冠動脈であれば心筋梗塞などを起こします.また,動脈空気塞栓症も静脈空気塞栓と同様,塞栓により炎症性メディエーターが放出される影響で間接的にも臓器障害をきたします2)

 

空気塞栓症を起こす原因は?

静脈空気塞栓症を起こす原因は多岐にわたりますが,処置・手術に伴うものといった医原性が多くなっています.
特に,中心静脈カテーテル・末梢静脈カテーテルの不適切な管理は頻度も多く要注意です.一方,最もハイリスクな処置として知られているのは,患者が座った状態で行われる開頭手術,帝王切開,股関節置換術,心肺バイパスを使用する心臓手術です.これらの手術に共通しているのは,血管床が切開されており,かつ血管内にガスが侵入しやすい静水圧勾配があることです4)

動脈空気塞栓症の原因は,3つに大別されます.

①不十分な静脈塞栓に対する肺毛細血管床でのフィルター:上述のように,静脈空気塞栓は少量であれば毛細血管床で分解・吸収されるのですが,50mLを超えるとフィルターの限界を超え,右心系から左心系に空気が移動して,動脈空気塞栓症を起こすリスクとなります2)5). 
②動脈への直接的な空気の迷入(外傷・手術・肺Barotrauma) 
③奇異性塞栓症(心房中隔欠損症,卵円孔開存,肺動静脈奇形など右左シャントを起こす疾患)

空気塞栓症の原因となりうる項目を表に示します.
(表2)2)より.

ECMO:Extracorporeal Membrane Oxygenation
IVR:Interventional Radiology

どの位の量の空気が迷入すると危険なのか?(表3)

静脈空気塞栓は,確定的な量は明確にされていませんが,3~5mL/kgが100mL/秒の速度で急速に入ると致死的となると考えられています.ちなみに,100mLの空気が血管内に入るのに必要な時間は,14Gの針の太さで大気と静脈の圧勾配が5cmH2Oあれば,たったの1秒です.また,右心系は100mL程度で空気で埋め尽くされるといわれています.
動脈空気塞栓症は少量でも危険で,脳血管は2mL,冠動脈は0.5~1.0mLでそれぞれ脳梗塞・心筋梗塞を起こすと考えられています2).(表3)2)より

 

●空気塞栓症の診断は?

静脈空気塞栓症については,症状としては突然発症の呼吸苦,胸骨裏面の胸痛,頻脈,頻呼吸を認め,重症では,意識消失,ショック,心肺停止に至ります.身体所見・バイタルサインとしては,頚静脈圧の上昇,“mill wheel murmur”という心雑音,低酸素血症,ETCO2の急な低下(V/Qミスマッチによるシャント増加)が代表的です.
動脈空気塞栓症では,冠動脈空気塞栓症であれば心筋梗塞に準じた症状・検査所見が,脳血管空気塞栓症であれば脳梗塞に準じた症状が出現します.

画像検査所見としては,本症例の様に直接空気を認めれば確定的となります.しかし,少量の空気は24時間以内に消失してしまうため,時間が経った状態だと偽陰性となりえます.


さて,診断がついたとしても,なかなか遭遇する病態ではないため,「どう治療すれば良いんだ!?」と困ってしまう方もいるかと思います.
空気塞栓症の治療について,質問3を設定いたしました.
皆様の回答はこちらです.

 

●空気塞栓症の治療は?

治療の3本柱は,①高濃度酸素 ②体位 ③高圧酸素療法(HBO:Hyperbaric oxygen therapy)です.

①高濃度酸素

FiO2を上げて血液の酸素分圧を上昇させることで相対的に窒素分圧が低下し,血管内に詰まった空気の窒素成分が血液に溶け込みやすく=塞栓を起こした空気が小さくなり吸収されやすくなると考えられています.至適なFiO2や酸素化Hb濃度は明確な答えはなく,酸素毒性にも注意が必要ですが,FiO2を上げて塞栓した空気の吸収速度を早めるようにすることが一般的な対応です2).本症例に対する1つ目の対応は,「FiO2を1.0にする」でした.

②体位

静脈塞栓症の場合,更なる塞栓を予防するために左側臥位+頭低位をとります.この体位をとることで右室流出路が右心室よりも下方に位置するために,右心房・右心室にある空気が移動しにくくなります.頭低位をとるのが難しい場合は,左側臥位だけでの対応も可です2)6)
動脈塞栓症では仰臥位が推奨はされていますが,左心系の圧は空気の浮力よりも高く,塞栓の進展を抑えることは困難とも考えられています4)7)
本症例に対する2つ目の対応は,「左側臥位+頭低位にする」でした.

 

高圧酸素療法(HBO:Hyperbaric oxygen therapy)

治療の原理としては,高濃度酸素投与と同様です.HBOは大気圧よりも高圧で100%酸素を投与することで,PaO2:2000mmHgという高酸素血症を生じさせます.それにより,窒素の酸素勾配が非常に大きくなり,詰まっている空気の窒素が吸収されてサイズが小さくなることで塞栓症を改善します.適応となるのは,特に動脈空気塞栓症の患者で,早ければ早いほど効果が大きくなります7).ですが,HBOは設備をもつ施設が限られていることや循環動態の悪い患者を装置内に入れるのには向いておらず慎重な適応判断が求められます.HBOの第2種装置であれば医療者も一緒に装置内に入り患者さんを見守ることができますが,第2種装置は所有する施設がさらに限られてしまいます.

これらの治療を行い,塞栓した空気が吸収されていくのを待つのですが,静脈空気塞栓症で巨大な空気が肺動脈主幹部に詰まってしまう”air lock”と言われる状態に陥り,循環動態の破綻を来した場合の最終手段は,「胸骨圧迫」です.
胸骨圧迫により肺動脈主幹部に詰まった空気を,より末梢の血管に飛ばすことで一時しのぎをするという手法です.

 

以上から分かるように,空気塞栓症は起きてしまうと基本的には対症療法しか治療法がなく,時には致死的となる恐ろしい病態です.

空気塞栓症の原因には予防できるものも多く,特に中心・末梢静脈カテーテルについては管理を徹底して行うことで予防可能です.

コネクター部分の破損・接続外れ,中心静脈カテーテル抜去後の皮膚トンネルからの迷入,中心静脈カテーテル挿入時のルーメン開放,座位で中心静脈カテーテルを抜去してしまい空気が迷入 などはしばしば問題になることがあります.
中でも,座位でのカテーテル抜去による空気の迷入と,抜去後の刺入部からの空気の迷入は日本医療機能評価機構の医療安全情報でも取り上げられています8).抜去時は仰臥位もしくはトレンデレンブルグ位での抜去を行うこと,抜去後には十分な時間圧迫をして密閉性の高いドレッシング材で被覆することを心がけましょう.
手技に不慣れなスタッフが近くにいましたら,皆で手順や管理をチェックして予防に努めましょう.

以上,2021年5月症例をお届けしました!

Take Home Message

・急な酸素化悪化にはまずDOTTSで対応!そしてDOPESに沿って鑑別を考える!

・空気塞栓症の治療は,

   ①高濃度酸素 ②体位(静脈空気塞栓症ならは左側臥位+頭低位)  ③HBO の3本柱!

 

1)    Spiegel R, Mallemat H. Emergency Department Treatment of the Mechanically Ventilated Patient. Emerg Med Clin North Am. 2016 Feb;34(1):63-75.

2)    Brull SJ, Prielipp RC. Vascular air embolism: A silent hazard to patient safety. J Crit Care. 2017 Dec;42:255-263.

3)    Verelst W, Verbrugghe W, Lammens M, Snoeckx A, Jorens PG. Ventilation-induced massive lethal air embolism and subcutaneous emphysema in a patient with a lung cavern. Respir Care. 2015 Jan;60(1):e6-e10.

4)   Muth CM, Shank ES. Gas embolism. N Engl J Med. 2000 Feb 17;342(7):476-82.

5)   Gottdiener JS, Papademetriou V, Notargiacomo A, Park WY, Cutler DJ. Incidence and cardiac effects of systemic venous air embolism. Echocardiographic evidence of arterial embolization via noncardiac shunt. Arch Intern Med. 1988 Apr;148(4):795-800.

6)    Malik N, Claus PL, Illman JE, Kligerman SJ, Moynagh MR, Levin DL, Woodrum DA, Arani A, Arunachalam SP, Araoz PA. Air embolism: diagnosis and management. Future Cardiol. 2017 Jul;13(4):365-378.

7)    McCarthy CJ, Behravesh S, Naidu SG, Oklu R. Air Embolism: Practical Tips for Prevention and Treatment. J Clin Med. 2016 Oct 31;5(11):93.

8)    医療事故情報収集等事業 医療安全情報 No.113 2016年4月