2019.11.14

EMA症例69:1月症例解説

2017年最初の症例は喘息重責発作に対する挿管にフォーカスを当て、59名の方に回答をいただきました。皆様からの回答を振り返りながら、本例のマネージメントを考えて行きましょう。

【皆様からの回答】

問1.この状況でどのような呼吸管理を行いますか?

69k-01

問2.挿管を行うと判断した場合、どのような前投薬を使用しますか?

69k-02

問3. 挿管を行うと判断した場合、どのような鎮静薬を使用しますか?

69k-03

問4. 挿管を行うと判断した場合、どのような筋弛緩薬を使用しますか

69k-04

問5:本例ではフェンタニル100μg、ミダゾラム3mg、ロクロニウム50mgを用いて挿管が行われました。聴診、チューブの曇り、呼気CO2モニターを確認し、正しく気管内に挿管されていることを確認しました。人工呼吸器に繋げると高圧アラーム、分時換気量低下のアラームが鳴り、換気ができない状態に陥りました。この状況下でどの様に対応しますか?

この質問に対しては多様な回答をいただき集計が困難であったため、代表的な意見をご紹介します。
・挿管チューブの閉塞を疑い、吸引を行う
・気胸を疑い、診察、肺エコー、レントゲンで検索を行う。
・用手的換気に切り換え、DOPEの検索を行う。
・気管支攣縮を疑い気管支張薬剤を投与する(β刺激薬、マグネシウム、ケタミン、アドレナリン、吸入麻酔薬等)。
・肺の過膨張による気道内圧の上昇を疑い、呼気時間が長くなるように呼吸器の設定を変更する。
・呼吸器との同調ができていないと考え、鎮静剤や筋弛緩薬を増量する。
・自発呼吸の消失が原因と考え、筋弛緩薬をリバースする。
・ECMOを検討する。

問6:あなたの属性は?

69k-05

【喘息重責発作に対する挿管及び人工呼吸管理】

喘息に対する挿管はとっても怖い!?

まず誤解されるべきでないのは、喘息が“挿管さえしてしまえば一安心”という病態では決してないことです。上気道狭窄に対するそれとは違い、挿管そのものが気管支の収縮や壁肥厚と伴った喘息の病態を劇的に解決するものではあません。また、挿管及び人工呼吸管理自体が幾つかの重篤な合併症のリスクを孕んでいるため、その適応を見極め、しっかりと戦略を立て、合併症に対する対応策を準備しておくことが不可欠です。

挿管及び人工呼吸管理に伴う合併症とその原因や対応策を表1にまとめます1

69k-06

こうした危機的な合併症の約半数は “at or around the time of intubation”に起こるとされており1、ガイドラインでも(1)コントロールされた環境下に気道管理に成熟した医師によって挿管が行われること、(2)人工呼吸管理に成熟した医師と伴に、挿管後の呼吸管理を行うことを推奨しています2

喘息重責発作に対する挿管は救急医が最も緊張する瞬間の一つと言え、人、薬剤、機材等の準備が不足したまま挿管に突き進んでしまい、危機的な状況に陥ることは絶対に避けるべきです。

気管挿管の適応

それではどの様な時に挿管を考慮すべきでしょうか? 挿管適応の一般的なconsensusを以下にまとめます(表2)2

69k-07

本例は意識障害を伴い、治療開始後も呼吸状態の改善が得られない状況にあり、過半数の回答者が気管挿管を行うことを選択されました。その一方で23%の方がNPPVを選択されています。

どのタイミングで挿管に踏み切るかはその場のclinical judgmentであり、必ずしも正解があるわけではありません。しかし可能であれば挿管を避けたいという考えから、状況が許せばNPPVをまず試すべきとする意見もあります3。また、NPPVの使用は人を集めたり、輸液や薬剤投与を行うなど、出来るだけ優位な挿管環境を整える時間稼ぎの手段という側面もあります。

喘息におけるNPPV

現時点でNPPVの有効性を示す大規模な研究はなく4、その使用は主に経験に裏付けされるものです。実際の設定の例としては0~3cmH2O程度の低いEPAPと7cmH2O程度のIPAPで開始し、呼吸回数が25回/分以下になるようにIPAPを徐々に調整します5。また、一般的なNPPV管理からは逸脱しますが、不穏がある際にはケタミンを併用し軽度の鎮静をかけながらNPPVを使用するという方法も紹介されています6。注意点として、NPPVのtrialの時間を長くても1~2時間までとし、その間に状態の改善が得られない場合にはNPPVを諦め、挿管に移行すべきです7。

挿管時の薬剤

次に挿管を行う際の薬剤について考えましょう。

前投薬
オピオイドの中でもモルヒネはヒスタミン遊離作用を持つことや血圧低下をきたす懸念から喘息では避けるべきです8。一方フェンタニルはモルヒネに比べヒスタミン遊離作用や血圧への影響が少ないため、皆様の回答も示すように喘息患者にも使用されている鎮痛薬です。(注:添付文書上では喘息では禁忌となっている)

リドカインは気管支攣縮の予防を期待し、投与が検討される薬剤です。現在のところその有用性を示す強いエビデンスはなく、その使用はexpert opinionレベルの推奨です6,9

鎮静薬
回答も(1)プロポフォール、(2)ドルミカム、(3)ケタミン、(4)ケタミン+ドルミカムの間で大きく割れていたように、喘息に対してどの鎮静薬を使用すべきか定まったものはありません。しかし、その中でもケタミンは気管支拡張作用を持ち、ミダゾラムやプロポフォールで懸念される血圧低下を来たし難い点から喘息に対する挿管時に選択されることが多い鎮静剤です8

筋弛緩薬
挿管時に筋弛緩薬を用いるべきか否かも意見が分かれるところです。筋弛緩薬を用いて一回で確実に挿管を成功させるべきという意見がある一方で、自発呼吸を消失させることで低換気や換気困難に陥る事を懸念し筋弛緩薬の使用を避けるという意見もあります。

先月EMAのメーリングリスト上で、強い代謝性アシドーシスに対する呼吸管理についてのディスカッションがありました。そこで、自発呼吸を消失させると強い呼吸努力で保っていた換気必要量を人工呼吸だけでは補えなくなり、アシデミアが急速に進行するという懸念が提示されていました。似た状況が喘息に対する挿管でも言えます。つまり、強い呼吸努力による陰圧呼吸で何とか気道抵抗を乗り越え保っていた換気量が、筋弛緩薬によるコンプライアンス低下も加わり陽圧呼吸のみでは保てなくなる可能性があります。本例では正にこの状態が起きました。

そこで、挿管時に筋弛緩薬を用いる場合には自発呼吸が消失している時間をできるだけ短くすることが望ましいと考えます。方法としては作用時間の短いサクシニルコリンを用いるか、ロクロニウムを使用し挿管を確認した直後にスガマデクスで拮抗するというものがあります。(スガマデクス200mg/2ml 1瓶の薬価が10,193円である点は付け加える必要があります!)拮抗薬として抗コリンエステラーゼは気管支収縮を起こすため使用されるべきでなく、ベクロニウムに対するスガマデクスの親和性もロクロニウムと比して低いことはベクロニウムを用いる際の留意点です10, 11

サクシニルコリンのヒスタミン遊離作用を懸念する意見もありますが、臨床的には有意ではないとされています12。しかし、喘息ではアシデミアに伴う高K血症を合併していることが多く、その点はサクシニルコリンを用いる上で留意が必要です。

人工呼吸管理中のトラブルはまずDOPEを評価!

本例では挿管後に人工呼吸器に繋げると換気困難の状態に陥りました。人工呼吸管理中の急激な酸素化低下や換気困難でまず確認すべきはDOPEですね(表3)。人工呼吸器から外し、用手的換気に切り替えることでEquipment failureの可能性を速やかに除外し、その上でその他の検索を行っていきます。

69k-08

本例では用手的換気でもジャクソンリースのバッグが非常に硬く、換気困難な状況が続きました。診察上D、O、Pの可能性も低いと判断されました。ここで考えられたのは上記の筋弛緩薬により自発呼吸が停止した影響や気管支攣縮による気道抵抗の上昇です。スガマデクスによる筋弛緩薬の拮抗、挿管チューブを通してプロカテロールの吸入、ケタミンの投与を行い、何とか換気ができるようになりました。

人工呼吸器の設定

挿管後の人工呼吸器の設定に関しても触れておきましょう。初期の人工呼吸管理でまず優先されるべきは肺の過膨張を防ぐことです。即ち、肺に送り込まれた空気がしっかりと吐き出されるように十分な呼気時間を確保することが重要です。具体的には(1)呼吸回数を少なめに、(2)一回換気量を少なめに、(3)吸気時間を短めに/吸気流量を高めに(i.e. I:E比を高めに)人工呼吸器を設定します。その結果として生じる高二酸化炭素血症や呼吸性アシドーシス(pH 7.2ぐらいまで)は許容し、permissive hypercapniaのアプローチを取ります13。以下に推奨される初期の呼吸器設定の一例を提示します(表4)12。こうしたcontrolled hypoventilationを実際に達成するには挿管後は深鎮静下の管理が必要になります。

69k-09

Counter PEEP
喘息ではどの程度のPEEPをかけるべきでしょうか? 自発呼吸が残っている患者に内因性(Auto) PEEPが存在する場合、呼吸器が吸気をトリガーするには患者自身がこのPEEPを乗り越えるだけの陰圧を呼吸努力で生み出す必要があります。そこで、理論的には内因性PEEPに見合うPEEPを人工呼吸器でかければ患者にとってより少ない呼吸仕事量で吸気を開始することができます14。これがcounter PEEPと呼ばれる考えです。しかし、特に挿管直後は過度のPEEPによる肺の過膨張を起こさないことを優先すべきであり、PEEPは 0cmH2Oまたは肺胞の虚脱を防ぐ程度の最小限に留めておくことが無難です。

実際にcounter PEEPをかける場合には内因性PEEPを測定しその約80%以下(最大でも8cmH2O程度)に抑えておくことが推奨されています12, 14。また、徐々にPEEPを上げていく際に、volume controlled ventilation下に最大気道内圧(Ppeak)やプラトー圧(Pplat)をモニターし、肺の過膨張に繋がっていないかを確認したり、pressure controlled ventilation下に1回換気量をモニターすることで、患者の呼吸効率の改善(即ち1回換気量の上昇)に繋がっているかを確認する方法があります15

Volume controlled ventilation vs Pressure controlled ventilation
どの呼吸器のモードを選択するかは個々の症例や医師個人の経験に影響されるところですが、モードの長所・短所の理解が重要です。以下にVCV、PCV夫々の特徴をまとめます14, 15.

VCV
・気道内圧の変化に関わらず設定した1回換気量が保証される。
・注意点として、気道内圧上限のアラーム設定により換気が中断される場合はアラーム設定を高めに変更する必要がある。(圧外傷を防ぐため必ずプラトー圧が30cmH2O以下に保たれていることを確認!)。

PCV
・自発呼吸との同調性に優れている。
・吸気初期により早い速度で空気が送り込まれるため、気道抵抗を乗り越える上でより効率が良い。
・最大気道内圧が制限される。
・気道内圧の変化に伴い、1回換気量が保証されない。

挿管後も改善しないときは!? Salvage therapies

挿管後も呼吸状態の改善に乏しい時はどうしたら良いのでしょうか? 今回は触れるだけに留めますが、下記の治療法も選択肢となります。

1.吸入麻酔薬(特にセボフルラン)吸入
・当院では麻酔器が救急外来や救急ICUにないため、迅速に吸入麻酔薬を導入することはできませんが、早い段階で使用できる施設もあるかと思います。

2.ECMO(Extracorporeal membrane oxygenation)
・体外循環システムを確立し、喘息の病態が改善するまでの間、膜型人工肺を用いて血液の酸素化及び二酸化炭素の除去を補助する

Take Home Message
・喘息重責発作に対する挿管や人工呼吸管理に伴う合併症とその対応を知ろう!
・挿管を行う際には人、薬剤、機材等を準備し、事前に戦略をしっかりと立てよう!
・人工呼吸管理中のトラブルではまずDOPEを確認!
・挿管後は肺の過膨張を避ける呼吸器設定を行おう!

参考文献
1.Stanley D, Tunnicliffe W. Management of life-threatening asthma in adults. Contin Educ Anaesth Crit Care Pain 2008, 8 (3): 95-99

2.National Heart, Lung and Blood Institute: Guidelines for the Diagnosis and Management of Asthma, Expert Panel Report 2. Bethesda: National Institutes of Health publication number 97- 4051, 1997

3.Higgins JC. The Crashing Asthmatics. Am Fam Physician. 2003, 67(5): 997-1004

4.Lim WJ, Mohammed Akram R, Carson KV, et al. Non-inva- sive positive pressure ventilation for treatment of respiratory failure due to severe acute exacerbations of asthma. Cochrane Database Syst Rev. 2012;12:CD004360

5.Soroksky A, Kliowski E, et al. Noninvasive positive pressure ventilation in acute asthmatic attack. European Respiratory Review 2010 19: 39-45

6.Weingart, S. The Severe Asthmatic [Audio podcast]. EMCrit, 8 Dec 2009. Available from http://emcrit.org/podcasts/severe-asthmatic/(米国の著名なED Intensivist, Scott Weingartによるpodcastです。重症喘息患者に対する彼のアプローチが紹介されおり、一度聴いてみる価値あり!)

7.Joshi N, Estes M, et al. Noninvasive ventilation for patients in acute respiratory distress: an update. Emerg Med Pract, 2017; 19(2)

8.Brenner B, Corbridge T, at al. Intubation and mechanical ventilation of the asthmatic patient in respirator failure. Proc Am Thorac Soc. 2009; 6:371–379

9.Burburan A, List DG, et al. Anesthetic management in asthma. Mierva Anesthesiol 2007;73:357-65
10.相澤純. 気管支喘息患者の周術期呼吸管理〜術前評価から術後管理まで. Anesthesia 21 Century. 2012; 14(2): 28-36

11.鈴木孝浩. 今後、筋弛緩薬の使い方はどうなる?拮抗はこうなる. 日臨麻会誌. 2007; 27 631-638

12.Jagoda A, Shepherd SM, et al. Refractory asthma, part 2: airway interventions and management. Ann Emerg Med. 1997;29:275-281

13.Madoff BD. Invasive and noninvasive ventilation in patients with asthma. Respir Care 2008;53(6):740-748

14.牧野淳, 讃井將満. ARDS以外の人工呼吸管理 閉塞性肺障害及び拘束性肺障害を中心に. Intensivist 2013; 5 (4): 733-742

15.Brown MK. Lung-protective strategies for acute, severe asthma. RT: For Decision Makers in Respiratory Care. 7 Feb 2007. Available from
http://www.rtmagazine.com/2007/02/lung-protective-strategies-for-acute-severe-asthma/