睡眠時間の確保について
横浜労災病院 救急科 植地貴弘
バーンアウトを防ぐことの重要性は、すでにこの「Essential for usシリーズ」で触れられていますが、バーンアウトの原因として、抑うつ状態との関連が知られています(1)。抑うつ状態は睡眠時間の減少が強く影響していると言われており(2)、実際に日本の勤務医の調査においても、睡眠時間が6時間未満の医師は、就労時間の長さに関係なく、抑うつ状態になりやすいということが知られています(3)。また、睡眠時間の減少は、同じくバーンアウトの原因の1つである、同僚との人間関係の悪化を加速させるだけでなく、医療過誤のリスクを増やしたり、場合によっては患者に悪影響を与えたりすることも知られています(4)。そこで、今回はバーンアウトを防ぐための基礎知識として、適切な睡眠時間の確保についてお話したいと思います。
<皆さんは何時間寝ていますか?>
では、いったい睡眠時間はどのくらいとれば良いのでしょうか?昔から睡眠時間は7-8時間は必要であるという声もよく聞きますが、実際にナポレオンやエジソンのように4時間程度の睡眠時間で生活できるショートスリーパーのかたもおり、本当は7-8時間程度の睡眠は必要なのだろうけども、努力次第で睡眠時間は短くできるのではと思っているかたも多いのではないでしょうか?
2009年にスタンフォード大学において、ショートスリーパーの人は、ヒトの体内時計をコントロールしているというDEC2遺伝子に突然変異を起こしているということが発見されました(5)。また、2019年にはADRB1遺伝子の変異もショートスリーパーに影響していることが明らかとなりました(6)。つまり、つまり、ショートスリーパーは遺伝的な特性であり、短い時間に慣れることで、後天的にショートスリーパーになれるわけではないということが明らかとなったのです。若い頃から5時間睡眠で十分であり、忙しいウイークデーだけでなく、休日にどんなに寝る時間があったとしても5時間の睡眠で十分な人、そういった人以外は、しっかり睡眠時間を確保しないと健康な状態を維持できないと言えるでしょう。
<7時間の睡眠が健康の秘訣>
では、いったいショートスリーパーではない人たちは何時間寝たら良いのでしょうか。実は、人間の適切な睡眠時間に関しては、まだわかっていないことが多く、だいたい7-8時間ではないかと言われています。図1は、普段の睡眠時間と寿命の関係を示したグラフです。概ね7時間程度睡眠を取れている人が最も長生きで、4.5時間未満の人は寿命が短くなるということが明らかとなりました。そして面白いことに、眠りすぎも寿命が短くなるということが明らかとなったのですが、未だにその仕組みはわかっていません。どんなに忙しくても、7時間の睡眠時間を確保する。そういった目標をたてるのはいかがでしょうか?
図1
文献(7)より筆者が作成
<短い睡眠時間はデメリットが多い>
睡眠時間が十分取れない日々を過ごしていると、日中にうとうとすることも珍しくありませんが、7-8時間程度の睡眠をとると日中に眠くならないと言われています(8)。図2の研究は、14日間の実験期間中に4時間・6時間・8時間睡眠を14日間守ってもらい、寝ないで3日間過ごした人たちと認知機能の低下を比べたものです。毎日8時間眠った被験者たちには、14日の実験期間中、認知機能の低下や、注意力の減退、あるいは運動能力の低下は見られませんでしたが、4もしくは6時間の睡眠時間の被験者たちは、日を追うごとにパフォーマンスを低下させていき、6時間睡眠をとっていたとしても、9日目には徹夜明けと同じくらいのミスの頻度になることが明らかになりました。つまり、これまで、十分と思われていた6時間睡眠であっても、それが10日近く続くことでミスが生じやすい状態になっていたということが明らかとなりました。コンスタントに十分な睡眠時間を確保することが大切であることがお分かりになったでしょうか。
図2
文献(8)より筆者が作成
<寝溜めは有効?>
忙しい毎日で、なかなか睡眠時間が取れなかったときでも、たまの休日に「寝溜め」と言って、しっかり眠ってリフレッシュをしようとしたことのある方も多いのではないでしょうか?図3の研究は、睡眠時間が短いことでの処理スピードやミスの頻度の悪化と、寝溜めの効果を調べたものです。当然ですが、より睡眠時間が短くなると処理スピードはますます悪化し、ミスの頻度も増えることが明らかとなりました。この実験では、睡眠時間を制限した1週間後に8時間の睡眠を3日間与え、いわゆる「寝溜め」の効果測定も行っていますが、短い睡眠時間の蓄積により低下した処理スピードや増加したミスの頻度は、3日間の寝溜めでは元に戻らないということも示しています。つまり、忙しくなって睡眠時間が少なくなることは、負のループへの入り口なのです。やはりコンスタントに十分な睡眠時間を確保することが大切であると言えます。
図3
文献(9)より筆者が作成
<邪魔されない睡眠が重要>
忙しい救急医として、24時間対応が必要な職場では病院から電話があったり、当直中の睡眠中に緊急の電話がかかってくることも少なくないのではないでしょうか?トータルの睡眠時間はしっかりとれているのだけど、途中で何度か起こされる。しっかり寝たにも関わらず、翌朝なんとなくすっきりしないといった経験があるかたも多いのではないでしょうか?
図4は外科医を対象にした、寝ていない医師と、0時・3時・6時に電話で起こされた医師、そして普通に寝ている医師で、腹腔鏡のシミュレーショントレーニングを行ったときのミスの数と業務遂行時間を示した研究です。寝ていない医師は、14%も業務遂行に時間がかかり、20%もミスが多かったことが示されています。そして、驚くことに途中で3回だけ起こされた医師も、業務遂行時間が長く、ミスの頻度も増加していたということです。つまり、睡眠の中断はパフォーマンスを下げるということが明らかとなりました(10)。
図4 (縦軸は事前に行われた実験のベースラインを基に作成された指標化尺度とその標準誤差を示す)
文献(10)より筆者が作成
<マイクロスリープが起きている>
では、どうして途中で睡眠を邪魔されるとミスや遂行時間が増えるのでしょうか。図5は、6時間睡眠は確保できたものの何度か夜に起こされた医師と、家でしっかり眠れた医師の翌日のテストでの反応時間を比較した研究です。途中で起こされた医師は、しっかり眠れた人と比べ、明らかに反応が遅くなる瞬間が認められます。実は、この反応が遅くなる時に起こっている原因はマイクロスリープと言われ、「本人は寝ていることに気がついていないけど、脳波上は寝ている」ことを指し、短ければ数分の一秒、長くても30秒程度睡眠状態に陥る状態と言われています。つまり、細切れの睡眠では脳は休むことが出来ないため、脳が勝手に寝てしまっているのです。忙しい夜勤や当直明けに、凡ミスをしたことがあることも多いのではないでしょうか。実は、これはマイクロスリープが原因ではないかと考えられます。
図5
文献(11)より筆者が作成
<睡眠の環境づくりが大切>
仕事をする際は、集中できる環境づくりが大切であることは広く知られてい ます。しかし、仕事に集中するために良い睡眠をとる環境づくりが意識されることはあまりないと思います。特に、救急医は僅かな判断ミスが大きなミスへと繋がることも多い職業です。睡眠は仕事のスタート地点と考え、十分な睡眠時間の確保、睡眠に集中できる環境づくりをしっかりと行うようにすると、翌朝のパフォーマンスが驚くほど上がってきます。十分な睡眠環境の確保や良質な睡眠環境の維持を目標に、労働時間の削減や、タスクシェア、チーム医療の実践など周囲を巻き込んだ労働環境の改善を目指してみてはいかがでしょうか?
参考文献
1. Galaiya R, Kinross J, Arulampalam T. Factors associated with burnout syndrome in surgeons: a systematic review. Ann R Coll Surg Engl [Internet]. 2020 Apr 24 [cited 2020 Apr 27];1–8. Available from: https://publishing.rcseng.ac.uk/doi/10.1308/rcsann.2020.0040
2. Baglioni C, Battagliese G, Feige B, Spiegelhalder K, Nissen C, Voderholzer U, et al. Insomnia as a predictor of depression: A meta-analytic evaluation of longitudinal epidemiological studies. Vol. 135, Journal of Affective Disorders. J Affect Disord; 2011. p. 10–9.
3. 谷川武. エビデンスに基づく医師の健康確保措置について [Internet]. 2018 [cited 2020 Apr 27]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000390811.pdf
4. Baldwin DC, Daugherty SR. INTRODUCTION MOST RESIDENTS REPORT SLEEP DEPRIVATION AND CHRON-IC FATIGUE AS A FREQUENT CONSEQUENCE OF THE EXTEND-ED WORK SCHEDULES EXPECTED IN THEIR TRAINING PRO-GRAMS Sleep Deprivation and Fatigue in Residency Training: Results of a National Survey of First-and Second-Year Residents SLEEP, SLEEP DEPRIVATION, AND PERFORMANCE [Internet]. Vol. 27, Residency Training-Baldwin and Daugherty SLEEP. 2004 [cited 2020 Apr 27]. Available from: https://academic.oup.com/sleep/article-abstract/27/2/217/2708402
5. He Y, Jones CR, Fujiki N, Xu Y, Guo B, Holder JL, et al. The transcriptional repressor DEC2 regulates sleep length in mammals. Science (80- ). 2009;325(5942):866–70.
6. Shi G, Xing L, Wu D, Bhattacharyya BJ, Jones CR, McMahon T, et al. A Rare Mutation of β1-Adrenergic Receptor Affects Sleep/Wake Behaviors. Neuron. 2019 Sep 25;103(6):1044-1055.e7.
7. Tamakoshi, A, Ohno YJSG. Self-Reported Sleep Duration as a Predictor of All-Cause Mortality: Results from the JACC Study, Japan. Sleep [Internet]. 2004 Jan 1 [cited 2020 Apr 26]; Available from: https://academic.oup.com/sleep/article/27/1/51/2707938/SelfReported-Sleep-Duration-as-a-Predictor-of
8. Van Dongen HPA, Maislin G, Mullington JM, Dinges DF. The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep [Internet]. 2003 Mar 15 [cited 2017 Aug 21];26(2):117–26. Available from: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12683469
9. Belenky G, Wesensten NJ, Thorne DR, Thomas ML, Sing HC, Redmond DP, et al. Patterns of performance degradation and restoration during sleep restriction and subsequent recovery: A sleep dose-response study. J Sleep Res [Internet]. 2003 Mar 1 [cited 2017 Aug 21];12(1):1–12. Available from: http://doi.wiley.com/10.1046/j.1365-2869.2003.00337.x
10. Taffinder N, McManus I, Gul Y, Russell R, Darzi A. Effect of sleep deprivation on surgeons’ dexterity on laparoscopy simulator. Lancet [Internet]. 1998 Oct 10 [cited 2020 Apr 26];352(9135):1191. Available from: https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0140673698000348
11. Saxena AD, George CFP. Sleep and motor performance in on-call internal medicine residents. Sleep. 2005;28(11):1386–91.