2020.06.11

マインドフルネストレーニング

順天堂大学医学部附属浦安病院 救急診療科 森川 美樹

マインドフルネストレーニングとは、今という瞬間に注意を向け、現実をあるがままに知覚していくトレーニングです。元々は仏教の修行の一つでしたが、ストレスマネージメントの方法として医療や心理学の分野で注目され、現在では企業研修などでも取り入れられています。マインドフルネストレーニングというと瞑想を思い浮かべる方も多いかと思いますが、瞑想以外にも様々なトレーニングがあります。マインドフルネストレーニングによる診療パフォーマンスの向上やバーンアウトの予防も報告されており(1)、マインドフルネストレーニングを身につけることは私たちのwellnessを保つ上で重要です。

<マインドフルネスって何?>
そもそも、マインドフルネス(mindfulness)とは何でしょう?文字通り、mindにfulとnessがついた言葉で、元は仏教用語を訳す際に使用されたのが始まりですが、現在では宗教とは何の関係もありません。「ありのままの観察」「判断しないこと」「囚われない心の状態」を意味しますが、厳密で一貫した定義はありません。

<マインドフルネスの構成要素>
マインドフルネスは以下の4つから成り立ちます。
1.注意の選択・持続:今ここでの身体感覚や身体動作に持続的に注意を向けること
2.注意の転換:思考や感情に気がついた時点で身体感覚に注意を戻すこと
3.注意の分割:注意の範囲をパノラマ的に広げ、気を配るようにすること
4.法則性の洞察:思考や感情に気づきが触れることでそれ以上発展せず消えていくことを繰り返し確認すること

<Human DoingとHuman Being>
私たちは、日々「何かをすること」(Human doing)に追われています。特に医療の現場では無意識にHuman doingをこなしています。これに対するのが「ありのままでいること」(Human being)です。勤務中にHuman beingの状態でいる時間はとても短いですが、目の前の物事に向き合うHuman beingとHuman doingのバランスを保つことがストレスマネジメントにおいて重要になります。そして、それを培うのがマインドフルネストレーニングです。

表1:Human doingとHuman Beingの違い(2)
Human Doing Human Being
自動操縦(無自覚的、習慣的) 意識的な選択
条件反射的に判断する 気づく、受容する、認める
思考を事実として捉える 思考を心の出来事として捉える
嫌なことを回避する 現実に向き合う
過去や未来を考える 今この瞬間にとどまり続ける
心が消耗する 心に栄養が与えられる

<マインドフルネストレーニング>
1979年にJon Kabat-Zinnがマインドフルネスストレス低減法(mindfulness-based stress reduction; MBSR)を開発し、慢性疼痛に悩む患者に対して実施され、効果を示した(3)ことから徐々に適用範囲が広まり関心を集めるようになりました。そして、うつ病の再発予防プログラムのためにマインドフルネス認知療法(mindfulness-based cognitive therapy: MBCT)が開発され(4)、MBSRとMBCTは心理的・身体的にも効果があることが示されました(5)。その後医療の範囲を超え、様々な分野で注目されています。そして、最初は患者のケアのために生まれたマインドフルネストレーニングですが、最近では医療従事者のセルフケアやストレスマネジメントとして様々な施設で取り入れられています。
マインドフルネストレーニングが身体に与える影響としては以下のものが報告されています。

表2:マインドフルネスがもたらす効果(6)
精神的効果 身体的効果 脳実質の変化(MRIでの評価)
不安・不眠を解消 高血圧や心筋梗塞などの心血管イベントの減少 海馬や側頭頭頂接合部の容量の増加
注意力やパフォーマンスの改善 免疫機能の改善 前頭前皮質の灰白質の分化の促進
  心拍変動(Heart Rate Variability; HRV)の増加 扁桃体の灰白質の減少


心拍変動 (Heart Rate Variability; HRV)とは心拍の間隔の変化のことで、これは交感神経系と副交感神経系のバランスにより成り立ち、ストレスや疲労感のある人、さらには高血圧、睡眠不足、心血管系疾患になりやすい人はHRVが低い(交感神経優位の状態が多い)ということが明らかになりました(6)。マインドフルネストレーニングにより副交感神経優位となり、HRVが増加します。
これらの影響により、推論能力や計画能力、記憶力、感情のコントロール、思いやりの気持ち、全体を見通す力の改善に繋がります。
しかし、上述のMBSRやMBCTは1回数時間の講義を数回受講しなければなりません。いくらマインドフルネストレーニングが重要だと言われても、実際にそこまで時間を割けませんし、中には受講すること自体にストレスを感じてしまう方もいらっしゃるかもしれません。そこで今回は実際の臨床の場で取り入れやすいマインドフルネストレーニングをいくつかご紹介します。

<呼吸法 (Square Breathing Technique)>
手を洗っている間や救急車が病院に到着するまでの間、血液ガスの分析結果を待っている間などに行ってみましょう。
目のを閉じて鼻から4秒かけて息を吸い→4秒呼吸を止める→口から4秒かけて息を吐き→4秒呼吸を止める、というサイクルを繰り返します。これを1〜5分ほど続けるとHRVが大きくなり、脳に対してもリラックス効果が働きます。もしよかったら下記の図を救急外来の壁や血液ガス分析装置の近くに貼ってみてください!


(http://www.myhealingpath.com/page/490971592より改変)

<日常の、とある行動に集中する>
私たちは様々な行動をしていますが、その一つ一つの行動に注目してみましょう。例えば「食べる」、「歩く」などシンプルな行動です。食事の時にはテレビやスマートフォンを見ながらの「ながら食べ」をやめ、食べ物の大きさや食感、素材の味など「食べる」という行動に意識を集中させます。口の中にあるものを咀嚼行為に意識を集中し、「食べる」という行動と丁寧に向き合うことで味や感覚の変化を把握することができます。移動時には、「歩く」ことに意識を集中し、歩行中の足の動きを改めて見つめてみましょう。足の複雑な動きを感じ取り、一歩一歩時間をかけて確認することで心を静かに整えることができます。

<筋トレ>
とにかく体を動かしたいそこのあなた!筋トレでもマインドフルネストレーニングを行うことができます。5分ほど全身を大きく動かすようにストレッチをし、一つの関節だけ使う筋トレをしましょう。腕、肩、太ももなど、筋肉の動きを目で見ることができる部位がいいでしょう。力を入れる際に息を吐き、力を抜く際に息を吸うようにし、左右20回×3セット行います。筋トレ後はクールダウンを行いましょう。

<アプリ>
マインドフルネスや瞑想に関連したアプリがたくさんあります。種類も前述の呼吸法やリラックスできる音楽を流すようなもの、瞑想、簡単なヨガなど様々です。Apple watchなどのウェアラブルデバイスを用いてHRVを記録するものもあります。自分にあったマインドフルネストレーニングのアプリを探してみるのもいいですね。

<マインドフルネストレーニングを作ってみる?!>

 呼吸法をはじめ取り入れやすいものをご紹介しましたが、マインドフルネストレーニングはご自身でも作ることができます。海外ではダンスを取り入れている施設もあるそうですよ!それぞれの施設やスタッフに応じた独自のトレーニングを考えてみるのも、無理なくマインドフルネストレーニングを続けられる方法かもしれません。以下にマインドフルネストレーニングを作成する上でのtipsを紹介します。

1.目的は診療パフォーマンスの向上であることをスタッフに周知させましょう
マインドフルネストレーニングがWellnessを改善させるといってもあまりピンと来なかったり、そんなことよりも日々の診療パフォーマンスを向上させたいと思う方々が多いと思います。マインドフルネストレーニングは観察力や認識力を向上させることで診療パフォーマンスの向上に繋がりますので、そのことをスタッフに周知させ取り組んでみましょう。
2.日々の生活に組み込むことが重要!
長い時間を確保したり、特別暗い部屋や静かな場所を確保する必要はありません。救急外来の片隅でも行うことができます。勤務中に手を洗っている最中や電子カルテを立ち上げている間、血液ガス分析の結果を待っている間などで十分です。
3.単純な作業にしましょう
マインドフルネストレーニングは煩わしくなくて心地よく、誰もが気軽に行えるようなものがいいでしょう。さらには、いくつかバリエーションがあると継続して行うことができるでしょう。
4.「こうするべき!」というようなものではありません
マインドフルネストレーニングは「今という瞬間に注意を向ける」ことに変わりありませんが、その形は何でも大丈夫です。是非職場の皆さんで話し合い、皆が心地いいと思う方法を見つけてみましょう。
5.職場にマインドフルネストレーニング担当の人を作りましょう
心地いいトレーニングを考えたり、スタッフに促す(強制ではない)人がいるといいですね。
6.継続
マインドフルネストレーニングが習慣化するには時間がかかります。根気強く続けていきましょう。

以上、マインドフルネストレーニングについてご紹介させていただきました。皆様の御施設独自のマインドフルネストレーニングがありましたら、是非シェアしてください!

参考文献
1)Ireland M.J., Clough B, Gill K, et al. A randomized controlled trial of mindfulness to reduce stress and burnout among intern medical practitioners. Medical Teacher. 2017; 39: 409-414.
2)恒藤 暁. マインドフルネスを医療現場に活かす. 新薬と臨牀. 2018; 67: 856-859.
3)Kabt-Zinn J. An Outpatient Program in Behavioral Medicine for Chronic Pain Patients Based on the Practice of Mindfulness Meditation: Theoretical Considerations and Preliminary Results. Gen Hosp Psychiatry, 1982; 4: 33-47.
4)Sipe WE, Eisendrath SJ. Mindfulness-based Cognitive Therapy: Theory and Practice. Can J Psychiatry, 2012; 57: 63-9.
5)Alsubaie M, Abbott R, Dunn B, et al. Mechanisms of action in mindfulness-based cognitive therapy (MBCT) and mindfulness-based stress reduction (MBSR) in people with physical and/or psychological conditions: A systematic review. Clin Psychol Rev., 2017; 55: 74-91.
6)Lehrer PM, Gevirtz R. Heart rate variability biofeedback: how and why does it work? Front. Psychol., 2014; 21: 756(1-9).
7)WRaP EM. Mindfulness (MFN) - An Introduction. The Synopsis. https://wrapcomau.files.wordpress.com/2018/02/mindfulness-mfn-e28093-an-introduction-the-synopsis.pdf
8)Wrap EM. “How to” build a mindfulness program in your ED. https://wrapem.org/how-to-guides/how-to-build-a-mindfulness-program-in-your-ed/