2019.11.15

第5回「Harm」

今日も忙しい救急外来。70歳の男性が腰が痛いから痛み止めが欲しいと受診して来ました。「いつもと変わりない腰痛だから取り敢えず痛み止めだけ欲しい」という事であったため、G先生がさっさとNSAIDを出して帰宅の方針となりました。

患者「先生、今日はどうもありがとうございました。」
G「いえいえ、お大事にして下さい。」
患者「あ、そういえば、今日出る痛み止めは今飲んでいる薬と一緒に飲んでも良いでしょうか?」
G「えーっと、何を飲まれてましたっけ?」
患者「名前は分からないんですけど、血をサラサラにする薬と、血圧の薬と胃薬です。」
G「(あー、詳細分からないとか面倒臭いなぁ・・・)胃薬も飲んでるんなら大丈夫ですよ。」
患者「ありがとうございます!」

・・・数日後・・・

プルルルルル、プルルルルル

M「救急車callじゃん。何来るんですかー?」
Ns「吐血らしいですよ。数日前にここ受診したそうです。」
M「へー、名前は?」
Ns「○○さんです。あ、ID分かったんで今出しますね。」
M「どれどれ、胃潰瘍の既往があって、数日前に腰痛で受診・・・ふむふ・・・む・・・(ピキピキ)」
Ns「M先生、な、なんか怖いですけど、だ、大丈夫ですか?」
M「・・・とりあえず上部消化管出血を疑って治療の準備をしておこうか。」
G「M先生、さっきの救急車callはなんだったんですか?」
M「んー?カルテ見れば分かるよ。吐血だって。あと10分で来るよ。」
G「へー。あれ、この人・・・」
M「・・・」
G「・・・」
M「んー?どしたのかな?」
G「・・・」

結局は上部消化管からの出血で消化器内科にコンサルトに。

ジャーナルクラブ

Y「さ、ジャーナルクラブを始めようか。今回は僕がテーマを選んできたよ。前にG先生が経験した症例を元に選んでみたんだ。」
G「・・・反省してます。」
Y「いやいや、誰しも忙しいとやってしまいがちだし、薬の副作用ってイマイチ実感が無いよね。実際にどれぐらいの人が薬の副作用で救急外来を受診してると思う?」
M「やっぱりピンと来ないですね。」
Y「みんなそうだと思うんだ。そこで今日はこれを読んでみようと思う。」

Daniel S. Budnitz et.al. Emergency Hospitalizations for Adverse Drug Events in Older Americans. N Engl J Med 2011;365:2002-12.

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M「これはレジストリを使ったデータ解析ですか?」
Y「そう。決められた項目を記載してデータを蓄積し、ある程度データが揃ったら解析を行う方法だね。EM AllianceでもJEAN studyレジストリを使って色々な研究が行われているよ。」
G「ところでこれは薬の副作用の話ですよね。どうやって副作用の研究ってするんですか?」
Y「ふむ。副作用の研究にはランダム化比較試験(RCT)と観察研究があるけど、まずRCTを行うには以下の欠点がある。」

(1) 副作用を調べるためRCTは「副作用が出る事が前提」だから倫理的に問題がある
(2) 副作用の発生率が低い場合、大規模研究でも確認が困難な事がある。この場合は市場に出て何年間も使用された結果、報告された場合。
(3) 薬害に関しての情報が十分に報告されない事が多い

G「なんか、あまり現実的じゃなさそうだなぁ。副作用の発生頻度って数が少なそうですもんね。」
M「だから観察研究になるんじゃない?これRCTでやったら莫大な時間と費用がかかる気がする。観察研究は前回やったからちょっと取り組みやすいですね。このNEJMの研究は前向きコホート研究になるんですよね。」
G「えっと、実は観察研究とコホート研究とケースコントロールとかの違いが良く分からないです。」
Y「じゃあ、それは論文を読みながら説明しよう。」
G「お願いします。あと、論文読んでも「へぇ~」で終わっちゃって現実味がないので、治療する側としては分かりやすい指標があればいいんですけど、そういうのは無いんですか?「この治療だとこの確率で副作用が出ますよ」とか。」
Y「G先生、NNTは知ってる?」
G「docom・・・」
M「Number Needed to Treat、つまり何人に治療したらその内の一人に効果が出るか、って数ですね。」
Y「そう。BPPVに対するEpley法はNNT=2、二人に一人効果があるってわけだ。これとは逆にNNH(Number Needed to Harm)っていう数字がある。これは逆に何人に治療したらその内の一人に害が出るか、という数だ。NNH=3だったら、3人治療したら一人には副作用が出るという事になるね。」
M「NNTが高く、NNHが低い治療が良いわけか。以前(第一回で)NNTに関しては触れてますよね。」
G「へぇ。でもこれを計算するのは面倒くさいなぁ…。」
Y「そんな先生のためにこんなサイトがあるよ(笑)」

The NNT
http://www.thennt.com/

G「あ、これ便利!」
M「まぁ、数字が全てじゃないけどいいですね。」
Y「研修医に説明したり、概念を掴むのにはいいよ。じゃあ、薬剤の副作用に関してどのように研究が行われているか、この論文を読みながら少しまとめていこうか。」

問題

(1) 4W1H法で評価してみましょう。
(2) NNT/NNHの計算方法に関して復習してみましょう。
(3) 観察研究におけるコホート研究とケースコントロール研究の違いはなんでしょう。

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