2020.01.17

[解説] 心電図44:12月心電図 80歳女性 - 嘔吐・食欲低下

ご回答いただいた皆様、ありがとうございました。
学生さんからベテランの先生まで、また多岐にわたる専門科の先生にもご参加いただき、嬉しい限りです。

さて、「嘔吐」は、鑑別すべき疾患が多岐にわたり、嫌な主訴ですね。
見逃してはいけない疾患の代表としては、脳血管障害(小脳出血/梗塞、頭蓋内圧亢進)、イレウス(特に絞扼性イレウスやヘルニア)、基礎疾患があれば尿毒症や糖尿病性ケトアシドーシス、若い女性なら妊娠などが挙がります。
そして、「嘔気や嘔吐、不快感」といった非特異的な症状の場合、心筋梗塞を始めとした虚血性心疾患の可能性がないかを、常に頭においておく必要があります。(特に今回は高齢・女性ですから、「胸痛を訴えない心筋梗塞」のリスクばっちりです。)

次に、心電図が診断に結びつく可能性のある「嘔吐の原因」を以下に挙げてみます。
◆電解質異常
・高カリウム(P波消失、鋭いT波、幅広QRSなど)
・低カリウム(大きいP波、平坦/陰性T波、U波出現)
・高カルシウム(QT短縮)、低カルシウム/マグネシウム(QT延長)
◆薬剤性・中毒
・TCA(QRS延長、aVRのR波)、向精神薬(QT延長)、不整脈薬(幅広QRS)、ジギタリス(色々)、抗ヒスタミン薬(TCAに準ずる)
◆頭蓋内出血:脳出血・SAH(ST低下、QT延長、陰性T波)

では、改めて心電図を見てみます。
まず50/minの除脈に気付きますね。P波は見にくいですが、QRSとの乖離はなさそうです。(V3-4あたりが見やすいと思います。)
Ⅱ,aVF,V3-6誘導での陰性T波、ST低下を認めます。さらに、V3-5ではU波らしき波形も出現しています。

この所見を見た上で、内服を確認すると…このST低下!
そう、ジギタリス効果を示す心電図であり、今回の症例では「ジギタリス中毒」を疑います。早速、ジゴキシンの血中濃度を測定したところ、3.75ng/mlと上昇していました(治療域は0.5-2.0ng/ml)。

なお、『高齢女性の嘔吐』で『心電図変化あり!』ですから、上述したように虚血性心疾患が重要な鑑別となりますが、今回は経過が数日にわたっているにもかかわらず心筋酵素の上昇も認めなかったことから、否定的と考えました。

質問①の「どんな疾患を疑いますか?」では、22名の方がジギタリス中毒を挙げてくださり、最多の回答でした。さすがです!
さらに、見落としてはいけない「心筋梗塞」「ACS」(特に徐脈に注目して「下壁梗塞」という回答も)を19名の方が挙げてくださり、
カリウム・マグネシウム(内服に注目!)をはじめとした電解質異常、
意識レベル低下+徐脈からくも膜下出血をはじめとした頭蓋内出血、
イレウスや、敗血症・感染症を挙げてくださった方も多かったです。

質問②の「心電図を読む際に、この状況では特にどんな所見に注意しますか?」の回答は以下のようになっています。
ST上昇/低下やT波の変化に特に注目してくださったことが分かります。(ACSの鑑別のためにも、ジギタリス中毒を疑うきっかけにも。)

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<ジギタリス>
強心配糖体であるジギタリスは、うっ血性心不全の治療薬として2世紀に渡り、また不整脈の治療(房室結節の伝導を遅くする)として100年以上も使用されてきました。しかし、うっ血性心不全や心房細動の治療薬として、βブロッカーやACE阻害薬・ARBと比較して劣ることから、使用は減少してきています。その結果、ジギタリス中毒の頻度も減っていますが、発生した場合には見逃されやすく、注意が必要です。(ジギタリスで治療されているうっ血性心不全の患者のうち、確定した中毒が0.8%、中毒の可能性が4%という報告も。「はっきりしない調子の悪さ」には、ぜひ内服をチェックしましょう。)

●機序
・Na-Kポンプに依存した ATPaseを阻害し、細胞内のNa濃度を上昇・細胞質のK濃度を減少させ、Caの利用を増加して、心筋収縮を増大します。
・治療域のジギタリスは、自動能を減少し、膜電位を上昇させます。しかし、中毒域では細胞膜電位の増加から細胞の興奮性が増します。
・交感神経の効果を阻害することで、交感神経遮断の効果を発揮します。

●症状
中毒では、以下のような様々な症状が出現します。この表を見ても分かるように、どれも非特異的な症状であり、何よりも疑うことが大切です。

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ジゴキシン中毒では、「脱分極を伴う細胞の自動能が亢進し、異常な興奮起源が出現すること」「房室伝導が障害されること」により、あらゆる不整脈が出得るとされています。

◆急性中毒の場合
数時間は無症状ですが、その後、消化器症状(嘔気・嘔吐)が最初に出ることが多いです。
中枢性の迷走神経緊張により、徐脈性の不整脈や、房室ブロックを伴った上室性不整脈が多く見られますが、大量に内服した場合は、致死性の心室性不整脈が生じることもあります。
Na-K ATPaseが関連して高Kが多く、高Kに関連した心電図異常を呈することもあります。

◆慢性中毒の場合
高齢者に多く、非典型的な症状で「感冒」「胃腸炎」などとされてしまうことも。意識状態の変容や精神症状が、中毒の兆候となります。
いかなる不整脈も生じますが、急性中毒と比較して心室性不整脈の頻度が多いです。
ジゴキシンの血中濃度は、中毒の重症度を正確に予測できず、またK濃度も様々です。(通常、低値or正常ですが、腎不全を伴うと高値の場合もあり。)

ジゴキシンは治療域が狭いため、特に以下のような合併症や、併用している薬剤がある場合には、注意が必要です。

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●診断
単一の検査で、診断を確定できるものはないため、病歴、身体所見、検査結果を組み合わせて診断する必要があります。
心電図も非特異的ではありますが、有用な手がかりとなります。

◎心電図
まず、「治療域でも出現する心電図変化」の特徴を下に挙げます。これは『中毒の所見ではない』ことに注意しましょう。
①T波の平坦化・陰転化
②QT間隔の短縮
③STの盆状変化
④U波の出現

中毒が生じると、様々な不整脈が現れ、致死的にもなり得ます。
・最もcommonなものは、頻発するPVC(premature ventricular beats)。
・房室ブロックあるいは接合部調律を伴う上室性頻脈では、ジギタリス中毒を疑う必要があります。
・二方向性の心室性頻脈や、QRSの軸が変化する頻脈は、稀ですが、ジギタリス中毒に比較的特異的なものと言われます。
・一方、心房粗動(Flutter)や心房細動、MobitzⅡ型のAVブロックは、ジギタリス中毒では生じにくい不整脈。しかし、もともと存在するこれらの不整脈と、ジギタリス中毒が合併することはあるので注意。

○血液検査
急性中毒では、K濃度とジゴキシン濃度が、診断に有用な情報となります。(上述のように、慢性中毒では様々な値を示すため、診断の有用性に乏しいです。)
なお、ジギタリスの血中濃度(治療域は0.5-2.0ng/ml)は評価すべきですが、それのみに頼って、中毒の有無を判断してはいけません。ジゴキシンは分布がゆっくりのため、急性中毒の場合、内服直後の血中濃度は正確でない可能性もあります(6時間後が一番信頼できる)。さらに、治療域とされている血中濃度での中毒の報告もあります。

参考に、今回の症例の血液検査結果です。
尿素窒素 34.3 mg/dl Cr 1.98 mg/dl
Na 144 mmol/l K 4.4 mmol/l Cl 114 mmol/l Ca7.9 mg/dl
ジゴキシン 3.57 ng/ml

●治療
支持的な治療(継続的なモニタリング、ivラインの確保、頻回の再評価)が基本となります。
心室の易刺激性に対してマグネシウムを使用したり、徐脈に対してアトロピン、体外式or経静脈ペーシングを用いることもあります。二次性の高K血症は致死的となり得、緊急に治療(GI療法、重炭酸ナトリウム。カルシウム製剤の使用はcontroversial。)が必要です。
活性炭は急性期であれば有用とされていますが、胃洗浄は推奨されません。また透析の効果は乏しいです。

今回の症例では、ジゴキシンの内服を中止し、経過観察入院としました。幸い目立った不整脈は起きることなく、症状は消失。徐脈も改善を認めたため、施設へ退院となっています。

Take home message
☆ジギタリスの使用は減少してきているが、中毒は見逃されやすい。
☆症状も心電図も非特異的だが、以下は手がかりに。
①T波の平坦化・陰転化 ②QT間隔の短縮 ③STの盆状変化 ④U波の出現
☆中毒ではあらゆる不整脈が生じる。
☆ジゴキシン血中濃度は参考に。Kもチェック。

参考文献
1) Eric H. Yang: Am J Med, 2012 Apr;125(4):337-43
2) Tintinalli’s Emergency Medicine: A Comprehensive Study Guide, Seventh Edition