2020.01.17

[解説] 心電図43:11月心電図 82歳女性 - 後頚部〜背部の痛みってヤバくない?

アンケートの結果

この症例でどういった疾患を想起しますか

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心電図を読む際にどういった所見を気にしますか

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気になる所見は何ですか

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ズバリ、診断は?

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心電図をみた後のマネジメントを教えて下さい

・ほとんどの方が循環器内科コールと答えていただいています。

・ 40%の方が大動脈解離の除外に造影CTを行うと解答しました。

・ 心エコーも60%の方が行うと答えて頂きました

その他にも

下肢の血圧測定や蘇生の準備、疼痛コントロールといったマネジメントを挙げていただいたばかりでなく、

まずは落ち着いて声をかけながら患者をストレッチャーに寝てもらう

家族への連絡先確認と前回ECGの取り寄せを誰かに指示

という非常に実践的で現場の臨場感が伝わってくる回答も頂きました。

また、後述しますが右側誘導やV7-9の追加も数名の方にコメント頂きました。

みなさん、ご回答有難うございました。ほとんどの先生がSTEMIを考え適切なマネジメントを選択していたことのでしっかりしたマネジメントが伝わってきます!

本症例の心電図をもう一度振り返ってみましょう。

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◯で囲ったようにⅡ、Ⅲ、aVfにおいてSTが上昇しているのが分かります。

1mm以上のST上昇はST上昇型の心筋梗塞と定義され発症早期の冠動脈形成術が勧められており、できるだけ早いほうが予後を改善すると言われています。(現在の目標は90分とされます)

「STEMIだ!すぐにPCI!!」の判断で素晴らしいと思います。

これを見つけた時点ですぐに循環器科を呼び出すという作業に移りましょう。

しかしながら循環器を呼んで来院するまでの10分間で、心電図の読影上、更に何かできることはあるでしょうか。

今回は一歩進んで責任血管に関して述べてみたいと思います。

Ⅱ、Ⅲ、aVfのST上昇が認められる場合、閉塞した血管はどこでしょうか。

「もちろん右冠動脈!」と覚えている方が多いのではないでしょうか。

もちろんそれは正解で、Ⅱ、Ⅲ、aVfは下壁を見ているので後下行枝の虚血を反映していると言われています。後下行枝は8割以上が右冠動脈から派生していることからⅡ、Ⅲ、aVfのST上昇を見たらまず右冠動脈の閉塞を疑います。その時に考えなければならない合併症は右室梗塞や徐脈になります。

そのため右側誘導(V4RやV5Rでの異常Q波やST上昇)で右室梗塞をチェックしたり急激な徐脈に注意したりすることになります。もし右室梗塞が合併していれば救急外来で安易にニトロを投与することは禁忌となるからです。

その一方で今回注目していただきたいもう一つの所見はV1-3でのST低下です。これは一体何を意味しているのでしょうか。

前壁の内膜虚血(いわゆるNSTEMI)?、もちろんその可能性もありますね。しかしながらⅡ、Ⅲ、aVfのST上昇と合わせて考えるともう一つの可能性が見えてきます。

Ⅱ、Ⅲ、aVfのST上昇を再考しますとST上昇の高さがⅢ誘導よりⅡ誘導で高いことが分かります。こうした時は責任血管がRCAでなくLCXにあるとされており、V1-3は後壁の反対側にあることが分かります。つまり本症例のV1-3のST低下は後壁のST上昇のreciprocal changeをみている可能性があるのです。逆にⅠ誘導で鏡像変化によるST低下を伴うのはRCA梗塞に特徴的とされています。

ということで本症例の診断はLCXの閉塞による後壁梗塞(#13の100%閉塞)でした。

後壁梗塞はⅡ、Ⅲ、aVfの上昇を伴わない場合正面から見る誘導がないために、38%しか診断されないとされています。

見落とさないためにはV1-3のST低下をみたら

・ Ⅱ、Ⅲ、aVf のST上昇がないか確認

・ V7-9をとる

の2つが大きな手がかりとされています。

V7-9とはV6と同じ高さで

・後腋窩線(V7)

・肩甲骨下局(V8)

・脊椎左縁(V9)

での誘導を指します。この誘導は後壁を直接正面から見ることになるため後壁梗塞の場合STがわずかに上昇するのが特徴です。

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LCX領域の梗塞はあまり範囲が広くならず一般的に重症になりにくいという特徴がありますが僧帽弁の腱索の付着部が後壁にあるため腱索断裂による僧帽弁逸脱を合併することもありそうなると予後が極端に悪くなることが知られています。

心筋梗塞を疑った際は循環器科を待つ間に、経胸壁心エコーで壁運動などの評価をすることも多いかと

思いますが、そこで僧帽弁逆流の有無などを確認しておくといいかもしれません。

教育班の渡瀬先生からの豆知識ですが

後壁梗塞を疑うときの裏技ですが、「心電図を裏返して180度回転し透かして見るとV1-3のSTは上昇」というのも興味深いですね!

また、V1-3のST低下で忘れてはいけない鑑別の1つが肺塞栓です。右室負荷を反映した変化で出現することがあるとされており症状との組み合わせで忘れないようにしましょう。

一方大動脈解離をあげた先生方も多くいました。大動脈解離では31%の患者は心電図以上を認めませんが42%は非特異的なST変化を呈し15%は虚血性変化を認めるとされています。解離で冠動脈に病変が及ぶ場合大部分はRCAとされていますので今回のようなⅡ、Ⅲ、aVfのST上昇を認める症例では考えなければなりません。

Take home message

・ 後壁梗塞を疑うのは:V1-3のST低下 + Ⅱ/Ⅲ/aVf(下壁誘導)もしくはV7-9(後壁誘導)のST上昇
・ Ⅱ/Ⅲ/aVf(下壁誘導)のST上昇が Ⅱ<Ⅲなら責任血管はLCXのことが多い
・ 予後を悪化させる僧帽弁腱索断裂に注意

参考文献
・ Casas RE, et al. Value of leads V7-V9 in diagnosing posterior wall acute myocardial infarction and other causes of tall R waves in V1-V2. Am J Cardiol. 1997;15:508-9
・ Zimetbaum, PJ, et al. Use of the Electrocardiogram in Acute Myocardial Infarction. NEJM. 2003;348:933-940
・ Khan JN, et al. Posterior myocardial infarction: are we failing to diagnose this? Emerg Med J. 2012;29:15-8