2020.01.17

[解説] 心電図42:10月心電図 51歳男性 - 下痢、嘔吐・・・で心電図?

10月の心電図症例いかがでしたでしょう。
たくさんの先生方に回答をいただき、大変ありがとうございました。
研修医の先生や救急の先生方のみならず、小児科や家庭医療、産婦人科・泌尿器科など、幅広い分野の先生方から回答をいただき、大変励みになります。
また医学生の皆さんからも鋭い回答をいただき、嬉しかったです。ありがとうございます!

さて、まず皆様の回答をまとめてみます。
『今回の症例で、どんな疾患を疑いますか?』

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「下痢と嘔吐」の病歴から、それによる低K血症を挙げて下さった方が最多でした。
「嘔吐と胸部不快感からまずはACS!」と、心筋梗塞・ACSを挙げて下さった方も多かったです。中には「爪白癬があるということは、糖尿病もあるのでは!?」という鋭い指摘もいただきました。
病歴から「急性胃腸炎」、消化器症状の先行する「心筋炎」、「ニューキノロン、爪白癬の治療薬からのQT延長症候群」が続きました。

『心電図を読む際に、この状況では特にどんな所見に注意しますか?』の質問には、以下のように回答をいただきました。

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さて先に結論を述べますと、今回の症例、診断は急性心筋梗塞です!
症状からすると、「胃腸炎」と帰してしまいそうな怖い症例ですね。(ただ実際の症例では、患者さんがかなりしんどそうで「ただの胃腸炎じゃないかも…」という印象はあり、「中年以降の嘔気・嘔吐は、心電図を!」という教訓を覚えていた研修医が早期に心電図をとってくれました。)

まず心電図を見ると、多くの誘導でのST上昇が目につきます。
さておさらいですが、ST上昇を認める誘導から、どの部位に虚血が生じているか推定しましょう。

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・V1-4のST上昇(①)→前壁中隔の梗塞
・V5-6, Ⅰ,aVLのST上昇(②)→側壁梗塞
をそれぞれ示唆します。今回はこれらすべてを認めますので、広範前壁梗塞の所見ですね。
またⅡ,Ⅲ,aVFでは鏡像変化(reciprocal change③)を認め、上記の診断に矛盾ありません。

『どのような所見が気になりますか?』に対する皆様の回答でも、もちろんST上昇の指摘が最多(特に「胸部誘導の広範囲なST上昇」「前壁から側壁の広範囲なST上昇」の指摘もたくさんいただきました)、Ⅱ,Ⅲ,aVFのST低下が続きました。

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実はこの患者さん、心エコーを当てると、心嚢液の貯留もあり、前壁梗塞による左室自由壁破裂が疑われました。PCPS待機下にCAGを行ったところ、#6に100%の閉塞を認めました。 (また復習ですが、#6 100%ということは左冠動脈前下行枝の根本が完全に詰まっているわけで、広い範囲の梗塞が起きることが分かりますね。) さらに心嚢穿刺を行うもドレナージが得られなかったため、そのまま緊急手術(左室自由壁破裂に対し修復術)となった症例です。

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今回は「嘔吐を主訴に受診した心筋梗塞」を取り上げました。
「胸痛」を訴えない心筋梗塞・狭心症患者の存在は、皆様よくよくご存じのことと思います。このような患者は診断・治療が遅れやすく、予後不良とも関係するため、救急外来では「胸痛を訴えない患者でもACSを疑う!」というのは肝に銘じておく必要がありますね。

心筋梗塞の確定診断がされた患者のうち、3分の1で胸痛の症状が存在しなかった、という報告があり1、これらの患者は
★息切れ、嘔気・嘔吐、動悸、失神、ふらつき、倦怠感…などの非典型的な訴え
で受診、あるいは心肺停止で搬送されることもあります。
他に、救急外来から心筋梗塞の診断で入院した患者のうち、ほぼ半数が胸痛を訴えなかった、という報告もあります2。
無痛性心筋梗塞の危険因子として、「高齢、女性、糖尿病」は有名ですが、他にも以下の表のようなリスクがあれば要注意です1。(しかし症例の患者さんは、50代、男性、糖尿病もなくて…ひっかかりません!(> <)やはり非典型こそ典型、な心筋梗塞ですね。)

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また、不安定狭心症についても、高齢者では45%が胸痛を訴えず、心窩部痛(8%)、嘔気(38%)、嘔吐(11%)を訴えた、という研究もがあります3。

今回の症例での「下痢」が、果たして虚血と関係していたのかは不明ですが(便の性状や回数について聞いている余裕はありませんでした…)、下壁梗塞を代表とする右冠動脈領域の疾患では、交感神経がブロックされることにより消化管の蠕動運動が亢進し、悪心や嘔吐・下痢などの消化器症状を呈することがあるとされています。
下壁梗塞では下壁が横隔膜直上に位置していることから、「心窩部痛」「胃痛」という訴えになることも多く、嘔吐や下痢が伴っていかにも消化器疾患のように現れることがあります。怖いですね…。
ただ、今回の症例は前壁梗塞ですが…。実は、下壁梗塞でも前壁梗塞でも嘔吐は生じ、その頻度に差はない、という報告もあります4。

「非典型的な症例が典型」ともいわれる「なんでもアリ」な心筋梗塞ですが、非典型的な症状や危険因子を持った患者に敏感に反応できるようになりましょう!

<pearl>
・「嘔吐」などの非典型的な主訴からも、ACSを想起し、早期に心電図をとれるようになろう
・「胸痛」を訴えない心筋梗塞患者の特徴(表1参照)と注意点について確認しよう

<参考文献>
1. J Am Med Assoc 2000; 283:3223-9
2. Ann Emerg Med 2002; 40:180-6
3. Am J Cardiol 2002; 90:248-53
4. Am J Cardiol. 2009 Dec 15;104(12):1638-40