2020.01.17

[解説] 心電図37:5月心電図 73歳女性 - 意識消失。一見普通?

はじめに

今回は「失神」で搬送された患者さんの心電図を提示しました。失神した人をERで見たら必ず心電図検査を行うと思います。ではその心電図でどんな事に気をつければ良いのでしょう。まず皆様からの回答をまとめます。

●どのような疾患を疑いますか?

d31785966d8c2673342caca01d945e09

●心電図を読む際にどのようなポイントに気をつけますか?

6f82ef387cf78710df87a1fe17fbf9d3

 今回大勢の方からアンケートの回答を頂きました。QT延長症候群が疑われ、心電図を読む際にもQT間隔に気をつけて読むという意見が多数を占めており、心電図異常については実際に11名の方からQT延長の指摘を頂きました。

心電図を振り返る

 皆様が気になったQTについて評価してみましょう。QT延長の評価は実はとても難しいのです。QT間隔は、QRSの始まりからT波の終わりまでの時間を指します。QRS波の開始がわかりにくい事は少ないのですが、T波がなだらかだと終わりがわからない場合がままあります。見た目にT波が基線にたどり着いた部分を終点と捉えるやり方と、T波の後半部分に接線を引いて、接線と基線の交点を終点と捉えるやり方があります。意外な事に、人によって誤差が生まれるのだと言う事を認識していただければと思います。

 さて、ではどの誘導で測定するのが良いのでしょうか?後述するBazettはⅡ誘導で測定していたようですが、前胸部誘導、特にV3やV4の方でQT延長が現れやすく、信頼が置けるという意見もあるようです1)。一番長いところを参照すれば良い様な気がしますが、それだと偽陽性が増えますし、U波があると判断が難しくなります。そんなこんなでコンセンサスが無いのが現状です・・・。

 さらに、QT間隔は心拍数によって変動します。徐脈時は延長し、頻脈時には短縮する傾向があります。なので、タダでさえ測定がややこしいQT間隔ですが、QT間隔を心拍数で補正しなくてはなりません。これは皆様よくご存知だと思うのですが、Bazettの補正式が用いられます。

 QTc=QT/√RR

 ここまでやれば、ようやくQT間隔の長さについて議論ができます。しかし、QTcの正常値についても様々な意見があるようです・・・。一般的には男性で460msec、女性で440msecが基準とされていますから、今回はそれを採用します2)。

それでは心電図をふりかえります。

45a0fa548586d4b95710e47efaf1ee6a

①➡Ⅱ誘導でQRSからT波の終点らしきところまでをQTとした
  =0.56sec/0.8944=626msec
②➡V3誘導でQRSからT波の終点らしきところまでをQTとした
  =0.5sec/0.8944=559msec
③➡V3誘導でQRSからT波後半の接線と基線の交点までをQTとした
  =0.52sec/0.8944=581msec

というわけで、今回の心電図は「QT延長症候群」です。

QT延長症候群

QT延長症候群は心筋細胞の再分極が延長する事により、Torsade de pointes(TdP)という不整脈を起こし、失神や突然死を起こすものです。名前の通り心電図でQT間隔の延長が認められます。若年期から指摘される先天性QT延長症候群と、比較的年齢が高くなり薬剤使用や徐脈に伴って発症する後天性QT延長症候群に分けられます。どちらも遺伝子異常がかかわっていると報告されています。

 先天性のものでは聾を伴い、常染色体劣性遺伝を示すJervell, Lange-Nielsen症候群、聾を伴わずに常染色体優性遺伝を示すRomano-Ward症候群が知られており、近年QT延長症候群症例で心筋細胞膜のイオンチャネルをcodeする遺伝子異常が発見され、責任遺伝子も明らかになっています。

 後天性QT延長症候群は、電解質異常(低K、低Ca、低Mg血症)、薬剤性、頭蓋内出血、心筋炎や心筋症などの心疾患が原因となり起こります。QT延長を見たら、まずはこの2次性のQT延長の原因を探しに行く必要があります。今回は、新規に薬剤投与をされており、薬剤性のQT延長症候群を考えなくてはなりません。

薬剤性QT延長症候群

薬剤性のQT延長症候群は、急速活性化遅延整流K+電流(IKr)を阻害する薬剤の服用によりQTが延長する場合と、QT延長作用を持ちCytochrome P450(CYP)により代謝される薬剤服用中に、CYPで代謝される薬剤やCYPを阻害する薬剤を服用してQT延長作用が増強される場合が考えられています3)。

 代表的な薬剤としては、キニジン、プロカインアミド、ジソピラミド、アミオダロンなどの抗不整脈薬、マクロライド系、フルオロキノロン系、抗原虫薬や抗マラリア薬などの抗生剤、抗精神病薬などが挙げられますが、セシウムやリコリスなどのサプリメントでも起こす事があり、原因物質は枚挙に暇が無い状況です。QT延長を見たら服薬歴やサプリメントの摂取について詳細に病歴聴取する姿勢が大切になります。

マクロライドでのQT延長

今回はおそらくマクロライド系抗菌薬であるクラリスロマイシンが原因ではないかと考えられますが、投与後24時間もたっていない状況です。どのくらいの時間があればQTは延長するのでしょう?少数の小児を対象にした報告ですが、投与開始24時間の観察でQTの延長を認めたとするものや、そもそもQTが延長している人にクラリスロマイシンを投与したところ1時間後にTdPが起こったとする報告があります4)。その他のマクロライドでもQT延長の報告があり、特に最近では副作用や薬物相互作用が少ないと考えられていたアジスロマイシンによる心血管リスクが指摘され、QT延長による突然死の報告もあります5,6)。マクロライドの新規投与を考える際には、心電図に注意が必要ですね。


今回の症例について

今回の症例ですが、ERでTdPを起こしました。数秒で洞調律に戻り、その後はマグネシウム投与で事無きを得たのですが、もちろん帰宅させるわけにはいきません。頭蓋内疾患は否定的で、心エコーでも特記すべき変化は指摘できず、電解質異常もありませんでした。休薬し入院経過観察したところQTがある程度短縮されましたが、正常範囲内に治まらなかったため循環器内科外来で継続加療する方針となりました。


Torsade de Pointesについて

これ、みなさん何と読んでいますか?「トルサデポワン」とか「トルサードポワント」とか「トルサードポアン」とかいろいろな呼び方があるようです。先日フランスの友人に確認しましたが、「Torsade」はtwistを意味するフランス語で「トルサード」と読み、「de」はTheみたいな冠詞で「ドゥ」と読みます。で、「Pointes」は針の先端を意味するPointeの複数形で「ポワント」と読みます。流れるように読めば「de」の発音はほぼ聞こえない程度に発音されるだけですが、一応「トルサード・ド・ポワント」と読み、意味は「捻れ回転する針の先端」という事になります。先人がTdPのECGをそのように表現したのですね。ぜひ今日からトルサード・ド・ポワントと呼んでやって下さい。

まとめ

・失神の心電図はQT間隔に注目
・QT延長を見たら薬剤歴はもちろん、サプリメントにも着目しましょう
・トルサード ド ポワント!

参考文献

1)Gupta A, Current concepts in the mechanisms and management of drug-induced QT prolongation and torsade de pointes. Am Heart J. 2007 Jun;153(6):891-9.
2)Kapoor JR. Long-QT syndrome. N Engl J Med. 2008 May 1;358(18):1967-8
3)Owens RC, Nolin TD. Antimicrobial-associated QT interval prolongation: pointes of interest. Clin Infect Dis. 2006 Dec 15;43(12):1603-11.
4)Guo D, Cai Y, Chai D, Liang B, Bai N, Wang R. The cardiotoxicity of macrolides: a systematic review. Pharmazie. 2010 Sep;65(9):631-40.
5)Ray WA, Murray KT, Hall K, Arbogast PG, Stein CM. Azithromycin and the risk of cardiovascular death. N Engl J Med 2012; 366: 1881-90
6)Mosholder A.D.Mathew et. al. Cardiovascular Risks with Azithromycin and Other Antibacterial Drugs. N Engl J Med 2013; 368:1665-1668