2020.01.17

[解説] 心電図28:8月心電図 84歳男性 - 意識障害で心電図?

 8月の心電図症例の解説編です。難しい症例だったと思いますが、ご回答ありがとうございました。1回目は23名、2回目は16名からの回答を頂きました。それでは、はじめに回答の集計です。

質問① どんな疾患を疑うか

59075e263a5ddeb7e17d5b89eef5893c

質問② どういった所見に気をつけるか

5246114c745853cfb8aa99b9dce74111
 
 今回の症例は、徐々に進行する浮腫と活動性の低下、呼吸困難と意識障害でした。頻度から言えば必ず考えたくなる心不全、どうしても外したくない肺塞栓はじめ、ジゴキシン中毒から尿毒症まで多岐にわたる疾患を挙げていただきました。学生から卒後20年目の救急の先生まで、幅広い方面から回答を頂きました。

 それでは今回の心電図を振り返って見ましょう。まずは2週目のみなさんの回答です。

d4a85916e5b653bceef004b064c532a7

もういちど心電図を見直してみますと

495988a6759a1c36734524d9c9dd9656

 多くの方からご指摘いただいた通りAf波形で、肢誘導で低電位(①)、V1-4でQ波(②)を認めております。また胸部誘導では完全右脚ブロックを呈しており、全体でT波の平坦化(③)を認めます。このような変化は確かにあるのですが、診断に難渋したと思います。アンケートで頂いた診断も、心筋梗塞、肺塞栓、心不全、ジゴキシン中毒など多岐にわたっておりました。

 症例の経過です。陳旧性心筋梗塞ベースの心不全の増悪やジゴキシン中毒を考えて諸検査を行いました。胸部レントゲンで両側胸水が著明でしたが、BNP 189.7pg/ml、ジゴキシン<0.3ng/mlとどちらも高値ではなくそれらしくない印象でした。実は全身の浮腫が著しいことから甲状腺機能低下であろうかとも考え、搬入時に甲状腺ホルモンの検査をオーダーしておいたのですが、甲状腺ホルモンの検査結果は、TSH>100μIU/ml、FreeT4 0.29ng/dlと甲状腺機能低下を示唆しており、今回の意識障害の原因は粘液水腫性昏睡という診断に至りました。 (なかなか結果が返ってこなくてヤキモキしたのですが、施設内で検査ができる事はありがたい事だと思いました。)

 粘液水腫性昏睡とは、甲状腺機能低下症が基礎にあり、重度で長期にわたる甲状腺ホルモンの欠乏に由来する、あるいはさらに何かの誘因(薬剤・感染症等)により惹起された低体温・呼吸不全・循環不全などが中枢神経系の機能障害を来す病態です。名称に反して必ずしも昏睡となるわけではないようです。意識障害の原因は高二酸化炭素血症が関連していると考えられています。死亡率は20-60%と高く、疑いを持った時から治療開始する必要がある内科系の緊急疾患といえます。

 粘液水腫は皮膚をはじめとする様々な組織にムコ多糖が異常に蓄積される病態で、皮膚は乾燥してザラつき、ムコ多糖の沈着により顔面や四肢に浮腫を呈します。また巨舌、薄い体毛なども特徴的外観として知られています。非圧痕性の浮腫が特徴的と言われて来ましたが、これは末期症状で、心不全などの病態と合わさり圧痕性の浮腫を呈する事もあります。

 甲状腺ホルモンの減少は全身に影響しますが、心血管系への影響としては、心拍出量の低下、心筋拡張能の低下、心拍数の低下、全末梢血管抵抗増大、循環血液量減少を招き、その結果、徐脈、収縮期血圧低下、拡張期血圧上昇という傾向が見られます。

甲状腺機能低下に伴う心電図変化では
・徐脈
・低電位
・ST変化を伴わないT波の陰性化や平坦化
が特徴と言われていますが、その他にもQ波、QT延長、種々のAVblock、心室内伝導遅延などの非特異的な変化を様々に呈します。これらは前述のムコ多糖が心筋やヒス束に沈着したり、ホルモン低下に伴い心筋代謝が低下したり、心嚢液が貯留したりすることにより出現すると考えられています。

 低電位について少し触れておくと、肢誘導においては「Ⅰ-aVFすべてのQRS振幅≦0.5mV」で、胸部誘導においては「V1-V6すべてのQRS振幅≦1.0mV」と定義されます。肢誘導のみで低電位を示す場合は四肢の浮腫を示唆し、肢誘導・胸部誘導ともに低電位を示す場合は、心筋全体の起電力が低下したか、心臓周囲に何らかの不良伝導を招く要素があることを示唆します。粘液水腫やアミロイドーシス、心嚢液貯留でよく認められますが、胸膜炎、肺気腫、肥満でも認められます。広範囲な心筋梗塞でも認められるでしょう。本症例で心エコーを施行したところ、心尖部を中心に1cm強の心嚢液貯留を認め、全体的に壁運動の低下を認めましたが、胸部誘導での著明な低電位は認めていません。今回肢誘導で低電位を認めたのは、著明な浮腫が原因と考えられそうです。

 国内の報告では、甲状腺機能低下症の16例のうち、7例に徐脈、6例にT波平坦陰性化、3例にAf、2例にIRBBB、Ⅰ度房室ブロック、完全房室ブロック、洞不全症候群を1例ずつ認めたというものがあり、この報告では低電位を認めておりません。また別の報告では、甲状腺機能低下症の13例のうち、全例でT波の平坦陰性化を認め、低電位及びⅠ度房室ブロックがそれぞれ8例、5例でQT延長、4例でST変化を認めたというものもあります。
 
 特異的な所見に乏しいので、心電図のみから診断にたどり着くのは困難かもしれません。ズバリ診断で甲状腺機能低下を挙げてくれた方は1名のみでした・・・。当院では24時間院内で甲状腺機能評価の血液検査ができますが、そうでない施設の方が多数だと思います。全身の浮腫、意識障害、循環不全の状態の患者さんで心電図をとった時、粘液水腫性昏睡を疑うきっかけとなれば幸いです。

まとめ
説明のつかない意識障害では粘液水腫性昏睡を考えてみる
甲状腺機能低下では、徐脈・低電位・非特異的ST変化をはじめとする心電図変化が出現する

参考文献
1)粘液水腫性昏睡の診断基準と治療方針
2)心電図の読み方 褐色細胞腫,甲状腺機能亢進症および甲状腺機能低下症の心電図所見. 綜合臨牀 Vol.33 No.6 1215-1225
3)Myxedema Coma. Endocrinol Metab Ciln N Am 2006;35:687-698
4)Myxedema Coma. J Intensive Care Med 2007;22:224-231