2020.01.17

[解説] 心電図25:5月心電図 82歳女性 - 呼吸苦。知識の確認を。

今回もたくさんの方に回答していただきました。ありがとうございました。

今回お答えいただいた方は学生〜28年目の先生までいらっしゃいました。配属も研修医、救急、循環器内科、呼吸器内科、総合診療、整形外科、麻酔科、小児科と様々でした。

まず、みなさんの回答を振り返っていきましょう。

最初の質問は少ない病歴からどのような疾患を鑑別に挙げるか伺いました。慢性経過の呼吸困難からみなさんが鑑別に挙げられたのは多い順から心不全、肺塞栓症、心筋梗塞、COPD増悪で、その他貧血、間質性肺炎、肥大型心筋症、肺炎、大動脈弁狭窄症なども挙げられました。

これらの鑑別を踏まえ、どのような点に気をつけて心電図を読むかについては以下の通りです。

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不整脈の有無やST変化に注目された方が多かったようです。 実際の心電図の所見については後述します。

心電図を見た上で改めて鑑別診断をお聞きしましたが、肺塞栓症が最も多く、その他LAD近位部狭窄、たこつぼ心筋症、心筋炎などが挙げられました。

追加で行う検査については血液ガス、心臓超音波、胸部造影CTが最も多い3つの選択肢で、その他採血検査、胸部単純レントゲン検査と続きました。

今回の症例はご覧いただいた心電図のほか、血液ガス上PaCO2 27.7mmHgと低値を示し、心臓超音波では軽度の肺動脈弁・三尖弁の逆流を認め、左室の壁運動異常は認められませんでした。胸部造影CTを施行したところ下記のような所見でありました。

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また、下肢造影CTも同時に施行したところ左下腿に下記のような所見がありました。

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CT上両側肺動脈また左下腿の深部静脈に血栓を認め、今回の症例は肺動脈塞栓症(PE)と診断されました。ちなみに採血検査ではD-dimer 2.44 µg/mLと高値を示し、心筋逸脱酵素や心筋マーカーの上昇は認められませんでした。発症時期は不明なため、慢性の経過だと考えられました。高齢であることから血栓溶解療法や下大静脈フィルターの挿入は行わず、抗凝固療法を行いました。左下腿の血栓は消失し、徐々に安静度を上げても疾患の増悪なく第20病日に退院となりました。

PEについての総説は今回は割愛させていただきますので、各自成書を御参照ください。

心電図変化がPEの在院日数に影響を与えるという報告はいくつかありますが、PEの診断において心電図は感度・特異度ともに高くはありません。かと言って不要な検査では決してなく、心電図から右心負荷の所見を読み取ることが重要になります。右心負荷の所見としては以下のようなものが挙げられます。


・洞性頻脈
・前胸部誘導の陰性T波
・新出の右脚ブロック
・前胸部誘導のST変化(上昇または低下)
・SⅠQⅢTⅢ(Ⅰ誘導での深いS波、Ⅲ誘導での異常Q波、T波の陰転化)
・右軸偏位
・V1誘導での高く尖ったR波
・V1誘導での尖ったP波
・aVF誘導の陰性T波
・時計方向回転
・心房細動

これらの心電図変化は急激に流出路が閉塞されることにより右室がゆがみ、右室の心膜が過伸展したり、伝導路の右脚や心筋細胞に伝導遅延が生じることによりみられます。

最初は心電図の所見が何もなくても、経時的に右心負荷の程度によって上記の所見が出現します。そのため、心電図は繰り返し記録し、新出の所見を見逃さないようにしましょう。

上記の所見の中でも洞性頻脈、前胸部誘導の陰性T波は高頻度に認められます。下壁誘導と前壁中隔誘導で同時に陰性T波が見られた場合は虚血性変化を思いがちですが、急性に生じた右室負荷を意味し、PEを鑑別に挙げるべきです。

SⅠQⅢTⅢは教科書的によく出る所見ですが、実際の臨床の場では頻繁に認められる所見ではありません。また、PEのみに認められる所見でもなく、急性気管支攣縮・気胸・急性肺障害・一時的な左脚後枝ブロックでもみられます。あくまでも右室負荷による結果なのです。ちなみに異常Q波はⅢ誘導だけでなく、aVF誘導でもみられ、心筋梗塞でみられる異常Q波(>0.04秒)より狭いです。

PEの心電図所見については以下のような報告があります(Eur Respir J 2005;25:843-848)。

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ここでもう一度今回の心電図を見てみましょう。

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この心電図から読み取れる所見はSⅠQⅢTⅢ、aVF陰性T波、V1不完全右脚ブロック、V1-4陰性T波、時計方向回転です。またV1誘導で二相性P波を認めますが、今回の症状との関連は不明です。みなさんの回答ではこれらの所見がすべて挙げられていました。さすがEMAのみなさんですね!

ちなみに、下記のようなscoringもあり、3点以上で右室負荷の可能性が高い(感度:76%、特異度:82%)ようです (Am J Cardio 2007;100:1172-1176)。

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・SⅠQⅢTⅢ=肺塞栓症ではありません!
・前胸部誘導と下壁誘導の陰性T波は肺塞栓症を鑑別に挙げましょう!
・心電図は右心負荷の程度を示唆するツールです。
・繰り返し心電図を取り、新たに認める所見を見逃さないようにしましょう!

というわけで、5月の心電図でした。

<参考文献>
1) Galen S. Wagner Marriott’s Practical Electrocardiography 11th edition : p219-220
2) Amal Mattu et al. ECGs for the Emergency Physician
3) UpToDate : Diagnosis of acute pulmonary embolism
4) Theodore C Chan et al. Electrocardiographic manifestations: pulmonary embolism. The Journal of Emergency Meidcine 2001;21(3):263-270
5) A. Geibel, et al. Prognostic value of the ECG on admission in patients with acute major pulmonary embolism. Eur Respir J 2005;25:843-848
6) Geno Merli Diagnostic assessment of deep vein thrombosis and pulmonary embolism. The American Journal of Medicine (2005) vol.118(8A), 3S-12S
7) 原 耕平ら 急性肺塞栓症の診断、治療過程におけるベッドサイド検査の有用性—心電図、心エコーを中心として− 日本臨床生理学会雑誌 vol.35, No.2, 2005
8) 安田 正之ら 心電図の読み方-肺塞栓症と肺性心- 診断と治療 2006;vol.94(9):175-179
9) Mehrdad Seilanian Toosi, et al. Electrocardiographic Score and Short-Term Outcomes of Acute Pulmonary Embolism. Am J Cardiol 2007;100:1172-1176
10) James M. Hunt, et al. Clinical Review of Pulmonary Embolism: Diagnosis, Prognosis, and Treatment. Med Clin N Am 95(2011)1203-1222