2020.01.17

[解説] 心電図23:3月心電図 23歳女性 - 精神患者の不整脈と言えば?

皆さま、色々な回答をありがとうございました!
まず第1週の皆さんの回答の集計です。

質問1.この症例でどんな疾患を疑いますか?

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質問2.心電図を読む際にどういったポイントに気をつけますか?

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精神科通院歴から薬剤に注目して下さった方が多く、具体的に薬剤(中毒)名を挙げて下さった方も複数いらっしゃいました。他にも、てんかん・痙攣後、精神疾患の既往から肺塞栓、致死的なものとしてVF・VT・TdP等を挙げて頂きました。 EKG所見ではQT間隔をポイントに挙げて下さった方が多かったです。

今回の症例では、来院時には病歴がほとんど分からない状態でしたが、若年者の意識障害であり、また精神科通院歴も判明したことから、overdose・薬物中毒は鑑別の上位に挙がりました。
頭部CT、血液検査では、意識障害の原因となり得る特記すべき異常は認めず、トライエージではBZO(ベンゾジアゼピン)のみが陽性でした。「ベンゾで寝てるのかな」と思って様子をみていたところで、連絡の取れた家族から、内服薬の情報が得られ、三環系抗うつ薬であるクロミプラミン(アナフラニール)が含まれていることが判明しました(もちろんベンゾジアゼピンも飲んでいましたが)。
ところで以前の症例でも話題に出たように、トライエージは中毒を疑った際に簡便にできる検査ですが、偽陰性・偽陽性が多いもので精度は高くありません。TCAについても陰性だからといって中毒が否定できる訳ではありません。また他の薬物によって偽陽性だった(例えば感冒薬のエフェドリンで覚醒剤(アンフェタミン)が陽性、等々)にも関わらず、それを認識できずに鑑別が止まってしまうことにも注意が必要です。

さて、ここで今回のEKGをもう一度。そして第2週の皆さまの回答です。

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質問3.ズバリ診断は?
TCA中毒
痙攣発作後
QT延長症候群
TdP
myxoedema
過換気症候群からの低Ca血症

質問4.どういった所見が気になりますか?
ここでも「QT延長」に注目して下さった方が多かったです(QTcは延長というにはぎりぎりなので、自信がないがTCA中毒を疑う、と指摘して下さった方も)。
またaVRでのR波増高(こちらもぎりぎり3mmはないですが)に注目して下さった方もいました。

というわけで今回は、病歴にEKG所見を併せ、三環系抗うつ薬(TCA)中毒と診断した症例でした。
TCAよって治療されている患者数は減少しているものの、それらによる中毒や死亡はいまだ大きな問題であり、薬物関連の死亡の上位を占めています。特に自殺企図など故意のoverdoseは大量内服となりやすく、また他の薬剤を同時に服用することによってTCAの代謝が阻害され、毒性が増大することも問題です。

「overdose」と分かっている患者を診察する場合はもちろん、原因不明の意識レベル低下や、モニターで原因のはっきりしない不整脈を認めた場合に、以下のポイントをチェックすることでTCA中毒を疑うことができるかもしれません。
EKG所見としては、
★QRS幅の延長(心室内での伝導遅延)
★aVRにおけるR波増高(≧3mm)
が重要です。他に、
・頻脈 ・右軸偏位 ・QT延長
が挙げられます。
今回提示した実際のEKGは、右軸偏位はしっかりあるも、QTc:0.45と微妙に延長、QRS:0.094秒と長めではあるが正常範囲内、といったところですので、典型的でない所見も多いです。が、教科書的な所見ばかりでないのがERの醍醐味!というわけで、あえて実際のEKGを提示させて頂きました。
とはいえせっかくなので、以下に教科書的なTCA中毒のEKGも提示します(up to dateより)。上記所見をチェックしてみてください。

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その他、中毒の15%ほどで認めるBrugada patternは、TCAの心毒性として特異的であり、心筋伝導異常を表しているためICUでの管理が必要です。EKG異常はTCA中毒において、しばしば認めるものであり、痙攣や心室性不整脈のリスクと関与しているため、予後や急変を予測するにも有用です。特にQRS幅>100msecで痙攣のリスク増加、QRS幅>160msecで心室性不整脈のリスクが増加します。(なおQT延長自体は、致死性不整脈の予測には使えません。)
通常内服から6時間以内に出現し、36~48時間で消失します。ただし、EKG異常を認めない場合にも中毒を否定することはできないので注意してください。

中毒症状は軽微なものから、致死的な心毒性まで様々。最も一般的な症状としては意識レベル低下が挙げられ、また不整脈の中ではsinus tachycardiaが70%の患者で認める最多のものです(今回の患者さんでは頻脈は認めませんでしたが)。
overdoseによる死亡は最初の数時間に多く、昏睡・心筋の伝導遅延・上室性頻拍・低血圧・呼吸抑制・VT・痙攣などによるといわれています。また二次性の障害として、誤嚥性肺炎・低酸素脳症・低体温・横紋筋融解が起こり得ます。
ちなみにTCA中毒による意識レベル低下は、心毒性や痙攣を予測する因子です。さらに、ベンゾジアゼピンを同時に内服していることが疑われる場合にも、フルマゼニルを使用すると全般性の痙攣を誘発する恐れ(痙攣の域値を下げる)があり、使用すべきでありません。(今回もトライエージでBZOが出て、使いたくなるところです…)

治療としては、
・まず慎重な経過観察が必要です。初診時に無症状であっても、急激に悪化する可能性があるため、6時間はモニター観察しましょう。
・胃洗浄のエビデンスはありませんが、内服から1時間以内で大量の場合は考慮する場合があります。活性炭は有効と言われています。
・TCA中毒といえばメイロン(重炭酸、NaHCO3)ですが、適応は、補液にも関わらず低血圧が続く場合・心筋の伝導異常(QRS延長やBrugada pattern)・心室性不整脈を認める場合です。

不整脈自体は原因である中毒が改善されれば消失しますが、上記の通り高度なQRS延長や心室性不整脈には重炭酸を使用します。心室性不整脈に対する第二選択はリドカインですが、高容量では痙攣を誘発するので注意が必要です。また、TCA中毒による不整脈の治療に、classⅠa・ classⅠc・ βブロッカー・ class Ⅲの抗不整脈薬を使用することは禁忌。
・TCAの最も重要な作用は心でのナトリウムチャネル阻害ですが、classⅠa・classⅠcの作用機序もナトリウムチャネル阻害。これではTCAと同様の作用となってしまいます。
・TCAはαアドレナリン受容体アゴニストなので、βブロッカーは無効。
・classⅢ抗不整脈薬は充分なstudyがされておらず、かつQT延長の危険性あり。
不安定な頻脈が持続する場合は、同期下除細動も考慮されます。

・痙攣に対しては通常の対応が基本。第一選択はベンゾジアゼピン、第二選択がバルビツレートとなります。抗痙攣薬であるフェニトインは無効であること、フィゾスチグミンや重炭酸も痙攣を止めるには無効なので注意しましょう。
・また脂肪製剤(イントラリピッド)も話題の多い治療です。脂溶性の高い薬剤と血管内で結合、その活性を失わせるのが機序で、TCAにも考慮されます。

<Take Home Message>
少なくはなっているけど、大事なTCA中毒思い出そう!
突然の不整脈や痙攣に注意!しっかりモニタリング&経過観察。
メイロンが活躍するかも。伝導障害や低血圧にメイロン。

<参考文献>
Tintinalli’s Emergency Medicine: A Comprehensive Study Guide, Seventh Edition
Up to date:Tricyclic antidepressant poisoning
Neurologic Clinics Volume 29, Issue 3 (August 2011) Antidepressant Overdose-induced Seizures
Critical Care Clinics Volume 28, Issue 4 Toxidromes
ECGs for the Emergency Physician (Amal Mattu, William J. Brady)