2020.01.17

[解説] 心電図20:12月心電図 24歳男性 - 意識障害。脈拍140、血圧90/60、呼吸数20。

みなさま、今月の心電図、いかがだったでしょうか。

アンケート方式にすると、診断だけでなく治療まで、気軽にチャレンジできていいですね。まずは、症例を復習してみましょう。

24歳男性、意識障害。脈拍140、血圧90/60、呼吸数20。

まず診断はいかがでしょう?

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基本にかえって、システマチックに読んでみましょう。
1)レート:洞性(おそらく)頻脈140くらい、V1をみるとP波ありますね。→選択肢のAVRTではないですね。
2)リズム:上室性ですが、QRSは広い(intraventricular conduction delay: IVCD)。QTも延長。
3)軸:右軸偏位
4)虚血:ちょっとST低下はありそうですが、大したことはない。この血圧で意識低下という病歴ともあわない。
5)肥大:とくになし。だけどaVRちょっとおかしくないですか?そうqRパターンとなって、いわゆるterminal Rの上昇(いろいろ定義はありますが、ここでは3 mm以上)。上級編では、IのrSパターンもありますね。
そう、頻脈、QT延長、wide QRSといえば(elevated terminal R in aVRも)、三環系抗うつ薬中毒ですね。supportive careの多い中毒疾患のなかで、致死的中毒かつ拮抗薬があるものは多くはありません。しっかり覚えときましょー。

症状
その症状を簡単に復習しましょう。そう語呂はTCA! まさに三環系抗うつ薬(TriCyclic Antidepressants)のまま。
T(Tremor): 神経系ですね。この患者のような意識障害、昏睡から痙攣まで。TCAはノルアドレナリン、セロトニンの再取り込みを阻害しますもんね。
C (Cardiovascular):心血管系。アルファ受容体阻害によって低血圧を起こしますが、もっと怖いのは?そう、不整脈ですね。Naチャネルブロッカーでもありますから、QRSがどーんとのびます。
A (anti-cholinergic):ムスカリン受容体阻害によるトキシドロームです(散瞳、粘膜皮膚乾燥、発赤、腸蠕動低下などなどですね)。
さあ、治療(拮抗薬にしぼって)はどうしましょうか。

TCA中毒の拮抗薬は三つ覚えておきましょう。
とにかく怖いのはナトリウムチャネル阻害による不整脈ですよね。簡単に言えば、ナトリウムを負荷してしまえばいいわけです。というわけで治療法は、
1)重炭酸ナトリウム (血液のアルカリ化によって、TCAとタンパク質の結合も促進)
2)それでpHが7.55以上になると逆に心筋抑制がかかる可能性があるということでそうなったら、3%食塩水(23.4%食塩水を使った研究はまだなさそうです。みなさん研究はいかが?)
それでもダメ、心停止/治療に抵抗する低血圧ならどうしましょう。こうなったら近年話題の最終兵器があります。
3)イントラリピッド(1.5ml/kgボーラス数回、その後0.25ml/kg/分で継続)
そう、あの経静脈栄養で使うあれです。あの白い液体です。近年の中毒オタクの世界では非常に注目を浴び、その世界に革命を起こしつつある薬剤です。TCAのように脂溶性の高い薬剤(他にはカルシウム拮抗薬、プロプラノロールなど)と血管内で結合、その活性を失わせるのが機序。 細胞内からも薬剤を吸い取ってしまうようです。(心筋の燃料となる遊離脂肪酸を供給することという説もあり)もともとは局所麻酔薬を血管内投与して中毒になってしまった症例を、一か八かで投与した麻酔科医によって発見されました。
カルシウム拮抗薬ではそこそこのエビデンスが増えてきています(もちろん症例の少ない中毒ですから、症例報告しかありません。ランダム化試験はできませんね)。TCA中毒では、動物実験ではいい結果、人間でも症例報告が出てきています。まさに「劇的救命」みたいな症例報告です(出版されたばかり)。一読の価値あり。

Tricyclic antidepressant overdose in a toddler treated with intravenous lipid emulsion.
Pediatrics. 2011 Dec;128(6):e1628-32. Epub 2011 Nov 7.

もちろんまだ、学会からリコメンデーションの出るレベルではありません。ただ患者が死にかけていること、そのリスクの相対性低さ(脂肪塞栓があるかもと言われる)から、臨床状況によっては勧める中毒スペシャリストは多いようです。
救急外来を守る医師ならば、中毒も大事ですね。
タイムリーなことに、今年10月号CHESTは中毒のさらっとしたサマリーがあります。よかったらどうぞ。
Toxicology in the ICU: Part 1: general overview and approach to treatment.
Toxicology in the ICU: Part 2: specific toxins.
Toxicology in the ICU: part 3: natural toxins.