2020.01.17

[解説] 心電図29:9月心電図 78歳女性 - 発熱、呼吸苦。

質問に寄せていただいた回答をご紹介し解説したいと思います。1週目のは35名の方、2週目は19名の方に回答いただきました。

質問1 この症例で(検査以外に)まず何を準備しますか?
経皮ペーシング、アトロピン、除細動器、挿管セット、心電図モニターの5つがほとんどでした。

質問2 心電図を読む前にどのような点に気をつけますか?

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質問3 どういった所見が気になりますか?
徐脈、T波増高、補充収縮、P波消失、Narrow QRS、QT延長、前胸部のPoor R progression、Junctionalリズムで徐脈であること、といった回答が寄せられました。

それでは今回の症例の心電図を振り返ってみましょう。

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代表してⅡ誘導を見てみますと、
・P波の消失
・RR間隔整
・HR 45bpm
・ST変化なし
という所見が得られるかと思います。

心電図所見から考えられることを整理すると、徐脈ですので洞徐脈、洞停止、心房細動、洞房ブロック、房室ブロック、高カリウム血症などが考えられます。P波の消失ということからは、まず洞性徐脈は否定的で、PQ延長やP波とQRSが無関係になる洞房・房室ブロックも否定的となります。心房細動(Af)はどうかと考えるとAfならRR間隔の不整があるはずですが、それも認められません。したがって何らかの原因で洞停止が起こっているのだと考えられます。

洞停止の心電図
医学生向けに解説をしますと、ペースメーカーである洞停止でなぜ心室の収縮(QRS)が起きているのかというと、補充収縮という現象が起きているからと考えられています。心臓の興奮伝導を「会社組織」によく例えられます。会社には社長がいて、社長からの命令を部長がまとめて社員に指示を出して運営されるものです。社長の支持が社員に届かない状態をどこかでブロックが起きていると言い、このまま部長や社員が何もしなければ利益が上がらず会社は赤字(Adams-Stokes症候群)になったり、倒産(死亡)してしまいます。この場合命令を出す社長とは心房、命令をまとめて伝達する部長は房室接合部、社員は心室です。
会社が倒産するかもしれないと思った部長や社員は社長の命令が届かなくても(社長が死んでいるか、ぼーっとして仕事をしない状態)自主的に仕事をしてなんとか会社を存続させようとします。この動きを補充収縮といいます。部長が支持を出して社員が働けば、房室接合部で興奮が起きて心室収縮が起きている房室接合部調律(Junctinal rhythm)。部長もダメで社員だけが頑張っている状態を心室性補充調律(Idioventricular rhythm)と言います。通常社長がダメなら部長が頑張るのと同様に心臓でもほとんどの場合は房室接合部調律です。
余談ですが社長から部長へ指示が届かない状態を洞房ブロック、部長から社員へ指示が届かない状態を房室ブロックと言います。
さて、この症例の心電図ではP波が全く見えませんでした。細かく言いますと房室接合部調律でもP波(この場合逆行性P波)が見える場合があります。それは房室接合部のどこで興奮が起きているかによります。

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図の通り房室接合部の中心で興奮が起きた場合はP波とQRSが重なるためP波の消失という現象が起きます。頻度からすると心室性補充調律より房室接合部調律のほうが高く、今回は房室接合部調律疑いとなりました。他にP波の消失が起きるのは高カリウム血症がありますが、一般的に高カリウム血症ではQRSの拡大やT波の先鋭化がありますが、採血結果からも高カリウム血症は否定的でした。

さて残りの質問の回答です。
質問4 どの薬剤投与を考えますか?

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質問5 次にどのようなアクションをとりますか?

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洞不全症候群(SSS)の対応
こういった洞停止による徐脈などを洞不全症候群(Sick Sinus Syndrome)と言います。原因としては虚血性病変、炎症(心筋炎、心膜炎)、心筋症、外科手術などの機械的圧迫、腫瘍、アミロイドーシス、ヘモクロマトーシス、遺伝性、変性疾患など様々です。リスクファクターとしては65歳以上、心筋梗塞の既往、降圧薬・抗不整脈薬の内服、高カリウム血症、甲状腺機能低下症、SAS、先天性心疾患術後、代謝異常があります。臨床症状としてはめまい、動悸、眼前暗黒感、失神、心不全などがありモニタリングを継続しつつ薬剤投与を試みます。使用する薬剤は第一に硫酸アトロピンで、効果が乏しいとき交感神経作動薬のイソプロテレノール※などを使用し、心拍数が90bpm以上になるか、投与前の30%以上増加するかを見ます。薬剤に反応なければ一時的ペースメイキングが必要となりますし、薬剤投与前にスタンバイペーシング(パッドを貼っておく)も必要でしょう。また、薬剤に反応がない場合、循環動態が不安定な場合は早急に循環器科医にコンサルトしましょう。この症例では硫酸アトロピン0.5mg静注には反応なくイソプロテレノール0.01〜0.03μg/kg/min投与により心拍数70bpmまで増加しました。投与後の心電図です。

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※心筋酸素需要を増大させるため虚血性心疾患を疑った場合は循環器と相談

投与後ではP波はありますがST変化はなく、PQ延長からⅠ度の房室ブロック所見です。その後、頭部MRIにて脳梗塞が認められSSSによる心原性脳梗塞および心不全としてICU入院となり、循環器科にて後日ペースメーカー埋め込みとなりました。

Take Home Message
・徐脈性不整脈ではP波の消失の有無から鑑別が大きく絞り込める
・心電図では心房(社長)、房室接合部(部長)、心室(社員)のどこで興奮が起きているのかを判読する
・SSSでの対応はスタンバイペーシング、薬剤投与。治療不応性や血圧が低いときはすぐに循環器科医Callを!

参考文献
・Gabriel Gregorators, Sick Sinus Syndrome. Circulation. 2003;108:e143-144
・Semelka M, et al; Sick sinus syndrome: a review. Am Fam Physician. 2013 May 15;87(10):691-6