2020.07.16

2020/07/16文献紹介

EMA文献班の関根&大林です。

今回の文献紹介は、
① 重症消化管出血に対するトラネキサム酸投与(HALT-IT)
② 若年女性は公共の場でCPAになるとAED使用されにくい?!
③ 開放骨折は2時間以内に抗菌薬投与!
④ mTBIはCTによる層別化で安全に管理できる!
をお送りします。

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① HALT-IT Trial Collaborators.
Effects of a high-dose 24-h infusion of tranexamic acid on death and thromboembolic events in patients with acute gastrointestinal bleeding (HALT-IT): an international randomised, double-blind, placebo-controlled trial.
Lancet. 2020 Jun 20;395(10241):1927-1936.
PMID: 32563378

重症消化管出血に対するトラネキサム酸の二重盲検RCT(HALT-IT)が発表されました。
症例集積開始から6年以上の月日をかけて発表された研究であり、結果を心待ちにしていた方も多いことでしょう。

背景として、上部消化管出血に対するTXA投与に関して、コクランのsystematic review・meta-analysis(7研究、計1,654症例)では、かなり総死亡率を下げる(RR 0.61, 95%CI 0.42-0.89; p=0.01)とされていましたが、症例数が少ないことなどが課題でした。
今回のRCTはその課題を解決するような、重症消化管出血を対象とした大規模なRCTです。

本研究は、15カ国 164施設で行われ、成人の重症消化管出血 1万2千人が対象となっています。
介入群は、loading doseとしてTXA1g+生食100mlを10分かけて投与された後に、maintenance doseとしてTXA3g+生食1Lを24時間かけて投与されます。
primary outcomeは5日以内の出血による死亡です。

5日以内の出血による死亡率はTXA群・placebo群でいずれも4%(RR 0.99, 95%CI 0.82-1.18)でした。
有害事象では、DVTやPEなどの静脈塞栓症(0.8% vs 0.4%; RR 1.85; 95%CI 1.15-2.98)、けいれん(0.6% vs 0.4%; RR 1.73; 95%CI 1.03-2.93)がTXA群で発生率が高くなっていました。

期待されていた死亡率減少効果はなさそうで、有害事象が増えるという、今までTXAを投与してきた医師にとっては残念そうな結果です。
今回の結果を踏まえると、すべての消化管出血に対してとにかくTXAを投与するというpracticeは見直す必要がありそうです。

が、しかし、気になることが2つあります。

まず、TXAの投与量がずいぶん多いですね!
ER診療でも、外傷(1gボーラス、8時間で追加1g)や分娩後出血(1gボーラス、出血持続で1g追加を反復)でTXA投与しますが、それらと比べても、投与量が多く、治療時間も長いですね。
たくさん長く投与しても効果がなさそうだともとれますが、有害事象も多くなってしまいそうな気もします。
私自身はTXA 4g投与した経験がありませんが、心臓外科領域では50mg/kgを超えると痙攣リスクが高くなるという報告もすでにあるようですね。[PMID: 31307381]

次に、対象症例の約半数は肝疾患による食道静脈瘤出血が疑われています。
これは、普段の診療対象と比べるとずいぶん多く感じます。地域によって肝疾患・静脈瘤有病率は異なるかもしれませんが、みなさまの地域ではどうでしょうか?
静脈瘤破裂などの大出血にはTXA効かなさそうですし、肝硬変症例の線溶異常が静脈血栓症のリスクを増やしているかもしれません。

これらのことをふまえると、HALT-ITの結果だけで消化管出血にTXA投与しなくなるのは尚早な気もしますね。

また、早期投与が推奨されている外傷や分娩後出血とは異なり、消化管出血は発症時間を断定しにくいということも重要です。
消化管出血の中でも、対象を限定すれば効果を期待できるかもしれません。

みなさまの施設では、practiceの変化はありましたか?

② Kiyohara K, et al.
Gender disparities in the application of public-access AED pads among OHCA patients in public locations.
Resuscitation. 2020 May;150:60-64. Epub 2020 Mar 19.
PMID: 32199903

“15〜49歳の女性の院外心停止はAEDを装着してもらいにくい”という文献です。

最近、院外心停止に関する性別差の問題をよく耳にしますね。
EMA文献班でも、2019/6/22 に“18~64歳の女性がCPRを受けにくい”という内容の文献を紹介しました。[PMID: 30922691, 著者は文献班アドバイザーの松山匡先生]
その文献では、All-Jpan Utstein Registryに登録された目撃ありの成人心停止について、傷病者の性別や心停止が発生した場所によるCPR実施率が評価され、公共の場では、傷病者を18~64歳に絞ると実施率は女性で低く(調整オッズ比 0.86; 95% CI 0.74-0.99)なっていることが明らかにされました。
また、他の日本の文献で、“学校における心停止で、女子の方がAED使用されにくい”という報告あります。[PMID: 31150086]

今回の文献は、大阪市の院外心停止registryを用いて、2011〜2018年の間に公共の場で起きた心停止のうち、家族や救急隊員に目撃されたものを除いた傷病者を対象としています。

8年間で21,971例の院外心停止が登録されており、対象となったものは4,358例(男性3,313例、女性1,045例)で、13.9%にAEDが装着されていました。
15歳未満、50〜74歳、75歳以上の傷病者では、AED装着率に男女差はありませんでしたが、15〜49歳では女性で装着率が悪かったようです。(12.1% vs 5.2%; 調整オッズ比 0.54, p = 0.032 )

この文献も踏まえて、BLS普及させるためには、蘇生のために服をはだけさせても罰せられることはないことや、衆人環視の中でAED使用する際は人の壁を作って視線を遮るなどのコツを伝えていくことが大事なようです。

とはいえ、本文献でのAED装着率は、たった13.9%であり、これも改善の余地ありです。

ちなみに、全国の救急隊員が搬送した心停止傷病者は127,718人、心原性心停止で“一般市民”による目撃があるものは25,756例です。
そのうち、一般市民によってAEDで除細動されたものは、1,254例(4.9%)だそうです。(総務省消防庁:令和元年版救急・救助の現況)

女性へのAED使用率を改善させるのはもちろんですが、BLS普及のために他の障壁も検討していく必要がありそうです。

③ Erika R et al.
Delay of Antibiotic Administration Greater than 2 Hours Predicts Surgical Site Infection in Open Fractures.
Injury. 2020 May 11; [Epub ahead of print]
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32482427/

「開放骨折に対する抗菌薬は2時間以内に投与しよう」

 

開放骨折における術後の手術部位感染(SSI)は、骨癒合の遅延や障害を長引かせる重篤な合併症で、これまでにも予防的抗菌薬は3時間以内に投与する、といった推奨がありました。SSIの発生率は、患者特性、外傷の程度などと関連していますが、これらの他に介入することが可能な治療因子とも関連しています。例えば、抗菌薬投与までの時間、手術室での洗浄やデブリードマン、陰圧閉鎖療法、皮弁による早期の軟部組織被覆などです。

この研究では、米国のレベル1外傷センターでの診療品質改善を目的に、患者特性、外傷の程度、その他の治療因子を調整した上で開放骨折患者における抗菌薬の静脈内投与(以下、抗菌薬投与)までの時間と術後90日以内のSSI発生率を検証しました。
対象となったのは2013年から2017年の間で、筆者らの施設の救急外来を受診し整形外科で治療された四肢の開放骨折です。これらのすべてをレトロスペクティブレビューし、入院中に抗菌薬の静脈内投与の記録がない症例、受傷後24時間以上経過してから受診した症例、デブリードマンが入院後24時間以上経過して実施された症例、経過観察が30日未満だった症例が除外されました。
患者特性として、アルコール関連障害、薬物乱用、喫煙などを調べ、外傷の程度として骨折部位やISS、術中所見に基づいたGustilo分類などを抽出しました。
開放骨折患者が450例、そのうち230例が組入基準を満たしました。除外された多くの理由はデブリードマンまで24時間以上かかっている、入院中に抗菌薬投与が行われていない、フォローアップが30日未満でした。
230例のうち23例が術後90日以内にSSIを発症しました。(深在性 14例、表在性 9例) 単変量解析では、喫煙(ハザード比=2.7, 95%CI[1.2-6.1])、薬物乱用(ハザード比=2.9,95%CI[1.2-7.5])がSSIと関連していましたが、ISSや糖尿病、アルコール関連障害などはSSIと有意な関連はありませんでした。
年齢や喫煙、薬物乱用を調整した上で解析したところ、救急外来受診から抗菌薬投与までの時間閾値120分がSSIと最も強く関連しており、抗菌薬投与までの時間≦120分と比較して、抗菌薬投与までの時間>120分のSSI発生に対するハザード比は2.4でした。

今までの研究結果を支持する結果となりましたが、この研究の強みは救急外来受診から抗菌薬投与までの時間を分単位で解析し、潜在的な交絡因子を管理した点にあります。ただし、あくまで正確な受傷時間でなく救急外来を受診した時間からの経過であることや、一部の骨折の形態やより重症なGustilo型の症例が少ないことで、検出力が不足した可能性があります。
今後研究が進めば、病院前での抗菌薬投与ということが始まるかもしれません。
あと、結果の中でGustilo1型では他の型に比べて、明らかに抗菌薬投与までの時間が遅くSSIの発生率も高いため、開放骨折の早期認識も重要であると痛感しました。

④ Michael RA et al.
Redefining Mild Traumatic Brain Injury(mTBI) Delineates Coat Effective Triage.
Am J Emerg Med. 2020 Jun;38(6):1097-1101.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31451302/

「mTBIはCTによる層別化で安全に管理できる」

夜間にわざわざ脳外科常勤医を起こしてまでコンサルトしようか、とか、脳外科常勤医がいなくて治療介入するかわからないけど転院搬送していいのだろうか、といった具合で軽症頭部外傷(mTBI)のマネジメント困ったことはないですか?

mTBIを定義する具体的な基準は学術的なコンセンサスが不足しており、そのマネジメントや転帰に関する研究の比較が困難となっています。国際的に広く受け入れられている定義のひとつでは、受傷後のGCS 13〜15の頭部外傷で、短時間の意識消失、24時間未満の健忘、受傷前後の錯乱のいずれかを伴うものを「軽症」としています。なお、日本の外傷初期診療ガイドライン(JATEC)では受傷後のGCS 14、15の頭部外傷を「軽症」と定義しています。

これまでの研究で、mTBIの患者で実際に脳神経外科医の治療介入が必要となることは極めて稀であることはわかっていましたが、その中で治療介入を予測するような知見はありませんでした。そのためmTBIのマネジメントにおいて、不必要な移送のための患者の不便、医療コストなどが問題となっています。
そこでこの研究では、新たなCT画像基準を用いることによりmTBIを再定義し、脳神経外科医の治療介入を必要とする重症群の特定が試みられました。

mTBIの臨床基準を鈍的頭部外傷後に一過性意識消失または健忘を伴うGCS13〜15の患者と定義し、2014年1月から2016年1月までの2年間に米国外科学会認定のレベルⅠ外傷センターで頭部CTを撮影した18歳以上のmTBIが対象となりました。(転院搬送症例も含まれる)

mTBIの新たなCT基準は以下のとおりです
(1) 以下のうち2つ以上の所見がないものはmTBI群
 外傷性くも膜下出血(SAH)
 4mm以下の硬膜下血腫(SDH)
 4mm以下の凸状SDH(片側性)
 1cm以下の孤立性大脳皮質内出血(IPH) または挫傷
 4mm以下の側脳室内の孤立性脳室出血
(2) 上記の所見が2つ以上あるもの,または以下の所見があるものは重症群
 ミッドラインシフト
 頭蓋骨骨折
 基底槽の圧迫
 基底槽を含むびまん性SAH
 亜急性または慢性SDH

なお、頭部CTの異常所見がないものもmTBI群とされました。

研究の基準を満たした患者の医療記録をレトロスペクティブにレビューし、プライマリーアウトカムを脳外科的介入、セカンダリーアウトカムを病院の入院期間、ICU滞在期間、病院間移動のためのコストとしました。

結果、2,120人(うち外部からの転院搬送が50.5%)の患者がmTBIの臨床基準を満たし、ほとんどの受傷原因が転倒(49.3%)で、次いで交通事故(24.2%)、暴行(7.6%)でした。そのうち、1,442人がmTBIのCT基準を満たしました。
mTBI群のうち、62.7%が頭部CTで異常所見を呈しており、約70%が脳神経外科にコンサルトされ、最終的に脳神経外科の治療介入を受けたのは0.14%でした。なお、重症群では95.4%がコンサルトされ、21.1%が治療介入を受けました。mTBI群で治療介入を受けた2名(0.14%)はそれぞれリハビリテーション病院に転院してから神経学的悪化した症例とフォローアップで画像上の増悪がみられた症例でしたが、どちらも予後は良好でした。

研究の結果、mTBIをCT画像で層別化することで、CT基準によるmTBI群では急性期の脳外科的介入は不要で、神経学的モニタリングが可能な施設であれば自施設で管理する戦略をとり、患者にとって不利益な転院搬送や脳神経外科への負担を減らせると考えられます。
自施設や転院先となる施設の脳神経外科医と軽症頭部外傷の管理についてディスカッションする良い材料になるのではないでしょうか。
(転院搬送のコストについては日本と事情が異なるため割愛しました)

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 EMA文献班
 大林 正和(中東遠総合医療センター 救急科)
 関根 一朗(湘南鎌倉総合病院 救急総合診療科)