2020.07.02

2020/07/02文献紹介

文献班から東京ベイ・浦安市川医療センター 集中治療科の竪と沖縄県立中部病院 救急科の山本です。

7月に入ってしまいましたが、6月後半の文献紹介をお送りいたします。
今回、我々から4つ文献を紹介したいと思います。

まず竪から2つの文献を紹介します。

1. Mixon M, et al. Time to antibiotic administration: Sepsis alerts called in emergency department versus in the field via emergency medical services. Am J Emerg Med. 2020 Apr 11;S0735-6757(20)30236-9.

「救急隊による敗血症アラートが、救急外来での敗血症アラートと比較して抗菌薬投与までの時間を早めた」という後方視的研究です。

本研究はアメリカの同一医療圏内の4つの市中救急病院で行われました。アメリカでは年間170万人を超える患者が敗血症と診断され、26万5千人を超える患者が亡くなっています。更に2013年には約240億もの医療費が敗血症診療に使われました。敗血症の早期認知・治療が最重要課題であるのは周知の事かと思います。

救急隊による敗血症アラートは、「SIRS2項目以上に、臓器障害の所見(SpO2<90%、意識障害、SBP<90mmHgもしくはMAP<65mmHg)が加わった」場合に、搬送先の病院にアラートが伝えられ、その後に同病院の検査科と薬剤部のスタッフにも連絡が行くようになっています。

救急外来での敗血症アラートは、トリアージナースが行います。その際もSIRS criteriaを使用しています。

結果ですが、抗菌薬投与までの時間は、救急隊による敗血症アラート群が48.5分、救急外来での敗血症アラート群が65分で、救急隊による敗血症アラート群が有意に短かったです。

SIRS criteriaを使用している点や、プレホスピタルで臓器障害の所見を捉えるのは困難であり、今回の項目では比較的重症の敗血症しか拾い上げられない点はlimitationになると思います。更に抗菌薬の1時間以内の投与の是非に関しては議論のある点ではあります。また今回はSIRS criteriaを用いていますが、qSOFAを用いるのか、アラート基準の標準化も必要です。残念ながら抗菌薬の早期投与が予後の改善につながりませんでしたが、敗血症の予後改善のためにプレホスピタルの時点から取り組んでいく姿勢は非常に重要であり、今後の研究に期待したいと思います。

2. Pagnucci N, et al. REDUCING PAIN DURING EMERGENCY ARTERIAL SAMPLING USING THREE ANESTHETIC METHODS: A RANDOMIZED CONTROLLED CLINICAL TRIAL. J Emerg Med. 2020 Apr 27:S0736-4679(20)30163-3.

「動脈血液ガス採取の際の3つの疼痛対策を比較検討した」イタリアの単施設のRCTです。

皆さんは動脈血液ガス採取の際に疼痛対策を行っていますか?行っていない方が大半ではないでしょうか?実はWHOのガイドラインで、救急外来やICUなどの重症患者診療の場における局所麻酔の投与が、標準診療の項目として含まれています。しかしリドカインによる局所麻酔が鎮痛なしと比較して有意差を示せなかったり、その効果に関しては明らかでなく、実臨床ではあまり普及していないようです。

今回は凍結鎮痛(アイスバッグ200gを3分間当てる)、麻酔クリーム(リドカインとプリロカインの配合であるエムラクリームを塗ってドレッシング材で1時間覆う)、メピバカインの皮下注射、鎮痛なしの4群で比較検討しています。疼痛の指標はNRSを使用しています。使用した動脈血液ガスキットには22G、メピバカインの皮下注射には30Gの穿刺針を使用しています。

結果ですが、凍結鎮痛とメピバカイン皮下注射が鎮痛なしと比較して有意に疼痛を減らしました。疼痛対策に必要なコストも調査していて、NRSを1つ減らすのに必要なコストは凍結鎮痛が最も低かったです(0.03ユーロ)。メピバカイン皮下注射では約0.4ユーロでした。更にメピバカイン皮下注射自体の痛みについても評価していて、鎮痛なし(NRS 6相当)と比べて著明に低い(NRS 1相当)という結果でした。ちなみに初回成功率はいずれの群も95%以上で、有意差はありませんでした。

私自身も動脈血液ガス採取を受けた事があり、相当に痛かったのを記憶しています。今回のRCTも踏まえると、鎮痛なしの動脈血液ガス採取が相当に疼痛を与える処置であり、凍結鎮痛かメピバカインなどの局所麻酔薬を使用した皮下注射による疼痛対策を取る必要があると思われます。緊急性を考慮すると、局所麻酔薬の皮下注射が現実的でしょう。ちなみに超重症患者は今回除外されています。余裕がある場合には動脈血液ガス採取の際の疼痛対策を考慮してみて下さい。

ここからは後半です。山本から2つ文献を紹介したいと思います。

3. Manian FA, Hsu F, Huang D, et al. Coexisting Systemic Infections in Patients Hospitalized Because of a Fall: Prevalence and Risk Factors. J Emerg Med. 2020;58(5):733-740. doi:10.1016/j.jemermed.2020.01.018

「転倒で救急外来を受診した患者に感染症の合併を考慮する際、問診とバイタルサインは大切である」

ERでは転倒で受診する患者をたくさん見ると思います。その中で転倒の原因に注目することはとても大切なことですね。

ある研究では65歳を超える高齢者の1/3が転倒を経験しており、その30%が入院になるようです。
様々な転倒の原因があると思いますが、感染症も重要な原因の1つです。私の文献紹介の1つ目は転倒でERを受診し、入院した患者の感染症の合併(coexisting systemic infections (CSIs))を調べた単施設の後ろ向き研究です。

この研究はMassachusetts General Hospitalで行われました。2015年の1/1から9/30の9ヶ月間に救急外来を転倒で受診した成人患者が対象で、1456例を評価対象としています。痙攣で転倒したり、事故や暴力によるものなどは除かれています。

CSIと診断されたのは303例(20.8%)、一番多かったのはUTIで54.8%でした。

48時間以内にCSIと診断されたものの、当初救急外来でCSIを疑われなかったのは98例(32.5%)いました。

骨折の有無はCSIと関連がありませんでした。

一方で、CSIと関連があった因子は、

直近7日内の新規症状 OR3.0
SIRSの基準 OR2.9
混乱あり OR3.0
年齢≧50歳 OR5.6
転倒後起き上がれない OR2.1
でした。

ちなみに直近7日以内の新規症状とは

脱力感、めまい、頭痛、ふらつき、混乱、食欲不振、呼吸困難、咳嗽、発熱、悪寒、排尿困難、起床困難

です。

多変量解析の結果、入院後の死亡と関連があったのは、脳出血の合併(OR 5.8)、菌血症(OR 7.9)、肺炎(OR 3.5)、心疾患(OR 2.2)でした。

単施設、後ろ向き研究であることで他施設に当てはまるとは限らないこと、一部変数は統一された記録がされていないため、例えば”転倒後起き上がれない”という項目は拾い上げられない可能性があること、などを著者はlimitationとしてあげています。

結果を見てみると当たり前な項目が多いと思いますが、問診とバイタルサインがとても大切であることを改めて再認識しますね!!

検査結果に頼りすぎず、問診とバイタルサイン、これからも大切にしていきたいです!!

4. Rosen T, LoFaso VM, Bloemen EM, et al. Identifying Injury Patterns Associated With Physical Elder Abuse: Analysis of Legally Adjudicated Cases [published online ahead of print, 2020 Jun 10]. Ann Emerg Med. 2020;S0196-0644(20)30210-9. doi:10.1016/j.annemergmed.2020.03.020

「上下肢に外傷がなく、鎖骨より上に外傷がある場合、高齢者虐待のヒントかもしれない」

転倒関連でもう一つ文献を紹介いたします。

高齢者虐待のケースと、偶発的な転倒の外傷の種類の違いを調べた研究です。

この研究はニューヨークの法律事務所が2001年から2014年の間に起訴に至った60歳以上の高齢者虐待100例のうち、肉眼的傷害のある78例に対して、救急外来を転倒で受診した高齢者から、78例のコントロールを抽出し検討したものです。ちなみに22例は虐待されていたものの、肉眼的障害はありませんでした。

虐待者の内訳は息子が最も多く41%、次に孫18%、そして配偶者17%でした。

虐待者と同居していたのは65%、施設入所中は2%、虐待の形式として最も多かったのは手や拳での鈍的外傷62%、押したり転倒させたりが23%でした。

患者自身で救急車を要請したケースが58%ありました。

コントロールと比較した結果、高齢者虐待は転倒に比較し

打撲痕が多い (78% vs 54%)
骨折が少ない (8% vs 22%)
ことがわかり、また損傷部位では

顎・顔面・歯・頚部 (67% vs 28%)
胸腹部・背部 (19% vs 4%)
が多く、

下肢の外傷が少ない (9% vs 41%)
ことがわかりました。

特筆すべきは、顎・顔面・歯・頚部に外傷があるのに、上下肢に外傷がないというパターンも多く見られました(50% vs 8%)。

また特に、左の頬、耳、頚部の外傷は、虐待に多い結果でした。

一方で、前腕の尺側や背側の損傷は両者で差がありませんでした (9% vs 4%)。これは身を守るための防御痕のためと考察されています。

Limitationとして、損傷がある被虐待者を対象としているため軽微な虐待や起訴が困難なケースは含まれていない可能性があること。認知機能障害がある患者や施設入所中の患者の虐待が過小評価されている可能性があること。性的虐待は考慮されていないこと。法廷用の記録を参照にしているため、被虐待者の医療記録は参照できていないこと。被虐待患者の搬送先の医療機関と、コントロールを抽出した医療機関が異なっており、両群に人種や社会経済的地位の差があるかもしれないこと。863人がコントロール群に参加することを拒否していることから、その中を含めコントロール群にも被虐待患者が含まれている可能性があること、などが挙げられています。

Limitationが多いですが、高齢者虐待に特徴的な外傷を明らかにしようとしたという点では新鮮味があります。左の頬、耳、頚部の外傷は虐待患者に多いという結果は、露骨な結果ですね(犯人は右利き??)。

虐待と向き合う可能性が多いER医としては、小児虐待だけでなく、高齢者虐待にも注目して診療したいと思いました。

6月後半の文献紹介は以上です。

これからも文献紹介をよろしくお願いいたします!!