2020/12/03文献紹介
EMA文献班の定期配信です。
救急医学会に参加された皆様おつかれさまでした。
個人的にはオンライン学会結構良かったです。スライドも見やすいですし。
さて、今回は3つの文献をご紹介します。
①スマホアプリでOHCAの予後改善
②皮下膿瘍にはLoop Drainageがおすすめ
③低Na血症を高張食塩水で治療 ボーラスvs持続静注
①Derkenne C et al. Mobile Smartphone Technology Is Associated With Out-of-hospital Cardiac Arrest Survival Improvement: The First Year "Greater Paris Fire Brigade" Experience.
Acad Emerg Med. 2020 Oct;27(10):951-962.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32445436/
スマホアプリでOHCAの予後は改善する可能性がある
2020年のAHAガイドライン改定でも携帯電話による周囲への通知は新規に推奨されています。
今回はスマホアプリである“Stay Alive”を活用し、OHCAの生存率が向上するかを検証したパリ市内の単施設観察コホート研究を紹介します。
このStay Alive(SA)は消防本部からCPAが発生した現場500m以内の登録者(Bons Samaritains:BS良きサマリア人)に通知が送られ、行ける人は現場に向かいます。また近くのAEDの置き場所も特定できます。
具体的な流れは下記の動画が分かりやすいので参考にしてください。
https://drive.google.com/file/d/1c65sr4Xz-GlR4TKB-mlo1dWtB3Z9sb5T/view?ts=5e9e810f
SAによって救助者が現場に行ってCPRをしたりAEDを持って来たものを介入群とし、SAが発動したものの救助者が現場に来ない(来れない)場合や、CPRに寄与しなかった場合を対象群として比較しています。
パリ市内の1年間のOHCA症例4107人中、SAが適切に作動したのは366人(9.8%)、介入群は46人で対象群は320人でした。
結果は介入群では入院時のROSC率が高く(48% vs 23%, p<0.001)、退院時生存率も高くなりました(35% vs 16%, p=0.004)。
救助者は平均29歳と比較的若年で、応急処置訓練を受けている人が多い集団であるので、SA起動時に介入ができればより早期のBLSを行うことができ、生命予後の改善に寄与できることは想像に難くありません。
しかしまだ普及率も多くはなく、実際に通知を受けても現場に行けるのは18%程度で、さらに処置まで行えたのは7%と低い数値ではあるのが今後の課題と言えそうです。
②Ladde J. A Randomized Controlled Trial of Novel Loop Drainage Technique Versus Standard Incision and Drainage in the Treatment of Skin Abscesses.
Acad Emerg Med. 2020 Aug 8.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32770686/
Loop drainageは従来の切開排膿に比べて治療効果は劣らず、患者の疼痛は軽減し、満足度は高くなった
皆さんは皮下膿瘍のドレナージはどのようにしていますか?通常の切開排膿は膿瘍上の皮膚を切開し、洗浄、その後込めガーゼを充填してドレナージが継続的にできるようにし、外来通院してもらって炎症が落ち着いたところでガーゼを抜去する、という流れが一般的かと思います。
今回紹介するのはLoop drainageという方法です。膿瘍の端に2カ所刺すように切開をし、洗浄後にvessel loopで緩く結んでおくという方法です。vessel loopというのは手術の際、血管などの組織を識別するために使用するシリコンの紐のことです。切開の幅も通常切開排膿より小さくなるため整容面に優れています。さらにループが結んであるので自宅での洗浄も簡単に行え、症状が改善したらループを切るだけで処置が終了するという簡便性が最大のメリットです。
本研究は従来の切開排膿とLoop Drainage(LD)の比較をした研究です。
P:救急外来で皮下膿瘍の診断を受けた患者(年齢制限なし)
I:Loop Drainageを行う(Loop群)
C:従来の切開排膿を行う(通常群)
O:10日後のフォローアップまでの治療失敗(入院、抗生剤点滴が必要になる、再度ドレナージ術を施行される)
217人が登録され109人が通常群(50%)、108人がLoop群(50%)に割り当てられました。
治療失敗は通常群で19人(20%)、Loop群で13人(13%)となりました。成人での治療失敗率は有意差はありませんでしたが、18歳以下の小児に関してはLoop群で有意に治療失敗が少なくなりました(21% vs 0%, p=0.002)。
またSecondary outcomeであった疼痛、創傷ケアの容易さ、患者満足度はLoop群で有意に良い結果となりました。
小児患者では創部を触ってしまったり、パッキングガーゼを外してしまったりと治療に支障がきたしてしまいがちですが、LDであればしっかり結ばれているので簡単には抜けません。また洗浄する際も紐をしたままで膿瘍腔内を洗えるので苦痛が少ないのでしょう。
あまり病院に通えない中年患者でも、自宅で処置が簡便であるため通院回数が減らせるかもしれません。
ちなみにvessel loopがなければ滅菌手袋の袖口の厚みのある部分を切り取って使う方法もあります(PMID: 24928539)。
どうですか?明日からやってみたくなりませんか?処置の方法はyoutubeに動画があります(https://youtu.be/df4k085Z-JM)ので参照していただければ分かりますが、そんなに煩雑な手技ではありません。
③ Baek SH et al. Risk of Overcorrection in Rapid Intermittent Bolus vs Slow Continuous Infusion Therapies of Hypertonic Saline for Patients With Symptomatic Hyponatremia: The SALSA Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2020 Oct 26:e205519.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33104189/
低ナトリウム血症に対する高張食塩水のボーラス投与は有効かつ安全
低ナトリウム血症は普段遭遇する中で最も多い電解質異常であり、ERで目にすることも珍しくありません。
重症の低ナトリウム血症は迅速な補正を必要としますが、一方で過剰補正となってしまい浸透圧性脱髄症候群ODSを発症してしまうリスクは誰もが恐れるところと思います。
本文献は症候性低ナトリウム血症の治療を高張(3%)食塩水で行った際の過剰補正のリスクを投与方法(速度)で比較した韓国の研究です。
P:中等症〜重症の低ナトリウム血症患者
I:3%食塩水のボーラス投与
C:3%食塩水の持続静注
O:ナトリウム過剰補正の発生率
具体的な投与法は
ボーラス群:1回あたり2ml/kgを重症度によって回数を変えて投与
持続静注群:0.5mL/kg/hrまたは1.0/mL/kg/hrで開始し、重症度やNaの変化量に応じて流速を変更
となっておりますがやや複雑なので詳細は本文をご参照ください。
178人の患者のうち87人がボーラス投与群、91人が持続静注群に割り当てられ、
ナトリウムの過剰補正はボーラス投与群の17.2%、持続静注群の24.2%に発生し、両群間に差はありませんでした。
また、1時間以内に補正目標を達成する率はボーラス投与群で32.2%、持続静注群で17.6%とボーラス投与群の方が良好な成績でした。
ボーラス投与の実務上のメリットは、ERですぐにできることと投与量を決めるのに細かい計算が不要なことです。
各施設の皆様、救急外来に「3%食塩水の作り方」と「体重別投与量一覧表」を置きたくなりませんか?
明日からの診療の参考になれば幸いです。
EMA文献班
井桁龍平 国際医療福祉大学成田病院 救急科
川口剛史 聖マリアンナ医科大学 救急医学