2020/08/16文献紹介
EMA文献班より健生病院救急科の徳竹雅之です。
防衛医科大学校病院の山田浩平先生と8月前半の文献を紹介致します!
今回はさまざまなジャンルの文献を5つ紹介します。
①外傷性気胸に対するchest ultrasonography
②重症患者のED boarding
③D-dimer陰性の急性大動脈解離の特徴と予後
④発症から3-4.5時間以内のalteplase投与の効果(ECASS-Ⅲの再評価)
⑤血栓回収療法におけるalteplase併用は必要か
①Chan KK, Joo DA, McRae AD, et al. Chest ultrasonography versus supine chest radiography for diagnosis of pneumothorax in trauma patients in the emergency department.
Cochrane Db Syst Rev. 2020 Jul 23. [Epub ahead of print]
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32702777/
外傷性気胸が疑われる患者の診療におけるCUS (chest ultrasonography)と仰臥位での胸部X線で、気胸の診断精度を比較したsystematic reviewがcochraneから出たので紹介します。
これまでも気胸におけるCUSのreviewはありましたが、対象に自然気胸を含んでいる研究や、X線を仰臥位で撮っていない研究なども含んでおり異質性が高かったです。
今回筆者らは、救急外来での外傷診療に適用できるようにsystematic reviewを計画しました。
対象:外傷性気胸が疑われる患者(救急外来)で、①CUS、②仰臥位での胸部X線 (Xp)、③CTもしくは胸腔ドレナージ、①〜③の全てを受けた患者
比較する検査:前線の医師(主に救急医)によるCUS vs Xp
外傷性気胸の最終診断:CTもしくは胸腔ドレナージ時の所見
の条件にあう前向き研究を集めました。
primary analysisの結果のみお伝えしますと、
計9つの研究、計1271名の患者が最終的にincludeされました。実際に外傷性気胸と最終診断されたのは410名でした。
CUSは感度は0.91 (95% CI: 0.85 - 0.94)、特異度は0.99 (95% CI: 0.97 - 1.00)
Xpの感度は0.47 (95% CI: 0.31 - 0.63)、特異度は1.00 (95% CI: 0.97 - 1.00)
でした。
感度分析でもこの結果はほとんど変わりませんでした。
includeされた研究にはバイアスリスクが高いものが多いのはやや気になりますが、やはりCUSは外傷診療で欠かせませんね!
すでにJATECではeFASTでお馴染みですが、その地位はさらに確固たるものになるのでしょうか。
気胸以外はまだX線の方が良い部分もあり、うまく組み合わせて使いこなせると良いですね!
②Mohr NM, Wessman BT, Bassin B, et al. Boarding of Critically Ill Patients in the Emergency Department.
Crit Care Med. 2020 Aug;48(8):1180-1187.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32697489/
続いて、重症患者のED boardingについてのreviewを紹介します。
本研究は、SCCM (Society of Critical Care Medicine)とACEP (American College of Emergensy Physicians)の合同タスクフォースにより行われました。
ED boardingについてはまだ明確な定義はないようですが「重症患者がICUに入るまで、EDに長期滞在してしまうこと」というイメージです。
アメリカではここしばらく、EDやICUの増加は僅かなのに対し、EDを受診する患者の数や重症者の数が圧倒的に増えてしまっているという社会背景があります。EDの混雑とも似たテーマですね。
そこで、アメリカにおける重症患者のED boardingの実態を調べ、それが患者にどう影響を与えるか、解決策にはどのようなものがあるか、といったところに主眼を置いて網羅的に文献検索をしました。
定義が定まっていないので、重症患者のED boardingの発生頻度は2~88%とバラバラでした。ED滞在時間も平均が1.3~8.8時間とバラつきがあります。
ED boardingが起きると、入院後死亡率の上昇、挿管期間の延長、ICU滞在期間の延長、脳卒中患者では神経学的予後の不良、などの悪影響がこれまでに報告されています。特にED滞在6時間以上は予後が悪そうです。
この問題の解決策は色々と紹介されていましたが、中でもEDにresuscitative care unit (RCU)を設ける、という試みにスポットを当てていました。RCUの明確な定義もまだないようですが、「ICUと同様のケアを(短期間)提供できる環境」というイメージです。RCU設置により死亡率が改善したなどの報告が出始めているようです。
ですが結局のところ重症患者のED boardingの定義がはっきりしていません。
今回の検討を踏まえ、筆者らは重症患者のED boardingを①ICU入室を決定してもまだEDにいること、②ED到着して6時間以上、の2つのうちどちらか早い方と定義しました。
その上で今後さらなる研究を進め、他職種で問題解決に務める、としています。
アメリカと日本で環境が異なりますし、日本でも病院によって事情は様々ですが、早くICUに連れて行きたいのに…というシーンは少なくないと思います。
重症患者のED boardingについて考えるきっかけになれば幸いです。
③Yang G, Peng W, Zhou Y, et al. Characteristics and prognosis of acute type A aortic dissection with negative D-dimer result [published online ahead of print].
Am J Emerg Med. 2020;38(9):1820-1824.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32738476/
急性大動脈解離(AAD)は救急外来で見逃したくない疾患です。
D-dimer陰性だから完全に否定可能と考えてしまっていませんか?
確かに早期診断マーカーとして有用ですが、D-dimer陰性のAADも1.1-7.7%という頻度で報告されています。
結構多いんですね。
本研究では、D-dimer陰性のAADの特徴と予後を検討しました。
中国の単施設で行われたretrospective observational studyです。
2014年1月~2018年12月までに入院した、発症24時間以内の急性A型大動脈解離370名が対象となりました。
D-dimer未検、発症から24時間以上経過、悪性腫瘍の既往、壁内血腫がある(偽腔閉塞型大動脈解離)、妊婦は除外されています。
D-dimer<0.55μg/mLをD-dimer陰性と定義しており、D-dimer陰性:9人(2.4%)、D-dimer陽性(97.6%)でした。
多変量ロジスティック回帰分析により、D-dimer陰性のAADでは白血球低値(P=0.008; odds ratio, 0.566)、疼痛がない(P<0.001; odds ratio, 0.013)ことが特徴であることがわかりました。
血圧やHb値、駆出率は有意な差を認めませんでした。
また、D-dimer陽性群に比較して陰性群では院内死亡率は低いことがわかりました(OR=0.34, 95% CI 0.01-10.82)。
諸説あるようですが、discussionにも記載があるように解離のゆっくりな進行は疼痛がない原因となること、D-dimer値と解離腔の長さには相関関係があることが指摘されています。
よって、疼痛がないAADではD-dimer陰性になり、死亡率も低くなるというのは合点のいく説明かもしれません。
D-dimerが陰性もしくは疼痛がないから、ということを根拠に安易にAADを除外してはいけないことを再確認できました。
疼痛以外の症状や身体所見、既往歴などから総合的に考えて判断しなければいけませんね。
④Alper BS, Foster G, Thabane L, Rae-Grant A, Malone-Moses M, Manheimer E.Thrombolysis with alteplase 3-4.5 hours after acute ischaemic stroke: trial reanalysis adjusted for baseline imbalances [published online ahead of print].
BMJ Evid Based Med. 2020;bmjebm-2020-111386.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32430395/
ECASS-Ⅲは発症3-4.5時間以内の脳梗塞に対するalteplaseの有効性を検討したRCTです。
alteplaseによる機能的予後改善効果が報告された唯一の研究です。
これを根拠にガイドラインでは、発症3-4.5時間以内のalteplase投与が推奨されています。
しかし、ECASS-Ⅲでは有効性の予後を推測する変数(NIHSS:alteplase群で低い=軽症、脳梗塞の既往:alteplase群で低い)の不均衡が指摘されていました。
それらを調整し、発症から3-4.5時間以内のalteplase投与の効果を再評価したのが本研究です。
複数の分析方法を駆使して、統計学的に有意に異なっていたNIHSSと脳卒中既往の2つの交絡因子を調整したECASS-Ⅲのデータを用いて再評価が行われました。
821人が対象となり、primary outcomeとして7-90日時点での機能的予後(mRS)や死亡率、症候性脳出血発症率を設定し検討しました。
症候性脳出血はalteplase群で増加(RR 2.17; 95% CI 1.01-4.64)しましたが、それ以外の項目についてはalteplase群とplacebo群で有意差はありませんでした。
既存のガイドラインでは推奨されているものの、発症3-4.5時間以内の脳梗塞に対してalpteplase投与を行う根拠として確実な指標が揺らぎ始めています。
もう1つalteplase関連の論文を紹介します。
⑤Yang P, Zhang Y, Zhang L, et al. Endovascular Thrombectomy with or without Intravenous Alteplase in Acute Stroke.
N Engl J Med. 2020;382(21):1981-1993.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32374959/
血栓回収療法についてもalteplase併用が必要なのかどうかについては今後の動向が気になるところです。
DIRECT-MTという研究を紹介します。
中国の41施設で実施された多施設非劣性RCTです。
対象は18歳以上の成人で、発症から4.5時間以内かつCTAで内頚動脈/中大脳動脈(M1-M2)閉塞かつNIHSS≧2で、脳梗塞後遺症(mRS>2)やalteplase投与の禁忌がある患者は除外されています。
患者は血栓回収療法(EVT)施行前に、EVT単独群とalteplase併用群にランダム化され1:1に割り付けられました。
最終的に654人が対象となり、327人がET群、329人がalteplase併用群に割り付けられました。
primary outcomeは90日後のmRSでした。非劣性マージンはodds ratio 0.80に設定され、OR 1.07 (95% CI 0.81-1.40)となり、非劣性が証明されました。
安全性についても両群で差はありませんでした。
結果として、発症から4.5時間以内の血栓回収療法単独療法はalteplase併用療法と比較して非劣性でした。
参加辞退者が15%もおり選択バイアスがあることが否めませんし、盲検化もされていませんでした。
更なる研究は必須ですが、alteplaseのコストや出血リスクなどを考えると慎重に検討されるべき問題だと思います。
alteplase投与について再検討を行う新たなRCTが待ち望まれます。
これからの治療方法の変遷が起きるのか興味深いです。