2020/4/1 文献紹介
沖縄県立中部病院救急科の山本 一太です。
1日過ぎてしまいましたが、3月後半の文献紹介です。
新しい年度になり、勤務先が変更になった方もいらっしゃいますね。またCOVID対策で忙しくされている先生方も多いと思います。
今回はCOVID以外の興味深い文献を準備いたしました。
前半は山本から2文献を後半は飯塚病院集中治療科の竪から2文献をご紹介いたします。
①Sippola S, et al. Quality of Life and Patient Satisfaction at 7-Year Follow-up of Antibiotic Therapy Appendectomy for Uncomplicated Acute Appendicitis: A Secondary Analysis of a Randomized Clinical Trial. JAMA Surg. 2020 Feb 19.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32074268
“合併症のない虫垂炎に対して抗菌薬治療を行った患者(群)では,後に手術が必要となった場合,患者満足度が下がる!!”
虫垂炎に対する抗菌薬療法の選択肢は認知されていると思いますが、自分であれば抗菌薬治療を選択して後で手術になるのは嫌だな、と思ったことはありませんか?もしくはその逆で、絶対手術は嫌だ、抗菌薬で治療したいと考えたことはありますか?
本日紹介するのは、虫垂炎に対する抗菌薬療法後のQOLと患者満足度をなんと7年後に追跡した研究です!!
合併症のない虫垂炎に対する抗菌薬療法の有効性と安全性はRCT やメタアナリシスで証明されてきました。しかし成人患者の治療後長期のQOLや患者満足度を調べたRCTはありません。
本文献はAppendicitis Acuta (APPAC) trialという多施設RCTのpost-hoc analysisで、虫垂炎に対して手術or非手術療法を行った患者のQOLと患者満足度を後日調べたものです。
オリジナルのAPPAC trialでは、成人患者のCTで診断された合併症のない虫垂炎患者530人が、手術 or 抗菌薬に割り付けられました。
今回は約7年後(5.7-8.2年)に電話インタビューに答えた423人の、治療後のQOLと治療に対する患者満足度を調査しました。
結果です。
抗菌薬に割り付け(206人)→ 後に手術は81人(39%)おり、内訳は初回抗菌薬失敗14人(17.3%)、虫垂炎再発67人(83%)でした。
1年以内に手術が必要だったのは70人(86%)でした。
その後のQOLは
- 手術のみ、抗菌薬(後に手術も含む)の両群に差なし
患者満足度は
- 抗菌薬→後に手術は、手術のみ、または抗菌薬のみ、と比較し低い
という結果でした。
さらに『治療の流れと結果を知った今、振り返ると同じ治療を選ぶ?』という質問に対しては、
- 抗菌薬→後に手術は33%の人のみ選ぶと答え手術のみ抗菌薬のみと比較して『異なる治療を選択する』人が多い手術のみ: OR, 8.8; 95% CI, 4.9-15.9; P<001, 抗菌薬のみ: OR, 11.2; 95% CI, 5.6-22.2; P<001
という結果でした。
オリジナルのAPPAC trialでは患者は無作為に手術療法か抗菌薬療法に割り付けられており、患者の意思で抗菌薬のみを選択したわけではないことに注意が必要です!!
QOLは変わらなかったものの、抗菌薬療法後手術が必要となった人達の満足度は低い結果でした。この結果を受けて、今後虫垂炎再発を予測できるパラメーターを発見することが重要だと著者は結論で述べています。
この文献、患者説明で使えそうですね!!
②Arrigo M, et al. Response of restoring sinus rhythm in critically ill patients with atrial fibrillation. Am J Emerg 2020 Feb 19.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/32093960
“心外術後ICU患者の新規発症の血行動態が不安定な心房細動は、除細動しても50%くらいは血行動態が不安定なままである”
さて、次は血行動態が不安定な心房細動に対する除細動の効果に関する文献です。 ERでも血行動態が不安定な心房細動に出会うことがありますよね。そのような時に除細動を行いますか?血行動態不安定の原因が心房細動なのか、それともその結果で心房細動が起きているのか、悩ましい局面が多いと思います。
重症患者に心房細動はよく見られ、なおかつ血行動態が不安定な場合、除細動が治療の推奨です。除細動で洞調律に復帰すれば、血行動態が改善するだろう、という仮説をもとにした推奨ですが、重症患者の心房細動に対して除細動が血行動態を改善するかは、データが不足しています。
本文献はICUでの研究なのですが、血行動態が不安定な心房細動に除細動が成功した場合、その後の血行動態の変化について報告しています。
スイスの心臓外科のICUで行われた後ろ向き研究で、心臓血管外科の術後患者が対象です。著者らは2015年に別の文献で、心臓血管外科術後に新規発症した心房細動は、除細動直後の有効性は71%だが、24時間後に洞調律が維持できている患者は21%、ICU退室時に洞調律の患者は75%だったと報告しています。(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26468695)
今回もその研究を元におこなわれており、全ての患者は心臓血管外科の術後患者です。術後新規に発症した心房細動に除細動を行った患者144人のうち、除細動が成功しなかった42人と、血行動態が安定していた36人を除いた66人を対象としています。なお血行動態不安定とはノルアドレナリンを0.1μg/kg/min以上使用しているか、その他血管作動薬を使用している、と定義されました。
プライマリーアウトカムは除細動成功後6時間の時点での、ベースラインと比較したノルアドレナリンもしくは血管作動薬の必要性です。
結果です。
ベースラインのノルアドレナリン流量は0.19 +/- 0.02μg/kg/minで、67%が血管作動薬を必要としていました。
6時間後、33人(50%)は血行動態に変化なく、ノルアドレナリン流量は0.17 ± 0.02 μg/kg/min (P = 0.051) 、血管作動薬使用患者は61% (P = 0.13)でした。
除細動6時間後の心房細動の再発率は51%でした。
血行動態改善群と改善しなかった群の心房細動の再発率には差は見られませんでした48% 53%, p=0.8
まとめると、除細動が成功した6時間後、50%は血行動態に変化なし、51%は心房細動が再発、心房細動再発率は除細動後の血行動態と関連なし、という結果でした。
著者は血行動態不安定の原因が心房細動由来とは考えづらい時に、除細動を行うことを控えることを提唱する、と結論づけています。
ICUで心臓血管外科の術後患者を対象とした研究なので、そのままERには当てはめられませんが、この文献から得られる大切なメッセージは、『その血行動態不良は本当に心房細動のせい??』と考えることだと思いました!!
飯塚病院集中治療科の竪です。後半は集中治療関係の文献を2つ紹介します。
③Dube WC, et al. Comparison of Rates of Central Line-Associated Bloodstream Infections in Patients With 1 2 Central Venous Catheters. JAMA Netw Open. 2020;33e200396. Published 2020 Mar 2. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32068366/
1つ目は「機械換気を受けている重症患者で鎮静なしと浅鎮静では死亡率、ICU在室日数や人工呼吸器非装着日数に差がなかった」というRCTです。
機械換気を受けている患者に対する鎮静は人工呼吸器との同調性のために通常のケアとなっています。J-PADガイドラインでは、人工呼吸管理中は、「毎日鎮静を中断する」あるいは「浅い鎮静深度を目標とする」プロトコルのいずれかをルーチンに用いることが推奨されています。
直近20年間で鎮静薬の使用が予後を悪くするかもしれないという試験が2つ発表されました。この2つは「毎日の鎮静中断」と「中断なし」を比較したものでした。ずっと鎮静したままは覚醒遅延を招いたりするリスクがあり控えるべきという話です。ところが2010年に今回のRCTと同じグループが単施設の研究で、「鎮静なし」が「鎮静あり」と比較して人工呼吸器非装着日数、ICU在室日数、病院在院日数が短かったと発表しました。しかし死亡率に関して統計的な有意差はありませんでした。今回は「鎮静なし」が、「浅鎮静+毎日の鎮静中断」と比較して死亡率改善につながるかを検討した、多施設・多国籍RCTです。
結果ですが、今回の注目であった死亡率だけでなく、人工呼吸器非装着日数、ICU在室日数などに2群間で有意差はありませんでした。また事故抜管や中心静脈の事故抜去の発生率も有意差はありませんでした。
効果、安全性共に効果は示せませんでしたが、今回の結果を踏まえると、鎮静なしでいけるなら、安全性も問題ないし良いのではないかという解釈ができるのかなと思います。ただし、注意すべきは、今回の試験では鎮静薬として最初48時間はプロポフォール、その後ミダゾラムに切り替えており、デクスメデトミジンは推奨されなかった点、「鎮静あり」群の鎮静目標が一般的な推奨より深い点、「鎮静なし」群もRASS-1以下で推移しており、2群間で鎮静深度の差が少なかった点です。そして最も注意すべきは「鎮静なし」群もせん妄などを理由に38.4%で鎮静薬を使用した点です。
さすがに鎮静なしでは無理ですよねただ毎日の鎮静中断をすれば睡眠導入薬をどれくらい使用したのかPost Intensive Care Syndromeの発生率に差が出るのかなどは興味深く今後の試験に期待です
④Dube WC, et al. Comparison of Rates of Central Line-Associated Bloodstream Infections in Patients With 1 2 Central Venous Catheters. JAMA Netw Open. 2020;33e200396. Published 2020 Mar 2.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32129868/
2つ目は「中心静脈カテーテルが1本と2本での中心静脈カテーテル関連血流感染症(CLABSI)の発生率の比較」です。
ICUでは昇圧剤や鎮静薬・鎮痛薬などの様々な持続点滴の薬剤を使用していたり、持続的腎代替療法を導入していたりという理由で、中心静脈カテーテルが2本留置されているケースが多いです。中心静脈カテーテルが同時に2本入っている方が1本だけよりCLABSIのリスクが高いのは感覚的に当然だと思います。今回の、アメリカのジョージア州のアトランタの4病院におけるコホート試験でも、1本のみ中心静脈カテーテルが入っていた患者でのCLABSIの発生率が1.0%であったのに対して、同時に2本の中心静脈カテーテルが入っていた患者でのCLABSIの発生率が1.9%とほぼ2倍近いという結果でした。
今回この文献を紹介したのはその結果よりCLABSI発生率の報告に注目したからですアメリカではNational NetworkNHSNによって病院毎のCLABSI発生率が報告されていますアメリカでは病院毎のCLABSI発生率によって罰則金の支払いがあるので病院にとっては超重要事項ですしかし現状では中心静脈カテーテルが1本のみか2本かでその発生率の計算に関して考慮されておらず集中治療を頑張っている病院ほど同時に2本の中心静脈カテーテルが留置されCLABSI発生率が高くなって罰則金が多くなっているようです
CLABSI発生率はCLABSI発生数÷中心静脈カテーテルの総留置日数(central line-days: CLD)で計算されていますが、このCLDが、現状では、同時に2本留置されている事が考慮されておらず、例えば3日間2本留置された場合には3日間と計算されています(本文ではNHSN CLDと記載)。そうではなくて、3日間2本留置された場合には3日間×2の6日間と計算する方(本文ではtotal CLDと記載)が公平な評価につながると思われます。本文献では今後のNHSNの報告に取り入れるべきであると主張されています。
同時に2本の中心静脈カテーテルが留置されている事が多いICUでは、CLDの計算方法を変えるべきというのは妥当ですね。今後NHSNの報告、そして日本環境感染症学会(JHAIS)の報告に取り入れられる日を待ちたいと思います。
3月後半の文献紹介は以上です。
これからも文献班をよろしくお願いいたします。
山本 一太