2025.07.03

2025/07/02 文献紹介

もう気づけば7月、2025年も後半戦に入りました。
あっという間に梅雨明けしてしまった地域もあり暑い日が続いていますが、みなさん体調はいかがですか?
外に出る気も失せるような日には、涼しい快適な部屋で文献を読むなんていかがでしょうか。

今回送るのはこの3本です!

①Markides DM et al. Antibody-Drug Conjugates: The Toxicities and Adverse Effects That Emergency Physicians Must Know.
Ann Emerg Med. 2025 Mar;85(3):214-229.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39641680/
「抗体薬物複合体の有害事象を知るべし」

化学療法そのものはERで行うことはありませんが、化学療法による有害事象にはERで対応する場面が少なくありません。調べながら対応することも多いですが、抗体薬物複合体 (ADC: Antibody-Drug Conjugates)はご存知でしょうか?

抗がん剤は大まかに分類すると、細胞傷害性抗がん剤(従来薬)、分子標的薬、内分泌療法薬、免疫チェックポイント阻害薬があります。ADCはこのうちの細胞傷害性抗がん剤と分子標的薬の抗体薬を組み合わせたものになります。

ADCはがん細胞の表面にある抗原に抗体がくっつき、ピンポイントで抗がん剤を届けます。一般的には全身の副作用を軽減することが特徴かつ利点ですが、それでも副作用などがあり、その特徴を知っておくとERで早期から診断、介入が可能になります。今回の文献はそうした “ Emergency Physicians Must Know ”をまとめてくれているnarrative reviewです。

ADCの商品名としては、マイロターグ、ゼヴァリン イットリウム、カドサイラ、アドセトリス、ベスポンサ、エンハーツなどが日本で承認されています。救急現場では耳にする機会が少なく、馴染みがないかもしれません。日本では白血病、リンパ腫、乳がんが適応疾患です。

ADCは以下の3成分から構成されます:
・抗体(targeting antibody): がん細胞表面の特異的抗原に結合
・リンカー(linker): 薬物を抗体に結合し、細胞内でのみ薬剤を放出する構造
・薬物(payload): 細胞傷害性の高い抗がん剤

いくつかの観点からまとめられており、Rareだが致死的になりうる副作用として間質性肺炎、類洞閉塞症候群(SOS : Sinusoidal Obstruction Syndrome)、進行性多巣性白質脳症があります。
SOSは黄疸、腹水、肝腫大、体重増加などがみられ、急性肝不全に至ることもある重篤な副作用です。血液腫瘍の治療薬でよく知られていましたが、ADCの一部で報告されています。デファイテリオという特異的な治療薬があります。

抗体に関連する副作用として、infusion-related reaction(≒Anaphylactoid reactions), 心毒性があります。Anaphylactoid reactionsとは、IgEを介さないもののアナフィラキシー様の症状を呈する反応であり、治療方針はアナフィラキシーと同様です。

また薬物に関連するものとして、肝炎、神経毒性、血液毒性、出血、消化器毒性、腫瘍崩壊症候群があります。抗体や薬物そのものに由来しないADCの副作用として、眼毒性や皮膚障害、浮腫、高血糖なども発症しえます。これらは治療薬によっても発症のしやすさが異なります。

全てを覚える必要はありませんが、「ADCの有害事象かもしれない」と気づけるかどうかがERでの的確な対応に直結します。

②Fanet L, et al. Association of epinephrine and outcome in cardiac arrest with refractory shockable rhythm: a population-based, propensity-score matched analysis.
Crit Care. 2025 Jun 19;29(1):252.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40537836/  ※無料で読めます
「難治性VF/pVTにアドレナリンはちょっと待って」

VF/pVTに対して現行の蘇生ガイドラインでは、AHAだと2回目の除細動後にアドレナリン投与、ERCだと3回目の除細動後にアドレナリンの投与を弱く推奨しています。
しかしこれらには強い根拠はなかったため、パリ突然死専門センター(SDEC)レジストリを用いた研究が行われました。このレジストリはパリとその近郊地域に住む700万人をカバーしているレジストリです。

本研究では、2011年5月15日から2021年12月31日までに登録区域内で発生した18歳以上の院外心停止のうち、VF/pVTかつ少なくとも3回の除細動を行った症例(以下難治性VF/pVT)を解析対象とし、主要評価項目はCPC1または2の達成、副次評価項目は退院時の生存でした。

約10年間で5871人のVF/pVTがあり、データ欠損を除くと難治性VF/pVTは3163人いました。3163人のうち、2572人(81%)にアドレナリンが投与され、591人(19%)にはアドレナリンは投与されませんでした。
驚くべきことに、アドレナリン投与群でCPC1または2であったのは11%であったのに対し、アドレナリン非投与群では50%という結果でした。調整後のアドレナリン使用と良好な神経学的転帰は負の関連を示しました。(調整オッズ比:0.24、CI:0.19 - 0.31)
この結果は、傾向スコアに基づく調整や多変量回帰分析などさまざまな統計学的アプローチにおいても一貫して示されました。

アドレナリンはα1アドレナリン受容体を介して脳と冠血流を増加させる一方で、βアドレナリン受容体を介して心筋の酸素需要を増やし、不整脈を誘発するため、VF/pVTにおいては悪い結果につながっている可能性があります。
アドレナリンがどのタイミング投与されたのかがわからない、ROSCまでに時間がかかるとアドレナリン投与される機会や投与量は増えるといったバイアスがあり、観察研究ですので因果関係の推論には限界があります。しかし、難治性VF/pVTに絞ってのRCTが難しい以上、このような観察研究の結果がガイドラインを変更する可能性があるので今後も注目しておきたいですね。

③Hess KA, et al. Comparison of anticoagulation reversal strategies for warfarin associated acute gastrointestinal bleeding.
Am J Emerg Med. 2025 Apr 17:94:55-62. Online ahead of print.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40273639/ 「ワルファリン服用中の消化管出血にPCCはちょっと待って」

抗凝固療法というと、非弁膜症性心房細動の血栓予防や静脈血栓塞栓症の治療ではDOACが主流ですが、重度の腎機能障害やその他の疾患ではワルファリンが使われています。
これまでの研究で抗凝固療法の中和法としてPCCとFFPの有効性を比較したものはありましたが、消化管出血に限定した検討は多くありません。
今回はワルファリンに関連する消化管出血における中和法を比較した研究を紹介します。

メイヨー・クリニックの複数施設において、2018年から2022年に救急外来を受診して入院した以下の属性の患者を対象としました。
・18歳以上
・ワルファリン服用中
・PT-INR > 1.7
・消化管出血が強く疑われる

対象となったのは815人で、それらを中和法によってPCC群(87人、10.7%)、FFP群(105人、12.9%)、ビタミンK群(285人、34.9%)、中和なし群(338人、41.5%)に分けました。
主要評価項目は30日全死亡率、副次評価項目として7日以内の再出血や血栓イベントなどを分析したところ、PCC群でほかの群より30日全死亡率が有意に高いことがわかりました。(PCC群18.4%、FFP群6.7%、ビタミンK群4.6%、中和なし群5.6%)

確かにPCC群はABCスコア(消化管出血の短期死亡予測スコア)が高い傾向でしたが、血行動態の不安定性やICU入室といった因子を調節して解析しても、PCC群の死亡率の高さは変わりませんでした。

中枢神経系の出血などの出血性合併症に関する研究とは異なる結果になったことは非常に興味深いです。PCCが投与された患者がもともと予後の悪い基礎疾患をもっていた、PCCの迅速な拮抗が反って過凝固状態(rebound hypercoagulable state)となり予後を悪くした、またPCCを投与したことで治療者が安心してしまい追加で必要な治療を実施する意欲が低下した、といった可能性が考察では述べられていました。
PCC入れたからって安心してはいけませんね。

消化管出血におけるPCCの立ち位置については、今後の研究を待ちたいと思います。

湘南鎌倉総合病院 救急総合診療科 田口 梓
ばんどう整形外科・ファミリークリニック 大林 正和