2025/03/02 文献紹介
気温が上がってきて春の足音が聞こえる今日この頃ですが、2月後半の文献紹介です。
今回は東京ベイ・浦安市川医療センター 救急集中治療科の竪良太と山本一太から以下の3文献をお送りします。
①OHCAレジストリーを用いた、蘇生中止基準を満たすOHCA患者への病院前と病着後の介入と予後の評価
②高齢の救急患者への救急外来からの緩和ケア開始は入院率を改善するか
③ケタミン使用後の覚醒時興奮 "recovery agitation" は、投与量で差があるのか?
まずは竪から2文献です。
①Shiozumi T, et al. Evaluation of interventions in prehospital and in-hospital settings and outcomes for out-of-hospital cardiac arrest patients meeting the termination of resuscitation rule in Japan: A nationwide database study (The JAAM-OHCA Registry)
Resuscitation 2025 Feb 5; 208: 110530
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39921200/
1つ目は日本の院外心停止(OHCA: Out-hospital cardiac arrest)のレジストリーから、蘇生中止の基準を満たしたOHCA患者の病院前と病着後の蘇生介入と予後を調べた研究です。
皆様の施設では、救急隊・バイスタンダーの目撃なし、バイスタンダーCPRなし、バイスタンダーによるAED使用・救急隊による除細動なし、病院前のROSCがないCPA症例に対してどこまで処置を行い、どのタイミングで蘇生を中止していますか?
上記の症例はALS TOR ruleという世界中で用いられている蘇生中止の指標を満たしています(TOR: Termination of resuscitation)。患者の尊厳を守り、医療資源を効率的に活用するために重要な指標ですが、そもそも本邦では、海外と違って病院前でOHCA患者の蘇生中止が法律的に認められておらず、病院前のTOR ruleが用いられてこなかった背景もあり、病院到着後の蘇生については病院毎の違いが大きい可能性があります。今後ますますの高齢化と医療費の拡大が予想される状況で、TORの導入の可能性について議論するために今回の研究が実施されました。
対象患者のうち約92%が救急外来で死亡しており、約99%が30日以内に死亡している事からALS TOR ruleの陽性的中率の高さが分かります。Fig2に病着後の介入のここ7年間の変遷が示されていますが、気管挿管が顕著に減少しているのが分かります。来院してから蘇生中止までの時間は20分台後半から20分近くまで短くなっています。しかし採血とエピネフリンは減少していますが、依然として7~8割は維持しています。病院前の介入については、高度気道管理、末梢静脈路確保、エピネフリン投与のうちなぜかエピネフリン投与のみ増加していました。エピネフリン投与のための末梢静脈路確保であるという認識の広まりが関係している可能性があります。
救急外来からの緩和ケアの必要性も注目されている現在、TORの普及も検討すべき課題です。今回を契機に自施設でのOHCA患者への対応を見直してみてはいかがですか?
②Corita R Grudzen, et al. Palliative Care Initiated in the Emergency Department A Cluster Randomized Clinical Trial
JAMA 2025 Feb 18; 333(7): 599-608
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39813042/
2つ目は、先ほど1つ目の文献紹介の最後に触れた、救急外来からの緩和ケアが入院率などに及ぼす効果を調べた介入時期ランダム化前後比較試験です。
米国では65歳以上の高齢者は、亡くなる1ヶ月前に半分、亡くなる半年前に4分の3が救急外来を受診している状況がありながら、重病を抱えていて自宅でケアを受けたいと考えている高齢者のニーズに応えられていない状況があるようです。一方で緩和ケアチームを持つ病院が増えており、今後は救急外来からの緩和ケアが重要視されています。
進行癌の患者に対して、救急外来の時点で専門の緩和ケアチームが介入することで3ヶ月経過した時点でのQOLの改善を示した研究を今回の著者らと同じグループが2016年に報告しました。今回は専門の緩和ケアチームが介入するのではなく、PRIM-ER(Primary Palliative Care for Emergency Medicine)という救急外来のスタッフへの多面的介入の効果を調べました。PRIM-ERを受けるのは米国の29ヶ所の救急外来の救急医、physician assistant(医師の監督の下、医療行為を行う医療専門職で本邦にはない)、診療看護師、看護師です。具体的にはシミュレーションベースのワークショップや臨床決断サポート、フィードバックなどを実施しました。Table.1に詳細がまとめられています。対象は66歳以上の高齢者です。
結果ですが、介入前後で入院率以外にも、ICUやホスピスの利用率、死亡率に有意差はありませんでした。
今回は有意な結果は出ませんでしたが、癌性疼痛が悪化して受診したような患者は緩和ケアによる介入がどれだけあっても、入院は避けられない可能性が高く、入院率がprimary outcomeとなっている点には疑問が残ります。また本人や家族の満足度やQOLなどに関しては今回調べておらず、救急外来からの緩和ケアが大事である事は確かであるので、忙しい救急外来の場面でも診断や治療だけでなく、緩和ケアに対する意識も持っておく必要があると思われます。救急外来のスタッフへの多面的介入の方法を変えるなどした研究が今後も実施されるでしょう。
続いて、山本から1文献です。
③Türkücü Ç, et al. Comparison of the incidence of recovery agitation with two different doses of ketamine in procedural sedation: A randomized clinical trial.
Acad Emerg Med. 2025 Jan 29.
doi: 10.1111/acem.15116
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39878430/
ERでの処置時の鎮静、ケタミン好き多いですよね?ケタミンは使い勝手の良い鎮静薬ですが、覚醒時に興奮を起こすことがあり "recovery agitation"として知られています。では、recovery agitationの頻度はケタミンの投与量によって変わるのか?低用量なら興奮しにくいのか?気になりますよね!?そこで、異なるケタミンの用量(0.5 mg/kg vs. 1 mg/kg)でrecovery agitationの発生を比較したRCTを紹介します。
この研究はトルコの三次救急病院で行われ、18〜75歳の救急外来患者を対象に、鎮静が必要な手技を受ける患者108名を2つの群に無作為に割り付けました。1つは低用量群(0.5 mg/kg IV)、もう1つは高用量群(1 mg/kg IV)で、recovery agitationをRichmond Agitation-Sedation Scale(RASS)を用いて評価し、RASS +2以上を興奮ありと定義しています。
また、鎮静の深さは RASS -4 以上(深鎮静)を基準とし、初回投与から5分以内に RASS -4 に達しなかった場合、追加で最初の投与量の半量(half-dose)が投与されました。それでも RASS -4 に達しなかった場合は、試験から除外されました。
さっそく結果ですが、低用量群と高用量群でrecovery agitationの発生率に差はありませんでした。具体的には、低用量群で20.4%、高用量群で22.2%(差1.9%、95% CI -14.8% to 18.4%)でした。一方で、鎮静の持続時間にも差はなく、低用量群では21.5分(IQR 17–30分)、高用量群では20分(IQR 16.8–27分)でした。
ここまで聞くと、recovery agitationの頻度に差がなく、鎮静持続時間にも差がないなら、低用量群の方が良いのでは?と思うかもしれません。ところが、低用量群では7.4%の患者で追加投与が必要でした(高用量では不要だった)。つまり、低用量では効果が不十分なケースがあり、追加投与を行ったようです。さらに、有害事象についても、血圧・心拍数・呼吸数の変化や嘔気・嘔吐などの副作用は両群に差はありませんでした。残念ながら、追加投与をした人たちの鎮静持続時間はどうだったのか?recovery agitationの頻度に変化があったのか?などの情報は記載されていませんでした。また、追加投与後に RASS -4 に達しなかった患者は試験から除外されているため、追加投与群のデータが転帰にどう影響したのかは不明です。
さて、この結果だけで考えると、低用量で得られるメリットは少ないように感じます。しかし筆者の結論は、高用量を避けるため低用量で始めることを考えても良いかも、となっています。私には追加投与の煩わしさもあるので、効果も副作用も変わらないのであれば、多くのケースで最初から1mg/kgを投与する、で良いと感じました。もちろんn数が少ない単施設の研究ですので、この結果を鵜呑みにはできません。そして鎮静量は少ないに越したことはないと思います。そして、文献班のメンバーからも意見がありましたが、そもそもrecovery agitationを経験しないことが多いと感じます。結局この研究のみで結論は出せませんが、人それぞれ異なる解釈をしうる面白い研究だと思い紹介しました。