2023.09.03

2023/09/02 文献紹介

8月後半の文献紹介は、中東遠総合医療センター 救急科の大林と湘南鎌倉総合病院 救急総合診療科の田口がお送りします。

今回のラインナップは
①ダニ咬傷後に起こるアルファガル症候群って知っていますか?
②眼窩蜂窩織炎:7歳以下、篩骨洞炎からの波及が典型例
③眼内炎:術後眼内炎に要注意、硝子体内抗菌薬投与が必要

と3つのレビューです。ぜひ最後までご覧ください。

まずは中東遠総合医療センター 救急科の大林からこちらです。

①Macdougall JD, et al.The Meat of the Matter: Understanding and Managing Alpha-Gal Syndrome.Immunotargets Ther. 2022 Sep 15;11:37-54
 
「ダニ咬傷後に起こるアルファガル症候群って知っていますか?」

米国疾病管理センター(CDC)が出しているMorbidity and Mortality Weekly Report(MMWR)に、アルファガル症候群(Alpha-gal syndrome、以下AGS)の認知度に関する記事が掲載されました。
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/mm7230a1.htm?s_cid=mm7230a1_w
記事によると、調査に応じた1,500名の医療従事者のうち42%はAGSを知らず、35%は診断や管理について自信がないという結果でした。
かくいう私も知らなかったので、調べてみたところER医が知っておくべき疾患だと感じたので、今回2022年に出たレビュー(上記の記事で引用されていたもの)を取り上げ概説します。

AGSは哺乳類の肉および牛乳、その他乳製品や一部の医薬品に含まれるガラクトース-α-1,3-ガラクトース(アルファガル)というオリゴ糖に対するIgEが介在するアレルギー反応を特徴とする疾患です。
食餌性アレルギーのアレルゲンの大半はタンパク質であるので、糖鎖がアレルゲンとなるのは稀です。
2008年に抗がん剤のセツキシマブに対する過敏症が、2009年に哺乳類の肉に対する食餌性アナフィラキシーが、どちらも原因はアルファガルに対するIgEだったと報告されたばかりで、AGSは比較的新しい病態といえます。

興味深く重要なのは、AGSのほとんどがマダニ咬傷と関連していて、食餌性にアルファガルに感作されるわけではないということです。
そして通常の食餌性アレルギーとは異なり、食事摂取から症状の出現まで数時間かかる(長いと8時間)ことは診察医が知っておかなければならない特徴です。
(エキスパートによると、肉を食べるのは夜が多いから22時以降に来る患者が多いとか)

マダニ咬傷後のAGSを発症するリスクとして知られているのは、男性、セツキシマブおよび哺乳類由来のゼラチンを含む薬剤に対する過敏症、血液型(A型またはO型)、特発性アナフィラキシーおよび全身性肥満細胞症、生体弁などです。

症状は他の原因のアナフィラキシーと同様ですが、スウェーデンのAGS患者コホート(15名)では93%に蕁麻疹、73%に消化器症状、33%に呼吸器症状、27%に咽頭症状があったと報告されています。

検査の関係でERでの確定診断はできませんが、今まで謎の蕁麻疹やアレルギー症状が実はAGSだった、なんてことがあるかもしれません。
原因のはっきりしない、食事から時間経過したアレルギー症状をみたら、マダニに噛まれたことないですか?と聞いてみましょう。

2009年に食肉によるAGSを報告したCommins先生が書いた2020年のエキスパートレビューも無料ですので、読んでみてはいかがでしょうか?
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32571129/

続いて湘南鎌倉総合病院 救急総合診療科の田口から2つのレビューをご紹介します。

American Journal of Emergency MedicineのHigh risk and low prevalence diseases というシリーズはご存知でしょうか?
遭遇する頻度が少なく学ぶ機会が少ない、一方でhigh riskな疾患で最低限は知っておきたい、そんな救急医のツボを押さえたシリーズになります。ここから眼に関して2つの文献(レビュー)を紹介いたします。
これらはシステマティックレビューではない点に注意が必要です。

②Jessica Pelletier, et al. High risk and low prevalence diseases: Orbital cellulitis. Am J Emerg Med. 2023 Jun;68:1-9.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36893591/
「眼窩蜂窩織炎:7歳以下、篩骨洞炎からの波及が典型例」

眼窩蜂窩織炎は稀な疾患であり、まとまった知識を学んだことがない方もいるかと思います。

眼窩蜂窩織炎(Orbital Cellulitis:OC)は、眼窩隔膜よりも後方の眼球やその周囲の軟部組織の炎症を指します。目の周囲の感染症についてChandler and Jain分類があり、OCはこの分類ではGroup 2に分類されます。目の周りの皮膚の赤みだけで眼窩内病変を伴わない場合はOCとはいえません。眼窩隔膜より前方の感染として区別されます。これを眼窩隔膜前蜂窩織炎 (preseptal cellulitis:PC)とよび、分類ではGroup1とされます。

Low prevalence:
主に小児に見られる疾患です。成人では10万人に0.1人程度ですが、小児では10万人に対して1.6人程度と発症率が高くなります。篩骨洞炎は小児の43%~100%の症例でOCの原因とされます。篩骨洞は出生時に唯一発達している副鼻腔であり、7歳以下の小児における篩骨洞炎によるOCは典型例です。

High risk:
抗菌薬の使用が広まる前は、頭蓋内合併症(海綿静脈洞血栓症、頭蓋内膿瘍など)による死亡率は19%であり、20%の患者が患眼の視力を失い、13%が視力低下していました。しかし、現在では適切な治療により、OCの失明率は全体として0%に近づいています。ただし、3~11%の患者が視力の変化を経験する可能性があります。OCに関連した死亡率は1~2%程度ですが、頭蓋内膿瘍を併発した場合には40%に達します。

以下に本文から9つのpearlsをご紹介します。
・OCは、眼球や周囲の軟部組織の炎症で、最も一般的な原因は副鼻腔炎。
・眼球運動時の疼痛、眼球運動障害、光過敏、患眼を閉じると複視が消失、視力低下、色覚異常、RAPD、または眼瞼下垂がある場合、眼窩蜂窩織炎を疑う。
・採血でOCとPCの鑑別はできない。
・血液培養は陽性の可能性が低いが、全身状態が悪い場合には実施すべき。
・POCUSは、CTが遅くなる場合にOCの徴候を発見できることがある。
・OCが疑われるすべての患者において、脳および眼窩のCT(造影あり+なし)を撮像し、外科的介入を必要とする膿瘍または頭蓋内進展を評価すべき。
・CTで診断がつかないが、臨床的にOCが強く疑われる患者には、脳と眼窩のMRI(造影あり+なし: 造影が禁忌の場合はDWI)を撮るべき。
・治療には、ブドウ球菌、レンサ球菌、嫌気性菌をカバーする抗菌薬の投与と、早期の眼科受診が必要。
・OCは眼窩コンパートメント症候群を引き起こす可能性があり、その場合は外眼角切開などが必要。

③Jonah Gunalda, et al. High risk and low prevalence diseases: Endophthalmitis. Am J Emerg Med. 2023 Sep;71: 144-149.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37393773/
「眼内炎:術後眼内炎に要注意、硝子体内抗菌薬投与が必要」

眼内炎は、硝子体および房水の重篤な炎症を伴う、まれかつ視力を脅かす疾患です。原因は外因性と内因性に分かれています。外因性(コンタクト関連、硝子体注射、手術、外傷)が大部分を占めており、その他の10-15%が内因性で、血行性の感染などが原因です。
全体としては外因性の術後眼内炎が最も多く、典型的には手術後6ヶ月以内に発症します。

Low prevalence:
発生率は眼内炎の種類によって異なります。術後眼内炎の発生率は、眼科手術の0.036~0.36%です(白内障手術では0.04~0.3%、緑内障手術および眼内レンズ移植術では0.2%、前部硝子体手術では0.03%)。
眼外傷では成人の0.9~18%にみられますが、小児では5~54%とされます。

High risk:
眼内炎は失明する可能性があり、その原因、原因微生物、来院時の視力によって決まります(来院時視力が悪いほど、視力回復の可能性は低くなる)。術後眼内炎の約50%は視力0.5に回復しますが、10%は視力0.025となります。治療が遅れるほど失明のリスクは増大します。また迅速な診断と治療をしても失明することがあります。

以下は本文から9つのpearlsです。
・眼内炎は、眼内組織、特に硝子体および房水の重度の炎症を伴う感染症。
・最も一般的な病因は、手術や外傷に伴う外因性。
・高リスクの患者は、最近の眼外傷や処置の既往歴、免疫抑制、注射薬の使用、最近の眼処置、糖尿病、眼痛、視力変化など。
・静注薬の使用や留置カテーテルは真菌性眼内炎のリスクを高める。
・眼内炎の所見として重要なのは、眼の充血、眼圧低下、眼からの排膿、眼瞼または眼窩周囲の浮腫など。
・採血は診断には有用でなく、房水培養または硝子体培養が推奨。
・画像診断にはCT、MRIまたは超音波検査が含まれる。これらは疾患を示唆することはあるが、除外するために用いるべきでない。
・もし疑いがあればすぐに眼科を受診し、評価を受けるべき。
・すべてのタイプの眼内炎に対する治療には、硝子体内抗菌薬投与が含まれ、重症例では硝子体手術を考慮する。特定のタイプの眼内炎(外傷後、内因性、手術後、および真菌)では、全身的な抗菌薬の投与を推奨。