2022.10.03

2022/10/03 文献紹介

10月に入りましたが、9月後半の文献紹介をお届けします。
9月後半の担当は練馬光が丘病院の竪と聖マリアンナ医大の山本です。
ラインナップは以下の通りです。
①アナフィラキシーによる心停止
②症状発症から6時間以上経過したトロポニン値
③膵炎の輸液のRCT
それではお楽しみ下さい。

練馬光が丘病院 総合救急診療科の竪です。私からは2つの文献を紹介します。今月24日にEM allianceメンバーが執筆を担当したレジデントノート増刊号「救急診療、時間軸で考えて動く!」が出版された事もあり、時間軸に絡めた文献を選びました。

① Hanna Park, Sang-Min Kim et al.
Cardiac arrest caused by anaphylaxis refractory to prompt management: A case series and review of the literature
Am J Emerg Med. 2022 Aug 21; 61: 74-80
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36057212/

1つ目はアナフィラキシーです。最近日本のアナフィラキシーのガイドラインが改定された事はご存知かと思います。では皆さんはアナフィラキシーによる心停止を経験した事はありますか?

この論文では韓国のある3次病院内で発生したアナフィラキシーによる心停止の6症例をもとにその対応について述べています。院内での発生であるためアドレナリン筋注、抗ヒスタミン薬・ステロイドの投与がなされているにも関わらず心停止に至った症例ばかりであり、このような難治性のアナフィラキシーでは一般的な治療だけに留まらない介入を考慮すべきではないかと提案されています。今回の6症例は造影剤が4例、抗癌剤が2例ですが、静注薬が原因のアナフィラキシーは他の原因と比較して循環虚脱までの時間が短い事が報告されています。具体的な推奨項目はTable5に載っていますが、ポイントとしては「アドレナリン筋注への反応が乏しければ、集中治療医の協力を仰ぎつつ、アドレナリンの持続投与を開始する」という事です。アドレナリンの持続投与の具体的な初期投与量としてはアドレナリン1A(1mg/mL)+生食100mLを0.5~1mL/kg/hと記載されています。一般的にはアドレナリンは副作用の観点から静注については注意が必要と言われていますが、院内発症のアナフィラキシーの場合には状態悪化のスピードが速いため、通常の対応では間に合わない事があるという論点です。実際にAllergyという雑誌が昨年出した”Refractory anaphylaxis: treatment algorithm”というガイドライン(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33594699/ )があり、そこには初回のアドレナリン筋注に抵抗性のアナフィラキシーでは少量のアドレナリン静注が勧められています。

もちろんアドレナリンは筋注が原則であり、静注については副作用には十分に注意が必要ですが、院内発症で、化学療法や造影剤のように静脈内への薬剤投与が原因であり難治性の場合にはアドレナリン静注や持続静注まで考慮しなければならない可能性もあるという事は知っておくべきかと思います。

② Rahul G. Bhat, Michael V. Nguyen et al.
High sensitivity troponin – Six hours is the magic number
Am J Emerg Med. 2022 Nov; 61: 52-55
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S073567572200540X?dgcid=rss_sd_all

2つ目は急性心筋梗塞です。高感度トロポニンの登場によって心筋梗塞疑いの患者への診療アルゴリズムは大きく変化しました。2015年のヨーロッパ心臓協会(ESC)のガイドラインにおいて初めて導入された0h/1hアルゴリズムに加えて、今年には0h/30minアルゴリズムの有効性を検討したRACING-MI studyが発表されました。また単回測定でも低リスク患者の心筋梗塞除外に有効であるとう報告も今年Circulationからなされました。日本循環器学会の急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)では初回のトロポニンが正常でも症状出現からの経過時間が6時間以内の場合には、定性検査の場合には6時間後、高感度トロポニンの場合には1~3時間後に再検するよう記載されています。皆さんの施設ではどのアルゴリズムを現在使用していますでしょうか?

論文のタイトルに「6時間はマジックナンバー」とあるように、発症6時間以降の初回のトロポニン値が測定可能な3ng/lより大きいが、性別毎の99パーセンタイル値(男性なら53ng/l、女性なら34ng/l)以下である場合に安全に帰宅させる事ができるかを検討しています。1187人の胸痛を主訴に救急外来を受診し、発症6時間以降の初回のトロポニンが先程示した値の範囲内であった患者を対象にしています。758人が不整脈や虚血を疑う心電図など他の理由で入院が必要で、残りの429人は胸痛の精査のため入院しました。

758人のうち死亡やSTEMIなどの重大な心臓イベントを発症したのは30人で、NSTEMIを発症したのは7人でした。429人のうち重大な心臓イベントを発症した患者はおらず、NSTEMIを発症したのは29人でした。他に入院が必要な要素がない患者に限ると重大な心臓イベントが誰にも発症しておらず、1187人全体で見てもNSTEMI発症が36人と約3%の頻度でした。ACEP(アメリカ救急学会)が診断ミスの許容範囲として提唱している2%よりは多くなっています。しかし胸痛の精査のために入院した429人に絞ると、NSTEMIを発症した29人のうち26人は入院後に新規の胸痛から6時間以内のトロポニンが陽性となって診断されており、初回のトロポニン値で診断ミスとなったのは3人のみであるため、約0.7%の頻度でした。これは2%より十分に低い結果でした。

この結果から、症状が出現して6時間以上経過した時点の高感度トロポニン値が、3ng/lより大きく、性別毎の99パーセンタイル値(男性なら53ng/l、女性なら34ng/l)以下である場合に安全に帰宅させる事ができると結論付けています。

実際に自施設でどのようなアルゴリズムを使用するかは循環器内科医と救急医で十分に議論しておく必要がありますね。救急外来の混雑の緩和と安全性のバランスをどう見積もるかが重要です。

③ de-Madaria, Enrique et al.
“Aggressive or Moderate Fluid Resuscitation in Acute Pancreatitis.”
The New England journal of medicine vol. 387,11 (2022): 989-1000. doi:10.1056/NEJMoa2202884
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36103415/

聖マリアンナ医大の山本です。
私からは急性膵炎の輸液に関する文献を紹介いたします。

急性膵炎の初期治療は対症療法です。
そして一番重要なのは輸液です。
輸液不足は膵臓の低灌流を招き、予後不良になります。
多くのガイドラインは積極的輸液、例えばACG(American College of Gastroenterology)のガイドラインでは心血管・腎の合併疾患がなければ、最初の12-24時間に250-500mL/hrの輸液スピードを推奨しています。

さて輸液ですが、『何を入れるか』については、少なくとも生食より乳酸リンゲルが良いです。
一方で輸液をどれくらいの『量』、『スピード』で入れるかについては、質の高い研究がなく、答えがありません。
積極的輸液もやりすぎると予後悪化につながるというデータもあります。

そこで今回紹介するWATERFALL試験です。
積極的(aggressive)輸液群 vs 中等度(moderate)輸液群の多施設、オープンラベルRCTです。

対象は急性膵炎の成人患者です。
ショック、呼吸不全、急性腎不全ありの重症膵炎は除外されています。
心不全や慢性腎不全、慢性膵炎など他にも除外項目があります。

輸液のプロトコルは決まっています。
細かく紹介できませんが、
おおむね↓
・乳酸リンゲルを用いる
・積極的輸液群は20mL/kgをボーラス後、3mL/kg/hrで静注開始
・中等度輸液群はhypovolemiaがある場合のみ10mL//kgをボーラス、その後1.5mL/kg/hrで静注開始
・輸液開始後12, 24, 48, 72時間で体液量評価、hypovolemiaで追加輸液可
・追加輸液も積極的輸液群の方が多い
という感じです。

プライマリアウトカムは、Revised Atlanta Classificationでmoderately severe もしくはsevereに分類される膵炎の頻度です。

最終的に249人の患者が割り付けられました(積極的輸液群に122人、中等度輸液群に127人。
ところが、積極的輸液群で体液過剰が多く、試験は中断しました(20.5% vs 6.3%; RR 2.85; 95% CI, 1.36-5.94)。

プライマリーアウトカムに統計的な有意差はありませんでした(積極的 22.1% vs 中等度 17.3%; RR 1.28; 95% CI, 0.77-2.12)。

最初の48時間の輸液量は積極的輸液群で7.8L(IQR 6.5-9.8)なのに対し、中等度輸液群は5.5L(IQR 4.0-6.8)でした。

プライマリーアウトカムは有意差ないものの、積極的輸液群で若干多い印象です。
途中で中止になったため、十分なサンプル数が集まらず、プライマリーアウトカムに差が出なかった可能性があります。

また、体液過剰が患者の予後を悪化させることは既知です。
つまり過剰輸液は絶対避けなければなりません。
そのためには、初期輸液量やボーラス投与量を抑えることも重要ですが、頻回に体液量をアセスメントするのも重要そうです。

この研究の中等度輸液群のプロトコルを体重60kgに当てはめると、90mL/hrです。
ちょっと不安になる輸液スピードですね…(^_^;)

ショックや呼吸不全を呈している急性膵炎は除外されている点、日本のガイドラインと重症膵炎の定義が異なる点、に留意が必要ですが、日常診療へのインパクト大です。

膵炎だからといって何も考えずに多量に輸液するのではなく、
- ガイドラインよりも控えめ、少なめの量を開始
- 都度体液量評価し、過剰輸液を避ける
- hypovolemiaなら最低限のボーラス
これらを守ることが大切そうです。

9月後半の文献紹介は以上です。
これからも文献班をよろしくお願い致します。