2022/04/30 文献紹介
文献班より、4月後半の文献紹介です。
今年度より、文献班に加わりました、京都府立医科大学附属病院の中村侑暉と申します。聖路加国際病院の宮本颯真とのタッグでお送りしていきます。今後ともよろしくお願い致します。
新年度が始まり1ヶ月、異動の有無に関わらず、新しい環境に慣れ始める一方で疲れも出てくる頃ではないでしょうか。今回も興味深い文献のご紹介です。一服がてら、いかがでしょうか。
目次
①トラネキサム酸の有効性・安全性について11項目
②小児外傷に対するトラネキサム酸の有効性
③抜管後の再挿管高リスクへのNIV, HFNCの有効性
④肥満患者の再挿管予防にはHFNCよりNIVが有効?
前半の2文献はトラネキサム酸をテーマに、宮本からの紹介です。
①トラネキサム酸(TXA)使用に関するナラティブレビュー
Wang K, Santiago R. Tranexamic acid - A narrative review for the emergency medicine clinician.
Am J Emerg Med. 2022 Mar 22;56:33-44. PMID: 35364476.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35364476/
過去に文献班でも頻回に紹介させていただいているTXA投与の有効性・安全性に関してですが、適応病態は複数にわたり、知識を整理しにくいと感じることもあるのではないでしょうか。
今回、各疾患・病態ごとにTXA投与の臨床適応をまとめた文献があったので紹介いたします!
以下、11項目に関してまとめられています。
1. 産後出血
国際ランダム化試験であるWOMAN試験では明らかな死亡率の低下や有害事象の増加を認めず、サブグループ解析で3時間後の出血による死亡率の改善を認める結果となりました。その後フランスで行われたメタ解析でも出血量の低下が認められており、出血量が多い症例では死亡率を減少させうるため投与を検討しても良いかもしれません。
2. 外傷
言わずもがな、皆さんご存知かもしれません!
多量の出血を伴う外傷患者を対象にしたCRASH-2試験では、受傷してから3時間以内のTXA投与は死亡率を低下させると報告されています。一方で、3時間を超えて投与した際には有害事象が生じうる可能性を示唆されており、投与の遅れは効果の減弱に繋がると考えられています。そのため、可能な限り早くTXAを投与することが推奨されています。
3. 外傷性脳損傷(TBI)
TBIにおいては、TXAの投与による出血の拡大を軽減しICPの上昇を軽減すると期待されています。
近年行われたCRASH-3試験では、受傷から3時間以内のTBI患者に対してTXAが投与され、その有効性を検討しました。
頭部外傷関連全体ではTXAの投与の有無で死亡率に差は生じず、サブグループ分析では軽度から中等度のTBI(GCS 9‒12)の患者では頭部外傷に関連する死亡のリスクを低減することがわかりました。一方で重度のTBI(GCS 3‒8)や対光反射が失われた症例では死亡率は変わりませんでした。
他複数のRCTやメタアナリシスでも死亡率や神経学的予後の改善を示唆するエビデンスには乏しい結果となっています。
現在、軽度のTBI患者の早TXA投与の有効性を評価するために、高齢者の症候性の軽度TBIにおける抗線溶薬の臨床的無作為化(CRASH-4)試験が進行中です。(NCT04521881)
TBIに対して日常的にTXAを投与する明らかなエビデンスはありません。重症TBI以外に投与するのもなかなか現実的ではないようには思えます。
4. 外傷以外の脳内出血(ICH)
超急性期の原発性脳内出血に対するトラネキサム酸投与に関するTICH-2試験、くも膜下出血後の早期トTXA投与に関するULTRA試験、他のICHに関する複数の小規模研究からは投与による恩恵は明らかになっていません。
それらの結果を受け、現在ICHに対するTXAの投与は推奨されていません。
5. 消化管出血
上部消化管出血に関して大量TXA投与を行ったHALT-IT試験では、出血による死亡率を低下させず、血栓症などの有害事象が有意に高い結果となりました。
また、下部消化管出血に関してはまだ一定の有効性を述べる研究の報告は乏しい状態です。
一部上部消化管出血へのTXA投与によって有害事象を増加させず、再出血率の低下や再処置の減少を示唆するメタアナリシスもありますが、上部消化管出血に対して強くTXA投与を推奨するレベルではありません。
6. 鼻出血
局所TXA投与療法(500mg程度を綿に浸して鼻腔内に留置する方法)は、非侵襲的かつ低コストな治療として考慮されてきました。
ただ、2021年に最大のRCTである、鼻血における鼻パッキングの必要性を減らすためTXAの使用(NoPAC)試験が発表され、その結果により、鼻血におけるTXAの有用性についての確実性が低下しました。
NoPAC試験を含む8件の研究で1299人の患者を評価した最近のメタアナリシスでは、TXA治療を受けた患者は早期止血を達成する可能性が3.5倍高く、24〜72時間で再出血を経験する可能性が低いことがわかっています。
有害事象も少なく、考慮すべき治療として本文献では語られています。
また、本文献では取り上げておりませんが、2022年1月にAmerican Journal of Emergency MedicineにてTXAの鼻出血に対する有効性を示す報告もあります(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34763235/ )。再出血率を有意に低下させその有効性を示す結果となりました。今後は鼻出血にもTXAを考慮しても良いかもしれません!
7. 喀血
小規模な研究ではありますが、TXAの気管内噴霧も静脈内投与も死亡率の低下や出血時間の短縮など有効性を示す結果が示されています。まだ大規模な試験は行われてはいませんが、有効かつ安全な手段と考えられています。
8. 局所の粘膜出血や出血性皮膚病変
噴霧やガーゼに浸して被覆する方法など小規模で検討されていますが、いずれも有効性を示すものが多いです。血液病など出血性リスクを鑑みて、治療方法の一つとして検討しても良いかもしれません。
9. 血栓溶解薬に伴う出血
アルテプラーゼ誘発性出血に対するリバース作用を期待してのTXA投与のエビデンスには乏しいですが、理論的にはICHなど血栓溶解後の生命を脅かしうる出血では投与が妥当と考えられています。テクネプラーゼ誘発性出血に関してもTXA投与が合理的ですが、推奨するだけのデータには欠けています。
10. ACE阻害薬誘発性血管浮腫(ACEI-AE)
TXAはブラジキニン産生を妨げるカリクレイン-キニン経路への作用を期待して二次治療薬として、また安価な治療方法として提案されています。
ACEI-AEにおけるTXAの証拠は小規模な後ろ向き研究に限定(それぞれ33人、16人)されていますが、ACEI-AEの理論的病因を標的とし、安価で広く利用可能であるためTXAの単回静脈内投与は合理的である可能性があります。現時点では、挿管の回避ができる可能性も示唆されています。
11. TEG/ROTEMガイド下TXA投与
トロンボエラストグラフィ(TEG)やトロンボエラストメトリー(ROTEM)といった言葉をご存知でしょうか。
TEGやROTEMは、血小板と凝固カスケードの相互作用が評価できる分析装置であり、血液凝固線溶動態をグラフ化し、可視化して評価することが可能です。大出血が生じている際に秒単位で変わる凝固・線溶系因子を評価し、その時点でどの因子が不足しているかを明らかにすることで、実際にどの製剤を投与すべきか判明するためが判明する優れものです。最近では心臓血管外科手術などにも用いられています。
TEG/ROTEMガイド下でのTXA投与検討はまだ行われておらず今後の研究が期待される分野です。
まとめると、
有用そう:外傷
確かではないが有用そう:産後出血, TBI, 鼻出血, 喀血, 局所出血, 血栓溶解療法に伴う多量出血, ACE I-AE,
有用ではなさそう:ICH, くも膜下出血
有用ではなさそう、むしろ有害かもしれない:消化管出血
となります。
以上いかがだったでしょうか。
疾患によって更なるエビデンスの蓄積が期待されるものが多いですね。
出血源のコントロールが第一に優先されることに変わりはありませんが、血栓性合併症などは高用量でなければ生じにくいとの報告もあり(2021/11/16 文献紹介 | EM Alliance )、支持療法として病態ごとに有効性を鑑みて投与してみても良いのではないでしょうか。
②小児の外傷に対するTXA投与の有効性と安全性:システマティックレビュー・メタアナリシス
Kornelsen E, et al. Effectiveness and safety of tranexamic acid in pediatric trauma: A systematic review and meta-analysis.
Am J Emerg Med. 2022 Feb 7;55:103-110. PMID: 35305468.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35305468/
お次は小児外傷へのTXAの有効性に関してです。
今回、18歳未満でTXAを投与した外傷患者に関して検討を行った研究を対象とし、それらの人口統計、TXA投与方法(投与量, 経路)、外傷の種類・程度、結果(死亡、手術)などの項目をデータ抽出しました。
結果として、外傷性前房出血に対するTXA投与に関するものや、戦場外傷に対するTXA投与に関するものなども含め、6つの単施設研究および8つの多施設研究を合わせた14の後ろ向きコホート研究が組入れ対象となりました。うち、民間病院でのTXA投与に関するものは5つでした。
TXAの投与量に関しては、25mg/kgの反復投与や1gのボーラス投与、15mg/kgのボーラス投与後に2mg/kg/hrで8時間持続投与するものなど、研究により様々でした。
各種因子を調整した後の解析において、全体として小児に対するTXA投与は外傷における生存率の増加とは関連していませんでした (調整オッズ比[aOR]:0.61、95%CI:0.30‒1.22)。一方で、小児の戦場外傷に限ったサブセットでは生存率の増加が認められました (死亡率のaOR:0.31、95%CI:0.14‒0.68)。
TXAを受けた子供と受けなかった子供では、血栓塞栓性イベントのオッズ比に差は認めませんでした (OR 1.15、95%CI:0.46‒2.87) 。
これまでに単一のプロトコルに則って検討したものはなく、全て後ろ向きの検討で投与量もバラバラです。有用性を保証するほどのエビデンスは現状欠けており、今後の研究に期待です。
後半の2文献は抜管後の再挿管予防をテーマに中村からの紹介です。
③抜管後の再挿管高リスク患者にNIV, HFNCは有効:システマティックレビュー・メタアナリシス
Fernando SM, et al. Noninvasive respiratory support following extubation in critically ill adults: a systematic review and network meta-analysis.
Intensive Care Med. 2022 Feb;48(2):137-147. PMID: 34825256.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34825256/
ICUにおける抜管後の再挿管回避についてのメタアナリシスです。
これまで、急性呼吸不全に対して初期挿管を回避するためのNIV(Noninvasive ventilation)やHFNC(High-flow nasal cannula)の有効性は示されてきていましたが、抜管後の再挿管回避に対する有効性には議論の余地があり、むしろ懐疑的な側面もありました。
欧米の学会では2017年、2020年に、基礎疾患のある高齢者に対する抜管後の予防的なNIVやHFNCの使用を弱く推奨する指針が示されていました。
今回、36件のRCT、6806人の患者を対象としてメタアナリシスを行った結果、従来の酸素療法と比較して、再挿管のOdds ratio(OR)はNIVで0.65、HFNCで0.63と有意に減少していました。中でも、再挿管の低リスク群ではNumber needed to treat (NNT) 60であったのに対して、高リスク群ではNNT 11と、高リスク群で特に有効でした。
これは、高リスク群で、NIVを使用することがより有効であることを示しており、過去の研究結果の妥当性を強調する結果となりました。(高リスク群の定義として、「65歳以上」、「APACHE Ⅱ score>12」、「BMI>30」、「排痰困難」、「呼吸器離脱困難」、「複数の基礎疾患」、「急性/慢性心不全」、「重症COPD」、「高二酸化炭素血症」、「上気道狭窄」、「1回以上のSBT失敗」が挙げられていました。)
一方で、抜管後に呼吸不全となった後にNIVを導入しても、再挿管率は変わらず、過去の研究では再挿管が遅れるため死亡率が上昇する、と報告されています。
以上より、特に再挿管リスクの高い患者に対して予防的なNIVやHFNCが有効であり、医療資源や人的コストを限定的に使用することが期待できます。今後のガイドラインへの反映も期待されるかもしれません。
④抜管後の再挿管高リスクの肥満患者ではHFNCよりもNIVが有効:ランダム化比較試験・ポストホック解析
Thille AW, et al. Beneficial Effects of Noninvasive Ventilation after Extubation in Obese or Overweight Patients: A Post Hoc Analysis of a Randomized Clinical Trial.
Am J Respir Crit Care Med. 2022 Feb 15;205(4):440-449. PMID: 34813391.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34813391/
続いて、ほとんど時を同じくして掲載された、ICUにおける抜管後の再挿管回避についてのRCTのPost hoc解析です。
2019年に掲載された既報の論文(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31577036/)では、抜管後の再挿管予防において、NIVメイン(+HFNC)はHFNC単独と比較して、再挿管率を下げるというものでした。
再挿管リスクが高い患者に対してNIVやHFNCが望ましいようだが、肥満患者に対してNIVが特に有効なのでは?という仮定のもと再評価されました。
先程のメタアナリシス同様、過去の研究では、NIVとHFNCでは再挿管回避における有効性に差はないとされていましたが、今回の研究ではBody mass index(BMI)によって有効性が異なる、という興味深い結果となりました。
BMI>30を肥満群、29.9>BMI>25を肥満予備群、24.9>BMI>18.5を普通体重群、18.5>BMIを低体重群と分け、NIVメイン(+HFNC)とHFNC単独とで抜管7日間以内の再挿管を評価したところ、肥満群と肥満予備群でNIVの再挿管率が有意に低い結果となりました(7% vs 20% P=0.001)。
ICUでの死亡率についても、NIVで有意に低い結果となりました(2% vs 9% P=0.006)。
これは、肥満群 vs その他の体重群(BMI30を境界とする比較)などその他の群間比較では有意差が得られず、BMI25を境界として比較をした結果のみで有意差が得られるものでした。
但し、65歳以上または心疾患や呼吸器疾患を基礎疾患とする患者のみを対象としているため、全ての患者層には当てはまりません。
以上より、特に再挿管リスクの高いと思われるBMI>25の患者に対してはHFNCよりもNIVが特に再挿管回避に有効でした。
肥満であれば、肺胞虚脱による無気肺、閉塞性睡眠時無呼吸症候群などにより低換気を生じやすいため、NIVが理にかなっているという理屈で有効性が言えるのかもしれません。
異なるMajor journalからほぼ同時期に掲載されたTopicでしたが、いかがでしたでしょうか。みなさんの施設では抜管後にNIVやHFNCは導入していますか?
京都府立医科大学付属病院 救急医療科
済生会滋賀県病院 救急集中治療科
中村侑暉