2022.06.01

2022/05/31 文献紹介

5月ももう終わり、じめっとした梅雨が過ぎれば夏がもうすぐですね。
夏休みの予定でも立てながら気晴らしに文献でもいかがでしょうか。

今回は聖マリアンナ医科大学の川口先生と、国際医療福祉大学成田病院の井桁より論文紹介をさせていただきます。
前半は川口先生より「トロポニン最近の話題3選」
後半は井桁より「ECG自動解析が正常だと一安心?」「ER滞在時間が長いと予後不良?」
の以上5本でお届けします。

日々の診療の参考になれば幸いです。

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胸痛で救急外来を受診した患者の10人に1人が心筋梗塞だったという報告があります。よくある診療の流れは、問診で心血管リスクを絞り込み、エコーと心電図をやってトロポニンを測り(もちろん身体所見もとります)、時間を空けてトロポニンをフォローして… でしょうか。

今回はその「トロポニン」の測定間隔や測定自体の要否に関する文献を3つ紹介します。

①トロポニンフォローの間隔を縮められるか
Bang C et. al. Rapid Rule-Out of Myocardial Infarction After 30 Minutes as an Alternative to 1 Hour: The RACING-MI Cohort Study. Ann Emerg Med. 2022 Feb;79(2):102-112. Epub 2021 Dec 28. PMID: 34969529.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34969529/

2015年にヨーロッパ心臓協会(ESC)ガイドラインがNSTEMIのマネジメントとして0-h/1-hアルゴリズムを初めて紹介し、以後多くのコホート研究が行われました。

本研究はそれをさらに30分縮めた0-h/30-minアルゴリズムの妥当性を検証したものです。
デンマークで行われた単施設研究で、心筋梗塞を疑う胸痛で救急外来を受診した患者1003人が対象になりました。

半分をDerivation cohort(予測ルールを作成するための集団)、残り半分をValidation cohort(妥当性を検証するための集団)に分け、
各cohortの患者はさらにトロポニン値の初回値と変化量が低い方から順にRULE-OUT-ZONE, OBSERVATIONAL ZONE, RULE-IN-ZONEに分類されました。
Derivation cohort群の500人はRULE-OUT-ZONEの240人中0人が心筋梗塞、OBSERVATIONAL ZONEは212人中4人、RULE-IN-ZONEは48人中40人でした。

心筋梗塞を除外する感度と陰性的中率、心筋梗塞を診断する特異度と陽性的中率を比較すると、
・0-h/30-min
感度100% (95%CI 92.0% to 100%) 陰性的中率100% (98.5% to 100%) 特異度96.7% (94.7% to 98.2%) 陽性的中率72.2% (58.4% to 83.5%)
・0-h/1-h
感度100% (95%CI 92.0% to 100%) 陰性的中率100% (98.5% to 100%) 特異度97.2%(95.2% to 98.5%) 陽性的中率75.5% (61.7% to 86.2%)
となり、0-h/30-minアルゴリズムは0-h/1-hアルゴリズムと同程度の精度で心筋梗塞を除外/診断できるという結果でした。
大きな注意点として、対象患者が胸痛を発症してから来院するまでの時間の中央値が6時間もあったことが挙がります。病院へのアクセスが比較的容易な日本の医療現場にこのルールをそのまま適用するには注意が必要そうです。

余談ですが、国の患者・市民登録システムのおかげで30日後のフォローアップが可能(他の病院で心筋梗塞と診断されたりしていないかどうかがわかる)だったり「国内の医療体制が均質」と明言できるデンマークってすごいですね。。。

②トロポニン測定1回だけで判断できるか
Sandoval Y et. al. Rapid Exclusion of Acute Myocardial Injury and Infarction with a Single High Sensitivity Cardiac Troponin T in the Emergency Department: a Multicenter United States Evaluation. Circulation. 2022 May 10. Epub ahead of print. PMID: 35535607.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35535607/

高感度トロポニンTの単回測定で急性心筋梗塞を除外する研究はこれまでにも複数報告されていますが、その多くは欧州の基準値5ng/Lが用いられており、米国の基準値6ng/Lでは評価が出来ませんでした。本研究は高感度トロポニンTの基準値を6ng/Lにしても心筋梗塞を除外できるかどうかを調べた研究です。

米国メイヨークリニック関連施設の救急外来22箇所での多施設研究で、高感度トロポニンTの値が6ng/L未満だった11,962例が対象となりました。
そのうち24時間以内に心筋障害と診断されたのは146例(1.2%)で、陰性的中率98.8% (95%CI 98.6, 99.0)、感度99.6% (95%CI 99.5, 99.6)でした。

サブグループ解析では、心電図に虚血性変化がない群において30日後の急性心筋梗塞発症または死亡に対する陰性的中率は99.8%、感度は99.3%でした。

筆者らはこの結果を救急外来患者に適用することで、全患者の約30%、胸部不快を訴える患者の約41%を速やかに心筋梗塞の低リスクと判断できると試算しています。

高感度トロポニンTが測定感度以下であった群の平均年齢47歳が他の群と比べて若いこと、本邦においては測定できる高感度トロポニンTの基準値は0.01ng/mL(10ng/L)台が多いことから、こちらの研究結果も現場にそのまま適用するのは難しいかもしれません。

③トロポニンを測らなくても判断できるか
Todd F, et. al. Identifying low-risk chest pain in the emergency department without troponin testing: a validation study of the HE-MACS and HEAR risk scores. Emerg Med J. 2021 Nov 9:emermed-2021-211669. Epub ahead of print. PMID: 34753776.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34753776/

トロポニンを用いずに胸痛患者のリスク層別化をする方法に、HE-MACS (History and Electrocardiogram-only Manchester Acute Coronary Syndromes decision aid) やHEAR (History, ECG, Age, Risk factors) というスコアリングがあります。

HE-MACSは年齢、性別、客観的な発汗、ECGの虚血性変化、放散痛、疼痛に伴う嘔吐、低血圧、喫煙の有無を計算式に当てはめ、30日以内に心血管の重大な有害事象(MACE)が発生する確率を算出するもので、4%未満がvery low risk
HEARは病歴、心電図、年齢、リスクファクターをスコア化するもので、2未満がMACE発生のvery low risk
とされています。

本研究は2018年から2019年に英国の8施設の救急外来を受診した低リスクの胸痛患者629人を対象に行ったthe Limit of Detection and ECG discharge strategy (LoDED)試験の事後解析で、HE-MACSとHEARの精度をレトロスペクティブに検証したものです。

HE-MACS 4%未満は85例で、そのうち30日以内のMACE発生はゼロ。MACEを除外するための感度は100%(95%CI:91.6%~100%), AUCは0.80
HEAR 2点未満は181例で、そのうち30日以内のMACE発生は1例。感度は97.6%(95%CI:87.7%~99.9%), AUCは0.76
でした。

文献班メンバーが試しにいろんな値を入れてHE-MACSスコアをつけてみたところ、男性だと32歳以上ですでにLow risk、女性だと52歳以上でLow riskとなり、very low riskの判定を得るのは狭き門でした。
20-40代の女性の胸痛診療で活躍する…のか…?

①②③いずれも今の段階では日本のERにおける外的妥当性がまだ高いとは言えない内容でしたが、前向き研究でのデータがさらに集まるといつかブレイクスルーに繋がるのでしょうか。その日が待ち遠しい!

④Winters LJ et al. Emergent cardiac outcomes in patients with normal electrocardiograms in the emergency department.
Am J Emerg Med. 2022 Jan;51:384-387.PMID: 34823195.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34823195/

心電図自動解析で正常だと一安心?

皆さんは心電図を録ったときに出る自動解析結果をどこまで信用していますか?
基本的には補助的なものとして横目に見ている方が多いのではないかと思います。

今回紹介する論文は「心電図は正常です」と自動解析された患者が、実際にその後どうなったのかを観察した後方視的な研究です。
トリアージで心電図を録ったものを全て医師が確認していくことで、業務が中断されて効率が下がるという問題が背景としてあるようです。
心電図は自動解析ののち、循環器専門医による評価を受け、その評価との不一致があるかどうかを評価します。
Primary outcomeは緊急CAGを要した患者、Secondary outcomeは心臓負荷試験や待機的CAG/PCIとなった患者です。

2018年2月1日から2018年4月30日の間にERで行われた心電図は8306件あり、その中で正常心電図と解析されたのは1747件(21%)でした。
同一患者のものを除外などされ、最終的に989件の心電図が解析されました。

結果は以下の通りです。
心電図の自動解析が正常とされた中で、
・何らか異常だと循環器専門医が判断したのは184件(18.6%, 95%CI 16.3,21.2%)
・60件(6.1%, 95%CI 4.6, 7.7%)は臨床的に重要な変化(ST変化、虚血の可能性、陰性T波、QT延長)がありと判断された
・虚血の可能性ありと判断されたのは10人(1.0%, 95%CI 0.5, 1.9%)で、このうち4人はトロポニン未測定、6人は正常値
・リズム異常と判断された患者はいない
・緊急CAGになった患者は0件、6人の患者は待機的CAGをして、結果2人がPCIを受けた

今回の結果では心電図の自動解析が正常、となった場合は重大な虚血性イベントはほとんど起きていませんでした。
ちなみにGEのソフトで解析されており、判定する循環器専門医は特別なトレーニングはせずに個々の判断によるものなので一般化は難しいと考えます。
もちろん臨床的に重要な所見がある場合は自身でしっかり判断が必要です。

ただ自動解析が「心電図は正常です」と書いてくれると何だかホッとするような、そんな気がしました。

⑤Jones S, Association between delays to patient admission from the emergency department and all-cause 30-day mortality.
Emerg Med J. 2022 Mar;39(3):168-173. PMID: 35042695.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35042695/

ER滞在時間が長いと予後不良なのか?

救急医としては速やかに診断、初療をして入院チームに引き継ぐことが理想的ですよね。
ただ実際は各々の病院の都合によって、ER滞在時間が長くなってしまうことはよくあるのではないでしょうか。
特に昨今は“コロナPCR結果待ち”なんてことも多く、さらにER滞在時間が長くなっている実感があります。

今回の研究は24時間体制で救急医のいるイギリスの病院で、2016年4月から2018年3月までの2年間で行われた後ろ向き横断的比較研究です。
アウトカムは入院後30日以内の全死亡としています。
ER滞在時間とは、ERに到着してから入院ベッドに移動するまでの時間と定義しています。
複数回受診していた場合や、12時間以上滞在していた場合は除外されています。

約2600万人が来院し、その中で約740万人の入院が発生しました。その中で最終的に解析の対象になったのは5,249,891人でした。
30日以内の死亡が433,962人で、全体の30日粗死亡率は8.71%(95%CI 8.69%~8.74%)でした。

標準化死亡比はER滞在時間が5時間以上になると経時的にじわじわと増加する結果となりました。(Figure1が見やすいです)
死亡率が増加する原因としては下記のような内容が挙げられていました。
・治療介入が遅れてしまう
・ERのスペースが不足しているため適切でない場所に移動させられその間のケアが不十分になる
・場所の問題で高齢者のせん妄が悪化する

もちろん必ずしもER滞在時間が長いことが予後に直結するとまでは言えず、様々な因子が関与していると考えられます。
ただ予後を悪くする一つの因子としてER滞在時間があることは意識しておくと良いかと思いました。
私個人としてはどうしたらER滞在時間を短くできるか、もしくは“入院待ち”の患者さんに十分なケアを提供できるかを考えるいいきっかけになりました。
皆さんの施設ではER滞在時間を短くする工夫を何かしていますか?