2022.02.15

2022/02/15 文献紹介

聖隷浜松病院救急科の徳竹です。

今回は少し趣向を変えて、2022年1月に発表されたPLUS試験をネタに、
「重症患者に対する蘇生輸液療法の歴史」を振り返っていきたいと思います。

バレンタインでもらった義理チョコ?を食べながら気軽に読んでください!

蘇生として用いる輸液については、晶質液を第一選択として用いることはあまり異論のないところだと思います。
晶質液の中でも、生理食塩水 vs balanced crystalloids(ラクテックやPlasma-Lyteなど)は議論がある分野となっています。

近年のRCTを簡単に見ていきます。
・2015年:SPLIT試験…Plasma Lyte vs 生食
 死亡率やAKI発生率/RRT必要率に有意差なし
・2018年:SMART試験…balanced crystalloids vs 生食(ICUへ入室した患者)
 balanced crystalloids群で複合転帰(30日死亡率+新規RRT導入+腎機能障害)を改善
 敗血症では、balanced crystalloids群で30日死亡率が低下
https://www.emalliance.org/education/dissertation/20180415-journal?searched=SPLIT&advsearch=oneword&highlight=ajaxSearch_highlight+ajaxSearch_highlight1 ) ・2018年:SALT-ED試験…balanced crystalloids vs 生食(非ICUへ入室した患者)
 balanced crystalloids群で複合転帰(30日死亡率+新規RRT導入+腎機能障害)を改善
・2021年:BaSICS試験…Plasma-Lyte 148 vs 生食
 90日死亡率に有意差なし
 外傷性脳損傷では、Plasma-Lyte群で死亡率が上昇
 いずれかの輸液を333ml/hrまたは999ml/hrで投与しても、90日死亡率に有意差なし 

普段使いの輸液としては、2018年のSMART試験以降はbalanced crystalloidsを使用している施設が多いのではないでしょうか。
ただし、SMART試験では複合転帰を用いていたことがlimitationであり、それぞれの因子単独では生食との比較で有意な差はないという結果でした。
そうは言うものの、毎日使う輸液製剤のため数百万人規模の患者に適応すれば数千人規模の患者に利点が得られるという主張もあり、現在の蘇生輸液はbalanced crystalloidsに落ち着いた印象があります。

そのような風潮の中で昨年、BaSICS試験が行われました。
結果的には、balanced crystalloidsが臨床的に本当に有益か、生食を上回る利点があるか疑問を呈する形となりました。
また、外傷性脳損傷へのbalanced crystalloids使用は生食に比較して転帰を悪化させる可能性が指摘されました。
balanced crystalloidsに傾いた流れが、生食でもあまり変わらないんじゃない?という流れに押し戻された印象があります。
また同時に、投与速度により転帰が変わるかも検討されましたが有意差はありませんでした。

さらに、晶質液により死亡率やAKIなどの転帰が変わるかを検討したRCTであるPLUS試験が2022年に発表されました。

Finfer S, et al. Balanced Multielectrolyte Solution versus Saline in Critically Ill Adults.
N Engl J Med. 2022 Jan 18.Epub ahead of print.
PMID: 35041780.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2114464

オーストラリアとニュージーランドの53ICUで行われた二重盲検無作為化比較試験です。
18歳以上で3日間以上のICU入室が予想される患者が対象となりました。
外傷性脳損傷や脳浮腫のリスクがある患者は除外されているところが目新しく感じます。
これらの患者はbalanced colloidsを用いることで転帰が悪化する可能性があることがこれまでの試験で指摘されてきました。

ICUでの輸液療法として、対象となった5037人は生食またはPlasma-Lyte 148に割り付けられました。
primary outcomeは90日死亡率で、Plasma-Lyte群 21.8% vs 生食群 22.0%, OR 0.99 (95% CI, 0.86~1.14) で有意差はありませんでした。
secondary outcomeでは、RRT必要率やCre上昇が検討されましたがいずれも有意差はありませんでした。
サブグループ解析では、敗血症群においてもいずれの輸液を用いようと、死亡率への影響はありませんでした。

BaSICS試験とは同じような結果となり、SMART試験とは矛盾する結果となりました。

PLUS試験の強みとしては、
外傷性脳損傷や脳浮腫リスクがある患者が除外されていること
これまでの試験よりも多くの輸液が投与されたこと(生食群では輸液に起因すると考えられる生化学的な異常値が有意に多かった)
ER/緊急手術後の患者の割合が多く、待機的手術の割合が少なかったこと
などが挙げられます。

結局、生食が転帰を悪化させるという証拠は報告されませんでした。
コストもほとんど変わりませんし、目くじらを立てて生食を迫害(⁉)するほどbalanced crystalloidsを使う利点はなさそうです。
ただし、日本で使用されているbalanced crystalloidsよりもNa含有量が多いPlasma-Lyteという製剤が使用されており注意が必要です。
日本で同じようにbalanced crystalloidsを使うのなら低Na血症には注意が必要になるかも?(普段そこまで気にすることはありませんが)

また、PLUS試験を含むメタ分析が同時に発表されています。
https://evidence.nejm.org/doi/full/10.1056/EVIDoa2100010

バイアスリスクの低い6RCTの34450人を対象としています。
balanced crystalloids群の90日死亡のリスク比は0.96 (95% CI, 0.91-1.01) でした。
やっぱり、生食を使ってもbalanced cystalloidsを使ってもどちらでもよさそうに思います。

ここまで見てきた蘇生輸液論争の結論としては、
・輸液の種類はあまり問題ではなさそう(外傷性脳損傷には生食が良いかもしれないですが)
・輸液の投与速度はあまり問題ではなさそう

生食ないしはbalanced crystalloidsを使用して、過剰投与を避けて適切な投与量を設計することが現時点では重要です。
患者の背景や病態に応じて個別に判断する必要性が示唆されているように思います。
たとえば最近の研究(SCOPE-DKA試験)では、DKAに対して生食を用いるよりもbalanced crystalloidsを用いた方がDKAからの改善が早い可能性が指摘されてもいます(Intensive Care Med . 2021 Nov;47(11):1248-1257.)。
これからこのような病態に合った最適な輸液が模索されていくことになるんでしょうね。

個人的には外傷性脳損傷や低Na血症が問題になりそうなら生食、それ以外はこれまで通りbalanced crystalloidsを使い続けていこうかしら。

みなさんの施設ではいかがでしょうか?