2021/11/16 文献紹介
EMA文献班、聖隷浜松病院(健生病院)救急科の徳竹雅之です。
11月前半の文献紹介を防衛医科大学校病院救急部の山田浩平医師とともにお送りします。
日本救急医学会総会が迫ってきましたね!
発表の準備に追われている先生や、久しぶりの移動に胸を躍らせている先生もいらっしゃると思います。
旅のお供に文献はいかがでしょうか。
今回は2つの論文を紹介します。
➀Jiménez D, et al; SLICE Trial Group. Effect of a Pulmonary Embolism Diagnostic Strategy on Clinical Outcomes in Patients Hospitalized for COPD Exacerbation: A Randomized Clinical Trial.
JAMA. 2021 Oct 5;326(13):1277-1285.
PMID: 34609451; PMCID: PMC8493436.
COPD急性増悪では、全例にD-dimer検査をしてより積極的な肺塞栓検索を行う必要があるか?
COPD急性増悪の原因として、肺塞栓(PE)は常に鑑別にあげておかなければならない致命的な疾患です。
その有病率についてはさまざまな研究がされてきています。
COPD急性増悪で入院となった患者のうち最大で1/4がPEを合併していたという報告があり当時衝撃を受けましたが、最近の大規模な前向き研究によれば6%程度と報告されています。
上記のようにPEの有病率を求める研究が出てきてはいますが、積極的なPE検索を行うことが臨床転帰の改善に寄与するかどうかはこれまで検討されていませんでした。
これを検討したのが今回ご紹介するSLICE trialです。
2014年9月~2020年7月までの期間に行われた、スペイン18病院で実施された多施設共同非盲検無作為化試験です。
COPD急性増悪で入院した患者を対象とし、PEが初期評価の段階で臨床的に疑われた場合などは除外されています。
※そのほかの除外項目:妊娠中、CTPAが禁忌、肺炎/気胸/下気道感染の診断を受けている場合、入院時に人工呼吸器装着を要した場合
合計746人が対象となり、通常ケア群または介入群に無作為化されました。
介入群では、無作為化後12時間以内にD-dimer検査を受け、D-dimer陰性であればPE除外、D-dimer陽性であればCTPAを行いました。
それぞれの群ではCOPD急性増悪や肺塞栓に対して標準的な治療がされました。
平均70歳、女性が26%でベースラインには両群で有意差はありませんでした。
介入群では、D-dimer陰性183人(49.6%)のうち、11人にCTPAが施行され1人がPEの診断になりました。
また、D-dimer陽性186人のうち181人にCTPAが施行され、16人(8.8%)がPEと診断されました。最終的に介入群においては4.6%がPEの診断となりました。
一方、通常ケア群では、入院期間中に5人がPEを疑われ3人でPEが確認されましたがいずれも非致死性でした。
primary outcomeとして、90日以内の非致死性VTE+COPDによる再入院+死亡の複合転帰が採用されました。
介入群29.7% vs 通常ケア群29.2%であり、有意な差は認めませんでした(絶対リスク差, 0.5% [95% CI, -6.2% to 7.3%]; RR, 1.02 [95% CI, 0.82-1.28])。
secondary outcomeとして、primary outcomeの構成要素がそれぞれ比較されていますが、いずれも有意な差は認めませんでした。
より積極的にPE検索を行う戦略は、通常ケアと比較して複合転帰の患者割合を低下させないという結論になりました。
COPD急性増悪で入院が必要な患者に対してD-dimerをルーチンに検査して積極的にPE検索を行う介入は、通常ケアと比較して死亡を含む複合アウトカムを改善させないという結果であり、通常ケアで対応可能ですよというメッセージでした。
日本より高額な造影CTによる医療費が問題になる海外ならではの問題があるのでしょうか。
この研究の解釈はすごく難しいと感じました。文献班内でもさまざまな意見が出ました。
これまでの臨床では、膿性痰や肺炎像などを含む明らかな感染徴候や気胸などがない場合には本研究と同様なプロトコルで積極的にPE検索を行っていました。
しかし、この大規模研究の登場により積極的な介入不要説が出てくるのではないかと思います。
本研究の結果を重視して通常ケアを続けるのでもよいとは思います。
もしかするとCOPD急性増悪自体が予後不良であるために、肺塞栓が合併していようがいまいがアウトカムに影響を与えなかったのかもしれません。
ただしsecondary outcomeのVTE発症率や死亡率は、有意差はないものの介入群の方が低い傾向にありました。
更にサンプルサイズが大きくなれば有意な差が出る可能性があります。
常識(前提となる知識)の変遷についても考えておかなければなりません。
最近ではCOPD急性増悪には肺塞栓が一定数含まれているということは常識になっていますが、本研究が開始された2014年にはあまり常識とされていなかったかもしれません。
研究が開始された2014年と研究が終了した2020年の通常ケアとは全く異なるものであった可能性があります。
個人的には、今後も明らかな原因が指摘できない+D-dimerや造影CTを行うのが可能な状況ならば積極的な検索をこれまで通り行いたいと感じました。
原因検索をしっかり追求する姿勢は持ち続けたいものです。
さらなる研究を待ちたいです。
②Murao S, et al. Effect of tranexamic acid on thrombotic events and seizures in bleeding patients: a systematic review and meta-analysis.
Crit Care. 2021 Nov 1;25(1):380.
PMID: 34724964; PMCID: PMC8561958.
出血に対するトラネキサム酸の安全性はどうだろうか?
トラネキサム酸(TXA)は1962年に日本で開発された抗線溶薬だそうです!知らなかった!
最近の無作為化試験では、外傷や分娩後の出血患者に対するタイムリーなTXAの投与で出血死を減らすことが示されています。
改訂第6版 外傷初期診療ガイドライン JATECにおいても、補助的な止血方法として受傷3時間以内のTXA投与が転帰の改善につながると記載があります。
一方で、TXA投与は血栓症や痙攣のリスクになる可能性があることが指摘されていました。
そこで、TXAの安全性を評価する目的でsystematic review and meta analysisが行われました。
出血患者に対して、TXA静注(投与量は問わない)とプラセボまたは無介入を比較した無作為化試験が対象となりました。
出血患者は外傷/外科/産科/頭蓋内/消化管出血のいずれかでした。
合計234の研究、102681人がメタ解析の対象となり、血栓イベント、静脈血栓塞栓症、急性冠症候群、脳卒中、痙攣発症率がそれぞれ評価されました。
TXAがそれぞれのイベントを増加させるというエビデンスは得られませんでした。
・血栓イベント…RR = 1.00 [95% CI 0.93–1.08], I2 = 0%
・痙攣…RR = 1.18 [95% CI 0.91–1.53], I2 = 34%
・静脈血栓塞栓症…RR = 1.04 [95% CI 0.92–1.17], I2 = 0%
・急性冠症候群…RR = 0.88 [95% CI 0.78–1.00], I2 = 0%
・脳卒中…RR = 1.12 [95% CI 0.98–1.27], I2 = 0%
用量毎の感度分析では、2g/dayを超える使用で痙攣が増加することが指摘されました(RR = 3.05 [95% CI 1.01-9.20])。
また感度分析およびサブグループ解析では、以下のリスクがあることがわかりました。
・頭蓋内出血…血栓イベント増加(RR = 1.33 [95% CI 1.09-1.63])、脳卒中増加(RR = 1.40 [95% CI 1.05-1.86])
・消化管出血…静脈血栓症増加(RR = 1.89 [95% CI 1.21-2.96])
最近発表された大規模RCTも対象としており、サンプルサイズが非常に大きい研究でした。
TXAを適正に使うことで血栓症や痙攣などを増加させないという結果になりました。よかった~!
これからも必要なシーンを選んで自信をもって使用していこうと思います。
ただし、2g/dayを超えるような高用量投与では痙攣を増加させるため注意が必要です(標準的に外傷の際に使用する2g投与は大丈夫!)。
今やあまり主流として使用されないかもしれませんが、頭蓋内出血や消化管出血では血栓症や脳卒中が増加する可能性が指摘されました。
これからもTXAは、外傷や産科出血では頼りがいのある相棒でいてくれそうですね。