2019.04.23

2019/4/7 文献紹介

EMA文献班より東京大学SPHの宮本です。 ついに4月から新年度ですね! 私を含めて異動などで大変な時期かもしれませんが、落ち着いてきたらぜひ今回の文献紹介に目を通していただければと思います。

皆様、POCUS(Point of care ultrasonography)はご存知ですか? いわゆる「ちょいあて」エコーのことですが、今やER医にとって必須の技術になってきました。 今回はそんな「POCUS」を題材に3本の文献を紹介したいと思います。

①Diagnosis of Traumatic Eye Injuries With Point-of-Care Ocular Ultrasonography in the Emergency Department.
Ann Emerg Med. 2019 Mar 21. [Epub ahead of print] doi: 10.1016/j.annemergmed.2019.02.001.

眼外傷での超音波の感度・特異度はどれくらいなのか?


皆様、網膜剥離にエコーを使用した研究はご存知かもしれません。 しかし眼外傷では網膜剥離以外にも、眼内異物・眼球破裂・水晶体脱臼・球後出血・硝子体出血など様々な損傷が生じます。 特に多発外傷や頭部外傷を併発している際は救急医が診察する機会も多いのではないでしょうか。 今回はそんな上記6つの眼外傷に関してそれぞれの感度・特異度を調査した研究です。

イランでの単施設前向きコホート研究。約1年間で受診した眼外傷が疑われる患者を対象とした。 救急医が眼球エコーを行い、その後顔面CTおよび眼科専門医による診察を行った。顔面CTや眼科専門医による診察を基準として眼球エコーの感度・特異度を検討した。 該当患者は最初に通常の外傷診療のケアを受けるが、状態が悪くCTを行えない患者は除外された。 また、眼球破裂が明らかである患者もエコーの適応ではないため除外された。 (この文献には記載がありませんが教科書によっては眼球破裂が明らかな患者への眼球エコーは禁忌としていることもあります)

232人・351の眼が対象となった。GCS13以下の意識障害を有した患者は54.3%であった。 結果は以下の通りであった。
【眼内異物】CTと比較 感度100%(95%CI:79.4~100%) 特異度99.7%(95%CI:98.3~100%)
【水晶体脱臼】CTと比較 感度96.8%(95%CI:83.3~99.9%) 特異度99.4%(95%CI:97.8~99.9%)
【眼球破裂】CTと比較 感度100%(95%CI:39.7~100%) 特異度99.7%(95%CI:98.4~100%)
【球後出血】CTと比較 感度95.7%(95%CI:78.1~99.9%) 特異度99.7%(95%CI:98.3~100%)
【硝子体出血】眼科専門医の診察と比較 感度97.8%(95%CI:88.2~99.9%) 特異度98.7%(95%CI:96.7~99.6%)
【網膜剥離】眼科専門医の診察と比較 感度88.9%(95%CI:70.8~97.6%) 特異度100%(95%CI:98.9~100%)

眼球破裂の95%信頼区間が幅広いのは4例しか陽性例がなかったためと筆者は述べております。 また全体的に若年者が多かったため、診断能が高かった可能性があるとも述べられていました。 しかしそれを差し引いても、救急医がPOCUSとして行う眼球エコーは有用な印象がありますね。 ただし網膜剥離に限っては例外かもしれませんので注意が必要です。

では網膜剥離における眼球エコーは本当に有用ではないのでしょうか? もともと過去の文献では非常によい診断精度であると言われていた網膜剥離に対する眼球エコーですが、昨年その有用性を否定するような研究も発表されました。
(http://www.emalliance.org/education/recommend/dissertation/20180823-journal)

次の文献はそんな意見の分かれる網膜剥離に対するPOCUSとしての眼球エコーに関するメタアナリシスです。

②Point-of-Care Ocular Ultrasound for the Diagnosis of Retinal Detachment: A Systematic Review and Meta-Analysis.
Acad Emerg Med. 2019 Jan 13. [Epub ahead of print] doi: 10.1111/acem.13682.

 2018年6月までの文献を使用したシステマティックレビュー。inclusion criteriaは”網膜剥離の診断に対して超音波を行った前向き研究もしくはランダム化比較試験”として、その他の研究デザインの文献は除外した。 網膜剥離における超音波検査の診断能をprimary outcomeとした。 さらに”救急外来で行われたかどうか”、”救急医が行ったかどうか”による診断精度をサブ解析した。 結果として11個の研究、844人の患者が対象となった。11個の研究全てがRCTではなく、前向き観察研究であった。 診断能としては感度94.2%(95%CI:78.4~98.6%) 特異度96.3%(95%CI:89.2~98.4%) 陽性尤度比25.2(95%CI:8.1~78.0) 陰性尤度比0.06(95%CI:0.01~0.25)であった。ただし、publication biasはfunnel plotを根拠に低いと考えられたが、異質性検定においてI^2=59%と中等度の異質性が示された。 サブ解析として、救急医が行う眼球エコーでは感度92.0%(95%CI:67.2~98.5%) 特異度91.4%(84.9~95.3%)、非救急医(今回の文献では全て放射線科医であった)が行う眼球エコーでは感度91.1%(95%CI:67.5~98.0%) 特異度98.6%(81.7~99.9%)であった。また救急患者では感度93.9%(95%CI:78.7~98.5%) 特異度92.4%(85.6~96.1%)、非救急患者では感度74.1%(95%CI:61.0~84.7%) 特異度85.3%(75.3~92.4%)であった。

 95%信頼区間も幅広く、感度100%とは言い切れない状況で、また今回の研究微妙な結果だな…と思われた方もいるかもしれません。 ではこの結果をどのように臨床に応用すればいいのでしょうか?筆者はdiscussionで以下のように述べております。

  • 眼球エコーにおいても検査前確率は重要である
  • この研究では罹患率(検査前確率)は7.0~53.8%と様々である
  • 検査前確率が低い場合はエコーで陰性所見があれば否定できる可能性は高いが、陽性所見があっても確定診断には至らないであろう
  • 一方、検査前確率が高い場合はエコーで陽性所見があれば診断確定に近くなるが、陰性所見であっても完全に否定はできないものである
  • 例えば眼科医へ直接コンサルトできないリソースが限られた状況で、"tele-medicine"を行う際などに有用かもしれない

 いかがでしょうか?
  網膜剥離は機能的予後を大きく左右する疾患であり、眼科医へコンサルトする閾値を下げることは重要だと思います。エコーは術者の技量に大きく左右される手技ですので、今後の研究を待ちつつ、まずは一度しっかり練習してみようと思いませんか?
(※ただし、眼球エコーは通常リニアプローベで施行しますがメーカーや周波数によっては眼球内損傷のリスクがあり使用禁止となっている機種もありますので、仕様書をよく確認してから使用ください)

③"Full Stomach" Despite the Wait: Point-of-care Gastric Ultrasound at the Time of Procedural Sedation in the Pediatric Emergency Department.
Acad Emerg Med. 2018 Oct 29. [Epub ahead of print] doi: 10.1111/acem.13651.

 POCUSの波は「眼」だけにとどまらず、ついに「胃」にもやってきました!
「胃」エコーで評価するのは小児のfull stomachについてです。 アメリカ麻酔学会ではclear waterであれば麻酔導入2時間前まで摂取可能、light mealであれば導入6時間前までなら摂取可能とされています。さらに他の研究ではlight meal(350kcal)程度であれば摂取後4時間経過すれば胃は空の状態になるとも言われています。(Acta Anaesthesiol Scand 1996;40: 549-553) しかしアメリカ救急医学会(ACEP)から「手技を行う前の絶食期間は嘔吐や誤嚥のリスクとは相関しない」という要旨も発表されているのです。絶食期間が長いからと言って必ず安全とは限らないというのです。 もっと正確にfull stomachかどうかを評価したいということで、麻酔科領域ではPerlas scaleという「胃」エコーでの評価法が2009年にすでに発表されています。(Anesthesiology 2009;111: 82-9) Perlas scaleでは胃内容物を"定量的"かつ”定性的”に評価します。 定量的評価として胃前庭部の断面積(胃内容物は-7.8+3.5×断面積+年齢×0.127 で近似できるとされています)を、定性的評価としてその内容物の性状(空なのか、液体が入っているのか、固体が入っているのか)をエコーで確認します。 胃内容物が空の場合、もしくは液体で1.2ml/kg以下の場合は”full stomachではない”と判定し、固形物が入っている場合や液体でも1.2ml/kg以上の場合は"full stomach"と評価します。

 上記を踏まえて今回は小児救急領域での処置の際にいわゆる「理論的に胃が空になるであろう絶食期間」の後に果たして胃は本当に空になっているのかを評価しました。

 アメリカの小児教育病院での単施設前向き観察研究。同施設では年間800例の鎮静下処置が行われているとのこと。 2−17歳で処置時の鎮痛・鎮静を行いたい患児を対象とした。 ただし胃の消化に影響を及ぼすような消化器疾患や全身性疾患を抱えた患児、多発外傷を受傷した患児、さらに消化に影響を及ぼすような薬剤を内服している患児は除外した。 液体を摂取してから2時間、固形物を摂取してから4時間経過した時点、いわゆる「絶食状態」で術者がエコーでfull stomachか否かを評価した。またロジスティック回帰分析を用いて絶食時間の経過とfull stomachである確率を算出し、C-indexを用いて絶食期間はfull stomachか否か判断するのにどの程度役立つのかを評価した。 プローブはコンベックスを用い、体位は仰臥位かつ45度ヘッドアップしたものと、右側臥位の2つを用いた。 検者間信頼性を評価するためにエコー実施者とは別の評価者が後に、盲検化されたデータを再評価した。 なお、研究に参加した患児の親は10ドル分のギフトカードをもらうことができた。

 POCUSは以下の4段階でリスク評価し前者2つは"empty stomach" 後者2つは"full stomach"と判定した。 low risk:胃内容物がいずれの体位でも空である suggests low risk:いずれかの体位で胃内容物に液体が見つかり、かつ1.2ml/kg以下である suggests high risk:いずれかの体位で胃内容物に液体が見つかり、かつ1.2ml/kg以上である high risk:いずれかの体位で胃内容物に固形物が存在する

 116例が対象となり、実際にPOCUSの評価を受けたのは107例であった。 107例の絶食期間の中央値は5.8時間であった。結果として74例(69%)でfull stomachと判定された。 絶食時間経過とfull stomachはオッズ比0.79(95%CI:0.65-0.94)と絶食期間が長ければわずかにfull stomachの可能性は低下したが、C-indexは0.66であり絶食期間を知ることはリスク分類の評価にほとんど寄与しないと考えられた。 POCUSに要した時間の中央値は4分(IQR:3-5分)であった。 また、有害事象として4例で麻酔覚醒時の嘔吐が生じた。4例のうち、3例はhigh risk群であり、1例はsuggests high risk群であった。明らかな誤嚥のエピソードは1例も生じなかった。

 いかがでしょうか?
 理論上正しいと思われる絶食期間をもってしてもfull stomachの患者はたくさんいるかもしれないということを忘れないようにしなければいけませんね!また「胃」エコーを用いて"empty stomach"であれば不要な絶食期間を減らすことができますし、”full stomach”であれば、リスク・ベネフィットを考慮するきっかけとなるかもしれません!

 今月の文献紹介は以上です。
ぜひ実質臓器に、心臓に、肺に、足に、眼に、そして胃にエコーを当ててみましょう!

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宮本 雄気 東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻
京都府立医科大学 救急医療学教室
医療法人双樹会 よしき往診クリニック