2019/3/14 文献紹介
文献班の関根です。
慌ただしい季節ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今回は気管挿管に関連する文献を2つ御紹介いたします。
気管挿管に興味がない方はいないはず!きっと楽しんでいただける文献と思われます。
① N Engl J Med. 2019 Feb 18. Bag-Mask Ventilation during Tracheal Intubation of Critically Ill Adults. PMID: 30779528 DOI: 10.1056/NEJMoa1812405
私自身、鎮静薬投与後のバッグマスク換気は気管挿管中の誤嚥リスクを高めると思っていました!
ERで気管挿管する際、フルストマックを想定して行うことが多いため、圧倒的にRSIで挿管することが多いです。
pre-oxygenationが十分にできずDSI(Delayed Sequence Intubation)を行うときや、挿管中に低酸素血症を来したとき以外は、鎮静薬投与後にバッグマスク換気を行うことはありません。
この文献では、鎮静薬投与後、喉頭展開までにバッグマスク換気を行った方が低酸素血症になりにくかったと述べられています。 アメリカの7つのICUで行われた多施設RCTです。 ICUで行われる成人症例の気管挿管 667例において、妊娠中・拘留中の症例、緊急で気管挿管が必要であった症例、医師がバッグマスク換気が必要であると考えた症例を除外し、401例を鎮静薬投与から喉頭展開までの間にバッグマスク換気を行う群(199例)とバッグマスク換気を行わない群(201例)にわけています。
主病態の疾患に偏りがあったものの、鎮静薬投与時の酸素飽和度や使用薬剤(筋弛緩薬使用はどちらの群も97.5%)に有意な差はありませんでした。 鎮静薬投与から喉頭展開までに要した時間は、バッグマスク換気行った群で98秒、行わなかった群で72秒でした。 鎮静薬投与から気管挿管後2分までの間の酸素飽和度最低値(primary outcome)は、バッグマスク換気行った群で96%、行わなかった群で93%でした(P=0.01)。 重症低酸素血症(酸素飽和度<80%)となった症例(secondary outcome)は、バッグマスク換気行った群で21例(10.9%)、行わなかった群で45例(22.8%)でした(relative risk, 0.48)。 protocol violationはたった5例(バッグマスク換気行う群 1例、行わない群 5例)であり、intention to treat(ITT)解析でもper protocol(PP)解析でも差はなかったようです。
ちなみに、このバッグマスク換気という介入は、酸素15L/min以上、PEEPバルブ使用(5-10)、頭部後屈顎先挙上実施、経口エアウェイ留置、2人法でマスク保持、換気回数 10/分、換気量は胸郭が上がる最小量というように細かく決められています。 普段、我々がERで行っているバッグマスク換気よりも“丁寧な”換気のようですね、、、。
そして気になるのは誤嚥リスクです。
挿管手技者は、酸素飽和度、吸入酸素濃度、PEEP値の記録を確認し、挿管後6-24時間での値から誤嚥の有無を判断したようです。
挿管手技者が報告した誤嚥の発生頻度は、バッグマスク換気行った群で2.5%、行わなかった群で4.0%でした(P=0.41)。
また挿管48時間後の胸部レントゲンで新規異常陰影の出現頻度は、バッグマスク換気行った群で16.4%、行わなかった群で14.8%でした(P=0.73)。
この結果では、バッグマスク換気では誤嚥リスクがあがるとは言い切れなさそうです。
なお、各群の手技に関する差異として、鎮静薬投与から喉頭展開までの間の酸素投与の有無(100% vs 77.7%)が気になるところです。
バッグマスク換気を行わない群では、apneic oxygenationも施されていない症例が多いため、低酸素血症を来したかどうかの結果に影響しそうです。
本研究のセッティングはICUであり、バッグマスク換気のやり方もかなり“丁寧”ですので、現時点では我々がERでやる挿管中にバッグマスク換気を行うことが安全とは言い切れなさそうです。
今後、ERセッティングにおける同様の研究も出てくるとよいですね!
② JAMA. 2019 Feb 5;321(5):493-503. Will This Patient Be Difficult to Intubate?: The Rational Clinical Examination Systematic Review. PMID: 30721300 DOI: 10.1001/jama.2018.21413
挿管困難を予測する因子についてのシステマティックレビュー。
質の高い研究 62件(n=33,559)が対象となり、そのうち10%が挿管困難だったようです。
挿管困難とは、Cormack-Lehane grading scale(喉頭展開時にどの程度声門が視認できるかの分類)でgrade 3-4、 もしくは、Cormack-Lehane grading scaleに他の要素(Cormack-Lehane grading scale・挿管手技の必要回数・必要医師数・手技デバイスの変更回数・喉頭展開要する力・喉頭部圧迫の要否・声門の開大/閉鎖など)を加えて定義されています。
最もよく挿管困難を予測できたのは、upper lip bite test(陽性尤度比 14, 特異度 0.96)でした。 upper lip bite testとは、下の前歯で上口唇を噛むように指示して、どの程度噛めるかを3分類で判断します。 (Class 1 下の前歯が上口唇の上縁を越える、Class 2 上口唇を噛めるけど上縁には届かない、Class 3 上口唇に全く届かない)
え?それだけ? 簡単ですね!
ちなみに、患者が高齢などで歯がない場合は、upper lip catch testという下口唇をどの程度上口唇に重ねられるかを評価した研究も含まれていました(陽性尤度比 7.2, 陰性尤度比 0.28)。 他にも、オトガイ舌骨間の短さ(<3-5.5cm)(陽性尤度比 6.4, 特異度 0.97)、下顎後退症(下顎角からオトガイまでが<9cm or 主観的に短い)(陽性尤度比 6.0, 特異度 0.98)、Wilson score(陽性尤度比 9.1, 特異度 0.95)が有用な所見とされていました。
小生の勤務する病院では、ERでの挿管症例は全例、LEMONというゴロを使って挿管困難を予測評価しています。
Look Externally:外観(肥満 小顎 突出歯)
Evaluate the 3-3-2 rule:開口3横指 オトガイ舌骨間3横指 顎下甲状切痕2横指
Mallampati:口腔の見え方を4分類
Obstruction:気道閉塞の有無
Neck mobility:頸部可動性
このLEMONでも出てくる有名なMallampati分類(≧grade3)は、本文献では陽性尤度比 4.1, 特異度 0.87でした。
冒頭に述べたupper lip bite testは簡単な評価方法なのにMallampati分類よりもずいぶん有用そうですね!
今夜の気管挿管から早速評価してみようと思います!