2019.05.02

2018/11/3 文献紹介

EMAの皆様

こんにちは、沖縄県立中部病院の山本です。だいぶ涼しくなり、沖縄でも秋冬の訪れを感じるようになりました!!少し遅くなりましたが、10月後半の熱い文献を紹介いたします。

今回は

  • 救急での医療過誤·訴訟のreview
  • 胸骨圧迫中断を最小限に挿管を成功させるために必要な経験値
  • の2本立てです。 それではお楽しみください!!

    1. Malpractice in Emergency Medicine - A Review of Risk and Mitigation Practices for the Emergency Medicine Provider.

    J Emerg Med. 2018 Aug 27.

    救急医なら誰しも気になる医療過誤の話…

    本日1つ目に紹介する文献は救急医療の医療過誤と訴訟についてのreview文献です。 さて皆さん、救急医療領域の診断関連で最も多い訴訟は何かご存知でしょうか?? 最も多いのは骨折の見逃し、次に心筋梗塞の見逃しです。しかし訴訟金額となると、心筋梗塞は骨折よりも訴訟金額が大きくなります。

    この文献内では訴訟のリスクを高めることについて言及されています。抜粋して紹介したいと思います。皆さんも思い当たる節がないかチェックしてみてください!!

    1. 診断エラー
    2. まず診断エラーの問題です。見逃しや、誤診は我々救急医にとっては避けて通れない問題ですね。

      診断エラーの原因で特に大部分を占めるのが

      • 適切な検査を行なっていないこと
      • 検査結果を正しく解釈していないこと
      • です。

    3. 2. カルテ記載
    4. カルテ記載にも注意が必要です。過去の訴訟の分析で特に以下のことが未記載であると指摘されています

      • 患者の家族歴
      • 医学的な方針決定
      • 鑑別診断と関連する診断名
      • 帰宅前の再評価

    5. 3. コミュニケーション
    6. 患者とのコミュニケーションが悪い場合も訴訟のリスクが上昇します。例えば患者満足度が4分割の最下位に位置する場合、訴訟リスクは2倍になります。あるreviewでは予後の悪さと訴訟リスクの間に関連性はなく、むしろコミュニケーションスキルが低いこと、患者との関係が悪いこと、担当医が過去に医療過誤を起こしたことがあることなどがリスクとなるようです。なお患者の社会的地位や経済的地位は訴訟とは関連がないようです。

    7. 4. 混雑·シフト制

    8. 想像に難くないですが、忙しくて混雑している場合やシフト制の勤務体制はコミュニケーションを悪化させます。シフト制では朝·昼·晩に関係なくシフト後半はエラーが増加する傾向にあり、夜勤はそれ自体が医師のパフォーマンスの低下や気分の低下と関連していました。 興味深いことに宗教上の理由から休養日をしっかり取っている救急医は訴訟が少ないようです。 看護師のフローもエラーの増加に関連します。例えば患者の病室への距離が遠い場合、ケアの質が落ち、エラーが増加するようです。

    9. 5. 医師の特性の問題

    10. 研修医や救急医学のトレーニングを受けていない医師は訴訟リスクにつながります。

      文献内では訴訟を防ぐために何ができるかも書かれています。 コミュニケーション、記録を残すこと、ガイドラインを遵守すること、帰宅時の指示を明確にすること、フォローアップをきちんとセッティングすること、診療拒否同意書のあり方に気をつけることが大切と書かれています。

    退院時の書類·指示には以下の5点を含みましょう。

    1. 1) この退院指示の目的
    2. 2) 今回の診断と今後予想される経過
    3. 3) 今後起こりうる合併症
    4. 4) 処方された薬の使用方法
    5. 5) フォローアップについて(今後の時間経過と結果が出ていない検査がある場合それについても)
    6. ガイドラインを遵守することで、訴訟時の弁明にガイドラインを使用することができ、賠償金が減るようです。逆にガイドラインを逸脱して診療を行う場合、方針決定を明確に記載しておきましょう。

      また特に治療拒否同意書の読解には11th grade(高校2年生)の理解力が必要で、米国での救急外来の受診患者の40%は8th grade(中学2年生)未満であると言われており、帰宅指示書とともに平易な言葉で書くことが大切と述べられています。フォローアップも日時をしっかり指定し、逃した場合のリスクを説明すべきとしています。

      いかがでしたか??

      米国は日本とは異なる訴訟事情ですし、我々は普段の診療でここまで細かくカルテ記載などを行なっていないと思います。しかし日常の診療の中で、どのような点に気をつけるべきなのかは、米国も日本も変わらないと思います。

      2. How much experience do rescuers require to achieve successful tracheal intubation during cardiopulmonary resuscitation?

      Resuscitation. 2018 Aug 30.

      今回2つ目に紹介する文献はCPR中に質の高い挿管を行うにはそれなりの経験値が必要かもしれない、という文献です。

      昨今の研究により、心停止患者に対する挿管はcontroversialな面もありますが、それでもCPR中の挿管は必須手技です。CPR中の挿管はなるべく中断時間を短くするべきですが、困難な場合も少なくありません。ガイドラインではCPR中の挿管は熟達者が行うべきとされていますが、どの程度の技術が必要かは明らかにされていません。今回はCPR中の挿管について、いったいどの程度の経験値があれば、重大な中断時間なく挿管を成功させることができるのか、という疑問に1つ答えを追加する文献となっております。

      2011年4月から2013年3月の間に韓国の病院の救急室に搬入された255件の心停止のうち、162名を除外した93名の成人CPR中に行われた110件の直接喉頭鏡を用いた挿管を検討したものです(除外理由はビデオ喉頭鏡、DNRなど)。救急科の11人の1-4年目のレジデントが挿管を行なっています。この病院のレジデントは年間40-60件の挿管を行なっており、今回各レジデントの挿管の経験値を調べるため、2008年以降の過去の挿管データも調べられております。レジデントのこれまでの挿管経験値と、CPR中の挿管の成功率を比べることで、CPR中に質の高い挿管を行うために必要な挿管経験値が調べられております。またCPR中の挿管手技は全て撮影されたビデオをもとに解析されています。

      outcomeは以下の3つです。

      1. 1) 1回目で成功
      2. 2) 挿管成功までの時間(ブレードを開いて患者の口に入れてから、BVMで1回目の換気を行うまで)
      3. 3) 挿管成功までの間の胸骨圧迫の中断時間
      4. 挿管は全て直接喉頭鏡で行われたものが対象で、成人の心停止患者が対象です。頸椎固定をされた外傷性心停止患者や、救急科のレジデント以外が行なった挿管は除外されています。レジデントは挿管の経験値に基づいてQ1からQ5までの5つの群に分けられます。例えばQ1が一番経験値が低く、Q5が最も経験値が高いグループです。著者はqualified ETI(Endotracheal Intubation:気管挿管)を胸骨圧迫の重大な中止なく60秒以内に成功した挿管と定義し、またhighly qualified ETIを同様に30秒以内で成功した挿管と定義しております。

        結果を見てみましょう。

        Q1の挿管件数の中央値は26件ですが、Q5の挿管件数の中央値は103件でした。 1回目の挿管の成功率は全体で68.2%で、経験値が上から2番目のQ4が86.4%で最大、次にQ5の81.8%が続きます。一方で挿管成功までの時間はQ1からQ5にかけて徐々に短くなり、Q1では81.5秒、Q5では48.8秒でした。 上述したqualified ETIとhighly qualified ETIはQ5のグループでそれぞれ14件(63.6%)と7件(31.8%)でした。highly qualified ETIはQ1-3では0件で、Q3で1件(4.5%)、Q4で4件(18.2%)という結果でした。

        今回の結果と、レジデントのこれまでの挿管件数や救急でのトレーニング日数から線形回帰分析を用いて予測式を作成し、qualified ETIとhighly qualified ETIの成功率を予測しています。 この結果によると、qualified ETIを90%成功させるためには157件の挿管件数と3.3年のトレーニング日数が、またhighly qualified ETIを90%成功させるためには220件の挿管件数と5.4年ののトレーニング日数が必要という結果となっています。

        いかがでしょうか??

        この研究は韓国の単施設の研究であり、レジデントのトレーニングの違いやビデオ喉頭鏡は除外されている事など複数のLimitationがあります。また必要な挿管件数、トレーニング日数はいずれも予測でしかありません。予測された具体的な数値も驚きですが、CPR中に中断時間を短くかつ素早く1回で挿管を成功させるには、かなりの経験が必要ということだと思います。

        10月後半の文献紹介は以上です。

        これからも文献班をよろしくお願いいたします!!

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        沖縄県立中部病院 救急科
        山本 一太
        Mail: t00780iy@hotmail.co.jp
        住所: 沖縄県うるま市字宮里281
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