2019.05.21

2018/4/30 文献紹介

EMA文献班より弘前健生病院の徳竹雅之です。

日本三大桜名所の1つとして知られる弘前公園(青森県)の桜も散り始め、
今度は川面に浮く美しい桜の花びら(花筏)が楽しめる時期になりました。

このGW、弘前以外の土地にも遠くから観光客が押し寄せていることと思います。
長距離移動に伴って肺塞栓の患者が増えるかもしれません。
そこで、今回は肺塞栓診断に役立つかもしれないツールを特集しました!

Effect of the Pulmonary Embolism Rule-Out Criteria on Subsequent Thromboembolic Events Among Low-Risk Emergency Department Patients: The PROPER Randomized Clinical Trial.
JAMA. 2018 Feb 13;319(6):559-566.

肺塞栓の可能性は高くないと思うけど、PERCで肺塞栓を安全に除外できるか?

5 killer chest painの1つとして有名な肺塞栓(PE)。
典型的な症状で受診してくれれば診断までは造影CT一直線ですが、
酸素化低下がなく頻脈だけの肺塞栓もありますし、どのように診断に結び付ければよいか悩ましい場合があります。
ちょっとでも疑ったら全例造影CTをやるべき!という意見もあると思いますが
あまりスマートではないし、時間と費用がかかり、被爆や副作用の心配もあります。
そもそもCTによって診断された肺塞栓の多くが臨床的には問題にならず結果として死亡率に変化が生じないとも報告されていることもあり、無駄な検査はできるだけ減らしたいところです。
そんな場合に役立つclinical decision ruleのRCTが出ましたのでご紹介します。

さて、そもそもPERCをご存知でしょうか?
Pulmonary Embolism Rule-Out Criteriaの略で、PEの事前確率が低いと考えられる患者に対して使用するclinical decision ruleです。
項目は以下の通りで、1つも満たさない場合にはPERC=0点となります。
・年齢≧50歳
・心拍数≧100回/分
・SpO2≺95%
・片側性の下腿腫脹
・喀血
・4週間以内の手術や外傷
・深部静脈血栓症や肺塞栓の既往
・ピル内服
PERC=0点であればそれ以上の検索は不要(PEの可能性は1.8%未満)とできるスグレモノです。観察研究のmeta-analysisが発表されておりその有用性は報告されてきましたが、前向き研究はされてきませんでした。PERCに関する初の前向き研究が本trialになります。

フランスの14のERで行われた非劣性crossover cluster-RCT。息切れや胸痛で受診され、診察医のgestaltでPEの可能性が低い(15%未満)と考えられた患者が対象で、明らかに他のkiller chest painが疑われる場合、低血圧やSpO2低下を来している重症症例、妊婦、造影CTへの禁忌(eGFR<30ml/min、造影剤アレルギー)、抗凝固治療が(診断前に)開始された患者は除外。各施設において通常ケア期とPERC使用期に分けてtrialが行われた。

結果として1749人が対象となり、primary outcomeである3か月以内のPE発症率は両群間で差がありませんでした(0.1% vs 0.0%)。secondary outcomeの項目を見ていくと3か月死亡率にも有意差がなく(0.3% vs 0.2%)、low risk群に対してPERCを使用することは安全性に関しては信頼できそうです。そのうえ、PERCを使用することで造影CTを10%減少させ(13% vs 23%)、ER滞在時間も40分ほど短縮(4h36min vs 5h14min)ができていることも大きな利点と言えそうです。

組み込まれた患者の平均年齢が若いこともあり、PE有病率が全体で2.3%と低く、結果として有意な差がでなかっただけかもしれず、その点には注意が必要そうです。

あんまりPEを強くは疑わないけど(Well's criteriaで0-3点など)、造影CTは迷うなぁ、、、というような症例に遭遇した場合にはPERC!安全性が高くて、無駄な検査を省けて、さくさく患者を診ていかなければならない忙しいERにもぴったり!ぜひ使ってみてください!

PERC以外にも、PE診断に関してはとても多くのclinical decision ruleがあります。
それだけ診断が難しいということなのでしょう。

YEARS Criteriaというclinical decision ruleも紹介したいと思います。
これはWell's scoreから「DVTの臨床的徴候がある」「血痰がある」「PE以外の疾患の可能性が低い」の3項目を抜き取って簡略化されたもので、1項目でもYESなら陽性と定義します。
YEARS CriteriaとD-dimerを併用して診療することで、臨床的に重要なPEの見逃しを増やすことなく画像検査を14%減らすことができるというオランダからの報告がありました(Lancet. 2017 Jul 15;390(10091):289-297.)。そこでアメリカでは適応可能なのかを調べたのが以下のtrialです。

Multicenter Evaluation of the YEARS Criteria in Emergency Department Patients Evaluated for Pulmonary Embolism.
Acad Emerg Med. 2018 Mar 31. doi: 10.1111/acem.13417. [Epub ahead of print]

PEの可能性は高くないと思うけど、YEARS CriteriaとD-dimerでPEを除外できるか?

アメリカの15のERでのprospective observational study。
対象はPEが疑われる18歳以上の成人、PERC ruleなどを適用したためD-dimerが測定されなかった患者・PEの画像検索が行われなかった患者(D-dimer陽性だがそれ以上の検査はしなかった、造影剤アレルギーなど)・Well's score>6点でPEの疑いが強い患者・妊婦・24時間以上の抗凝固治療がされた患者は除外。
対象患者はまずWell's scoreを全例でつけられ、D-dimer検査をされた。
以下に示すようにclinical decision rule+D-dimerで分類され、基準を満たした場合には画像検索をすることなくPE除外とみなされた。
受診から3か月後に電話で確認またはmedical recordの確認がされている。

1789人が該当し、PEは84人(5%)、うち7人がfollow upの際にPEと診断。
・Well's score≦6点かつD-dimer<500ng/ml(standard care)…940人(53%)
 =画像適応なしであったが、このうち2人(0.2%)がPEと診断され、1人が医師の裁量で造影CTにより判明、1人がfollow upで判明した。
 →感度97.6%、NPV99.8%、-LR0.04。
・YEARS Criteria陰性+D-dimer<1000ng/ml…982人(55%)
 YEARS criteria陽性+D-dimer≺500ng/ml…222人(12%)
 =画像適応なしであったが、このうち6人(0.5%)がPEと診断され、5人(0.4%)が医師の裁量で造影CTにより判明、1人(0.1%)がfollow upで判明した。
 →感度92.9%、NPV99.5%、-LR0.10
・「PE以外の疾患の可能性が高い」+D-dimer≺1000ng/ml…1083人(61%)
 「PE以外の疾患の可能性が高い」+D-dimer≺500ng/ml…154人(9%)
 =画像検査適応なしであったが、このうち6人(0.5%)がPE診断とされ、5人(0.4%)が医師の裁量で造影CTにより判明、1人(0.1%)がfollow upで判明した。
 →感度92.9%、NPV99.5%、-LR0.10

結局、Well'sでもYEARSでも「PE以外の疾患の可能性が高い」という医師の判断でもD-dimerと組みあわせると、NPVはほぼ100%でした。
医師の判断はそれなりに有用なんですね、自分の力量は信じられませんが… ひとまず、血液検査やcriteria単独で完全に安全に除外はできないということがわかりました。

さて、ここまではPEリスクが低いと考えられる状況についての研究でした。
では、PEリスクが高いと判断された場合はどうなのでしょうか。
「造影CTをしたら確実に診断できんじゃん」と思ったそこのアナタ、実ははそう簡単な問題ではないようです。

Ruling out Pulmonary Embolism in Patients with High Pretest Probability.
West J Emerg Med. 2018 Mar 3. doi: 10.5811/westjem.2017.10.36219

PEの可能性は高いと思うけど、D-dimerと造影CTが陰性ならPEは除外可能か?

high riskな場合にはD-dimerの結果だけをみて除外することは推奨されていません(そもそもD-dimerの使いどころは、検査前確率が低い場合です)。そのような場合には造影CTに踏み切る必要がありますが、それでも見逃してしまうことがあります。特に肺動脈主幹部閉塞ではない場合には見逃しが出てきます。
では、D-dimer陰性かつ造影CT陰性と判断された場合にはどうなのか?というのがこの研究の主旨です。

アメリカの12のERでのprospective observational study。
ERを受診し、PEの検索が必要と考えられた患者(D-dimer、造影CT、VQ scanのうちどれかを施行されている)が対象。VTEに対する抗凝固療法が施行されていたり、循環/呼吸不全を呈していたり、ホームレスや囚人などのfollow up困難と考えられた患者は除外。

7940人が該当し、257人がWell's score>6点(high risk群)と判定され、201人が造影CTを施行された。130人がPE陰性と判断されたが、16人(12.3%)が45日間のfollow up期間でPEと診断された。このうち、7人(23%)ではDVTが認められた。
また、high risk群のうち、82人が造影CT+D-dimer施行され、このうち16人が両方とも陰性だったが、このうちの2人(12.5%)がPEと診断された。このうち1人(50%)でDVTが認められた。

やはりhigh riskと考えられた場合には造影CT陰性+D-dimer陰性であってもPEを完全除外はできないようです。本文中では造影CTが陰性でも慎重に対応すべきだと結論付けられています。

high riskと判断した場合にはさらに下肢エコーなどを追加してより慎重に判断する必要がありそうです。帰宅させる場合にもリスクを共有したほうがよいでしょう。施設により対応は異なるかと思いますが、救急部または専門科でのフォローを考慮するのが賢明です。

今回ご紹介した全ての論文が海外での報告であり、今後は日本での報告がほしいところです。肺塞栓発症率を見てみると日本はアメリカの1/8程度(60人前後/100万人 vs 500人前後/100万人)と報告されています(肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2009年改訂版))。血栓症発症リスクが欧米人に比較して日本人は低いため、全てを当てはめられるかどうかは疑問です。

どんなclinical decision ruleを使おうとも事前確率を評価して、適切にD-dimerや造影CTを選択、必要であればさらなる検索に進む姿勢が大切です。PE診断は難しいですね!

ここまでずっとPEのcriteriaやD-dimerなどについて記載していましたが、妊婦さんはどうすればよいのでしょうか?よくよく見てみるとPERCでもWell'sでもGenevaでも妊婦は適応なし、除外されていたんですね。そうだったんですね。。。
では、D-dimerの使い心地はどうなのでしょう?

The DiPEP (Diagnosis of PE in Pregnancy) biomarker study: An observational cohort study augmented with additional cases to determine the diagnostic utility of biomarkers for suspected venous thromboembolism during pregnancy and puerperium.
Br J Haematol. 2018 Mar;180(5):694-704.

妊婦や褥婦のPE除外にD-dimerは使えるの?

我が国における妊産婦死亡の6.5%はPEが原因とされています。
私自身、妊産婦のPEには幸い遭遇していませんが、
見逃すことなく適切にマネジメントできるようにしておきたいものです。
でもなにが難しいって、上記のように推奨できるclinical decision ruleはないし、
呼吸困難は訴えがちだし(プロゲステロン濃度上昇による)、もともとタキってるし。

Royal College of Obstetricians and Gynaecologists/ American Thoracic Society guidelineなどでは妊産婦に対するPE除外目的でのD-dimer使用は十分な検討がなされておらず推奨されていません。
下肢静脈超音波、妊娠時期やPERC・Well's/reveised Geneva scoreにより事前確率を推定し、D-dimerの結果により最終的にPEを除外するアルゴリズムも提唱されていますが、まだその妥当性は検討されていません。

そこで、D-dimerをはじめとした各種biomarkerのPE診断能について研究されました。それがこのDiPEP biomarker study(Diagnosis of PE in Pregnancy)で、これまでで最大の妊産婦PE診断に対するD-dimerのstudyです。
はたして妊産婦のPE疑いに対して戦うに足るbiomarkerはあるのでしょうか?

イギリスの11のERでのprospective observational cohort。
対象はPEが疑われた、または深部静脈血栓症(DVT)の診断がされた16歳以上の妊婦+経産婦(以下、妊産婦と記載)で、これまでにPEの既往がある患者や病着時に蘇生が必要な重症な患者は除外。primary outcomeはVTE(PE+DVT)に対する各biomarkerの平均値・AUROC・感度・特異度、secondary outcomeは血液検査前に抗凝固治療を受けた患者を除いて評価されたbiomarkerの平均値・AUROC・感度・特異度。

対象は310人の妊産婦で、事前確率を上昇させるためにさらに18人のDVTと画像診断された妊産婦を加えた集団を評価した。primary outcomeであるPE疑いの全妊産婦(328人)のD-dimer(ELISA)の感度0.861(95%CI:0.705-0.953)、AUROC0.668(95%CI:0.561-0.776)、secondary outcome(採血前に抗凝固治療をされた患者を除くと66人、うち4人がVTE)で評価しても感度0.50(95%CI:0.068-0.932)、AUROC0.615(95%CI:0.210-1.000)であり、D-dimerで妊産婦のPEを除外することはできないようです。D-dimerのほかに評価されたPT、APTT、BNP、CRP、Troponinなどに関しても同様の結果でした。

患者の大部分が採血前に抗凝固治療が始められており正確な評価ができているかは疑問が残るtrialとなりました。それにしても、PE疑いが強ければ診断前に抗凝固治療をすることは推奨されていたとしても、このpracticeをしている医療者はなかなか周囲にはいないような気がします。

結局、現時点では妊産婦のPE除外目的にD-dimerを使うことはお勧めできません。

総合的にと言ったら逃げのようになりますが、医師の経験や判断、POCUS(下肢静脈や心臓など)、(非妊産婦に適用されている)clinical dicision ruleなどを駆使して各専門科と知恵を出し合って、大切な命を守るために頭をフル回転させるしかありませんね。
妊産婦のPEを診断した、あるいは不幸にも見逃してしまった方々はどのように方針を立てていたのでしょうか、共有いただければ幸いです。

今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
肺塞栓診断に対する最新の知見として、今後の診療に少しでもお役に立てればと思います。
今後ともEMA文献班をよろしくお願いいたします。

健生病院 救急集中治療部 ER
徳竹 雅之(とくたけ まさゆき)