2018/4/15 文献紹介
EMA文献班より京都府立医科大学の宮本です。
EMA文献班では明日から使える(かもしれない!?)文献を隔週でお送りしています。
さて、長い冬が終わり、内因性疾患に代わって外傷も多くERを受診する季節になってきました。
そこで今回は外傷をテーマにいくつかの文献をご紹介したいと思います。
A Negative CT May Be Sufficient to Safely Discharge Patients with Abdominal Seatbelt Sign from The Emergency Department: A Case Series Analysis.
J Trauma Acute Care Surg. 2018 Mar 8. [Epub ahead of print]
シートベルト痕はあるけどCTで所見のない患者ってどうすればいいの!?
シートベルト痕は自動車事故で特徴的ですが、十二指腸損傷や腸間膜損傷、膵損傷、胆管損傷などが隠れている場合もあり、入院時のCTが陰性でも油断できない所見ですよね。
自動車事故で搬送され、シートベルト痕はあるけど、腹部所見もなく、vitalも安定していて、CTでも何も見つからない…そんな患者のdispositionに役立つ文献の紹介です。
アメリカ・ロサンゼルスのlevel1外傷センターでの単施設後向き研究。過去3年間に自動車事故で搬送され、来院時にCTを施行された患者を対象にカルテレビューを行い、CT検査と腹部臓器損傷の感度・特異度・陽性的中率・陰性的中率を評価した。
なおCT陽性所見は以下のように分類されています。
・free airを含む、腸間膜・腸管損傷の所見
・小腸・大腸の壁肥厚および脂肪織濃度の上昇
・腹腔内の液体貯留
・実質臓器(肝臓・腎臓・脾臓)の損傷
・その他(膀胱・脈管・横隔膜・骨など)の損傷
自動車事故で搬送された1108人のうち、シートベルト痕があったのは196人(17.7%)であった。なお、シートベルト痕のあった患者はシートベルト痕がなかった群と比較して年齢やGCS、血圧に大きな差異はなかったが、腹部臓器損傷を含めた重症度(ISSや腹部AIS)は有意差を持って高かった。
また、シートベルト痕のあった196人の内、入院時にCTを施行されたのが183人であった。CTを施行されていない13人は”小児”・”妊婦”・”受傷後36時間以上経過していた”などが主な理由であった。
シートベルト痕があり、CTも施行された183人の中で69人(37.7%)がCTで有意所見があった。その内、試験開腹術を施行されたのは15例であった。
またCT陰性であった114人の内、時間が経過してからの試験開腹術(delayed exploratory laparotomy)を施行された患者はいなかった。言い換えると「CT陰性なら100%外科的介入が不要」であったということです。
筆者はdiscussionで、「確かにシートベルト痕は腹部臓器損傷の可能性を上げる重要な所見ではあるが、シートベルト痕があってもCT陰性の場合は必ずしも入院必須ではない」と主張しています。また、過去の文献では感度100%の報告はなかったですが、CTの精度上昇に伴い感度が上昇してきたと考察しています。
さらに筆者はシートベルト痕のある患者のdispositionに関してのアルゴリズムも併せて提唱しています。
シートベルト痕がある場合でも
・vital安定
・腹膜刺激徴候を含めた圧痛・自発痛がない
・GCS15点
・CT陰性
・他の入院させる理由がない
を満たせば帰宅可能であると主張しています。
注意点としては
・後向き・単施設研究であるということ
・横隔膜損傷などの遅発性に判明するような疾患に関してはカバーしていないということ
・あくまで”試験開腹を行うこと”に対して感度や陰性的中率が100%であるため、手術にならない損傷などは見逃している可能性があるということ
などがあげられます。
Is observation for traumatic hemothorax safe?
J Trauma Acute Care Surg. 2018; 84(3): 454-458.
外傷性血胸って経過観察でOKなの?その基準ってあるの?
外傷性血胸は一度貯留したらなかなか消失せずに、呼吸状態も悪いのでリハビリも全然進まず、ついには膿胸になってしまうことも…。EAST(東部外傷外科学会)やJATECでは血胸に関して胸腔ドレナージを推奨していますが、エビデンスレベルは低く、ドレナージするにしても侵襲的ですし、合併症を生じたり入院期間が延長したりすることもあります。
今回はそんな悩ましい外傷性血胸において、保存的加療の線引きにチャレンジした文献をご紹介します。
アメリカ・ボストンのlevelⅠ外傷センターでの単施設後向き研究。
2000年〜2014年までの15年間に同施設を訪れた外傷性血胸の患者を対象。
ただし、18歳未満、CT未施行もしくはCT施行前に胸腔ドレナージされた患者は除外された。CTを施行された外傷性血胸の患者はその容積を公式に従って計算され、300cc以上か300cc以下でグループ分けされた。(V=D^2×L:D=臥位での血胸の垂直最大深度・L=CTのスライス数から導き出した血胸の頭尾長)
また、全患者は(1)早期に胸腔ドレナージされた群と(2)保存的加療が成功した群と、(3)当初保存を行ったが失敗した群(CT施行24時間以降に胸腔ドレーン挿入もしくはVATSなどを行った)、(4)他の原因で7日以内に死亡した群に分けられた。
primary outcomeは30日時点でのhospital-free daysおよび、退院時のdisposition、死亡率とし、secondary outcomeは医原性気胸や膿胸を含めた合併症および、tPAの投与とした。また、多変量ロジスティクス解析を行い、保存的加療に失敗する危険因子を同定した。
340人の患者が該当し、156人(46%)が受傷早期に胸腔ドレナージされた。残った184人のうち、121人が保存的加療に成功し、53人が保存的加療に失敗し、胸腔ドレナージやVATSを施行された。なお、10人が受傷後7日以内に血胸以外の理由で死亡しており評価に値しないと判断している。なお、保存的加療に成功した血胸のほとんど(98%)が300cc以下の血胸であった。
outcomeに関しては胸腔ドレナージを行った全患者のほうが、保存的加療に成功した群よりも入院期間は短かった。ただし、リハビリ施設への転院が多く、医原性気胸や膿胸の合併症も多かった。なお、早期に胸腔ドレナージされた群と比較して、後に胸腔ドレナージされた群では自宅退院率が低下し、リハビリ施設への転院が増加したが、入院期間や合併症の発症率には有意差はなかった。なお、多変量解析を用いて保存的加療失敗の因子を検討したところ、高齢であること、人工呼吸器管理の期間が短いこと・300cc以上の血胸・気胸の合併が独立した危険因子であった。
血胸をリスク分類すること、特に300ccで分類することは理にかなっているかもしれませんね!皆様も試してみてはいかがでしょうか?
上記2つの文献を紹介しましたが、結局ERにはシートベルト痕もなく、血胸もない外傷患者の方が多いですよね。
では骨折のない外傷やちょっとしたケガに対して鎮痛薬は何を選択しますか?アセトアミノフェンって腰痛に効かないっていうし(BMJ. 2015 Mar 31;350:h1225.)、きっとケガにもあんまり効果ないんじゃないと思っていませんか?
実は捻挫や打撲などの軽症四肢鈍的外傷患者では、アセトアミノフェンを十分に使用すればジクロフェナク(ボルタレン®)と同等に効果があると言われています。こちらの文献は以前、文献班からご紹介させていただきましたのでよろしければバックナンバーをご参照ください。
(http://www.emalliance.org/education/dissertation/20171120-journal)
さて、major journalからは以下の2文献をピックアップしました。
どちらもNEJMから生理食塩水と非生理食塩水(ハルトマン液など)の比較に関する文献で、重症・非重症に分けて論じられています。
皆様はERもしくはICUセッティングで細胞外液は何を選択していますか?
生理食塩水からリンゲル液・ハルトマン液と輸液は進化してきたわけですが、それぞれ一長一短があります。
生理食塩水はまず配合変化が少ないことが利点で、最も広く使用されてきました。しかしClの負荷により高Cl性アシドーシスが生じるだけでなく、糸球体細動脈を収縮させ糸球体濾過率を低下されることが健常人などの研究で知られています。
過去の研究で生理食塩水はアルブミン製剤やHESと様々な戦いを繰り広げてきましたが結果は概ね生理食塩水の勝ちでした。(SAFE-trialやCHEST-trialなどが代表的ですね)
そして2015年には生理食塩水と調整晶質液(主にplasma-lyteという欧米で使用される輸液)との比較で、SPLIT studyという研究がJAMAから発表されました。ICUセッティングにおいての生理食塩水と調整晶質液の比較で、多施設二重盲検・・クラスター無作為化・二重クロスオーバー試験で行われました。結果としては両群間でAKIのリスクや死亡率に差はなかったと結論づけています。
しかし今回、それを覆す文献がNEJMから発表されたのです!それぞれを簡単にご紹介させていただきます。
Balanced Crystalloids versus Saline in Critically Ill Adults
N Engl J Med 2018; 378:829-839
アメリカ ナッシュビルのヴァンダービルト大学での単施設 open-labal・クラスター無作為化・多重クロスオーバー試験。18歳以上のICU入室患者に対して、生理食塩水を投与した群と調整晶質液(乳酸リンゲルもしくはplasma-lyte)を投与した群とにICUの種類および月ごとで割付けした。(Surgical/Medical/Neurlogical/Cardiac/Trauma)
Primary Outcomeは30日時点(もしくは退院時のどちらか早い方)の死亡・新規RRT・持続的腎障害(ベースラインから2倍のクレアチニン値)の複合評価とした。
結果として15802人が対象となり、上記複合評価は調整晶質液群14.3%・生理食塩水群15.4%(95%CI:0.84-0.99・NNT94)と有意差を持って、調整晶質液群の方が良好な予後であった。であった。また、それぞれ単体項目では30日院内死亡率(晶質液群10.3%・生食群11.1%)新規腎代替療法(2.5%・2.9%)持続的腎障害(6.4%・6.6%)とそれぞれ有意差を認めなかった。
Balanced Crystalloids versus Saline in Noncritically Ill Adults
N Engl J Med 2018; 378:819-828
同施設で同様の研究デザインで行われた研究。ICU以外に入院した18歳以上の患者全てを対象としたが輸液量が500ml未満の患者は除外した。
上記と同様に、生理食塩水を投与した群と調整晶質液を投与した群とに割付け。Primary OutcomeをHospital-free days to day28(28日時点での入院して”いない”日数)とした。
Secondary Outcomeとしては以下の3つを代表的なものとして設定している。(それ以外のoutcomeはappendix参照)
(1)30日時点の死亡・新規RRT・持続的腎障害(ベースラインから2倍のクレアチニン値)の有害事象を複合評価したもの
(2)30日時点(もしくは退院時のどちらか早い方)でのKDIGO分類 Stage2以上の腎障害
(3)病院内死亡
結果として、Primary outcomeであるHospital-free days to day28は両群間で有意差がなかった。しかしSecondary outcomeとしての(1)は調整晶質液群4.7%・生理食塩水群5.6%(95%CI:0.70-0.95・NNT111)と調整晶質液群で有意に少なかった。
単体項目としての(2)・(3)に関しては有意差を認めなかった。
いずれの文献も単体の評価項目では有意差はなく複合評価項目でやっと有意差が出る程度であること、さらにNNT100前後と一見プラクティスを変えるべきか懐疑的になってしまう数値ですが、輸液は入院患者ほぼ全てに行われる処置であり、取り入れてみる価値がある研究かもしれません。その他、外国の単施設研究でもあり、使用している製剤の違い(plasma-lyteは本邦での販売はされていない)など外的妥当性も検討する必要があります。
お時間のある時に先程のご紹介させていただいたの過去文献と比較しながらじっくり取り組んでみてください。
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございます。
盛り沢山ですが、今後の診療に少しでもお役に立てればと思います。
今後共EMA文献班をよろしくお願い申し上げます。
宮本 雄気
京都府立医科大学 救急医療学教室