2019.05.21

2018/3/31 文献紹介

EMAlliance 文献班の関根です。
文献班は月2回、救急診療に関するおもしろくてためになる文献をメーリングリストで紹介しています。
今回は少し趣向を変え、救急医向けのライフハック系文献です。

救急医が健康的に働くためには、組織が勤務体制やシステムを見直したり、社会に啓蒙したり、大きな取り組みが必要なことは言うまでもありません。
だがしかし!救急医は、自分自身でも睡眠やストレスをマネ ジメントするノウハウを持っていても良いのではないでしょうか??

紹介する文献は2つ、救急医の睡眠戦略とストレス戦略です。

Optimizing sleep for night shifts
BMJ. 2018 Mar 1;360:j5637. doi: 10.1136/bmj.j5637

まずは、夜勤をする人が睡眠をいかにマネジメントするのが良いかという文献。

シフト制勤務は、睡眠不足、労災、肥満、2型糖尿病、急性冠症候群だけでなく、乳癌・前立腺癌・直腸結腸癌のリスクも増やすと言われています。(BMJ. 2016;355:i5210. doi: 10.1136/bmj.i5210.)
え? 癌も?! そうなんです。 我々のカラダでは、松果体からメラトニンというホルモンが生成されています。
このメラトニンの主な作用は2つあり、1つはサーカディアンリズム(概日リズム)の調節作用、もう1つは抗酸化作用です。
夜勤によって、抗酸化作用のあるメラトニンの分泌抑制が起こるから、シフト勤務制だとガン発生率が高いと言われているようです。

夜勤はサーカディアンリズムを狂わせ、睡眠負債(Sleep debt)を蓄積させることで、仕事のパフォーマンスを下げたり医師の健康を害したりします。
この文献の中では、夜勤前、夜勤中、夜勤後にわけて、サーカディアンリズムを崩さずに健康的に過ごすためのハウツーがまとめられています。

 【夜勤前】
 睡眠負債が増えればパフォーマンスは悪化します。夜勤前には、ためこんでいる睡眠負債をいかにリセットするかが大事ですとのことです。
 身体が必要としているだけの睡眠をとるために、夜勤前日は目覚まし時計を使わずに起きるのが良いとか。
 そして、個人差はあるものの、60-90分で睡眠1サイクル(REM睡眠+徐波睡眠)となるようで、このサイクルを意識して、夜勤前の午後に90分の仮眠をとるのがよいようです。

 【夜勤中】
 夜勤中の短い仮眠(10〜20分)がパフォーマンスを改善するとされています。
 仮眠が30分を超えると徐波睡眠に至るため、“睡眠慣性”と呼ばれる起きてもグロッキーな状態になってしまうようです。
 うっかり当直中にウトウトしている研修医も、居眠りが30分を超える前には起こしてあげたほうが良さそうですね!

 プラセボと比して認知機能を改善するカフェインは、摂取して20-45分でピークに達し、3-5時間持続するため、摂取するなら夜勤前半で。
 夜勤終了後にできるだけ早く寝るために、夜勤の後半ではカフェイン摂取は避けます。
 小生、いままで夜勤のときは、朝6時頃からの救 急 搬送ラッシュを頑張るために、夜勤後半にエナジードリンクとホットコーヒーを経口摂取してました、、、反省。
 これからは夜勤終了後の異様なハイテンションも治るかもしれません(笑)。

 夜勤中の食事は、どのように工夫していますか?
 小さなRCTで夜勤中に食事しなかった群が食事した群に比べてパフォーマンス低下が少なかったそうです。
 これをうけて、食事は夜勤直前にしっかり摂り、夜勤中は必要最低限の量にすべきとのことです。

 【夜勤と夜勤の間】
 短い時間でサーカディアンリズムに戻すのは不可能であるため、夜勤と夜勤の間では避けては通れない睡眠負債を解消するために最適な睡眠をとることに 専念す べきです。
 病院からの帰り道、曇っていてもサングラスを着用する(?!)など明るい光を避け、パソコンやスマホのブルーライトを避けるのが良いようです。
 我々、文献班のなかでも、さっそくブルーライトカット眼鏡を購入したり、サングラスを常用したりと、文献からの影響がでています。

 そして、睡眠の質を良くするために、眠るときには涼しくて暗くて静かな環境作りが重要です。
 遮光ブラインド、アイマスク、耳栓、ホワイトノイズジェネレータなどの具体例が紹介されています。
 ホワイトノイズジェネレータ? 小生、恥ずかしながらホワイトノイズジェネレータを知らず「なんじゃこりゃ ~」と叫んでいると、子育て中の同僚ER医が教えてくれました!
 ホワイトノイズというのは、あらゆる周波数成分を同等に含む雑音で、「シャー」と聴こえる音とのことです。
 騒音をかき消す効果があり、赤ちゃんに聞かせると泣き止むと言われているそうです。

 【夜勤後】
 夜勤明け、開放感に身を委ねてとことん眠り続けていませんか?
 夜勤後は睡眠負債を減らし通常の睡眠サイクルに戻す必要があるため、勤務終了後すぐに仮眠(90min or 180min)をとるようにします。

 仮眠後は、明るい場所へ外出し社会活動に参加し、普段通りの時間に床につくようにと言われています。
 定期的な運動は睡眠の質と量を改善するとするmeta-analysisもあるようです。

この文献は、睡眠に関するRCTやMeta-analysisをもとに書かれていますが、質の高い研究はないようです。
みなさんの睡眠戦略に活かせるでしょうか??

Psychological Skills to Improve Emergency Care Providers' Performance Under Stress.
Ann Emerg Med. 2017 Dec;70(6):884-890. doi: 10.1016/j.annemergmed.2017.03.018.

救急医は上述のサーカディアンリズムの乱れ、予測できない受診患者の波で常に緊張状態であり、そこに重篤な症例や重症外傷症例が搬送されてくると強いストレスの影響を受けます。

こちら文献では、重症患者の診療でパフォーマンス低下を避けるのに有用なスキルを、エビデンスに基づく4つのステップ(Breathe, Talk, See, Focus)で紹介されています。
この方法をPerformance-Enhancing Psychological Skills (PEPS)と呼び、このPEPSに則って重症症例を診療するときのストレスをマネジメントするとよいということです。

 【Breath】
 呼吸は、唯一、人間が自分でコントロールできる自律神経機能です。
 ゆっくりで深い呼吸を意識して行うことで、ストレスの指標となる脈拍を落ち着けることもできます。
 これを救急の現場でも使える具体的な方法として、“tactical breathing”が紹介されています。
 “tactical(戦術的)”と呼ばれる所以は、アメリカ海軍の特殊部隊で、強いストレス下で落ち着くためのスキルとして使われているからという説もあります。
 重症外傷が搬送されるとき、ERが超絶混雑しているとき、理不尽なクレームに泣きそうになったとき、そんなときに“tactical breathing”をやってみませんか?
 やり方は簡単!4秒ごとに息を吸う、止める、吐く、止める、これを落ち着くまでくり返す、以上。
 インストラクション動画を作ってみたので、観ながら“tactical breathing”を練習して頂けたら幸いです。
 < 動画(約30秒)  https://www.youtube.com/watch?v=gTLfuJPpAd8 >

 【Talk】
 独り言といっても「針は皮膚に対する角度に注意して」など指導的(Instructional self-talk)なものや「俺ならデキる」など動機づけるもの(Motivational self-talk)など様々なタイプがあるようです。
 ポジティブな独り言はストレスフルな状況でも自信を保ったり、前向きにさせてくれるとのことです。

 【See】
 手技やシナリオを実際に行う前に思い描くことが有用であり、“イメトレ”を行うことで集中力、モチベーション、自信、感情のコントロール、準備などを改善することができます。
 外傷診療のチーム医療に関して、事前に診療アルゴリズムやノンテクニカルスキルのレクチャーを受けた群よりも、同じだけの時間にチーム医療のイメトレをした方が出来が良かったという研究などが紹介されています。

 【Focus】
 “trigger word”を口にするなど、集中するキッカケを自ら作ることが大切です。言葉はなんでもよく、囁くように言っても、大きな声で言っても効果があるようです。
 やろうとする手技に集中するキッカケにもなるし、強い集中を強いられた処置の後に再度状況を把握したり、柔軟に考えたりするのにも役立つようです。

ちなみに、文献の中では“Breathe, Talk, See, Focus”という4つのステップを覚えるゴロとして、頭文字を同じくした“Beat The Stress, Fool”を紹介し、ストレスを感じたら“Beat the stress, fool!”と唱えるようにと勧められています。

振り返って見ると、これらのことは我々救急医が自然にやっていることですね。
自然にやっていることを言語化する、すなわち、暗黙知を形式知に変換するこのような文献は、臨床に重きをおく救急医らしい文献ですね!